「旅の評価を高めたい」から始まった新しいサービス「SAGOJO」
これまで旅の効用は、新しい世界を知る、その土地の人と知り合うなど旅をする人の視点で語られることが多かった。だが、受け入れる地域にも旅人と触れ合うことで変化が生まれる。それに気づき、旅を双方向性のある仕組みに変えることで地域を変える試みがある。旅×仕事のマッチングサイト「SAGOJO」だ。
創業者である新拓也さんもまた旅人である。学生時代にアジアをバックパッカーとして一人旅。旅の魅力を発信するWebメディアを立ち上げた。大学卒業後は非鉄金属企業でレアメタルの仕入れ、販売業務に従事するも3年で退社。1年ほどふらふらとインドを旅した。その後、旅に関する情報を発信するならメディアについて学ぼうと編集者として勤務。コンテンツ制作、メディア運用業務に従事しながら、2015年12月に立ち上げたのが株式会社SAGOJOである。
「旅をすることで、旅した地域での暮らしを想像したり、相手の立場に立って考えられたりするようになりました。災害があったときには支援の手を差し伸べられるようになるなど世の中をよりよくするために役に立つと考えています。そこで、旅をする人を増やそうと学生の頃から発信を続け、自分も旅してきたのですが、日本では旅があまり評価されていないように感じていました。特に社会人になってからだと休暇を取ること自体が評価されていませんし、旅が人を成長させてくれるとも思われていない。長期の旅の後、キャリアダウンという例も少なくありません。私自身も両親からは『逃げている』『考えが甘い』などと言われてきました。ただ、そうした考えの人に反論しても通じない。だとしたら彼らが納得するように旅がキャリアアップにつながったり、地域を変えていく人を生み出したりするなど、旅と仕事を結びつけ、そこに新しい価値を生む方法をと考えてつくったのがSAGOJOです」
取材依頼に人材をマッチングするところからスタート
旅する人に何ができるのかを模索し、最初に思いついたのは地域を取材し、情報を発信すること。新さんが編集者だったことを考えると自然な流れだろう。
だが、ワーケーションという言葉が一般的になってきた現在なら旅人が旅先で仕事をすることはごく普通に受け入れられるだろうが、2015年時点では理解を得られないことも少なくなかった。旅しているときには仕事はしたくないという人もいれば、旅人がちゃんと仕事をしてくれるか、いなくなってしまったら責任を問えないと疑う人もいた。
「そこで、その時期はあちこちのピッチイベント(スタートアップ企業などが自社の技術やサービスを投資家などにプレゼンする機会のこと)に登壇し、とにかく広く自分の考え、やりたいことを伝えて回りました。幸い、奈良県吉野町をきっかけに石川県白峰村などアイデアを面白がってくださった自治体があり、そこから徐々に声がかかるようになりました」
最初に始めたのは取材、情報発信の依頼とそれをやりたい人をマッチングするサービスである。ときには間に入ってスケジュール、内容その他の調整をしたりすることもある。宿や足は旅人が自分で手配するというやり方だが、知らない土地に行けて、かつそれが仕事になると旅好きな人に人気を呼び、応募倍率は10倍に及ぶことも。
当初の原稿を書いて情報を発信する仕事だけでなく、SNSで発信、動画を撮ってほしい、イベントのときに料理人に来てほしいなどと、職種も徐々に広がっており、依頼先からの満足度は非常に高い。
「この地域の魅力を探して発信してほしいという、旅人の自主性を重んじた依頼が多いのでやる気を刺激されるのでしょう。仕事として考えたら1回投稿すればよいものを、面白かったからと2回、3回投稿してくれる人もいます。旅好きが多く、いろいろな土地を知っているので、ほかと比較して何が魅力かを真剣に考えて発信することが地元の人にも新鮮な見方になることがあり、満足度は旅人、地元双方ともに高くなっています」
お手伝いなど地域の課題解決につながる体験で無料宿泊が可能に
ただ、倍率が高いことからも分かるように参加できない人も多数出てしまう。その人たちをもっと旅人として地方に送り出せないか。そのヒントになったのが奈良県吉野町上市にある三奇楼。元料亭旅館だった建物を地元の有志が改装、現在は全4室のゲストハウスになっている。蔵を改装したバーなどもあって地域交流も盛んな場だが、ここを外の人も集まるような場にしたいという声を聞いていた。
そこから思いついたのが「TENJIKU」というサービスだ。TENJIKUは地域が抱える課題に“ミッション”として取り組みながら、全国の拠点=TENJIKUに無料で泊まれるというもの。ミッションとしては地域の魅力のPR、宿の掃除や洗濯、DIYや農作業、地域の学童などさまざまな場での体験が想定されており、三奇楼での最初のミッションはそれまで活用されていなかった離れの改修。シャワー、トイレを設置、ベッドを置いて泊まれるようにし、床の張り替えや壁の塗装などのリノベーションを地域の人と一緒に進めていった。
「吉野町では自治体とのコミュニケーションはもちろん、地域とも関わりがあって始めることができました。しかもオーナーさんが工務店だったので改装にも知識、ノウハウがあった。結果、地域コミュニティと旅人が協働しながらリノベーションできました」
2019年、三奇楼に加え、京丹後市の移住体験スペース・オカモノヤシキ、下関市のゲストハウス・UZU HOUSEの3拠点でTENJIKUがスタートした。
TENJIKUがスタートするための要素は3つ。1つ目は当然ながら泊まれる環境。2つ目は地元で旅人を受け入れ、地域のミッションを提供してくれる案内人。3つ目は無料で宿泊できることで、拠点によっては自治体からお金が出ていることもある。
さらに旅人を巻き込み、関係人口に育てていくためには地域を巻き込んだミッションができることもポイントになる。ゲストハウスの場合、新たな開業希望者などが無料で宿泊しながらゲストハウスの仕事を経験して学ぶという仕組みがあるが、それでは旅人が地域と関われない。そこで、拠点がゲストハウスなどの宿泊施設の場合でも、地域コミュニティのお手伝いなどゲストハウス以外のミッションもできるようになっていることが必要だという。
自治体の移住お試し施設を利用した拠点も
最初期の拠点でいえばオカモノヤシキは地域でシェアオフィスなどさまざまな事業を展開している人が案内人になっており、拠点は案内人の個人宅。宿泊施設ではないが、TENJIKUは宿泊費が発生しないので業としての宿泊施設には該当しない。そのため、宿泊施設が営業できないところでもTENJIKUとしての活用なら可能なのである。
以降、いろいろな建物、施設を利用、今では全国に改修中も含めると15ヶ所(2023年9月時点)のTENJIKUがある。いろいろな種類があるのでいくつかご紹介しよう。
ひとつは自治体が保有している移住体験施設を利用したもので、青森県青森市のTENJIKU浅虫温泉、埼玉県小鹿野町のTENJIKU小鹿野がそのタイプ。
「最近は移住体験ができるようにと宿泊施設を用意している自治体が増えていますが、移住が前提になるとハードルが高いと感じる人もいるようで、なかなか応募がないケースがあると聞きます。また、単に泊まるだけでは地域の人と触れ合う、体験することはできません。TENJIKUの仕組みなら、訪れる人が地域を知るだけでなく、地域もその人を知ることができ、双方のお試しになります」
都心にマンションを分譲している会社と組んで、地方にある共用部として運用している例もある。それが千葉県香取市にあるTENJIKU香取、埼玉県秩父市のTENJIKU秩父(現在オープン準備中)。どちらもSAGOJOが改修から地域の人と一緒に進めているものだ。
「日鉄興和不動産がスポンサーになっており、マンション居住者が旅人としてTENJIKUの1室を訪れることができます。地方出身でない人にも田舎ができ、田植えなどの農作業を体験するなどを想定しており、家族連れが来やすい立地、施設。地方にある、マンション居住者が優先利用できる地域のキッザニアみたいなものともいえます」
この取組みでは、旅人から移住者になるケースも
それ以外ではペンション、ゲストハウスなどの宿泊施設を利用した兵庫県豊岡市日高町のTENJIKU神鍋、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町のTENJIKU熊野・那智、徳島県美馬市のTENJIKU美馬、コワーキングを経営する会社がハブになっている山梨県富士吉田市のTENJIKU富士吉田、長崎県南松浦郡のTENJIKU新上五島、キャンプサイトの管理事務所上階の屋根裏を利用した栃木県日光市のTENJIKU日光、地元の人たちが空き家を改修した石川県白山市白峰地域のTENJIKU白峰など。バリエーションに富んだ場が全国に展開されているのである。
旅人は事前に予約を入れることになっているので、案内人はそれに合わせて仕事を用意する。やってもらいたいことがある場合にはそれをやってもらい、手伝いがない場合にはSNSで地域のPRをするなどの仕事をする。それ以外の時間は自由に過ごせる。
最初のうちは依頼が少なかったが、慣れてくるうちに他の地域からリクエストが出るようにもなった。奈良県吉野村では上市に拠点があることから旅人は上市でミッションをすることが多かったが、徐々に他の地域からもリクエストが出て、今では村の全域から手伝ってほしいという声が集まるようになった。
今やらなくてもいい仕事を旅人が来たときにやろうという、旅人到来を作業のきっかけにする流れもあるという。
「地方では人手、特に若い人の力が必要ということがよくあります。旅人が来なければ放置されていた作業が旅人が契機となって動き出すわけです。ゲートボールのキーパーや審判、祭りで神輿を担いだり、担ぐ人に飲み物を渡す役など作業内容はそれほど大変なものではなく、迎える側が旅人が来ることを楽しみにしているような依頼もあります。それで盛り上がって一緒にお昼を食べ、さらに夜ご飯までご馳走になるなどして仲良くなることもしばしばです」
古くから拠点のある吉野町では10回以上訪れ、最終的に移住した人もいる。段階を踏んで少しずつ仲良くなり、人間関係ができてからの移住なら互いに齟齬も少なく、うまくいきやすいのではなかろうか。
旅人が訪れることで地域が変わる
SAGOJOではマッチング業務、TENJIKUのほか、学べる旅のプログラムを提供するSAGOJOスクールを展開するなど、次々に新たな手を打ち、さまざまな形で旅と仕事を絡ませ続けている。
現在、メンバーは2万6,000人ほど。旅する時間的余裕があるから学生が多いだろうと言われることもあるが、仕事を入り口にしていることから実際に中心となっているのは社会人だ。年代、性別は多様で最高齢は70代。
コロナで人が動けないときは一時期大変だったそうだが、逆に現在はリモートが追い風になっている。地方で旅人になっていても同時並行でリモートで会社勤務ができるようになったためだ。
TENJIKUの応募者は意外に少なく、スタートからの4年間で1,600人ほど。コロナもあったからだが、年平均にすると約400人というところか。新さんはアフターコロナでもっと多くの人が動いてくれることを期待している。
「旅人が来てくれる、楽しかったと再び訪れてくれることで地元の人たちのシビックプライドは高まりますし、しょっちゅう、いろいろな人が訪れることで地域の雰囲気も徐々に変わってくる。人の流動性が高まることは地域を大きく変えます。移住者に厳しい目を向ける人も旅人なら受け入れやすい。そう考えると旅する人が増えることはより世の中をよくする、当初思ったとおりのことが起きつつあると思います」
ちなみにSAGOJOとは多くの人のご推察どおり、西遊記からのネーミング。登場人物としてはそのほかに孫悟空、三蔵法師、猪八戒などがいるが、会社自体が旅人をサポートする役割を果たすものと考え、沙悟浄にした。ほかにない社名でもあり、不思議がられ、覚えてもらいやすいそうだ。
そしてもちろんTENJIKUは孫悟空たちが向かった最終目的地。拠点としてのTENJIKUが訪れる旅人の何人かにとっての最終目的地になるかもしれないと考えると、これはいいネーミング。日本のあちこちにTENJIKUが誕生し、誰もが気軽に旅人になれる日が来ると楽しいだろうと思う。というより、私も旅人になりたいものである。
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