登山家たちがつくった法人が、廃業15年のビジネスホテル再生に挑んだ「のあそびlodge」(のあそびロッジ)

熊本県の北の玄関口・JR荒尾駅の駅前に、2021年12月11日、小さなホテルがオープンした。15年間扉を閉ざしたままだったビジネスホテルを、コロナ禍の最中、2年近くを費やして、DIYでリノベーション。街中でアウトドア感覚が味わえる空間づくりで話題を呼んでいる。

「のあそびlodge」外観。DIYは駐車場だった場所にウッドデッキをつくることから始まった。材料は使い古しの足場板「のあそびlodge」外観。DIYは駐車場だった場所にウッドデッキをつくることから始まった。材料は使い古しの足場板

ホテルの名前は「のあそびlodge」。1階にカフェ、3階と屋上にレンタルスペースがあり、宿泊客以外にも開かれた、地域の交流拠点だ。「のあそび」とは「野遊び」で、アウトドアを愛する登山家たちの団体「のあそびlabo」が運営を手掛けている。

「のあそびlabo」は、医師や教師、介護士、消防士など、さまざまな本職を持つメンバーで構成されている。「自分たちが持つアウトドアの技術や経験を広く伝えたい」という思いから、2020年4月に設立した一般社団法人だ。理事で医師の中村光成さんは語る。「今の社会は、おおらかさを失っていると感じます。火やナイフは危ないと日常生活から遠ざけられているけれど、上手に使えば役に立つ。アウトドアとインドアの境目をなくしたいですね」。

ビジネスホテル再生の話が持ち込まれたのは、「のあそびlabo」の設立と、たまたま同じタイミングだった。知人が事業を興そうと建物を購入したものの、コロナ禍で頓挫してしまったのだ。「のあそびlabo」としても、活動の拠点は欲しい。当面は「アジト」として使いながら、活用法を探ることにした。お金はかけられないので、DIYで改修することだけは決めていた。

「のあそびlodge」外観。DIYは駐車場だった場所にウッドデッキをつくることから始まった。材料は使い古しの足場板「のあそびlodge」のエントランスで、「のあそびlabo」理事の中村光成さん。窓ガラスに刻まれたロゴマークのオオカミは、中村さんがスケッチしたもの。エントランス周りは、ル・コルビュジエが最期のときを過ごした「カップ・マルタンの休暇小屋」をイメージして、建築家・村田仁さんがデザインした

客室1室から始まったDIYリノベーション。近隣の街からも助っ人が参加

最初の1部屋は、「のあそびlabo」設立メンバー、木下育美さんが1人で改修した。
木下さんは、福岡県の高校で教鞭を執っている。その福岡県に2020年4月7日、最初の緊急事態宣言が発令され、学校が休みになってしまったのだ。「本当は、ヒマがあったら山に行きたいのに」とぼやきながらも、木下さんはツインルーム203号室のDIYに取りかかる。9畳ほどの小さな部屋だが、壁の塗装だけでも3日がかり。床にタイルカーペットを貼り、机と棚を製作、ベッドもリメイクして、完成を見たのは4月も下旬のことだった。
コンセプトは「①安く②ロッジ風に③手作り感」と木下さん。材料費は5〜6万円に抑えた。中村さんは「この部屋が完成したことで、先行きの見通しが立ったように思えた」と振り返る。

上2点/黙々と作業する木下さん。壁に珪藻土を塗り、床にはタイルカーペットを貼っている。</br>下2点/リノベーション後の203号室。傷や配線跡が目立つ壁は、お手製のデスクと棚で隠した。部屋のイメージに合わせてベッドもリメイク(写真提供:のあそびlabo)上2点/黙々と作業する木下さん。壁に珪藻土を塗り、床にはタイルカーペットを貼っている。
下2点/リノベーション後の203号室。傷や配線跡が目立つ壁は、お手製のデスクと棚で隠した。部屋のイメージに合わせてベッドもリメイク(写真提供:のあそびlabo)

とはいえ、素人だけで改修するには建物の規模が大きい。
そこで、隣町である福岡県大牟田市で「建築/設計murata」を主宰する村田仁さんに指導を仰ぐことにした。村田さんはリノベーションの実績豊富な建築家で、以前からこのホテルに目をつけていたという。さらに、村田さんを紹介してくれた熊本県長洲町の徳永伸介さん、熊本市のオビハウスでゲストハウスを運営する下田恭平さんも参加。徳永さんは「九州DIYリノベWEEK」で北熊本チームをリードしてきた人物だ。

上2点/黙々と作業する木下さん。壁に珪藻土を塗り、床にはタイルカーペットを貼っている。</br>下2点/リノベーション後の203号室。傷や配線跡が目立つ壁は、お手製のデスクと棚で隠した。部屋のイメージに合わせてベッドもリメイク(写真提供:のあそびlabo)村田仁さんが描いた外観イメージ図。このほか、エクステリアの詳細や、客室の一部もデザインしている

プロが指導するワークショップやのあそびlaboメンバーのDIYでリノベが進む

建物名が「のあそびlodge」に決まり、村田さんがイメージ画を描いてくれたことで、DIYリノベは新たな段階に進む。コロナ禍が落ち着いたタイミングを見計らいつつ、村田さんの指導で少人数のワークショップを開催。週末毎に「天井編」「床編」「壁編」「左官編」「塗装編」とテーマを決め、全10回の工程で、3室が完成した。

並行して、「のあそびlabo」メンバーの星田浩太郎さんが3階の1室を「山小屋シアタールーム」に、中村さんと娘の中村夏菜子さんが205号室を、さらにはワークショップ参加者の主婦が自ら手を挙げて202号室をDIYリノベーション。「のあそび」のコンセプトを共有しながらも、それぞれの個性が表れた6つの客室ができあがる。DIY開始からここまでで、およそ8ヶ月。波乱の2020年が暮れた。

左上/星田さんがリノベした3階の通称「山小屋シアタールーム」。床・壁・天井材はすべてヒノキ。400枚にも及ぶ材料を、すべて1人でヤスリがけしたという。木に包まれた雰囲気が人気で、レンタルスペースとしてよく利用されている。「いろんな人に使ってもらえるのはうれしいですね」と星田さん 右上/村田さんデザインの206号室。角部屋で、ホテルとは思えない開放感がある。テーマカラーはモスグリーンで、窓に面した一枚板のカウンターテーブルが特長 左下/中村さんが親子でDIYした205号室。クラウディブルーが基調で、窓にもデザインを施したシックなインテリア 右下/202号室は、DIYに挑戦したいと参加してくれた主婦の作品。2×4材を中心としたアメリカンな空間になっている(左上を除く3点の写真提供:のあそびlabo)左上/星田さんがリノベした3階の通称「山小屋シアタールーム」。床・壁・天井材はすべてヒノキ。400枚にも及ぶ材料を、すべて1人でヤスリがけしたという。木に包まれた雰囲気が人気で、レンタルスペースとしてよく利用されている。「いろんな人に使ってもらえるのはうれしいですね」と星田さん 右上/村田さんデザインの206号室。角部屋で、ホテルとは思えない開放感がある。テーマカラーはモスグリーンで、窓に面した一枚板のカウンターテーブルが特長 左下/中村さんが親子でDIYした205号室。クラウディブルーが基調で、窓にもデザインを施したシックなインテリア 右下/202号室は、DIYに挑戦したいと参加してくれた主婦の作品。2×4材を中心としたアメリカンな空間になっている(左上を除く3点の写真提供:のあそびlabo)

リネン室を転用した2階の共用キッチンは、プロの手で改修されている。DIYの様子を見て「何かできることがあれば」と協力を申し出てくれた地元の工務店、木佐木建設の職人さんたちの仕事だ。「駅前のホテルが再生すれば、荒尾のまちのためにもなりますから」と、代表取締役の木佐木裕昭さんは言う。木佐木建設は九州の自然素材を使った家づくりを得意としており、「のあそびlodge」にもたくさんの資材を提供してくれた。

