北前船の寄港地として栄えた四国・香川の三豊市の「三豊鶴」
三豊市(みとよし)は、四国・香川県の西部に位置するまちである。
三豊市の父母ヶ浜(ちちぶがはま)は、約1kmのロングビーチを誇る穏やかな海水浴場であるが、近年、潮が引いた干潮時の海岸が鏡のようになり被写体が海に映る写真が撮れることで、「まるでウユニ塩湖のよう」とSNSでも注目の場所となっている。
瀬戸内に面した三豊は、江戸時代、交易を中心とした商業で栄えた。仁尾では丸亀藩や土佐藩から茶の取引を許可され、茶のほか搾油、魚、肥料問屋や酒、醤油、酢などの醸造元の大きな店が数多くあった。また粟島は、北前船の寄港地として貿易で栄えた。三豊のまちには、現在もその名残がいたるところにあり、蔵のある立派な家も多い。
そんなまちにかつて「三豊鶴」という日本酒をつくる酒蔵があった。
三豊鶴は、明治10年(1877年)に創業し、2005年まで三豊市内で営業されていたが、いまは残念ながら廃業となっている。
既に廃業した酒蔵の建物。友人5名が「取り壊される」危機を救った
廃業をした三豊鶴の建物は、しばらくそのまま空き家となっていた。酒蔵であるがゆえ、酒造りのための広く、特殊な建物であり、活用も難しい。持ち主も気持ちはありつつも活用に困り、このままでは、取り壊される運命にあった。
その取り壊しの危機を救ったのは、様々な商売を営む30~40代と齢の近い5人の友人達であった。メンバーは地元で様々な事業を営む矢野太一さん、建材会社の喜田貴伸さん、建築業の寺下幸治さん、農業を営む細川貴司さん、高知出身でうどんを通じて様々な取組みを行っている北川智博さんとそれぞれが経営者である。
彼らは2018年末に、この三豊鶴の建物に出会った。「とにかくかっこいい、というのが第一印象。これは生かさなくてはもったいない」と、5人は三豊鶴を買い取り、2019年に合同会社三豊鶴を設立。
「もとの持ち主は、すでに三豊を離れていましたが、先祖から受け継いだこの建物を生かしたいという想いがありました。その想いを受け継ぐ形で建物を生かしたい。そして、できるだけ自分たちが"かっこいい"と感じた酒蔵の建物に残っている文化や歴史のようなものを残しながら生かせれば…と思いました」と北川さんはいう。
「醸す」というキーワードの一棟貸しならぬ「ひと蔵貸し」の宿
酒蔵の部材や建材をできるだけそのまま使いながら宿泊所としてリノベーション。2018年の年末に購入し、約4ケ月でリノベーションを行った。2019年のゴールデンウィーク前に宿泊施設・観光拠点として一棟貸しの宿「三豊鶴TOJI」として再スタート。かつて酒蔵であったその建物は、リノベーションされ「三豊鶴 TOJI」という宿となった。
ただ、この宿は「リノベーションした酒蔵に泊る」というだけではない。
宿泊施設と元酒蔵……お酒を造る杜氏が仕事のために寝泊まりする場所ではあったものの、もともと宿泊のために造られた建物ではないため、壊してリノベーションしない限り、作業場などが多く、どうしても無駄や無理が生じる。逆にそのリスクをうまく使って「どうしてこういった造りなのだろう」と宿泊者が不思議に思うところもひとつのエンターテインメントとして楽しんでもらいたい、と考えたという。
宿泊のコンセプトは、日本酒をつくる酒蔵の酒造工程である「醸す」というキーワード。だが、実際に日本酒を造るわけではない。人と人とがこの場に宿泊することで「醸される」体験をするという意味の酒造体験型のゲストハウスだ。
酒蔵だった建物と酒造りの文化をリスペクトしたリノベーション
"酒造体験型のゲストハウス"「三豊鶴TOJI」は、どのような場所なのか。
まず、三豊鶴の外観。ガラス戸などは新しくなっているものの、外はまさに昔のままの酒蔵の様子が残されている。入り口を入ると左に酒造りの道具などが置かれている。
そのまま中に入ると、日本酒をつくるタンクがおかれている醸造場がある。醸造場には酒造りの際に杜氏たちによって唄われていた 「酒造り唄」が流れている。独特の節が心地よい。
今なお、そのまま置かれている醸造場のタンクは外側はそのままだが、内部に見えるのは酒ではなく、「瀬戸内国際芸術祭2022」の時に制作されたアーティストたちによって描かれたアートだ。
醸造場タンクの奥には、昔、杜氏が休憩をしたり寝泊まりしていた居間がある。部屋には、杜氏たちが着ていた半被が飾られ、日本酒サーバーがおかれており、宿泊者は自由に飲むことができる。
