コロナ禍で身近に。大手も個人も、百花繚乱のキッチンカー

「松尾ジンギスカン」を運営する株式会社マツオのキッチンカー「松尾ジンギスカン」を運営する株式会社マツオのキッチンカー

オフィス街で、商業施設で、イベントで、キッチンカーを目にする機会が増えてきた。密を避けてお気に入りを選べる楽しさがあり、コロナ禍でより身近になった印象だ。

事業者としても、出店コストや維持費を抑え、出店場所を変えられる柔軟性が魅力だ。「カレーハウスCoCo壱番屋」が出張販売に乗り出し、ハウス食品グループがキッチンカーレンタルを始めるなど、有名企業も参入。マッチングなどの関連サービスも生まれ、ビジネスチャンスは拡大している。

人気の波は人口の多い都市部に限らない。公共交通機関が張り巡らされていない地方部が多い北海道にも及んでいる。北海道庁によると、飲食店として登録する「自動車営業」は2018年度末に822施設だったが、2020年度末は1,138施設と4割ほど増えた。

東京都内にも実店舗がある「松尾ジンギスカン」は、コロナ禍をきっかけに2021年11月にオリジナル車両を導入した。アンテナショップ的な存在として、実店舗との相乗効果が期待されている。また旭川市在住の筆者の周囲でも、キッチンカーの事業を始める人が相次ぐ。キッチンカーの始め方や参入のきっかけ、手応えといった本音を聞いた。

「松尾ジンギスカン」を運営する株式会社マツオのキッチンカー「ジンギスカン丼」や「羊肉キーマカレー」など、多彩な羊肉のメニューを展開する「松尾ジンギスカン」のキッチンカー
「松尾ジンギスカン」を運営する株式会社マツオのキッチンカー後述する「WORLD」(左端)などが連なるイベント会場。キッチンカーが多く集まる光景も珍しくなくなった

製作にかかる費用や車両の選び方は? DIYできる?

真っ先に思い浮かぶハードルは車両の用意だ。実際の製作はどうなのか。

「松尾ジンギスカン」の車両を手がけたのは、旭川市の大堂和貴さん。妻の絵津子さんと、2019年7月からエッグワッフルのキッチンカー「カムイの恵みAlice」を営業している。2人とも元住友不動産の社員で、設計などに携わった。自身の車両は道内のビルダーに約300万円で製作してもらったが、独自色を追い求めていた「松尾ジンギスカン」を運営する株式会社マツオから設計技術や運営ノウハウを見込まれ、オファーを受けた。

エッグワッフルなどを販売する「カムイの恵みAlice」のキッチンカーエッグワッフルなどを販売する「カムイの恵みAlice」のキッチンカー

まず検討したのは、けん引型か、荷物スペースにキッチンを載せる一体型か。けん引は車両と切り離せて柔軟に運用できる一方、運転の難易度は上がり、雪道での走破性も考慮する必要がある。一体型なら、軽トラか、貨物バンか、マイクロバスか、トラックかなどベース車両を検討する。「松尾ジンギスカン」の運営会社は2021年5月にレンタル車両で営業を始め、その経験から理想の設備の大きさ、効率的な動線が見えたため、大堂さんらに伝えた。

要望を図面に落とし込み、仲間1人と3ヶ月かけて造り込んだ。設計に加え、木材と金属の加工技術があり、時間も豊富にあれば「やる気次第で、最低限のものならDIYでできる」と感じたという。自身も旭川への移住後にDIYの腕を磨いてきた。あとは、どこまでこだわるかで金額が変わってくるという。

「車両代込みでとにかく安く造りたいなら、バンタイプの軽貨物車の改装で100万円ほど。2トントラックをベースに造り込むなら500万円級です。最初から大きなもので勝負するより、例えば軽トラの荷台で試して、うまくいけば大きくするのがおススメです」

エッグワッフルなどを販売する「カムイの恵みAlice」のキッチンカー「松尾ジンギスカン」のキッチンカーを手がけた大堂和貴さん(左)。納屋も自らリノベーションし、カフェとして不定期営業する。隣は妻の絵津子さん