左上/星田さんがリノベした3階の通称「山小屋シアタールーム」。床・壁・天井材はすべてヒノキ。400枚にも及ぶ材料を、すべて1人でヤスリがけしたという。木に包まれた雰囲気が人気で、レンタルスペースとしてよく利用されている。「いろんな人に使ってもらえるのはうれしいですね」と星田さん 右上/村田さんデザインの206号室。角部屋で、ホテルとは思えない開放感がある。テーマカラーはモスグリーンで、窓に面した一枚板のカウンターテーブルが特長 左下/中村さんが親子でDIYした205号室。クラウディブルーが基調で、窓にもデザインを施したシックなインテリア 右下/202号室は、DIYに挑戦したいと参加してくれた主婦の作品。2×4材を中心としたアメリカンな空間になっている(左上を除く3点の写真提供:のあそびlabo)木佐木建設の職人さんたちがボランティアで改修してくれた共用ダイニングキッチン。調理器具と調味料を用意し、「のあそびlodge」の利用者が自炊できるようにしている

DIY開始から約1年。オープニング前夜祭には久しぶりのアウトドア企画も

2020年の暮れから21年春にかけては、1階のカフェスペースやエントランス周り、共用の廊下や階段の改修に取り組んだ。ワークショップに集まる人の輪も広がってゆき、話題を聞きつけた地元新聞社が取材に訪れるようになる。

そして2021年4月18日、ついにオープニングイベントに漕ぎ着けた。

オープニングイベントの様子。それぞれ異なるテーマカラーでDIYした6つの部屋やカフェスペース、屋上のウッドデッキガーデンをお披露目した(写真提供:のあそびlabo)オープニングイベントの様子。それぞれ異なるテーマカラーでDIYした6つの部屋やカフェスペース、屋上のウッドデッキガーデンをお披露目した(写真提供:のあそびlabo)

オープニング前夜祭には、のあそびlaboとして、久しぶりのキャンプ体験会を開催した。地域の協議会とのコラボレーションで、荒尾駅前の広場にテントを張ったのだ。のあそびlabo設立直後の2020年3月に実施して以来、ようやく2度目のアウトドアイベントの実現だ。しかしこの直後、熊本県はまた、「まん延防止等重点措置」期間に突入してしまう。

ホテルやカフェの開業前からイベントを開催してまちに開く

新型コロナウイルスが感染拡大と収束を繰り返す中、建物のリノベーションは進んでも、運営にはまだまだ課題が残った。飲食業や宿泊業の許可を申請しながらも、カフェを運営してくれる人がなかなか見つからない。「まん防」の合間を縫って、近隣や熊本市内のコーヒーショップを招いたり、トークイベントや宿泊体験を行うなどして、少しずつ建物をまちに開いていった。

1階のカフェスペースで開催されたイベントの様子。上2点はコーヒーをテーマにしたイベント、下2点は近隣のアーティストによる「ゴミ×アート展」(写真提供:のあそびlabo)1階のカフェスペースで開催されたイベントの様子。上2点はコーヒーをテーマにしたイベント、下2点は近隣のアーティストによる「ゴミ×アート展」(写真提供:のあそびlabo)

この間、一般社団法人のあそびlaboとして、行政の支援も積極的に利用した。アウトドアイベントやマルシェの企画で助成金を申請。県の事業を通じて、宿の開業に向けた業務フロー指導や運営体制の構築、事業計画に対するアドバイスを受けている。

2021年10月30日、イベントの客として来ていた嶋香織さんが1階で「noasobi cafe」を開業。これでようやく、日常的にお客さんを迎えられる体制が整った。

1階のカフェスペースで開催されたイベントの様子。上2点はコーヒーをテーマにしたイベント、下2点は近隣のアーティストによる「ゴミ×アート展」(写真提供:のあそびlabo)左上/1階のカフェを運営する嶋香織さん(右)。コーヒーのイベントに誘われて「のあそびlodge」を知り、カフェの運営者を募集していると聞いて手を挙げた。現在は隣町で経営しているバーと掛け持ちなのでカフェの営業時間は短めだが、ゆくゆくは「noasobi cafe」1本に絞って夜も営業したいそう。左は平山あゆみさん。嶋さんがお休みする水曜日だけ「のあそびすいようび」と銘打ってコーヒーとスイーツのお店を出している。「週1日の営業が、今の私のライフスタイルに合っています」と平山さん。2人のおかげで1階を毎日開けることができるようになった 右上/カフェ店内。ウッドデッキに面した開口部は、以前ははめ殺しの窓だったものを木製建具に入れ替えた。この日のお客さまは熊本市から。自分たちもまちの交流拠点をつくりたいと考え、「のあそびlodge」を見に来たそう 左下/カフェの名物メニュー「チーズとビーフのぎゅうぎゅうサンド」は、中村さんがキャンプ時によくつくる「フィリーズチーズステーキ」を参考にしたもの 右下/「のあそびlodge」ならではの屋上のグランピングテント。夏はバーベキューも楽しめる(下2点写真提供:のあそびlabo)

