原状回復義務とは
賃貸物件の原状回復とは、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義されている。
一般的には、「借りたときの状態に戻して貸主に返すこと」を原状回復と呼んでいる。原状回復で問題となるのは、回復させる原状の範囲だ。
一般的に、建物は誰も入居していなくても、時間が経過するだけで日照により畳の変色やフローリングの色落ちなどの劣化が生じる。原状回復では、時間による「経年劣化」や通常使用することで生じる「通常損耗」まで回復しなければならないものではない。
原状回復の対象となるのは、あくまでも「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損」であり、「経年劣化」や「通常損耗」は対象ではないというのが原則だ。
原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
原状回復は、「経年劣化」や「通常損耗」は原則として対象外とされる。しかしながら、このようなあいまいな定義では、原状回復の「対象となるもの」と「対象にならないもの」に関し、貸主と借主との間で解釈の違いが生じてしまう。あいまいな定義は誤解を生みやすく、トラブルの原因となる。
そこで、国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下、「ガイドライン」と略)によって、原状回復の「対象となるもの」と「対象にならないもの」を具体的に示している。ガイドラインは法律ではないが、原状回復の対象が具体的に例示されているため、原状回復の対象にすべきかどうかの判断に役立つようになっている。
ガイドラインでは、例えば「画びょうの穴は原状回復の対象外」、「タバコのヤニは原状回復の対象」などの具体例を示している。昨今は、多くの管理会社がトラブルを避けるためにガイドラインに従った判断を行っており、ガイドラインは原状回復の「ほぼ業界標準」のような位置づけとなっている。
「通常損耗の原状回復特約」の有効性
「経年劣化」や「通常損耗」は原則として対象外であるが、ガイドラインでは以下の要件を満たせば、借主に「経年劣化」や「通常損耗」まで原状回復義務を負わせることを有効としている。通常損耗等も借主に原状回復させる特約のことを「通常損耗の原状回復特約」と呼ぶ。
(通常損耗の原状回復特約を有効にする3要件)
1.特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
2.賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて
認識していること
3.賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
通常損耗の原状回復特約は有効になり得るが、逆に上記の要件が満たされていなければ有効ではない。一方で、借主としては、入居時に貸主側から通常損耗の原状回復特約を有効にする対応が適切に行われていれば、「経年劣化」や「通常損耗」も含めて原状回復をしなければならないことは知っておくべきだろう。
民法改正が原状回復に与える3つのポイント
2020年4月1日より、大幅に改正された民法が施行されている。今回の民法改正は明治以来120年ぶりの大改正とも呼ばれており、賃貸借に関する条文も大幅に追記がなされた。
賃貸借に関連する改正内容については、「個人の連帯保証人の極度額設定」以外に考え方が大きく変更されたものはない。賃貸借の改正内容に関しては、今まで条文には存在せず、判例で運用されていた内容が条文化された内容がほとんどである。原状回復に関連するものとしては、「原状回復義務の範囲」と「賃借人の修繕する権利」、「敷金の定義」の3点が明文化されたことが挙げられる。
1つ目の「原状回復義務の範囲」については、新たに以下の条文が追記されている。
(新民法第621条)
賃借人の原状回復義務
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
旧民法には原状回復義務に関する条文そのものが存在しなかったが、第621条に借主の明確な義務として規定されている。さらに「損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」は原状回復の対象とならない点も明文化されている。
2つ目の「賃借人の修繕する権利」については、新たに以下の条文が追記された。
(新民法第607条の2)
賃借人による修繕
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二 急迫の事情があるとき。
第607条の2が新設されたことで、今後は条件が整えば貸主の了解を得ずとも借主が建物の修繕ができるようになる。従来も一定の場合には借主も修繕ができるものと推測されていたが、新民法では借主が修繕できるケースが明確になったことが大きなポイントである。借主が行った必要な修繕は、故意・過失による損傷ではないことから、逆に必要費として貸主に請求できるものとなる。
ただし、借主がいたずらに修繕を行って必要費を貸主に請求するようになれば、トラブルが頻発する恐れがある。そこで、今後の賃貸借契約書では、借主の修繕権の及ぶ範囲は「小規模なものに限る」という制限が付き、かつ、借主が小規模修繕を行う場合には、「緊急の場合を除いて、貸主に事前に同意を得ることが必要」という旨の特約が加わることが一般的になると考えられている。
3つ目の「敷金の定義」については、新たに以下の条文が追記された。
(新民法第622条の2)
敷金
賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
旧民法では敷金という言葉が存在しなかったため、新民法によってはじめて敷金が定義されたことになる。内容としては従来から判例で運用されてきた内容と同じであるが、明け渡し時の返還に関しては、「債務の額を控除した残額を返還」と明記されたことに留意したい。例えば、借主が原状回復の債務を履行しない場合、貸主が敷金から原状回復費用を差し引いた残額を返還できるということが明確になったということである。
原状回復に関しては、民法改正が影響する部分は大きくはない。従来どおり、ガイドラインに従っていれば、新民法も遵守した原状回復を行っていることになる。ガイドラインの認知度は貸主および管理会社の間で十分に高まってきていることから、借主も十分に考え方を理解してトラブル回避に役立てていただきたい。
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