入居者の高齢化とコミュニティの稀薄化が課題の市営住宅

求む、団地コミュニティを元気にする若い力―。増える市営住宅の空き部屋の活用を模索する札幌市が、近くの大学に働きかけ、学生に入居してもらう取り組みを始めた。高齢化で担い手不足に悩む団地の自治会にとって、学生は張り合いと活力をもたらしてくれる存在。学生にとっては、手ごろな家賃で大学の近くに住め、違う世代と交流して社会経験を積める。〝一石三鳥〟のコラボレーションはまもなく1年を迎え、評判を呼んでいる。

高度経済成長のころに多く建てられた公営団地は、入居者の高齢化や空室率の上昇、建物の老朽化が進んでいて、全国的な課題になっている。札幌市では、市営住宅の入居者の高齢化率は44.5%(2018年4月)で、5年前の33.7%から10ポイント以上増加。市全体の高齢化率は26.3%(2018年4月)のため、団地の高齢化が際立っている。札幌の市営住宅への申し込み倍率は全体の平均で約20倍だが、階段で上がる負担が大きい4、5階になると定員を下回るケースが目立つという。また少子化や空き家の増加によって地域コミュニティの稀薄化も指摘され、市営住宅では除雪や一人暮らしの高齢者の見守りといった自治会の活動の停滞が懸念されている。

5,530戸と北海道で最大規模の公営住宅である「もみじ台団地」5,530戸と北海道で最大規模の公営住宅である「もみじ台団地」

手ごろな家賃で大学近くに住める、道内最大規模の「もみじ台団地」

自治会活動の拠点となる集会所。イベントなどを通して、学生は他の入居者との関係を築いていった自治会活動の拠点となる集会所。イベントなどを通して、学生は他の入居者との関係を築いていった

学生が入居している市営住宅「もみじ台団地」は、札幌駅からJRの快速で10分の新札幌駅から約1.5キロ。都心部にアクセスしやすく、道内最大規模の5,530戸がある。高齢化率は44.9%と市の市営住宅平均も上回っている。エレベーターはなく、4、5階を中心に空室率は1割にのぼる。

学生に市営住宅の部屋を提供している京都市や神戸市などの例を調査した札幌市は、もみじ台団地と同じ厚別区にあり、教員の研究フィールドや学生のボランティア活動などで縁のある北星学園大学に協力を打診。2017年11月に協定を結んだ。学生は本来、入居対象になっていないが、清掃や玄関の除雪当番、お祭りの手伝いに参加してもらうことで特例的に受け入れる形を取った。もみじ台団地は大学まで4キロほどで、自転車で20分で通うことができる。2LDKの部屋の家賃負担は共益費や光熱水費を除いて12,200円で、友人とのルームシェアもできる。

「コミュニケーション能力がつき、成長できる」と楽しんだ学生

団地のコミュニティを明るくする存在になった中田京佑さん団地のコミュニティを明るくする存在になった中田京佑さん

2018年4月から、3年生と4年生の計4人が入居した。その1人、社会福祉学部4年生の中田京佑さんは市内の実家から通学していたが、一人暮らしや地域福祉への興味もあって応募した。「どんな人がいるんだろう」「自分からいろいろ発信しないといけないのかな」と想像しながらも、自治会役員会との懇親会ですぐに打ち解けた。イベントでは仮装して盛り上げ、司会やカラオケでも引っ張りだこだった。「気さくに話しかけてくれるから楽しい。毎週とか月に何度も、になると自分の時間に影響しそうですが、そこまで頻繁ではなくイベントごとなので、学生からするとちょうどよかったです」。春と秋の清掃、回覧板を回す班長役、雪かきと活躍した。2018年9月の胆振東部地震では、スマートフォンで状況を調べ、部屋を出て公園に集まってきたほかの入所者に情報を伝えた。一人暮らしをする高齢の入居者の安否確認をする学生もいたという。

4月からは就職で団地を離れる中田さん。この1年を「如実に成長しました。違う世代の人と接して、コミュニケーション能力がつきました。社会に出ると、どんな世代の人とも話さないといけない。ここで実践できました」と笑顔で振り返る。

「みんなのアイドル」の存在で明るくなった自治会

自治会のイベントで仮装して会場を盛り上げる中田京佑さん(写真上の右手、写真下の左手)自治会のイベントで仮装して会場を盛り上げる中田京佑さん(写真上の右手、写真下の左手)

中田さんたちが暮らすエリアの「第二もみじ自治会」は活動が活発だったが、高齢の限られた顔ぶれでイベントなどを運営していた。そこに学生が積極的に参加してくれたことで、明るくなり、活気が生まれたという。自治会副会長の加賀谷則昭さんは、「中田さんはおばあちゃん方に絶大な人気で、イベントでは『キャー、キャー』と声が上がっていたし、清掃では、今まで出てきたことのない人も参加してくれました。ずっといてほしいくらいです。執行部も学生さんの息吹を感じて、頑張らにゃダメだと思えました。もう、以前と全然違う。相乗効果ですね」。同じ自治会の堺典子さんも「みんなのアイドルです。若者が来ると、私たちも『いい大人にならないと』って思えるんです」と満面の笑みを浮かべた。

学生を見守る適度な距離感が、良い関係を生む

ただ取り組みを始める前は、市や自治会、大学それぞれに心配の種はあった。お年寄りと若い学生では生活スタイルが違う。入居者としてのルールを守れるか、自治会や他の入居者とうまくなじめるか、期待を背負い過ぎてプレッシャーにならないか、勉強がおろそかにならないか…。

市は「うまく見守ってほしい」と現場の関係者に伝えた。自治会側も「学生さんはまず勉強ですから、みんなで見守る感じです。自治会との付き合いも強制せず、イベントだけどうですかという程度で声をかけました」(加賀谷さん)、「住民は『何でもやってもらえる』と言うけれど、そうじゃないんですよね」(堺さん)と負担をかけないよう配慮した。結果的に、適度な距離の取り方と学生側の積極性が掛け合わさって、トラブルもなく、自治会、大学、学生、市役所のすべてが効果を実感する1年目になった。

好評を受けて2019年度は7戸が提供される。うち2戸は現在の3年生2人が継続で使い、残る5戸を募集することになった。「自分から活性化のために仕掛ける形だったら大変ですが、歓迎されて中に入っていくという感じでした。成長できる環境があるし、楽しい」。中田さんは、後輩が自分たちに続くことを期待している。

札幌市によると、「目的外使用」で特例的な措置ということもあり、取材した2019年2月の時点で、他の大学や市営住宅への拡大まで検討はしていないが、2019年度の反応を見ながら今後の展開を検討していくという。市住宅課の清尾さんは「地域交流ができることに付加価値を感じてもらえる学生さんに来てもらえたら」と話している。

中田京佑さんを囲んで笑顔を見せる堺典子さん(左)と加賀谷則昭さん。北星学園大学の鈴木峰子さん(右)も効果を実感している中田京佑さんを囲んで笑顔を見せる堺典子さん(左)と加賀谷則昭さん。北星学園大学の鈴木峰子さん(右)も効果を実感している

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