食材の宝庫・北海道。キッチンカーで食の魅力をお届け

ハイエースでけん引される「カムイの恵みAlice」のキッチンカーハイエースでけん引される「カムイの恵みAlice」のキッチンカー

大堂さん夫婦には「いつか北海道でカフェを」という夢があった。ただ以前のようにがむしゃらに働くイメージは持てず、移住前から「ゼロから1千万円単位の博打はできない。キッチンカーなら、最低限の投資で挑戦できる」と考えていた。

それだけに「カムイの恵みAlice」では地元の鹿肉、特注ソーセージ、自宅隣の田んぼで育ったブランド米「ゆめぴりか」の米粉など、地産地消にこだわるが、ほかにも筆者の知人には食の魅力発信に力を注ぐ人は多い。3人の事業者に聞いてみた。

かつて飲食店を経営していた桜井恵さんは、食べ物に配慮が必要な人を含め、誰もが楽しめる肉まんなどを販売する「WORLD(ワールド)」を始めた。食の多様性に対応するコンサルティング会社に勤め、インバウンド客の誘致に励んでいたが、コロナ禍で転換。ヴィーガンやアレルギー、宗教上の禁忌があっても食べられる「北海道の冬の定番」を届けようと、2022年2月から走り始めた。化学調味料などを加えない100%植物性の「まるで肉まん」や、道民になじみ深い羊肉(ハラル認証)を使った「ラムまん」もある。

ソバ産地として全国的に有名な旭川市江丹別地区に移住した妻鳥鈴香さんは、そば粉を使ったガレットやコーヒーの「MENDORIn.(メンドリン)」を切り盛りする。移住を見越し、「起業するなら、移動しても続けられるキッチンカーが自分のライフスタイルに合う」と着目。事業化を思い立ってから半年後の、2021年春にスタートさせた。

上富良野町の「忽布古丹(ホップコタン)醸造」のクラフトビールを樽生で飲み比べできる「とびあ」を経営するのは、飲食店勤務の経験がない介護業界出身の三本雅行さん。この醸造所やクラフトビールの楽しみ方を伝えようと、2020年12月に立ち上げた。新型コロナの影響と資金面、そして気軽にクラフトビールに接する場を増やそうとの思いから、キッチンカーを選んだ。

ハイエースでけん引される「カムイの恵みAlice」のキッチンカー食に配慮が必要な人も楽しめる商品を提供する「WORLD」の桜井恵さん
ハイエースでけん引される「カムイの恵みAlice」のキッチンカー「MENDORIn.」でガレットを販売する妻鳥鈴香さん

強度の確保や車両の選定に汗。家族総出でコスト抑制も

車両選びも予算もさまざまだ。

「とびあ」の三本さんは軽トラにボックス型営業室を載せ、冷蔵庫とビールサーバーを設置し、製作費はトータルで約300万円だった。苦労したのは製作会社の選定で、起業の準備をしていた当時は旭川市内でキッチンカーのビルダーはなく、キャンピングカーを製作する数社に頼み込んだがかなわなかったため、キッチンカーで実績のあった道内の企業に依頼した。

キッチンカーでクラフトビールを注ぐ「とびあ」の三本さんキッチンカーでクラフトビールを注ぐ「とびあ」の三本さん

「WORLD」の桜井さんは道内のビルダーに依頼して、約370万円の1トン型トラックの荷室に、FRP(繊維強化プラスチック)製の作業室を架装した。長く使えるよう、車の事故や故障に備えて強度にこだわり、万が一の際は別の車両に載せ替えられる仕組みにした。開業のタイミングで調理師免許も取得し、「お祭り感覚ではなく、しっかり飲食店感覚で」というポリシーの下、総額500万円ほどを投資した。

「MENDORIn.」の妻鳥さんは、約40万円の中古トラックをインターネットで個人から購入。調理師でもあり、飲食店で働いた経験を生かして自分で設計し、実家の鉄工所の協力を得てカスタマイズし、デザイナーの妹や整備士の弟の力も借りた。キャンピングカーや緊急車両と同様に特殊な車両に割り当てられる「8ナンバー」への登録変更や、保健所との相談は自らこなし、愛着のある1台に仕上げた。エスプレッソマシンが約70万円と車両より高かったが、総額は200万円台と安く抑えた。

キッチンカーでクラフトビールを注ぐ「とびあ」の三本さん頑丈な構造や、万一の時の対応を考えて製作した「WORLD」の車両
キッチンカーでクラフトビールを注ぐ「とびあ」の三本さん妻鳥さんの家族総出で製造コストを抑えた「MENDORIn.」のキッチンカー

それぞれの事業者に聞く、手応えとやりがいは?

