岩石信仰は世界中にある

アニミズムの国において、山や海、湖、川といった自然は、崇拝の対象とされてきた。
山は狩猟の場でもあり、木の実やキノコの採取場でもある。さらに薪なども山の恵みだ。海や湖、川には魚介類がいて、海は塩を、湖や川は生活に欠かせない水を与えてくれる。人々はそういった自然からの恵みを「神からの贈り物」と考え、自然を崇拝した。

さらに、日本では巨石を「磐座(いわくら)」と呼び、神聖なものとして信仰されてきた。一説には、神々が降臨する依り代と考えられてきたのではないかともいう。
記紀神話においても、イザナギが黄泉とこの世を隔てるために置いた「千引き石」や、アマテラスがスサノオの狼藉に怒って隠れた「天岩戸」など、巨石が登場する。

戸隠奥社の天岩戸戸隠奥社の天岩戸

世界に目を向けても、巨大な岩が信仰の対象とされている例がある。たとえば「エアーズロック」の名で知られるオーストラリアの「ウルル」は世界で二番目に大きな一枚岩で、アボリジニの重要な信仰の場とされている。

イギリスのストーン・ヘンジもまた、巨石で作られた遺物だ。なんのために作られたのかはわかっていないが、夏至の朝、中心にある祭壇石と呼ばれる石の前に立つと、玄武岩でできた高さ6mもある「ヒール・ストーン」から太陽が昇るように見えることから、太陽信仰と深い関係があると考えられている。
また、イースター島のモアイも、一種の巨石信仰といわれている。何のために作られ、並べられたのかは解明されていないが、先祖崇拝のためのモニュメントともいわれる。
エジプトの王の墓であるピラミッドも、石でできた巨大な建造物であり、巨石信仰といえるのかもしれない。

巨石に何かしらの力があると信じられてきたのは、日本だけではないのだ。

戸隠奥社の天岩戸オーストラリアのエアーズロック

縄文時代から石や岩山には神秘的なものを感じていた

日本において、縄文時代にはすでに、石が祭祀に用いられていた。
たとえば信州を中心に発掘される「石棒」は、大地に立てられ、信仰の対象とされてきたと考えられている。最大のものは長野県で発掘された「北沢大石棒」で、高さは223cm、当時の人の身長をはるかに超える、巨大な石造物だ。

石棒がどのように祭られたのかはわからないが、凝灰岩や結晶片岩など、割れやすい素材でできているものが多いため、大地に打ち込まれていたのではなく、地面の上に立てられていたと考えられている。
形は男性器をかたどっているようだが、男性器を「陽」と見る感覚があったのかはわからない。中国の陰陽五行説が発生したのは紀元前5世紀ごろだとされるから、日本に入ってきたのはそのさらに後だろう。巨大石棒が作られるようになるのは縄文時代中期、今から約5000年前だ。

縄文土器には女性器がかたどられたものもあるから、性器になにかしらの意味がこめられていたのだろうが、具体的にはわからない。
祭祀跡と考えられる環状列石が、いくつも発掘されている。環状列石は秋田県の大湯環状列石など各地で発見されているが、竪穴建物の周囲に置かれた石であることもあり、判断には注意が必要だ。
三重県の天白遺跡には住居跡や生活していた形跡がないため、広大な祭祀遺跡だとされている。この遺跡からも石棒が発見されているほか、土偶や勾玉、多量の土器が発掘されている。

縄文人は、石や列石に何か神秘的なものを感じていたらしい。

長野県で発掘された「北沢大石棒」長野県で発掘された「北沢大石棒」

夫婦岩、興玉神石、古座川の一枚岩

それでは、現在、日本で信仰の対象とされている巨石を紹介しよう。
まず信仰の対象としてすぐに思いつくのは、三重県にある二見浦の夫婦岩ではなかろうか。男岩と女岩に注連縄(しめなわ)がかけられ、夏至の朝はちょうどその真ん中から太陽が昇る。

あまり知られていないが、夫婦岩のある二見興玉(おきたま)神社には、もう一つ巨石がある。
興玉神石(おきたましんせき)と呼ばれる岩で、夫婦岩の東北700m先に鎮座する。現在は海面下にあって陸地からは見えないが、祭神であるサルタヒコ大神の化身ともされる岩だから、参拝の際は、夫婦岩の東北に向かっても手を合わせるとよいだろう。

