「ホシノタニ団地」と「ざまにわ」で、みんなが集う駅前を創出

座間駅前の「ざまにわ」。緑が美しい、ベンチがあり気軽に休める「人が集う庭に」座間駅前の「ざまにわ」。緑が美しい、ベンチがあり気軽に休める「人が集う庭に」

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」無差別級部門最優秀賞を受賞した、小田急線「座間」駅前の広場「ざまにわ」。リノベーション・オブ・ザ・イヤー無差別級部門は、一般社団法人リノベーション協議会が主催する、ビル、店舗、SOHO、コミュニティデザインなど住戸単位のリノベーションの枠に収まらないものを表彰するものだ。

「ざまにわ」は、「小田急マルシェ座間」のリノベーション事業により創出されたスペースを活用したもの。緑あふれるコミュニティスペースとして、2021年11月にオープンした。

「ざまにわ」のすぐ近く、座間駅から徒歩1~2分の場所に立つ「ホシノタニ団地」(後ほど紹介)も、リノベーションによりにぎわいを取り戻した賃貸マンション。老朽化した団地と敷地を街に開き、『人と人、人と街をつなぐ場として編集する』というコンセプトでリノベーションが行われ、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2015総合グランプリを受賞。また2016年度グッドデザイン賞ファイナリスト、金賞(経済産業大臣賞)を受賞。紹介する「ざまにわ」は「ホシノタニ団地」から続くストーリーのひとつといえるだろう。

今回は、「ざまにわ」「ホシノタニ団地」ともに企画・設計監修に携わった株式会社ブルースタジオのクリエイティブディレクター、大島芳彦さんに開発の意図、街づくりへの想いなどをお聞きした。

東日本大震災後放置されていた築50年超の社宅をリノベーション

活気を取り戻した「ホシノタニ団地」。座間市の子育て支援センターや喫茶店などがあり、住人でなくても気軽に行き来できる。サポート付き貸し菜園は住人以外の利用者が多数活気を取り戻した「ホシノタニ団地」。座間市の子育て支援センターや喫茶店などがあり、住人でなくても気軽に行き来できる。サポート付き貸し菜園は住人以外の利用者が多数

座間駅東口に位置する「ホシノタニ団地」は、もともと小田急電鉄の社宅として使われていた建物。2011年3月の東日本大震災後、4棟のうち2棟が建物の耐震性に問題があることを理由に仮囲いがされ、使われていない状態だった。
当初は建て替えを検討したものの、少額投資で新たな付加価値を創出できることに加え、新規沿線住民の流入も見込めること、また駅周辺エリアの価値向上が期待されることから、リノベーション実施に至ったという。

「ホシノタニ団地は座間の駅前ですし、その街の雰囲気や印象に大きな影響を与える場所です。団地の再生はすなわち街の再生です。座間の街をどのようにしていきたいのかというブランディングが必要で、ビジョンを示す必要があると考えました」と大島さん。

そして生まれた「ホシノタニ団地」のリノベーションのコンセプトが「人と人、人と街がつながる、子どもたちの駅前広場」。住棟の間にゆとりがある団地の敷地を開放し、「みんなが集う駅前広場」と見立てたという。

「以前は駐車場だったスペースを緑地化し、その場所を子どもたちが安全に遊べる広場にしたいと考えました。子どもが安全に遊べる駅前というのはお年寄りにとっても安全です。駅前に団地があるからこそ、そういう世界観をこのエリアのビジョンにしましょうと。そうすると団地の再生だけにとどまらず地域の再生につながるので、沿線やエリアの価値向上に結び付くエリアリノベーション的な発想を最初から持ちましょうと、小田急電鉄の担当者に提案しました」

活気を取り戻した「ホシノタニ団地」。座間市の子育て支援センターや喫茶店などがあり、住人でなくても気軽に行き来できる。サポート付き貸し菜園は住人以外の利用者が多数人の交流を生み出すさまざまなイベントが開催されている「ホシノタニ団地」(コロナ禍以降休止中)。リノベーションにより、周辺相場よりも高い賃料でもすぐに満室になる人気の賃貸物件となった

広場や家庭菜園、ドッグラン、座間市の子育て支援センターなどを地域に開放

ゆったりとお茶などが楽しめる「喫茶ランドリー」の内部。取材時に2人いたスタッフのうち一人は「ホシノタニ団地」の住人だった。もともとは店に通っていたお客さまで、雰囲気のよさからスタッフになったそうゆったりとお茶などが楽しめる「喫茶ランドリー」の内部。取材時に2人いたスタッフのうち一人は「ホシノタニ団地」の住人だった。もともとは店に通っていたお客さまで、雰囲気のよさからスタッフになったそう

ゆったりとした敷地に立つ「ホシノタニ団地」。先に紹介したように、その広々とした敷地を地域に開放しているのが、ほかの団地ではめったに見られない大きな特徴だ。

敷地内には自由に過ごせる広場のほか、地域の人も使えるサポート付き貸し菜園、ドッグラン、子どもたちが遊ぶのに好適な築山などを設置。駅に一番近い住棟の1階には3住戸分をつなげた座間市の子育て支援センターが入っている。その奥の住棟の1階には「喫茶ランドリー」が入居。名前のとおり洗濯ができるほか、ミシンの貸し出しもOK。地域の人の貴重な交流の場となっている。また、1階の住戸はベランダと腰壁を撤去してウッドデッキを設置。すべて庭付きの住戸とし、広場から直接アクセスできるようになっている。

「ホシノタニ団地の賃料は、座間の周辺の相場と比べたら3割ほど高くなっています。それでも、都心で働いていて下北沢や登戸など都心へのアクセスの良好な場所で暮らし、15万円以上もするような家賃を払っていた夫婦やカップルなどがホシノタニ団地に来て、9万5,000円(1階)や7万2,000円(上階)の家賃を払って住んでいるのです(各部屋37平米。共益費抜き)。周辺の座間の相場よりずいぶん高くても、彼らのお財布感覚からしたらまったく高くないのでしょう。
座間の相場で考えたら高くても、ホシノタニ団地の代えがたい周辺環境とかコミュニティなどを皆さんが『価値』と考えて入居してくださっているという状況が生まれています」

リノベーション事業で生まれ変わった「ざまにわ」の効果もあり、緑と活気のある駅前に生まれ変わった座間。しかし、ホシノタニ団地のブランディングをしていた2014年ごろは、駅周辺には空き店舗が目立っていたという。
「座間のブランディングをする際に、ホシノタニ団地と同じく『人と人、人と街がつながる、こどもたちの駅前広場』と考えたときに、空き店舗が多い駅前にも問題があると考えていました。その後ホシノタニ団地をリノベーションしたことで人が移り住み、人の流れが生まれたことで、この場所に店を出したいと考える人が出てきたのです」

それが駅前商業施設「小田急マルシェ座間」のリノベーション事業で創出したスペースを活用した駅前広場「ざまにわ」の誕生へと、ストーリーがつながることになるのである。

リノベーションを通して人の交流が活発に。「循環型コミュニティ」創出の好例

駅前商業施設「小田急マルシェ座間」のリノベーション事業により、駐輪場をロータリー中央部に移設。街に開くという「ホシノタニ団地」のコンセプトを踏襲し、ベンチのある緑豊かなコミュニティスペースとして誕生した「ざまにわ」。2021年11月に、座間市制施行50周年に合わせてオープンした。

「ざまにわ」の広さは約340平方メートル。おおよそで、学校などに設置している25メートルプールぐらいの大きさ。ベンチのある芝生ゾーンは休憩などに自由に使えるほか、webの予約サイトから事前申請することでイベントなどに利用することも可能だ。

「駅前商業施設の小田急マルシェ座間が防水・塗装工事など大規模修繕のタイミングを迎えていたので、建物のリノベーションと合わせて交通の結節点でしかなかった駅前を、人のための駅前広場に戻していきましょうと提案しました。
それはホシノタニ団地が『人と人、人と街がつながる、子どもたちの駅前広場』というコンセプトを打ち立ててリノベーションを行い、それが地域に定着してきていたので、本物の駅前広場も人の手に取り戻しましょうという考え方で進めていきました。駐輪場の中に誰も関わることができない緑があったので、駐輪場をロータリーの中に移設して、人と人との交わりが生まれる広場につくり変えたのです」

「ホシノタニ団地」では、1000人ほどが集まりにぎわいを見せた「ホシノタニマーケット」(コロナ禍以降休止中)や、ナチュラリスティックガーデン講座と銘打ったワークシップの開催、庭続きで気軽に利用できる「喫茶ランドリー」、ドッグランやサポート付き貸し菜園、さらには子育て支援センターの設置などにより、さまざまな交流が生まれてきた。

さらに駅前の「ざまにわ」に加え、ロータリーに面した小田急マルシェ座間2にできたレンタルスペース「ざまのま」など、日々の交流やイベント開催などを通じて、新たな地域コミュニティの形成と地域活性化を実現。座間駅前のリノベーションは人の輪がどんどん広がる、循環型コミュニティ創出の好例といえるだろう。

リノベーション前の座間駅前。駐輪場があるあたりが「ざまにわ」になり、左側にある緑のあたりに駐輪場を移設したリノベーション前の座間駅前。駐輪場があるあたりが「ざまにわ」になり、左側にある緑のあたりに駐輪場を移設した
リノベーション前の座間駅前。駐輪場があるあたりが「ざまにわ」になり、左側にある緑のあたりに駐輪場を移設したリノベーション後の座間駅前。人がゆったりと行き来できる駅に様変わりした
リノベーション前の座間駅前。駐輪場があるあたりが「ざまにわ」になり、左側にある緑のあたりに駐輪場を移設したベンチもある「ざまにわ」は絶好の憩いのスポットに。リノベーションにより、緑豊かな美しい駅前になった

「消費者ではなく当事者になる。当事者が参加可能な街になることがリノベーションまちづくりで大事」

お話をお聞きした、株式会社ブルースタジオ 専務取締役でクリエイティブディレクターの大島芳彦さん。「今回のリノベーションは、小田急電鉄さんのほか、小田急SCディベロップメント、座間市の担当者など、チームの一体感があってこそ実現できたものだと思っています」お話をお聞きした、株式会社ブルースタジオ 専務取締役でクリエイティブディレクターの大島芳彦さん。「今回のリノベーションは、小田急電鉄さんのほか、小田急SCディベロップメント、座間市の担当者など、チームの一体感があってこそ実現できたものだと思っています」

「ホシノタニ団地」「ざまにわ」と続いた一連のリノベ―ションを、「リノベーションまちづくり」と話す大島さん。その想いをお聞きした。

「リノベーションまちづくりと、いわゆる今までのまちづくりの違い。それは、再開発など一旦リセットして建て替えることによる街づくりではなく、リノベーションまちづくりは既存の空間資源のみならず多様な社会資源を生かしたまちづくりを行っていることです。

言葉だけ聞くと何か美しく聞こえますが、既存の社会資源を活用したまちづくりは、やはりその地域のビジョンや、『このような街にしたい』という意思を誰かが持っていないと、共感してその街にやってくる人がいないわけです。ただ単にそこがおしゃれとか美しいとかだけでは、住む人は消費するスタンス、まさに消費者で、ほかに魅力的な街ができたらすぐに引っ越してしまいます。

つまり消費者ではなくて当事者になれる場所という意識がすごく大事なのです。例えばの話ですが、ホシノタニ団地の菜園で野菜を作っている人たちは、ホシノタニ団地の当事者。ホシノタニ団地に住んでいる人に自分が育てた野菜を分けて、美味しかったですって言われたらうれしいですよね。また住んでいる若い人たちも、野菜を育てた人とのコミュニケーションそのものが自分たちの存在意義を、ただ単に家賃が抑えられるから住んでいる人たちとは違う充実感を感じるわけです。

駅前にお店を出す人も、人流や売上予測のデータだけではなく、そこに自分たちの理念を持った店をオープンするということが街の理念と合っているのであれば、価値観を共有する人たちがお客さまとして来店してくれます。

そういった人々の共感を育むビジョンをまずはデザインした上で、その街が消費者ではなく当事者たちが参加可能な街にしていくことが、リノベーションまちづくりですごく大事なことだと思います。私は全国の街でそのようなリノベーションまちづくりの観点で仕事をしているのですが、今回の座間も同じです。参加可能な当事者たちのための街をつくる。座間の駅前に、街の人たちが当事者になれる場所をつくるということを考えました」と大島さん。

コロナ禍によりリモートワークが増え、多くの人が通勤や打ち合わせなどに便利な都心の近くに住む必要性を感じなくなった昨今。沿線住人が集まる都心部のターミナル駅周辺の開発が盛んに行われているものの、今後の地域発展には郊外の開発、特に老朽化した団地などのリノベーションと同時に、「移住してこの街に住みたい」と思えるようなビジョンを提示したリノベーションまちづくり、循環型コミュニティの創出がそれ以上に必要になってくるのではないかと取材を通じて感じた。

■取材協力/株式会社ブルースタジオ
https://www.bluestudio.jp/

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