2017年から始まった“最涯(さいはて)の地” 珠洲市の『奥能登国際芸術祭2023』
石川県にある能登半島の先端、三方海に囲まれた場所に珠洲(すず)市はある。
“最涯(さいはて)の地”と呼ばれる珠洲市は、日本で唯一古代から続く「揚げ浜式製塩」により良質な塩をつくりだし、北前船で繫栄した土地であった。日本海を挟んで大陸とも近く、貿易などの交流もあったという。現在は“最涯(さいはて)の地”と呼ばれているが、かつては海を通じて開かれた「先端の地」としての歴史があるのだ。今も祭りや食をはじめとする豊かな文化と歴史が珠洲市には残されている。
未来を切り開く「先端」として、再度この土地の魅力を見直そうという発想のもと、市長の熱い想いもあり『奥能登国際芸術祭』は始まった。たくさんの支援を経て、2017年の初回開催以来、国内外のアーティストが珠洲という場所に集まり、土地と向き合い、その文化や歴史に根差した作品表現をしてきた。一時、コロナウイルスの影響もあり開催の延期もあったが、2023年秋、満を持して3回目となる『奥能登国際芸術祭2023』が開幕。今回は14の国と地域から59組が参加し、第1回からの常設を含め61点の作品が10のエリアでそれぞれ展示されている。
今回、芸術祭事務局のご協力もあり2023年9月23日の芸術祭開催式前後で『奥能登国際芸術祭2023』の取材が叶った。展示されているアート作品の魅力だけでなく、多くの珠洲市に残る建物の活用もされているこの芸術祭。アートと建物、まちづくりに通じる芸術祭の魅力を、ピックアップしてお伝えしたい。
コロナ禍を経て、海外のアーティストも多数参加
前回の奥能登国際芸術祭2020ではコロナ禍の影響を受け開催を一年延期した。一部の海外アーティストが参加が叶わなかったが、今回の『奥能登国際芸術祭2023』は多くの海外アーティストが作品を展示している。そのいくつかをご紹介したい。
珠洲市は能登半島の先端であるため、日本海らしい荒々しい岩礁海岸の外浦と、波穏やかな砂浜の内海に分かれている。その外浦の大谷エリアの海岸に2023年の新作として展示されたのがアゼルバイジャン出身のファイグ・アフメッドの作品、《自身への扉》である。
岩礁に立てられた鳥居は、スパンコールでおおわれており、海風や波で揺れて、日の光にきらきらと輝く。鳥居を神聖な「門」として読み解き、日の出と日の入りの間に立つことで、人生におけるふたつの側面を表した、というアートだ。門をくぐる行為は儀式でもあり、鑑賞者は通過行為を通じて自分自身もまた門であることに気づく、という。
もうひとつ、2023年の新作品として、珠洲市の内浦に展示された作品を紹介したい。インドのアーティスト、N.S.ハーシャの《なぜここにいるのだろう》という作品だ。
穏やかな海岸の緑に囲まれた空間に親子のキリンが立っている。親子のキリンの首にはカラフルな花輪のようなものがかかっているが、それは珠洲の海岸にたくさん辿り着く漂着物と、インドの動物園で起きたキリンの交換プログラムの出来事とを重ねたものだという。作家は、現代の故郷や地域性が乏しくなっている問いかけとして、「迷子のキリン」の親子を制作した。漂流物と遺伝子交換の象徴をまとうキリンの親子が、なぜここにいて、どこに向かうのかを鑑賞者に問いかけている。
古い生活用品など、珠洲市に残る文化・歴史もアートに表現
展示されている多くのアートが、自然だけでなく、使われなくなった建物や廃校を活用して展示が行われていた。
その中で、高台に立つ珠洲市立旧西部小学校の体育館をリノベーションした「スズ・シアター・ミュージアム」内は、戦前戦後の珠洲市の各家で使われていた生活用品や漁業や農業など生業でつかわれていた道具などを展示している歴史民俗博物館。白黒のブラウン管テレビやラジオなどの昭和の家電もあり、どこか懐かしい生活用品が、旧体育館の壁にこれでもかと展示されている様は圧巻だ。そこで行われているのが、アーティストらによるストーリー展開仕立てのインスタレーション《光の方舟》。照らされる生活用品とともに珠洲市の文化や時代を表すための音や民謡や祭囃子、戦争の記憶や波のさざ波など映像や光が次々に展開し、時代を旅しているような気持ちとなる体験型のアート作品である。
このミュージアムでは2023年9月22日〜24日の3日間、既成概念にはまらない世界的なダンサー、田中泯による《場踊りー歩む》が披露された。
使われなくなった建物、船などを活用したアートも多数
使われなくなった建物を活用してのアート作品を引き続き紹介したい。
祭りや朝市で人が集まる珠洲市の中心地、飯田にある建物を活用したアートを紹介。
ここな2020年まで30年間営業していた衣料店であった。その建物をベネズエラ出身のドイツのアーティスト、ソル・カレロがリノベーションした《La tienda Maeno》。この作家の特徴はカラフルな色のペインティング。カラフルな色は建物の外壁から内部に続き、内部では衣料店を営んでいた空間の物語が再構成されている。特定の場所の特性を活かして制作する表現を「サイト・スペシフィック・アート」というが、この作品はまさにそこにある建物とかつての営みから構想を得て、表現したものである。取材に訪れたときは、地元の方が集まりワークショップが開かれていた。かつての衣料店の時のように人が集う場所となっている。
保育所であった建物の近くは目の前に海岸がひろがり、塩田が多数あった大谷という場所。
大谷の旧清水保育所にあるアート作品が、塩田千春の《時を運ぶ船》である。奥能登の製塩業が廃れたあとも独りで揚げ浜式製塩を守り続けた角花氏のエピソードに触発されたというこの作品。塩田用の砂取船から溢れ出しているような赤い糸が空間を埋め尽くしている。塩づくりの歴史や記憶、守り続けた情熱が紡ぎ出されているような作品だ。
珠洲市の地元民や子ども達とつくったアート作品も多数
珠洲市の旧上黒丸小中学校では、地元の子ども達とつくりあげたアートもならんだ。
泰然+きみきみよの《あかりのありか〈のと〉》は、童話作家のきみきみよが書いた紙飛行機が能登を旅する童話を元に泰然と珠洲市の子ども達が、学び楽しみながらつくりあげたもの。紙飛行機が見たものを読書感想文ならぬ読書感想光として、積み木とLEDで表現し完成させたという。
同じ建物の中、嘉春佳の作品《祈りのかたち》は、珠洲市の文化として器をモチーフとし、地域の人々から古着や古布を集め、布で作った器を展開したインスタレーション。作品とは別に地域の方々も、思い思いの布からワークショップで布の器をつくりあげたものも展示されている。
宝立にある、かつての保育所でアートを展開したのはコロンビア出身のオーストラリアのアーティスト、マリア・フェルナンダ・カルドーゾ。《種のタイムカプセル》と名付けられたアートは、珠洲市に自生する様々な木々の種を地元民と協力し、集めてつくりあげたもの。松ぼっくりや椿、菱の実を素材として、種皮の強さや美しさを生かし、展示する保育所という場所からもインスピレーションを受けて、作品を通して表現しているという。種のもつアースカラーのグラデーションが美しい絨毯のような作品である。
作品に地元民や子ども達がかかわることで、またアートとこの地への理解が深まり、地域の美しさや文化・歴史を再認識する機会となっていると感じた。
構造体としての木材の可能性を拡げた建築家・坂茂氏の「潮騒レストラン」もオープン
芸術祭開催の前の日には、「スズ・シアター・ミュージアム」の横に建てられた建築家・坂茂氏による「潮騒レストラン」がオープンした。圧縮材として強度を上げた木材を、本来ビルなどの建設で鉄骨で用いられるトラス構造の材として使用。木材をトラス構造として活用して建てた、日本初の建造物となっている。高台に立つこのガラス張りの建物は、明るく、レストラン内から珠洲の海が望める。
「潮騒レストラン」の「潮騒」のネーミングは廃校となった学校のランチルームの名前からとったという。海を眺めながら食事ができるレストランとミュージアムショップを兼ねた奥能登国際芸術祭2023の公式グッズがならぶ店舗が入っている。レストランで提供されるメニューは、珠洲市の海で採れた海鮮や塩など地元食材をふんだんに使った料理が提供されるという。
アートの力を考える。ローカル線廃線の珠洲市で転入が転出を上回る
ところで、珠洲市には電車が通っていない。
かつて、のと鉄道の能登線(のとせん)として、穴水町の穴水駅と珠洲市の蛸島駅を結んでいたが、人口減にともなう利用者の減少のため、2005年に廃線にいたっている。
廃線の能登線の最終駅であった旧蛸島駅周辺にもアートが展示されている。2017年から常設で展示されているドイツのアーティスト、トビアス・レーベルガーの《Something Else is Possible/なにか他にできる》だ。作家は「旧鉄道の終着点を地域の再生と未来を望むような場所に」という思いで作品を構想したという。線路跡に置かれたカラフルなフレームとアート内におかれた望遠鏡を覗くと見えるプレートは、過去・現在・未 来を旅するかのように視界の変化を楽し める。
この芸術祭の効果もあってか、電車も通っていない珠洲市ではあるが転入が転出を上回り、移住希望者も増えてきており、人口増にも期待をしたいという。先日、やはりアートの力で海の再興を目的とした「瀬戸内国際芸術祭」の主要な島となっている直島に物件を求める移住者が増加し、地価が上がっている、というニュースもあった。
この芸術祭を訪れてみて感じたのは、ボランティアで芸術祭サポーターとして参加している地元の方々が、アートやアートにまつわる地域の歴史や文化を熱意をもって紹介してくれることに驚いた。アートがまた、地域の魅力を発見し、それをまた地域の方々が再発見しているエネルギーを感じることができた。珠洲市はたしかに“最涯の地”から、“最先端の地”として動き出しているのかもしれない。
『奥能登国際芸術祭2023』の会期は、2023年9月23日~11月12日まで。機会があればぜひ“最涯(さいはて)の地”を訪れて、地域で起きているアートとまちの新しい関係を感じてほしい。
■奥能登国際芸術祭2023
https://oku-noto.jp/ja/index.html
会期 2023年9月23日~11月12日(木曜定休)
会場 石川県珠洲市全域
● 主催 奥能登国際芸術祭実行委員会
● 実行委員長 泉谷満寿裕[珠洲市長]
● 総合ディレクター
北川フラム[アートディレクター]
公開日:














