ものづくりのまちとして発展

2022年10月9・10日、「藻谷浩介と行くバス講演ツアー福岡編」(NPO法人Compus地域経営支援ネットワーク主催)が開催された。地域エコノミストの藻谷浩介さんと、福岡を拠点に国内外でプロジェクトデザインを実践する後藤太一さんのガイドのもと、福岡各地のまちづくりのキーパーソンを訪ねて話を聞く同ツアー。全国各地から20~80代の28人が参加し、1日目の夕方から夜にかけて北九州市に滞在した。

藻谷さんは北九州を「リノベーションまちづくりの分野で全国をリードする存在。まちづくりの成果もあり、まちが明るくなった」と話す。

九州の玄関口にあたる北九州市の小倉駅。JR九州とJR西日本、北九州モノレールの駅がある 九州の玄関口にあたる北九州市の小倉駅。JR九州とJR西日本、北九州モノレールの駅がある

福岡県北部に位置する北九州市の人口は92万3,793人(2022年11月1日現在)。1979年の約106万8,000人をピークに、人口減少と高齢化が進んでいる。

1901年に官営八幡製鉄所が操業を開始し、TOTOや安川電機に代表されるように、ものづくりのまちとして発展してきた北九州市。一方で、深刻な公害問題を抱えながらも、産学官民が連携して克服。2018年には国内初の「SDGs未来都市」に選定された。また、「共働き子育てしやすい街ランキング2021総合編」(日経BPコンサルティング調査)で5位、「次世代育成環境ランキング2021 政令指定都市部門」(NPO法人エガリテ大手前)で1位に輝くなど、子育て環境が高く評価されている。

リノベーションまちづくりを推進

北九州市のJR小倉駅近辺を案内して話を聞かせてくれたキーパーソンは、「北九州家守舎」共同代表の遠矢弘毅さん。鹿児島出身の遠矢さんは大学進学で北九州に移住し、38歳で北九州市の外郭団体でインキュベーションマネージャーに。退職して2010年、小倉駅そばにインキュベーションカフェ「Cafe Causa」をオープンすると、「何か始めたい前向きな人や情報が集まり、新しい価値が次々と生まれて、僕自身も運営する会社が増えていった」という。

遠矢さんがオーナー店主を務める「Cafe Causa」。1階がダイニングバー、2階はフリースペース遠矢さんがオーナー店主を務める「Cafe Causa」。1階がダイニングバー、2階はフリースペース

北九州市は2010年度に「小倉家守構想」を策定。行政と民間が連携して、小倉地区の遊休不動産などを再生することで、産業振興や雇用創出、コミュニティ再生などを図る「リノベーションまちづくり」を打ち出した。そこで2011年リノベーションスクールをスタート。まちに実在する物件を対象に、関心を持ち全国から集まった人たちがユニットを作り、3~4日ほどの短期集中で事業計画を立案して、物件のオーナーにプレゼンテーションを行うという取組みだ。

構想当初から関わってきた遠矢さんは、2012年コアメンバー4人で「北九州家守舎」を設立。スクール終了後の実事業化を担い、いくつもの事業を手がけてきた。

遠矢さんがオーナー店主を務める「Cafe Causa」。1階がダイニングバー、2階はフリースペース小倉都心部の一等地にある「船場広場」。廃業して15年以上そのままになっていたホテルを取り壊し、新たな空間に。北九州家守舎で管理するこの広場について、遠矢さんが説明

ビルの1フロアをゲストハウスとダイニングとして再生

小倉北区のビル4階にある「Tanga Table(タンガテーブル)」は、2014年のリノベスクールから誕生した物件の一つ。立地がいいものの、176坪あって長年空いていた物件を、67室のゲストハウスとダイニングにリノベーションした。「小倉らしい宿を作ろう」という発想から、隣接する旦過市場の食材を使った料理を提供している。

