築40年、窓をどうする?多くの高経年マンションが直面する課題
1953年に日本初の分譲マンションが誕生してから、約70年。マンションは一般的な居住形態の一つとしてすっかり定着している。同時に、当然ながら築年数の経ったマンションも増加の一途を辿っており、日本のマンションの総数は2022年末時点で約694.3万戸、そのうち築40年以上の高経年マンションは約125.7万戸存在し、10年後には約2.1倍、20年後には約3.5倍に増加する見込みだ(※1)。
今後そのような高経年マンションが直面するのが、建物の開口部(窓、窓枠、窓ガラスおよび玄関扉等の共用部)の改修だ。国交省が定めた『長期修繕計画作成ガイドライン』では、開口部の改修は3回目の大規模修繕での実施が想定されている。大規模修繕の周期は約12年が標準であるため、3回目は築後36~45年程度が目安となる。開口部の改修を検討するマンションが増加すると予想されるが、住民の合意形成の難しさや予算不足など、課題も顕在化していくだろう。
そうしたマンションの管理組合をサポートしようと、2023年11月18日、神奈川県横浜市で「マンション窓改修 大相談会」が開催された。マンションの管理組合や居住者を対象としたイベントで、主催は横浜市。当日は事前予約も含め40組60名の来場があったといい、地域からの関心の高さがうかがえた。当日のイベントの様子を紹介しよう。
横浜市が公民連携で「マンション窓改修 大相談会」を開催
2023年3月25日に設立された「よこはま健康・省エネ住宅推進コンソーシアム」。最高レベルの断熱性能(断熱等性能等級6及び7)や気密性能を備えた「省エネ性能のより高い住宅」が当たり前となるよう、発信力や技術力の高いさまざまな事業者が参画している本イベントを主催した横浜市は、健康・省エネ住宅の普及のため、市内の工務店・設計事務所、不動産事業者、建材メーカー、住宅関連団体などと連携し、「よこはま健康・省エネ住宅推進コンソーシアム」を設立している。今回はその参画事業者であるマテックス株式会社、株式会社LIXIL、YKK AP株式会社、住宅金融支援機構との共同開催となった。施工会社や窓関連製品メーカー、金融機関、マンションの窓改修の専門家などが一堂に会することで、来場者は窓改修についての基礎知識から具体的な進め方まで、ワンストップで相談できる催しだ。
マンションの窓改修にはどのような方法があるのか。会場で行われた「マンション窓改修キホンのキホン」のミニセミナーでは、以下の3つの施工方法が紹介された。
① 内窓の設置
既存の窓の内側に樹脂製サッシの内窓を取り付け、二重窓にする工法
② 窓ガラス交換
既存の窓ガラス(単板ガラス)を、真空ガラスなどの複層ガラスに入れ替える工法
③ 窓サッシ・ガラス交換(カバー工法)
既存の枠の上から新しい枠を被せ、窓サッシ・ガラスを新しくする工法
このうち、①②の工法は築30年未満などの比較的築浅のマンションで検討される方法であり、高経年マンションで採用されやすいのが③のカバー工法だ。窓全体がリフレッシュするので、サッシの歪みや建付けの不具合も解消され、竣工時が単板ガラスであった場合には、大幅な断熱性能の向上も期待できる。暑さや寒さ、窓周りの結露に悩んでいる居住者にとって望ましい工法だが、共用部である開口部は基本的に戸別でリフォームすることはできない。マンション全体での改修が必要になるが、そこに立ちはだかるのが「合意形成」の難しさだという。
窓の性能は“健康”や“資産性”に直結。その重要性を市が積極発信
改修工事を進めるには区分所有者の過半数の承認が必要になるが、高経年マンションではこの議論が難航することが多いという。合意形成の壁となるのが、窓改修の必要性への認識の差だ。省エネ性能や快適性を高めるために改修を望む居住者がいる一方で、不要だと感じる居住者もいる。築年数の経過したマンションは住民も高齢のことが多く、室内工事への協力が得られなかったり、「工事は必要ない」「現状維持でいい」といった声が上がりやすいそうだ。
そうした中では、まず関心を高めることが大切だと、横浜市建築局住宅政策課の林さんは語る。
林さん「窓の断熱性能が低いと、住まいの快適性が損なわれるのはもちろんのこと、居住者の健康リスクも高まります。室内外の温度差が大きいと結露が発生しやすくなり、カビやダニの発生、アレルギー疾患の発症につながったり、ヒートショック(暖かい部屋から寒い脱衣所や浴室に移動することで血圧が急上昇し、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こされること)が起きやすくなる危険性もあります。窓改修の効果は工事前に実感しにくいのが難点ですが、窓の性能は“健康”や“快適性”、マンションの“資産性”にも直結しますから、窓の性能の重要性を民間企業の皆さまが持つ強みを生かして啓蒙していきたいという思いから、このような企画を行っています」
横浜市がマンションの窓改修に力を入れるのは、マンションの居住者が多いという地域事情もある。横浜市の持ち家に占めるマンションの割合は、2018年時点で約4割、1998年の約20万戸から2018年には約39万戸と約2倍に増加している。マンションの居住率は24%と、東京特別区・指定都市と比較して最も高い。築41年以上のマンションは横浜市内だけで約6万4千戸、2050年には約34万戸になる見込みだ(※2)。地域の安全性や資産性を考える上で、マンションの老朽化対策は市としても大きな課題の一つとして捉えている。
林さん「横浜市は、2050年までに脱炭素化を目指す『Zero Carbon Yokohama(ゼロ・カーボン・ヨコハマ)』を掲げています。とはいえ、“脱炭素”という大きな文脈だと伝わりづらい部分もあるので、できるだけ市民の方の健康や暮らしに直結するものとして考えていただけるよう、省エネ住宅の啓発や普及に力を入れています。窓改修を進めたくても進められない管理組合が多いと聞くので、そうした管理組合の皆さんを、今回のように行政と民間企業が連携してサポートしていけたらと思います」
最大の課題は窓改修予算をどう捻出するか。進め方の工夫
建築用板ガラス、住宅サッシ、ビルサッシ、樹脂製品、住宅設備機器等の卸販売を手がけるマテックス株式会社 ビル開発部部長の長沢 繁さん。マンションの開口部に関わるリニューアルをサポートしている。経年による修繕だけでなく、断熱性や資産性の向上を図る改修なども相談可能マンションの窓改修を進める上で、最も大きな壁となるのが予算の問題だ。管理組合からの相談を受けているマテックス株式会社の長沢さんによれば、窓改修の重要性を認識していても、高経年マンションでは耐震改修や給排水管の更新工事などが優先され、省エネ改修まで予算が回らないのが実情だそうだ。
長沢さん「国の補助金の影響もあり、省エネリフォームへの関心も受注件数は増加しています。マンションの管理組合からの相談も増えていますが、全戸の窓改修となると、合意形成がなかなか難しいことが多いです。一番のネックはやはり予算です。新築時の長期修繕計画には開口部の改修が含まれていないことも多く、そうなると修繕積立金や補助金だけではとてもまかなえず、管理組合向けの融資に頼るケースも出てきます。住民にもいろいろな考えの人がいますから、どうしても合意形成が難しい場合は、管理規約を見直し、“自己負担での戸別改修”を認めるのも一つの方法です」
開口部の仕様は建物全体の資産性にも影響するため、戸別改修を認める場合にも、仕様の制限を設けることや工事の届け出は必須とするなど、一定のルール決めは必要となる。また、改修を希望する複数戸を管理組合がとりまとめ一斉に工事を実施、といった進め方も現実的だそうだ。近い悩みを抱えるマンションは多いようで、イベント当日も何人もの来場者からの熱心な質問が寄せられ、長沢さんは丁寧に応じていた。
管理組合の取り組みが市場から適正に評価される社会へ
適切なマンションの維持管理に必要な管理者及び監事の選任、管理規約及び長期修繕計画の作成状況などが審査対象となり、認定を受ければ適正に管理されたマンションとして市場で評価されることになる。購入希望者がマンションの管理状況を把握しやすくなる点もメリットだマンション全戸の窓改修は一筋縄ではいかないが、良好な居住環境を維持し、資産性の維持向上を図るためには、適切な管理、長期的な管理修繕計画の策定、運用が求められる。今回ピックアップされた省エネ窓改修をはじめ、適切な管理状況や修繕計画がきちんと市場から評価される仕組みづくりが望まれるだろう。
その点、横浜市は2022年11月に始まった「管理計画認定制度」の普及にも力を入れている。管理計画認定制度とは、適正に管理されたマンションが市場で客観的に評価されるよう、管理組合の運営や長期修繕計画の作成および見直しなど、一定の認定基準をクリアしたマンションを自治体が認定する制度だ。国が策定した基本方針をもとに、地方公共団体が推進している。閉鎖的になりやすかったマンション管理組合の運営状況を客観的な基準で見直すことで、適正な管理運営が進めやすくなることが期待される。認定後は5年ごとの更新が必要であり、最新の状況が評価される仕組みだ。横浜市によれば、2023年11月24日時点で認定を受けたマンションは49件ほどで、管理組合の健康診断的な意味でも制度の利用が広がっているという。
今回の相談会はマンションの窓改修がテーマであったが、住まいの別分野でもこうしたイベントの企画を検討しているそうだ。横浜市のように、行政と民間が同じビジョンのもと連携し、マンションの老朽化対策をサポートする仕組みが各地域でも積極的に行われることに期待したい。
取材協力:横浜市 建築局住宅政策課 マテックス株式会社
(※1)国土交通省 マンション長寿命化・再生円滑化について より
(※2)総務省 平成30年度住宅・土地統計調査 より
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