追い打ちとなったコロナ禍。小規模オフィスビルの再生の道とは
2007年以降、都市の小規模オフィスビルのテナント市場は厳しい状況が続いていた。その中にあって、コロナ禍である。リモートワークが進み、賃貸オフィス需要はますます減少している。
大阪に本社を構える株式会社アートアンドクラフトは、住まいだけでなくオフィスや商業施設などのあらゆる不動産を斬新なコンセプトでリノベーションし、再生する建築・不動産会社だ。そんな同社に寄せられた相談が、「なんばポプラビル」という大阪市浪速区にある築55年の古いビルの再生。2つの店舗と3区画のオフィスが入居できる小規模なビルだが、テナントマーケットの縮小や、経年による競争力不足によって、相談時は80%のテナントが空室という状況だった。
同社取締役社長で一級建築士でもある枇杷(びわ)健一さんは「立地は申し分のないものでした。ミナミの中心から徒歩圏で、本来はフリーランスのデザイナーや小規模事業者の多い地域です」と言う。
「なんばポプラビル」というネーミングは、リノベーション後も継承された。さて、アートアンドクラフトの手によって、どんなコンセプトで、どんなビルに生まれ変わったのだろうか。
ポイントは職&住ハイブリッド。立地特性にあわせた空間を提案
なんばポプラビルは大阪ミナミの中心、地下鉄御堂筋線なんば駅とその1駅南にある大国町駅の中間点に位置する。この地域は、御堂筋沿線の比較的大きな企業が立地する界隈と比べて、中小企業が多く存在し、個人事業主の人たちなど、小さなオフィスのニーズが高い立地ではある。また、ミナミの繁華街で働く若い層にとって便利な立地でもあり、小規模マンションなどの住宅ニーズも高いところだ。
これらの立地特性を考慮し、枇杷さんがビルオーナーに提案したのが、働くスペースと住居スペースを1つの区画に併せ持った、職住一体のプランであった。
「ワンフロアに1つの区画しかなくプライベート感があります。ワンフロア約64m2の専有部は、企業が入居するには少し小さく、一方個人で使うオフィスとしては持て余す広さです。そこで、住まいと仕事場を一体化させた設計プランを提案しました」(枇杷さん)
コロナ禍もあって、個人事業主の人もリモートワークなど自宅で仕事をするケースが増えている。しかし住宅の一角をワーキングスペースにするのでは、オンとオフの切り替えがしづらかったり、来客を招き入れにくかったりする。そこで、しっかりと住居専用のスペースを確保したうえで、打ち合わせや来客時にも対応できる専用オフィススペースも用意することが、設計の基本となったという。
ちなみに、オフィスビルを住宅に変えるなどのコンバージョン(用途変更)を行うには、法律に規定されたさまざまな届け出が必要な場合もある。
「用途変更による建築基準法上の建築確認申請など、手続きが必要となれば、時間やコストなどハードルが上がります。そこで、建築基準法上、確認申請が不要な範囲(200m2以下)にとどめて用途変更を行いました。また、住宅用地とすることで、固定資産税の軽減措置を受けられるなど、オーナーにとってのメリットも考えています」(枇杷さん)
「暮らしの中で働く」と「暮らせる仕事場」
完成したポプラビルを屋上から見ていこう。
屋上は、これまでは設備や機械の置き場となっており、活用はされてはいなかったが、リノベーション後は、休憩スペースや物干しスペースなど入居者の共用バルコニーとして使えるようになっている。
「このビルにはエレベーターがありません。そのため4階の住人は不便ですが、裏を返せば屋上のバルコニーには一番近いということにもなります。屋上を魅力的な空間とすることで、本来マイナスとなる部分をカバーしています」と枇杷さんが言うように、屋上は、たっぷりの日差しの中で、都会のオープンエアが楽しめる空間になっていた。
階段を下りて4階を見てみる。
4階は「寝泊まりできる仕事場」とし、事務所として貸し出すスペースだ。
従来のドアをそのまま利用した入り口を開ければ、スペースの半分強をオフィススペースが占める。内装材を剥がし、クリア塗装を施した床は、レトロで温かくどこか懐かしい雰囲気を醸し出す。なんといっても、高い天井高と広々とした空間が、創作やクリエイティブな仕事にぴったりだと感じた。
白い壁の向こうには居住スペースがある。洗面、キッチン、トイレなどはすべて新品が設置され、こちらはクロス、天井、床も真っ白で、仕事場とはまったく異なる印象だ。「仕事場」と「住まい」を明確にゾーン分けし、パブリックとプライベートが両立できる空間として設計されている。
もうひとつ階段を下りて、3階と2階の区画を見てみる。
こちらは「暮らしの中で働く住まい」、つまり、住宅として貸し出す区画となる。ドアを開ければ、そこは4階より少し小ぶりなオフィススペースがあり、4階と同じようにレトロであたたかい内装が迎えてくれる。区画自体は約64m2と4階と同じ広さだが、4階と2・3階ではオフィスと住居の割合が異なる。居住スペースの内装は4階と同様だが、オフィスが小さい分、広いリビングが魅力的だ。4階ではシャワールームだった箇所を、2・3階では浴槽付きのユニットバスとするなど、より住居機能を充実させている。
使えるものは使う。オリジナルのよさ、既存建物を生かしきる改装を
「改装にあたって、一番費用がかかったのが水道、電気、ガスなどのインフラです。例えば、住宅とオフィスでは供給する上水道の圧力や流量も違います。個別のメーターも新しく必要で、そのための費用は外せません。反対に、使えるものは徹底して再利用し、コストを抑えています。床や壁などは、古くても、剥がしたり塗ったりするだけで、いい味が出てきます」(枇杷さん)
枇杷さんたちが完成後に実施した内覧会では、20組を上回る来場者を集め、3つの区画は、短期間のうちに契約者が決まったそうだ。WEBデザイナーや、アパレルや小物のクリエイターが、仕事場兼住居として入居している。
マーケティング、事業計画、設計、施工から募集まで
建築士である枇杷さんの仕事は、設計だけにとどまらない。なんばポプラビルでは、改装という投資に対して、増加する家賃収入を見積もり、利回りまで計算した事業計画を作成。金融機関に交渉するための、担保価値の根拠となる資料を作るなど、設計の仕事の枠を超えて奔走した。
また、完成後の⼊居者募集も、アートアンドクラフトが担う。同社は、リノベーションの企画から、マーケティング、実設計、施工、募集まで、すべての業務をこなすのである。
「私自身、20代の頃に設計事務所を経営していて、賃貸オフィスと住宅の両方を別々に借りていました。しかし、それらを一緒にすると賃料も抑えられますし、ニーズがあると考えたのです」(枇杷さん)
まさに同社のマーケティングの狙いどおり、「近郊エリアで賃貸オフィスと住宅の両方を別々に借りている」「賃貸住宅での在宅ワークに不便さを感じていた」というユーザーニーズに合致した賃貸ビルとしてなんばポプラビルは蘇った。
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