国内外100以上の都市・地域へ広がる「リノベーションまちづくり」
遊休不動産や人材・観光資源といった「今あるまちの資産」を活用して自治体の都市経営の健全化を目指す「リノベーションまちづくり」。
これはもともと2010(平成22)年に株式会社リノベリング(本社:東京都豊島区)と北九州市小倉魚町がタッグを組んで成功を収めた都市・地域再生事業だが、そのまちづくりプロジェクトは今や海外にも広がり、国内外100を超える都市・地域で「まちのリノベ」が実践されている。
中でも、5年間の継続的な取り組みによって着実に成果を挙げているのが鹿児島県霧島市だ。
霧島市は2005(平成17)年11月に国分市と姶良郡溝辺町・横川町・牧園町・霧島町・隼人町・福山町の1市6町が合併して誕生した鹿児島県第二の都市。鹿児島空港から車で約25分と広域アクセスも良く、桜島や錦江湾を一望する風光明媚な自然環境、南九州最大のパワースポット霧島神宮、霧島山の懐から湧き出る霧島温泉郷など観光資源にも恵まれているが、他の地方自治体と同様に人口減少や高齢化率の上昇が市町合併以降の課題とされてきた。
そうした背景の中で、同市が北九州の事例を参考に2019(令和元)年から取り組み始めたのが「リノベーションまちづくり」だ。霧島市役所の担当者お二人にその経緯について話を聞いた。
「これだけ資源が揃っているのにもったいない」と言われ続けていた霧島市
「霧島市内には、陸上自衛隊国分駐屯地や京セラ・ソニーといった大手企業の事業所も多いため一定の人口流入はあるのですが、それは都市部に限られた話で、中山間部では人口減少と高齢化が顕著です。
また、鹿児島県では“高校を卒業したら県外へ出る”というのが当たり前。若い世代はみんな東京や福岡、県内でも鹿児島市へ出て行ってしまいなかなか戻ってきません。これだけいろんな資源に恵まれているのに“霧島はもったいないね”と言われ続けていました」(久木田さん談)
そう語るのは、現在リノベーションまちづくりを担当している霧島市役所商工観光部の久木田さんだ。久木田さん自身も一度は故郷を離れて関西の大学に通っていたが、市役所への就職が決まり地元へUターンした。
「令和元年にリノベーションまちづくりがスタートする前は、商店街を活性化させるために空き家・空き店舗バンクの情報を市のホームページに掲載して、事業者さんとのマッチングを行っていました。商店街で新しく事業を始める方には一年間の家賃補助も行っていたのですが、それでも空き店舗はどんどん増えていきました」(久木田さん談)
令和元年当初、まちづくりプロジェクトを担当していたのが前任の宮之原さんだ。
「このままでは街の賑わいが無くなり、さらに人口流出に歯止めが効かなくなるという危機感がありました。でも、市として大きな予算をかけることはできません。そうした葛藤の中で北九州のリノベーションまちづくりの事例を知りました。
“今ある資源を活用し、民間の力を借りて地域を盛り上げていく”…これなら霧島市でもできるかもしれないと思ったんですね。市議の方が賛同して下さったほか市役所の先輩方も応援してくれて、プロジェクトが動き始めました」(宮之原さん談)
方向性がバラバラだった旧1市6町、その地域特性を強みに変える
リノベーションまちづくりを進める上で絶対に欠かせない地域資源のひとつが「人材」だ。市民への啓発はもちろんのこと、市役所職員の理解や市民のリーダー的存在となるプレイヤーも不可欠となる。
「いきなりリノベーションまちづくりと言っても、市民の皆さんはその取り組み自体を知らないので、初年度は普及啓発の意味でリノベリングの方に講師となっていただき講演会等を開催しました。我々行政側のスタッフも勉強する時間が必要だったからです。3回ほど講演会を実施したところ、市民の方の中にもまちづくりに興味を示してくださる方が何人かいらっしゃったので、そこから“各地域のプレイヤー”となる人たちを見つけていきました。その過程で徐々にまちづくりの機運が醸成されていったという感じです」(宮之原さん談)
しかし、そこで課題となったのは「1市6町が合併してできたまち」ならではの地域のバラつきだった。
「大きな自治体に吸収されたわけではなく、あくまでも1市6町の対等な合併だったので、当時はまだ霧島市としての一体感がなかったんですね。旧市町それぞれまちづくりに対する意識や危機感がバラバラで、なかなかまとまらない状態でした。
ならば、逆にそれをメリットとして捉えよう、と。地域ごとにさまざまな特色があることが霧島の強みですから、まずは小さなエリアから少しずつ動き始めて、それを地域全体に波及させていこうと考えました」(宮之原さん談)
実は“小さなエリアから動き始める”のは、リノベーションまちづくりの基本的戦略でもある。市内の旧地域ごとにプレイヤーを配置し、地域単位で盛り上げ、そこから霧島市一丸となってまちづくりを行っていく──この流れの中で、市役所担当者としての最初の重要任務は、プレイヤーとなるメンバーを口説き落とすことだった。
「プレイヤー候補の方には“いま霧島市では新しいまちづくりを目指しているんですが、一緒に戦略を作ってくれませんか?”と個別に声をかけていきました。まずは自治体として旗を揚げた形です。主力メンバーの8人のプレイヤーの方は、ほとんどが県外からの移住者や近隣自治体からの転入者。特に“まちづくりに興味を持って霧島へ来た”という方たちではありませんでしたが、実際にお話をしてみると皆さん何らかの形でまちを変えたいという想いを持っていたようで、声をかけた全員の方が快諾して下さいました」
こうして各地域のプレイヤーたちが“まちづくりの熱源”となり、霧島市のリノベーションまちづくりが本格的に動き始めた。
▲当初2年間は講演会やシンポジウムを開いて「リノベーションまちづくり」を周知。1市6町の合併から15周年となる2020(令和2)年に霧島の成長ビジョン「LIVEKIRISHIMA」を発表。その後、遊休不動産を題材にして建物と周辺エリアの再生計画を作成する「リノベーションスクール」を開催した。この“リノスク”が新しいプレイヤーの発掘につながっている。「他の自治体では、リノスクに参加する方を見つけるのが大変という声をよく聞きますが、いろんな方向からプレイヤーを見つけてリノスクに参加してもらっています。また、これだけだと一過性に終わってしまう懸念があるため、霧島独自のスキームとして育成コースや女性に特化した企画も設けています」(宮之原さん談)耕作放棄地を買い取って「エリア全体をリノベする」という新たな動きも
▲『patisserie M.YANAGITA』のスペシャリテ「エクレール」は、サクサクのクッキー生地にレモンクリームがのった爽やかなスイーツで、果肉たっぷりのレモネードとも相性抜群。錦江湾を一望するガラス張りの店内でイートインできる(筆者撮影)リノベーションという言葉からは「古民家や空き店舗の改装・利活用」を連想しがちだが、霧島市のリノベーションまちづくりでは建物に限らず、農業・商売・教育・アートまで、ジャンルを限定することなく“とにかく今まちのなかにあるもの”を活かすことを心がけている。
「遊休空間の駐車場を活用してえんがわマルシェを開いたり、商店街のシャッターを使ってシャッターアートを始めたり、SWOT分析で霧島市の脅威とされた「クリエイティブ産業の遅れ」を取り戻すべく子ども向けのプログラミングスクールを開催したりと、各地域で様々な変化が起こり始めています。
中でもいま地元内外から注目を集めているのが錦江湾に面した「小浜地区」です。
小浜地区には高齢者の方が多く、空き家や耕作放棄地が多かったのですが、その耕作放棄地を買い取って開業した『Obama Village』では地元工務店の代表がプレイヤーとなり、“エリア全体をリノベーションして、自分たちで新しい村を作る”というコンセプトで新しいまちづくりを進めています。その暮らし方や働き方に共感する若い世代の方からの関心が高く、最近SNSでも広く拡散されています」(久木田さん談)
▲双子のパティシエールとして注目を集める『patisserie M.YANAGITA』の柳田姉妹は霧島市に隣接する姶良市出身。ヨーロッパで研修したのち鹿児島へ帰郷。“二人でケーキ屋さんを開く”という長年の夢を叶え、2024年4月に『Obama Village』で開業した(筆者撮影)https://www.instagram.com/p.m.yanagita/行政の各部署を巻き込みつつ、民間パワーの自走を目指していく
霧島市のリノベーションまちづくりは6年目に突入。人口増加や高齢化率の低減といった具体的な成果はまだ出てはいないものの、これまでなかなか足並みが揃わなかった旧1市6町が“一丸となりつつある雰囲気”を最近感じるようになったという。
「リノベーションスクールを柱にして、そこから新しい事業展開が広がっている点も霧島市特有の動き。この5年間でプロジェクトの数が増えたことで各地域が融合しはじめ、霧島市全体に大きなうねりが起こっているように感じます。理想としては、今後行政のサポートが無くなっても、民間の方たちのパワーで自走できる状態を目指すことですが、今はやっとリノベーションまちづくりの下地が完成した段階。この変化を大切に育みつつパワーアップしていきたいと考えています」(久木田さん談)
「パワーアップのためには、行政サイドの取組みの持続化も重要ですね。我々市役所の担当者はどうしても数年で異動になりますから、担当者が変わっても取組みを継続していくための仕組みづくりが大きな課題です。また、まちづくりを推進するには、建設部が担当する公共空間のハード整備や都市空間の改善も必要になりますし、地域資源である人と農業の関わりを考えると農林水産部の協力も不可欠です。市民の方やプレイヤーの方だけでなく行政側の各部署も巻き込んでまちづくりに取り組んでいくことが、リノベーションまちづくりの成功のカギと言えるかもしれませんね」(宮之原さん談)
リノベーションまちづくりをきっかけにして「オール霧島」としての連帯感が生まれ始めた霧島市。今後のさらなる変化に期待したい。
■取材協力/鹿児島県霧島市
霧島リノベーションまちづくり
https://www.city-kirishima.jp/shoukoushinkou/machizukuri/shokogyo/renovation.html
■小浜ビレッジ
https://obama-village.com/
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