伊勢二見ケ浦にある夫婦岩伊勢二見ケ浦にある夫婦岩

寺社は建てられていないが、古来神聖な一枚岩とされてきたのが和歌山県の古座川町にある一枚岩だ。
高さ約100m、幅約500mもある、畏怖を感じるほど巨大な岩で、この岩を守った犬にまつわる不思議な昔話が伝わっている。

むかしむかし、岩を食べる化け物が現れて、古座川町にある岩を食い尽くしていった。虫喰岩と呼ばれる巨岩が穴ぼこだらけなのは、この化け物にかじられたからだという。しかし、化け物が一枚岩を食べようとしたとき、一匹の犬が現れ、勇敢にも化け物を追い払った。それが守り犬だ。
これはあくまでも伝説だが、4月19日と8月25日の前後数日間だけ、岩に犬の影が現れる。この影が見えるからこのような伝説ができたのか、単なる偶然かはわからないが、この影が一枚岩の神秘性をさらに高めているようだ。

伊勢二見ケ浦にある夫婦岩和歌山県古座町の古座川の一枚岩

岩木山、要石、天岩戸神社の岩

東北では、津軽一の霊山で、津軽の象徴ともいえる岩木山があげられる。
厳密には岩ではなく岩山だが、あちらこちらに巨石があり、頂上にある祠は巨石の上に鎮座している。その麓にある岩木山神社は、津軽一之宮だ。

関東に目をやれば、なんといっても要石が有名だろう。
茨城県鹿嶋市に鎮座する鹿島神宮、千葉県香取市の香取神宮の境内にあり、大部分が地中に埋まっているため上部しか見えないが、これにより地震を鎮めていると信じられてきた。鹿島神宮の祭神はタケミカヅチ、香取神宮の祭神はフツヌシだが、安政二(1855)年の大地震の後、地震を引き起こそうとする大鯰と格闘するタケミカヅチを描いた「鯰絵」が盛んに刷られた。

岩木山神社岩木山神社
岩木山神社香取神社の要石

アマテラスが隠れた天岩戸だと伝わる巨石は日本中に存在する。

もっとも有名なのは、宮崎県高千穂町に鎮座する天岩戸神社にあるものだろう。
神社の公式サイトによれば、西本宮から拝する位置に存在するようだが、御神体だからか、どんな姿をしているのかは示されていない。アマテラスに出てきてもらうため、神々が集まって相談したとされる「天安河原」には立ち入りが可能で、小石を積んで祈ると、願いが叶うと信じられている。

岩木山神社天岩戸神社の天安河原にある仰慕ケ窟

月山の巨石群、花窟神社など、各地の巨石や洞窟

その他、各地にある巨石信仰の名残をあげてみたい。

斎衡三(856)年に著された『文徳実録』には、ある夜、海辺に高さ一尺ほどの二つの「怪石」が流れ着き、「われはオオナムチ・スクナヒコナなり。昔この国をつくって東海に去ったが、今、民を救うために帰ってきた」と告げたというエピソードが記されている。これが茨城県の大洗磯前神社のご神体なのだそうだ。
出羽三山のひとつ、月山の頂上には巨石群があり、信仰の対象となってきたらしい。
和歌山県に鎮座する花窟神社には、日本書紀にイザナミの墓と記された高さ6mもの巨岩がある。
奈良県、大神神社のご神体は三輪山だが、その登拝道にはさまざまな磐座を見ることができる。
島根県の加賀の潜戸(くけど)は、出雲国風土記にも登場する高さ約30mの海蝕洞窟で、古い信仰の場だ。サダノオオカミが生まれるとき、母のキサカヒヒメが黄金の矢で射たためできたとされる。
高知県では、空海が「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」を会得したとされる御廚人窟(みくろど)が有名だろう。
沖縄にはたくさんの御嶽(うたき)があるが、琉球の始祖であるアマミキョが最初に降臨したとされる斎場(せーふぁ)御嶽の三庫門(さんぐーい)は、高さ約6mの岩でできた「神門」だ。

他にも巨石は各地にあり、古い信仰の名残を感じることができるから、初詣の参考にしてほしい。

花窟神社花窟神社
花窟神社沖縄の聖地。斎場御嶽の三庫理

■参考
出窓社『磐座百選ー日本人の「岩石信仰」再発見の旅』池田清隆著 2018年1月発行

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