その横の部屋は酒米を蒸した大釜が置かれている部屋だ。
ここは実際に使われていた大釜を改修してお風呂として使えるようになっている。樽から注がれるお湯も洒落が効いている。入浴剤を入れてお風呂に入ると、まるで自分が酒米となってゆっくりと蒸される気持ちになるだろう。その大釜がおかれた浴室には、本格フィンランド式のサウナと仕込み水を使用した水風呂も設置され楽しむことができる。
別の部屋には炊事場もあり、調理もできる。酒造りでさまざまな作業をしていたであろう中庭は天窓屋根で明るく、雨の日でもBBQができたりと、食事もお茶も愉しめる場所。
元は瓶詰された日本酒を保管する倉庫であった部屋は、部屋の角が直角の升部屋と角が丸い酒樽部屋とし、部屋同士をつなげることもできる寝室となっている。縁側は、かつてお酒をつめた一升瓶を洗う舟形の桶をそのままテーブルとして置いており、当時の様子を残している。
それぞれの部屋ごとに、入り口にはデザインを施したサインがつけられている。あくまでも昔の面影を残しながら、クリエイティブ要素をプラスすることで古臭さを感じさせない。
米が酒になり、旨味を増す…その「醸される」体験を設定
建物の設えだけでも、酒造りの歴史と文化をリスペクトしたリノベーションをしていることが分かるが、ユニークなのはそれぞれの部屋で宿泊者が体験する工程を設定したことである。
例えば、酒米を蒸していた大釜の浴場は「自分を醸造する愉しみ」を体験する工程のひとつ。酒米がお酒になる工程を自分自身に置き換えて、日々、身に着けている「籾(もみ)」を脱ぎ捨て、精米をして仲間や大切な人と過ごすひとときを「三豊鶴TOJI」で感じて欲しい、というメッセージ。
そのほかにも「醸す」ユニークな工程は以下、
1.精米 服を脱ぐ
2.洗米・浸漬 体を洗う
3.蒸米 サウナで体を温める
4.製麹 入浴剤を入れる
5.酒母造り 入浴剤をかき混ぜる
6.醪造り お湯に浸かる
7.上槽 サウナ・水風呂を交互に
8.火入れ お酒や会話を嗜んで思い出に残るひとときを過ごす
9.貯蔵 自分自身を熟成させるため眠る
前の章で述べた建物の中で、宿泊工程を通じて、いずれも酒造りになぞらえた「醸される」体験ができる。
「三豊鶴 TOJI」を再生したメンバーの想いが伝わった短編映画「三豊の鶴の恩返し」
矢野さん、喜田さん、寺下さん、細川さん、北川さん達が「三豊鶴 TOJI」を通じて届けたい想いを具現化した例がある。
それが、先日記事でもお伝えしたクリエイティブバトル「三豊VS高知」で、高知チームの西森達也さんが自身で制作した「三豊の鶴の恩返し」という短編映画。「三豊鶴を映画の聖地に」とプレゼンをする際につくった短編映画だ。
クリエイティブバトルのプレゼンでは映画の予告編だけが上映されたが、実は西森さんは本編もつくっていた。その本編の映画がクリエイティブバトルの打ち上げの場所で披露された。その際に西森さんは「クリエイティブバトルの下見で三豊鶴を訪れたが、ここで感じることを映像にしたいと思った。ぜひ、ここにいる人たちに観てもらいたい」と上映の前に語った。その短編映画は、まさに主人公が「三豊鶴TOJI」で初めて会った人たちと宿泊する時間の中で精米され、醸されていく過程を情緒豊かに描いている。
映画をみた三豊鶴の再生に関わったメンバーたちは、エンドロールになると感動し、おもわず感涙。宿として再生する大変さや苦労が報われた気持ちもあったと思う。が、それ以上に西森さんが映画の中で描いた「醸される」情景に、「宿泊者にこういった想いをしてほしい」という再生メンバーの気持ちが届いたことに感動したのだと感じた。
地域の歴史ある建物を再生し、宿泊場所とする例は今は数多くあると思うが、三豊鶴TOJIのようにストーリーを創り出し、体験を狙った再生例はユニークだと思う。この場所に泊まることで、三豊の土地と歴史、そして文化に触れながら、発見できる、そんな宿泊場所となっているように感じた。
ぜひ、三豊鶴TOJIには大切な人たちと複数名で訪れて、それぞれが自身と友人との関係を醸しながら、時を過ごす体験をしてほしい。
■取材協力
「三豊鶴 TOJI」
https://www.mitoyotsuru.com/toji/
■関連動画
「三豊の鶴の恩返し」予告動画
https://youtu.be/OOt4FgP_Oms?si=OV9_XF7qJr1GF0Vv
公開日:
















