"山にもなりきれず、住宅地にもなりきれない土地"に生まれた不思議な建築
高松市宮脇町…山を背に、住宅街に囲まれ、その傾斜地は10年ほど利用されずに残されていた。
設計士がオーナーからその土地について相談を受け、現地を視察したとき、"山にもなりきれず、住宅地にもなりきれない中途半端な土地"という印象だったという。
そんな傾斜地に不思議な建物が出来上がった。
まるでおとぎ話の世界の小人が住むような、昔から自然と共にあるようなそんな住居が連なって見える雑木林の建物…その住宅の名前は「GREENDO(ぐりんど)」である。
「ぐりんど」のネーミングには、いろんな意味が込められている。緑(green)+土(do)+地面(ground)+めぐる・まわる(go around)+どんぐり雑木林(donguri、copse)+緑化(plant、do)。様々な想いを込めたコンセプトをもつこの建物は、なんと“賃貸住宅”である。
斜面に自然に埋没するようなこの不思議な住宅について、設計を手掛けた長田慶太建築要素の代表 長田慶太氏にお話を伺ってきた。
「ぐりんど」のgo around~土地と向き合って試行錯誤の末生まれたカタチ
“住宅地としては、けっして恵まれた土地とは言えない。たぶんこの土地に普通に上に乗っかる建物を建ててしまったら、不安定なバランスとなってしまうだろう…”
長田氏は、この建物が生まれたプロセスをこう語る。
「傾斜地にそのまま建物を建てたら、不安定になる…。土地を一部平らに整えて改良し、縦に長い集合住宅を建てたら、影が生まれ永久日陰が出来てしまう…。では縦に長かった建物を切り取って、斜面に並べたらどうだろう?と考えました。いや、そうすると地面は覆われ、封鎖されてしまう…。土地にも建物にもストレスがなく、かつ自然にお互いがバランスをとる方法はないだろうか?ということを模索し続けました。
そうして生まれたのが以前建てられていた基礎の部分を直接捕まえて、建物の一部を斜面に埋め、埋まった部分に土を重ねて循環を促す方法でした。」
建物の一部を埋めたことで、建築上層に土を被せ、そこを緑や生物の移動領域とした。そこは、ちょうど上層階の住宅の庭のようなものとなり、傾斜面を利用して前方に視界を拡げる役目も担っている。“心配だったのは湿気の問題”だったというが、これも防湿・防水・排水を設計時に組み込み、対策をほどこした。
思えば傾斜地だったことをとことん考えぬいて出来た、理にかなった自然な住まいのカタチだった。
「ぐりんど」のgo around~土を利用した大胆な「パッシブ」
自然を生かしたのは、土地の形状だけではない。
「ぐりんど」では、土を利用した大胆な「パッシブ」設計にも取り組んでいる。
「せっかく、土の中に埋める建築をするのであれば、自然の力を大胆に取り入れることで、もっと機能的にも効果がでるようにしたい、と思いました。土の中にヒートクールチューブを通し、外気を換気システムで取り入れ、空気を室内に送り込みます。地中を通る過程で、夏は涼しく冬は暖かく、絶えず15℃前後の空気をつくりだします。」
この日の気温は28℃…ところが、室内は驚くほど心地よい。換気システムを起動すると、なるほど、室内に設けられた通気口からひんやりとした心地よい空気が流れてきた。
「自然エネルギーの活用でいえば、補助システムとしてソーラーパネルを使った太陽光・太陽熱も利用しています。また、それぞれの屋根部分・上層階では庭の部分には落葉樹を植え、日射調節や気化熱による冷却効果も考えました。」
雑木林の連層長屋
斜面に溶け込む建築…自然への作用、人への作用
長田慶太建築要素 代表 長田氏と愛猫のエムちゃん。長田さんは、実は建築学科出身ではない。大学を卒業してから現場監督をしながら建築を実務で勉強した、という経歴をもつ。「今でも、現場が一番刺激的です。設計を実現する場として職人さんと話し合いながら、造り上げる楽しみがあります」という竣工当初、かぶさった土の部分には落葉樹や草花が植えられた。「緑が茂る状態になるには、1・2年はかかるかな、と思っていました。しかし、まだ数カ月ですが、思っていたよりすくすくと緑が育ち、鳥が訪れ、土の中に虫の姿が見えるようになっています。自然の力はすごいです」という。環境を与えたことで、設計時に考えていたよりも早く“循環”が進んでいるという。
実は、長田さんは家族と一緒に「ぐりんど」に住んでいる。
「まず、自分で住み心地を試してみたかった。斜面に住んでいることになるのですが、窓から視界を遮るものがなく、木々や緑が見え、室温は一定で心地よい…。実際住んでみるまで、こんなに快適だとは思いませんでした。ここに来てから、時間の流れ方や生活が変わりました」という。奥様も「引越してから、家の中がいちばん開放的で心地よいので、休日も家で過ごすことが多くなりました」と教えてくれた。
実際に長田さんのお宅に伺ったのだが、リビングの窓からは庭を介して遠くまで眺めることができ、山から街を見下ろしているような爽快感があり、集合住宅であることを忘れるようだ。だが、フリーの造成地であったならこの眺望は望めなかったであろう。斜面を生かして連立された集合住宅だったからこそ、各戸でこの眺めが手に入った。
設計当初、長田さんが考えていた“山にもなりきれず、住宅地にもなりきれない”土地は、“自然に溶け込み、自然と人の暮らしが融合する住宅”として生まれ変わった。すべては奇抜な発想ではなく、この土地に“在るべき建築”を模索した結果、“心地よい住まい”が出来たのである。
最初に話したように、この住宅は“賃貸住宅”だ。入居者が自らの家を建てる前に、この住宅のように「住まいの質」を感じられる賃貸経験する意味は大きい。長田さんは、「この住宅は、住まいとしてスタンダードにはなりえないかもしれない。でも、もう少しこういった賃貸住宅ができるといいと思っています」と話してくれた。
次にどういった建築に挑戦したいですか?-と尋ねると長田さんは、「そうですね…。やっぱり、土地を見て、周りを見て考えて、そこにあった建築を考えたい」と答えてくれた。
斜面に溶け込む建築を創った建築士らしく、あくまでも自然である。
公開日:






