“未来の東京の暮らし”をテーマにした「Alternative Living展」開催中
ピンクがかった紫とグリーンの柱がぐるりと囲む不思議な空間。柱の内側にはソファや家具のようなものが展示されているのが柱の外から見て取れる。一風変わったリビング空間を演出するここは、東京メトロ有楽町駅から徒歩すぐの場所にある「SusHi Tech Square」で開催中の「Alternative Living展」(2025年3月23日まで)だ。
会場には、アート、カルチャー、建築などさまざまなジャンルでシーンをけん引する気鋭のクリエイターの作品が集結。本展のテーマ「クリエイティブとテクノロジーで彩るもう一つの豊かな暮らし」を新しい視点で提案する。
冒頭の柱は「透壁(すいへき)」と名付けられた作品で、建築家・山田紗子(すずこ)氏が手がけたもの。作品となる柱には、建築資材として使用される軽鉄が使われている。軽鉄は鉄骨造の建物に用いられる軽量な鉄骨材で、本来は壁の内部の構造材として使われているため目に触れることはない。そんな軽鉄をあえて見える状態にし、ランダムなピッチで配置。色や高さ、光によって空間を規定するゾーニングで、展示の内と外を緩やかにつなぐユニークな試みとなっている。
少しの違和感が生む新しい暮らし
「クリエイティブ」や「テクノロジー」と聞くと、スマート家電のような便利なものを思い浮かべがちだ。しかし、「Alternative Living展」のクリエイティブディレクターを務める亀山淳史郎氏は、「未来の暮らしにおいては、便利なものばかりではなく、少しの違和感があるものも大切なのではないか」と語る。
本展のタイトルにある「Alternative」には、「もう一つの」という意味が込められている。現在の暮らしとは異なる、新たな暮らしを想像してみることが、この展示の目的だ。
「家具店ですてきな家具が並んでいると、『こんな暮らしができたらいいな』と想像しますよね。『Alternative Living展』は、そんな感覚で“未来の東京の暮らし”を体験できるモデルルームのような展示です。視点を少しずらすことで見えてくる、新しい暮らしの可能性を体験し、未来の暮らしのイメージを持ち帰ってもらえたら」と亀山氏は語る。
家具が機能や役割から解放されたら? 当たり前が揺らぐ体験
「透壁」に囲まれた中に展示されている作品も、それぞれがユニークなものばかり。
一見すると家具のようにも見えるが、家具としての機能を持たないオブジェは、小林椋氏の作品「この囲いの戸(木の島)で組む鳥」。意図的なのかわからないが、このタイトルからして想像をかきたてられる。これは、“家具が役割や機能を失ったとき、どう見えるのか”がテーマとなっている。見たことがあるようなないようなフォルムのオブジェが、ゆるゆると動く様子は、じっと見ているとかわいらしく思えてくる。
「家にありそうだけどない。機能していそうでしていないというのがおもしろい。ひとつの家具をこんなふうに眺める機会なんて普通はないですよね。機能はなくても、もしかしたらそれ以外の役割があるのかもしれないなとか、そういう想像をしてみるのもこの作品が提示しているものなのかもしれません」(亀山氏)
デジタルの池に映し出される走馬灯「ヌル鏡止水」
水鏡のような画面に映像が映し出される「ヌル鏡止水」は落合陽一氏の作品。筑波大学准教授、デジタルネイチャー研究室主宰などさまざまな肩書きを持ちながらメディアアーティストとして作家活動に取り組む落合氏。今回の作品は、「走馬灯という人生の残響を“デジタルの水鏡の下”に可視化する」というもの。浮かんでは消えていく映像の中に何を見るのか、人が自分の心を深くのぞき込む体験を、テクノロジーを介してどこまで手助けできるか、がコンセプトになっているという。
「日本の文化をモチーフにしたものを映像に取り入れているので、このリビング空間に和の要素が生きていると思います」と亀山氏。
懐かしい風景が波紋の中に映し出され、暗くなったり急にまぶしく輝いたりする。水面のように見えるディスプレイをのぞきこむという行為そのものにも面白さを感じた。
砂が風化していく様子から暮らしに流れる時間に想いをはせる
積み木のようなフォルムが印象的だったのは「TOKI:Capture Park」。白崎公平、吉迫亮我、倉員晃紀によるデザインスタジオ「KURANOIE」が手がけ、公園の砂場をリビングに持ち込んだらどうなるかということを想像させる作品となっている。「石が砂に風化していく過程を表現しています。長い年月をかけて変化していく自然と、自分たちの暮らしを視覚化する試みです」と亀山氏は解説する。ざらざらとした砂が剥がれ落ちる様子や、不規則な手触りは不思議と心地よい。遊具としてだけでなくオブジェとしても成立している。
「クラウド」ってこんな感じ?目と耳から想像力が刺激される隕石
2つの尖った物体は、視覚ディレクターでありグラフィックアーティストの河野未彩氏が手がける「inner sky」と「3D to 4D」の連作。私たちも利用しているクラウド(ネットワークサーバー)から着想を得た作品となっている。
架空の隕石「クラウド」は17秒ごとに音を発し、毎日の暮らしを侵食するというストーリーを表現。「inner sky」は、クラウドが12面体の中に収まり、光を発している。未来にはどんなテクノロジーの隕石が降ってくるのか、視覚と聴覚で感じながら想像してみてほしい。
何も映らないディスプレイに私たちは何を見るのか?
ディスプレイに直接ペインティングした「NOUMENON #1」と単管を貫通させた「Death by proxy #3」は、現代美術家のHouxo Que(ホウコォ キュー)氏の作品。
パソコンやスマートフォンなど、今や私たちに欠かせないものとなった液晶ディスプレイ。そこに映されるものとはいったい何なのか、という投げかけを通じて日常の意味を改めて考えさせる。「ディスプレイって、どんどん新しくなっていきますよね。それをゴミと捉えずに作品に作り変えるという活動をしているのが彼です。作品を通して、家電の在り方とか買い替えについて考えるきっかけになるかもしれませんね」と亀山氏は話す。
なでられ待ちの癒やしロボット
企業からの展示はユカイ工学株式会社の「しっぽがある暮らし」。クッションのような「Qoobo(クーボ)」は、なでるとしっぽで反応するロボット。内蔵されたセンサーによってなでられ方のパターンを解析し、独自のアルゴリズムでしっぽの反応が変わっていく仕組み。膝に抱いてなでていると、鼓動のようなリズムも感じられる。すでに商品化されているというから、ロボットと一緒に暮らす日常はもうすぐそこなのかもしれない。
未来のリビングではアロマのように音楽が漂う
そして、会場全体を包み込むのは、音楽家・サウンドアーティスト evala 氏による「Fragrance “purr”」。
「未来のリビングではどんな音楽が流れているんだろう?」という問いかけに対し、evala 氏が提案したのは“香りのような音楽”だった。その発想に、亀山氏は「そうきたか!」と驚いたという。
「クラシックやジャズのように音楽が強く主張すると、暮らしの雰囲気を決めてしまう。でも、もっと自然に寄り添う音の在り方があってもいい」と亀山氏。その言葉どおり、展示空間にはアロマが香るように空間に溶け込むアンビエントなサウンドが広がり、新しい暮らしの感覚を彩っていた。
3Dで家具を作る体験型展示も
見るだけではなく体験・体感を提案する「Alternative Living展」。「“Alternative Living”体験がどんなものだったのかをアウトプットして帰ってもらいたい」という想いから生まれたのが会場の奥に設置された「Our Alternative Living」だ。
カラフルな模様のブロックを3D空間上に配置し、来場者それぞれが想像した家具を作るというもの。ゲームのコントローラーを使って画面上のブロックを操作。好きな形の家具を完成させることができる。スツールやソファ、テーブルを作っているはずが、はしごのような形になったり座れないような形状になったり、予想外のものが出来上がる人も。
自分でも予想していなかったクリエイティビティが発揮されることもあるので、ぜひチャレンジしてほしい。
完成した家具は、会場内にあるタブレットのQRコードを読み取ることで持ち帰ることもできる仕掛けになっている。
アートコミュニケーターが鑑賞をサポート
本展では鑑賞をよりインタラクティブな体験にするため、アートコミュニケーターが常駐。どのようにに鑑賞したらいいのか、作品についての質問などいつでも聞ける仕組みとなっている。
また、出展者が来場する「クリエータートーク」や、参加者同士が語りあう「哲学カフェ」など、会期中はさまざまなイベントも開催される。トークだけでなく、デジタルツールを使ったワークショップなども予定されているという。見るだけで終わらない体験型の展示で、来場者が作品の背景や創作プロセスに触れ、自らの視点で新たな発見をする機会となりそうだ。
創造性は特別なものではない
ところで、クリエイティビティに関する面白いデータがあったので紹介してみようと思う。
亀山氏が取締役を務める株式会社SIGNINGの調査(※)によると、「最もクリエイティブだと思う都市」ランキングで東京はニューヨークに次ぐ世界2位に選ばれている。しかし、「自分のことをクリエイティブ(創造的)だと思うか?」という問いには、わずか22%の人しか「そう思う」と答えていない。ニューヨーク、パリ、ミラノ、ロンドンでは約70%の人が「自分は創造的だ」と答えており、日本人の創造性への自信が極端に低いことがわかる。
※)「TOKYO CREATIVE REPORT」2023 年の調査結果による。
https://signing.co.jp/pdf/tokyo_creative_report.pdf
「日本人は、世界からの評価に対して自己評価が低い傾向があります。クリエイティビティは特別な人だけのものではありません。例えば、いつもの料理にひと手間加えることも創造的な行為です。暮らしの中にスパイスのようにクリエイティブな要素を加えることは、実はとても大切。今回の展示を通じて、訪れた方がそのことに気づくきっかけになればと思っています」(亀山氏)
ほんの少しの違和感が、意外にも心地よい刺激となることがある。暮らしの中で感じるささやかな違和感や変化を恐れず、もっと自信を持って「自分はクリエイティブだ」と言ってもいいのかもしれない。
2割のスパイスで今より少しだけ豊かな暮らしを
「クリエイティブ」や「テクノロジー」と聞くと、難しそうだと感じる人も多い。しかし、暮らしの中に少し取り入れるだけで、心地よい変化を生むこともできる。では、最適なバランスとはどのくらいなのだろうか。
「日々の暮らしにクリエイティビティを取り入れる最適なバランスについて、とある学者によると『2割程度がちょうどいい』と考えられています。100%快適な空間では生活が閉じてしまい、ウェルビーイングが損なわれる。一方で、新しい要素が5割を超えると落ち着かなくなってしまうため、日常に2割の“スパイス”を加えることが豊かな暮らしにつながるのではないか、という考え方です。
また、暮らしを『日常』と『非日常』に分けるだけでなく、『少しだけいい日常』や『少しだけ違和感のある日常』が定期的にあることが、よりよいサイクルを生み出すのではないかとも考えられます。例えば、遠出の旅行という大きな非日常を繰り返すよりも、日常の中で小さな違和感や発見を積み重ねるほうが、内面的な成長を促すかもしれません。
実際に、近年の若い世代は『成長』よりも『現状維持』を好む傾向があり、大きな変化よりも、日常の延長線上で少しずつよい体験を重ねることが、彼らの求める豊かさに近いと感じられます。今回の展示は、こうした考えをもとに“Alternative Living=もう一つの豊かな暮らし”を提案する試みなのです」(亀山氏)
定常化した暮らしを見つめ直すきっかけに
会場となっている「SusHi Tech Square」。東京都が2023年8月に開設し、デジタルを切り口に体験型の展示をこれまでも行ってきた。「Alternative Living展」は第5回目となるイベント
亀山氏が考える「Alternative Living=もう一つの豊かな暮らし」についても聞いてみた。
「コロナ禍では“ニューノーマル”という言葉が広まりました。ソーシャルディスタンスの確保や不要不急の外出制限など、すべての人が新しい“ノーマル”を受け入れざるを得なかった。でも、それが本当に心地よいものだったかというと、そうではなかったと思うんです。
結果的に、多くの人が“一様なノーマル”ではなく、それぞれの暮らしに合った“マイノーマル”を築いていきました。リモートワークが普及し、テクノロジーの進化とともに暮らしは前進したように見えます。しかし、今の定常化した生活に対して『これでいいのか?』という疑問を持つ人も少なくないのではないでしょうか。
そこで生まれたのが、『もう一つの』という意味を持つ“Alternative”という発想。『Living』はリビングルームを指すと同時に、“生きること”や“暮らし”という意味も含みます。私たちは、もう一つの暮らし方や生き方を想像し続けることをやめてはいけないのだと思います」。
一つの正解にとらわれず、自分らしい暮らしを模索し続けること。それこそが、未来の豊かさなのかもしれない。「Alternative Living 展」では、クリエイターたちが提案する新しい暮らしの彩りを体感できる。刺激的な違和感を感じに足を運んでみるのはいかがだろう。
「Alternative Living 展」
○開催期間:2025年1月18日(土)〜3月23日(日)
※月曜日は休館日、ただし2月24日は開場、2月25日は休館
○開館時間:平日11:00~21:00、土日祝10:00~19:00(最終入場はそれぞれ閉館30分前まで)
○入場料金:無料
○会場:SusHi Tech Square内1F Space
東京都千代田区丸の内3-8-3
○公式HP:
https://sushitech-real.metro.tokyo.lg.jp/alternativeliving
********************
※)「TOKYO CREATIVE REPORT」2023年の調査結果による。
https://signing.co.jp/pdf/tokyo_creative_report.pdf
【参考】
株式会社SIGNING
https://signing.co.jp/
公開日:



