荒尾駅前の活性化を目指し、マルシェや「のあそびの学校」を開催

カフェの開業と同時に、県の助成による「駅前活性化事業」として「あらお駅前Festival」をスタート。途中休止はあったものの、半年間で計4回のマルシェに加え、のあそびlaboならではのハイキングツアーや防災教育を目的とした「のあそびの学校」を開催することができた。出張販売の店舗は多いときで20店、集客は1日350人を記録したという。

11月には宿泊業の許可も下り、12月にホテルをオープン。マルシェなどに参加していた地元出身の山本翔夢さんが、のあそびlaboの活動に共鳴して住み込みで運営を担ってくれることになった。新聞やテレビで取り上げられたおかげもあって、卒業旅行の学生達や家族連れで賑わい、順調なスタートを切っている。

上2点/荒尾駅前の「プロローグ広場」を活用したマルシェの様子(写真提供:のあそびlabo)。左下の写真は「のあそびlodge」の宿泊部門を運営する山本翔夢さん、右下はボランティアでフロントを手伝ってくれている青木匠さん(左)と中村さん上2点/荒尾駅前の「プロローグ広場」を活用したマルシェの様子(写真提供:のあそびlabo)。左下の写真は「のあそびlodge」の宿泊部門を運営する山本翔夢さん、右下はボランティアでフロントを手伝ってくれている青木匠さん(左)と中村さん

干潟や里山など荒尾の自然資源を活かしたアウトドア活動を本格化

「のあそびlodge」の運営も軌道に乗って、これからは「のあそびlabo」としてのアウトドア普及活動も本格化していくようだ。アウトドア技術を減災に応用してもらうべく、2022年は「防災サバイバルキャンプ」や「車中泊体験会」も開催した。

荒尾には、ラムサール条約にも登録されている「荒尾干潟」や、初心者のハイキングにも向く「小岱山(しょうだいさん)」など、魅力的なアウトドアスポットが数々ある。「山上でホットサンドを焼いたり、コーヒーを淹れたり。のあそびlaboのメンバーと一緒なら、初心者でも安全に岩場からの絶景を体験してもらえます」と前出の理事・中村さん。

小岱山で行ったハイキングツアーの様子。右上の写真は、荒尾の街並みの向こうに有明海の絶景が見渡せる「唐渡岩」</br>(写真提供:のあそびlabo)小岱山で行ったハイキングツアーの様子。右上の写真は、荒尾の街並みの向こうに有明海の絶景が見渡せる「唐渡岩」
(写真提供:のあそびlabo)

地元住民の1人としてDIYやイベントに協力してきた平山裕也さんは現在、荒尾市役所の観光推進室で副主任を務めている。「駅前に新しく、個性的なホテルができたことは市としてもありがたく、観光スポットとしても期待しています」と語る。市は現在、荒尾駅周辺地区の整備計画を進めているほか、駅から徒歩5分ほどの沿海部ではスマートタウンの開発を進めている。様変わりするまちの今昔をつなぐフックとして、築半世紀を迎えようとする「のあそびlodge」の役割は、ますます大きくなりそうだ。

のあそびlodge https://noasobilodge.com/
のあそびlabo https://www.facebook.com/noasobilabo

小岱山で行ったハイキングツアーの様子。右上の写真は、荒尾の街並みの向こうに有明海の絶景が見渡せる「唐渡岩」</br>(写真提供:のあそびlabo)「のあそびlodge」のDIYリノベに尽力してきたメンバー。左から中村光成さん、平山裕也さん、星田浩太郎さん、木佐木裕昭さん。取材時に集まれたのはほんの一部だ。年齢も職業も住む場所も異なる多様な人々が連携しており、それもまちから歓迎されるようになった所以だろう。「のあそびlodge活用に取り組んで、結果的に、荒尾市役所の全部の部署と関わりを持つことになりました。駅前の活性化にも意見を求められます。これからは、荒尾のまちそのものに、さらに深く関わることになりそうです」と中村さん。

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