1泊2,800円と格安で、長期滞在者が多く、数年住む人も。新型コロナウイルス感染症がはやる前は宿泊者の半数が外国人で、うち8割は韓国からだった。「観光ではなく、日本人の生活を知りたいという人に好評です」と遠矢さんは説明する。

「Tanga Table」の受付カウンター。ドミトリーや個室、グループ用の和室、宿泊者専用のキッチンやラウンジを備えている「Tanga Table」の受付カウンター。ドミトリーや個室、グループ用の和室、宿泊者専用のキッチンやラウンジを備えている
「Tanga Table」の受付カウンター。ドミトリーや個室、グループ用の和室、宿泊者専用のキッチンやラウンジを備えているダイニングは、イベントやコワーキングでの利用も可能

ダイニングの窓からは、旦過市場を見下ろすことができる。旦過市場は、昭和30年代に建築された長屋式の商店街。鮮魚や精肉、青果、総菜などを取り扱う200軒ほどが並び、「北九州市民の台所」と呼ばれ、市民はもちろん観光客にも親しまれてきた。

しかし、2022年4月と8月に大規模火災が発生し、今は復興に向けて歩みを進めている。

「Tanga Table」の受付カウンター。ドミトリーや個室、グループ用の和室、宿泊者専用のキッチンやラウンジを備えている市場内の店が焼失し、移転して営業する店の案内が貼られている
「Tanga Table」の受付カウンター。ドミトリーや個室、グループ用の和室、宿泊者専用のキッチンやラウンジを備えている左側が火事の被害に遭った。残っている店は元気に営業中

築50年で取り壊し予定だったビルをクリエイターの拠点に

小倉魚町の「メルカート三番街」も、リノベーションによって生まれたクリエイティブ拠点だ。10年間空いていた築50年・木造2階建てのビルは、取り壊して新築する予定だったが、オーナーがリノベーションまちづくりを知ったことで方向転換した。

「メルカート三番街」は商店街とつながっている「メルカート三番街」は商店街とつながっている

まず見通しを立てるため、工事前に入居者を決めることに。入居を希望する若手のクリエイターら10組が集まり、無理なく払える賃料を聞くと、相場の半分程度だったという。それでもオーナーはOKを出し、2011年に改修してオープン。

飲食店や雑貨屋、美容師、照明デザイナー、メディアなどが入居し、現在は飲食店2件をのぞいて新たな顔ぶれになった。入居者は自主運営組織を作り、自分たちで営業時間などを決めて、愛着を持って活動できるように工夫している。

「メルカート三番街」は商店街とつながっている「メルカート(mercato) 」はイタリア語で「市場」の意。質の高いモノとサービスと情報が行き交う場にしたいという思いが込められている

全国に広がったリノベーションスクール

遠矢さんが関わる北九州市小倉のリノベスクールは7年間で13回開催され、20以上のプロジェクトが事業化に至った。20年住み手がいなかった木造家屋がカフェに、10年空いていたビルの5階がシェアオフィスに生まれ変わるなど、まちの活性化に大きく貢献してきた。リノベスクールは全国に波及し、韓国を含めて世界29都市に約6,000人の卒業生がいる。

「産学官民のさまざまな人たちが連携したリノベーションまちづくりによって、北九州市はディベロッパーが新築しようと思えるまちになったことは一つの成果です。それに何よりも面白い人たちがたくさん生まれて、僕らのような活動をする人が各地に出てきたことがいい流れだと思います。僕らはこの取組みを全国に伝えつつ、次に何しようかと考えているところです」と遠矢さん。これからも北九州から新たな動きが生まれそうだ。

写真の奥に見えるのは北九州市小倉北区にある「リバーウォーク北九州」。商業施設と劇場、美術館分館、NHK、朝日新聞社、大学などが入っている。施設内から、隣接する小倉城が見える写真の奥に見えるのは北九州市小倉北区にある「リバーウォーク北九州」。商業施設と劇場、美術館分館、NHK、朝日新聞社、大学などが入っている。施設内から、隣接する小倉城が見える

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