コロナ禍で注目され、引く手あまたの事業者も多いキッチンカー界隈。客を待つのではなく出向くスタイルで、買い手とのコミュニケーションも魅力の1つだ。実際にどんな手応えを感じているのか?

三本さんは、地元の旭川を中心に、車移動では飲みづらいビールを楽しんでもらおうと、住宅街や地域の行事にも積極的に出向く。「さまざまな場所に移動でき、多くの人との出会いがあり、近くで直接届けられるのが魅力です。忽布古丹やクラフトビールのファンが増えてきている実感があります」と言う。

イベントだけでなく、住宅街にも出店する「とびあ」の三本さん(右)。客とのフランクなコミュニケーションも、事業者としての楽しみというイベントだけでなく、住宅街にも出店する「とびあ」の三本さん(右)。客とのフランクなコミュニケーションも、事業者としての楽しみという
イベントだけでなく、住宅街にも出店する「とびあ」の三本さん(右)。客とのフランクなコミュニケーションも、事業者としての楽しみというビールをイメージした黄色が目を引く「とびあ」のキッチンカー

「キッチンカーはGoogleマップにも載らないので、SNSでの発信がすべて」と言う妻鳥さんは、業務の半分をSNSの告知や連絡に費やすほどきめ細かに対応する。地道な積み重ねで、今では想像以上にフォロワー数が増えて集客力がつき、「出店依頼がSNSで毎日のように届くようになり、自分の好きな場所を選べるようになりました」。

「WORLD」の桜井さんは、「肉の脂が苦手な人やアレルギーがある方たちにも好評で、キッチンカーを始めて『多様性』にこれだけ需要があるんだと知りました」。口コミで訪れたり、1日に3回リピートした人もいて、潜在需要の発掘につながっている。

今回取材した4事業者には、北海道らしい共通の手応えもあった。店舗や人口の少ない町村部や住宅街に赴くと、「ここまで来てくれてうれしい」と喜ばれるという。「追っかけ」や常連が遠くから来ると、やりがいもひとしおだ。

キッチンカーは文化になる? その大きな可能性とは

一方で、普及とともに実店舗と同様に競争は激しくなり、コロナ禍後も社会に浸透するのかという側面もある。それぞれ、キッチンカーの今後をどう見ているのか?

妻鳥さんは「MENDORIn.では大きな窓があり、注文を受けて作っている動きや音、香りを感じてもらうようこだわっています。他店と同じでは生き残りは難しく、付加価値が大切だと思います。何でも屋さんより、1つにこだわった専門店が強いですね。今では毎週のようにイベントがあり、既に文化になっていると感じます」と語る。

キッチンカーに列をなす人。人気が出ると、遠方からも出向くファンがいるというキッチンカーに列をなす人。人気が出ると、遠方からも出向くファンがいるという
福祉施設の駐車場に来たキッチンカーに集まる地域の人たち福祉施設の駐車場に来たキッチンカーに集まる地域の人たち

桜井さんは「キッチンカーは設営や撤収が早く、ソーシャルディスタンスが確保ができ、水と電源、食料があるので災害にも役立ちます」と、時代の要請にもかなうと実感している。自車の認知度の高まりで、出店先のPRを頼まれることも多く、その事業者や地域とウィンウィンになれそうだ。

「カムイの恵みAlice」の大堂さんは2019年~20年の冬、外国人でにぎわうニセコ地域に遠征。周囲の価格帯が2,000~3,000円だったため、ボリューム感を増して単価を上げた。この経験などから、キッチンカーの大きな可能性を感じ取った。

大堂さんは言う。「場所も値段も固定せず、毎日実験ができます。成功か失敗かすぐ白黒つけるのではなく、メニューも含め、失敗と調整を繰り返す。それを試す手段として、キッチンカーは最適です。無駄が少ないシンプルな事業ですし、移動先の地方にも潤いをもたらせます。一時的なブームで終わるとは思えません」

公開日: