国土交通省が無電柱化を推進する背景
日本は諸外国に比べると電柱が多く、電柱は日本の風景の一部と化している。国際的に見て日本の無電柱化の割合は低い。国土交通省の「無電柱化の取組について ~新たな「無電柱化推進計画」の策定~」によると、無電柱化の割合は、ロンドンやパリ、香港、シンガポールでは100%、台北では96%、ソウルでは50%となっている。それに対して、日本では東京23区で8%、大阪市で6%という割合にとどまっている。
https://www.road.or.jp/event/pdf/20210824-1.pdf
これほどまでに日本で電柱が多いのは、戦後の復興のためにコストとスピードを重視して電柱によるインフラ整備を優先的に行ってきた歴史があるからだ。2016 (平成28) 年には、「無電柱化の推進に関する法律」が公布されたが、戦後約70年を経たところで日本もようやく国を挙げて無電柱化に取り組み始めたところである。
電柱はコストを抑えながら電気や通信のインフラ整備を可能とするメリットがある一方、増えすぎるとデメリットも生じてくる。
デメリットの1つ目として、台風等による倒壊で道がふさがれることが挙げられる。災害時に電柱の倒壊によって道がふさがれれば、救急車等の緊急車両の通行の障害となり、迅速な災害対応の妨げとなってしまう。現在、日本では国を挙げて国土強靭化を推進しているため、防災の観点から無電柱化が社会的に要請されている。
デメリットの2つ目としては、狭い道路における歩行の妨げが挙げられる。狭小な歩道に電柱があると、車椅子やベビーカーが通行する際、電柱が障害物となることが多い。バリアフリー社会への対応や子育てしやすい街づくりの観点からも、無電柱化は求められている。
デメリットの3つ目としては、電柱は景観を害することが挙げられる。日本では写真を撮ろうとすると、電柱や電線が邪魔になって好ましい構図が取りにくいことが多い。現在、日本は国を挙げて観光立国にも取り組んでおり、景観形成および観光振興の観点からも無電柱化が望まれている。
無電柱化のメリット
無電柱化は単に空が広くなるだけでなく、さまざまなメリットをもたらす。
1つ目は、災害時の電柱倒壊のリスクを削減することができる。近年、地球温暖化により豪雨や台風被害が増えているが、無電柱化が進めば電柱倒壊による停電のリスクを下げることが可能となる。また、消防車や救急車といった緊急車両が立ち往生するといった事態も減っていく。
2つ目は、安全で円滑な交通が確保できるという点である。市街地の中には、電柱が立っている狭い道路がスクールゾーンとなっていることも多い。子どもたちが電柱の脇に膨らんで通行し、車が子どものギリギリのところを横切るといった状況も見かけることもある。無電柱化が進めば、安全性が確保される道路はかなり多いものと思われる。
3つ目は、良好な景観形成が構築されるという点である。現在、日本では世界遺産のような観光資源も増え、外国人観光客も総じて増加傾向にあるが、残念ながら電柱や電線がせっかくの景観を害している。
昨今はSNSにアップするためにスマホで写真を撮る機会も増えているが、電柱や電線が邪魔に感じている人は多いと思われる。無電柱化が進めば、日本の観光資源の価値は一層高まるものと期待されるのだ。
電柱が増え続ける理由
日本では2016年に「無電柱化の推進に関する法律」ができたことで、電柱や電線の抑制および撤去の取組みが推進中である。しかしながら、残念なことに電柱は減っておらず、むしろいまだに毎年数万本の単位で増加し続けている。国土交通省の新設電柱の調査結果概要によると、2021年4月~12月の9ヶ月において、電柱は約3.3万本増加している。
国土交通省の新設電柱の調査結果概要
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001478502.pdf
9ヶ月の間に約13.4万本も撤去しているが、新設も約16.7万本もあり、差し引きすると約3.3万本増えてしまっていることになる。撤去はそれなりに行っているものの、それ以上に新設があるため、全体としては減少に至らない状況だ。増加した電柱の内訳を見ると、電力柱は+約4.0万本であり、通信柱は▲約0.7万本となっている。通信柱は減少に貢献しているため、増加の原因は電力柱にあるということだ。
新設される電力柱のうち、約8割が民地に設置されている。それに対して、道路や公園等の官地は約2割となっており、道路等への新設は抑制されていることがわかる。民地で新設される原因として多いのは、「一定規模の住宅建設等に伴う供給申込」と「太陽光発電の建設に伴う電柱新設」の2つだ。両者の原因とも、2021年4月~12月において約1万本の新設があった。
1つ目の一定規模の住宅建設等に伴う供給申込とは、ミニ開発されるような一戸建て住宅街に発生する電柱である。これらは土地造成時に引き込み線の場所が確定できないことが理由で、水道やガスの埋設管と同時に電線の管路が整備できないことが電柱の新設を生じさせている。一戸建てのミニ開発は、従来の電柱が増える要因となっている。
一方で、皮肉な理由は2つ目の「太陽光発電の建設に伴う電柱新設」である。太陽光発電設備では、高圧と比べて低圧の方が保安規制等は少ないため、柵などで発電設備を分割することであえて低圧にする事業者が存在する。分割すると発電設備ごとに電柱が必要となることから、結果的に電柱が増える結果となっている。
地球温暖化のために良いとされる太陽光発電の一部が電柱を増やしてしまうこととなり、通行の妨げになるリスクを高めてしまっているのだ。太陽光発電の建設は、近年の電柱が増える新たな要因となっている。
無電柱化の課題
無電柱化を実現するには、まずは「新設される電柱を増やさない」ことが課題である。2021年4月~12月の9ヶ月において電柱は約13.4万本も撤去されているが、それ以上に新設が増えていることから無電柱化が進んでいない。仮に1本も新設されなければ、年間10万本以上のペースで電柱を減らすことができる。
新設の多くは行政機関がコントロールしにくい民地であることから、新設を抑制するには民地への規制の導入も課題となる。現実的な政策が実施されることで、新設の抑制に寄与していくものと思料される。
令和3(2021)年度の新「無電柱化推進計画」とは
国土交通省の推進する無電柱化は、無電柱化の推進に関する法律に基づいて策定される「無電柱化推進計画」が基本となっている。
https://www.road.or.jp/event/pdf/20210824-1.pdf
旧「無電柱化推進計画」は、2018年度から2020年度の3年間で適用されていたが、この度、2021年度から2025年度の5年間にわたる新「無電柱化推進計画」が策定された。旧「無電柱化推進計画」では、取組み姿勢が「我が国本来の美しさを取り戻し、安全で災害にもしなやかに対応できる脱・電柱社会を目指す」という緩やかな表現であった。一方で、新「無電柱化推進計画」では、取組み姿勢が「新設電柱を増やさない」、「徹底したコスト縮減を推進する」、「事業の更なるスピードアップを図る」という強い表現に変更されている。特に、最初の「新設電柱を増やさない」という表現は、国の強い決意が感じられるものとなっている。
新「無電柱化推進計画」の無電柱化の目標が具体的に数値化されており、具体性も旧「無電柱化推進計画」とは異なる。新「無電柱化推進計画」では、以下のような数値目標を定めている。
具体的な数値目標
【防災】
・電柱倒壊リスクがある市街地等の緊急輸送道路の無電柱化着手率 38%→52%
【安全・円滑な交通確保】
・特定道路における無電柱化着手率 31%→38%
【景観形成・観光振興】
・世界文化遺産周辺の無電柱化着手地区数 37→46地区
・重要伝統的建造物群保存地区の無電柱化着手地区数 56→67地区
・歴史まちづくり法重点地区の無電柱化着手地区数 46→58地区
上記の目標を達成するためには、新たに4,000kmの無電柱化が必要とされている。
今後の対策
今後の対策については、電柱が新設される発生原因別にきめの細かい対応策が定められている。
分析結果を踏まえた要因と対応方策
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001478503.pdf
例えば、「一定規模の住宅建設等に伴う供給申込」を起因とする新設に対しては、上下水道と同時期にあらかじめ電力管路を設置する新たな施工法が検討されている。新しい施工方法は2023年度を目途に先行事例を創出していく目標だ。また、「太陽光発電の建設に伴う電柱新設」に対しては、2022年4月1日より意図的な保安規制の回避を目的とした発電設備の分割が規制されることになっている。
具体的な対応策は無電柱化推進計画と並行して確立されていくものも多く、無電柱化は少しずつ成果を出していくものと期待される。
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![出典:新設電柱の調査結果概要 [令和3年4月~12月]<br>電柱(電力柱+通信柱)の新設及び撤去状況](http://lifull-homes-press.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/uploads/press/2022/05/001478502_1.png)
![出典:新設電柱の調査結果概要 [令和3年4月~12月]<br>電柱(電力柱+通信柱)の新設及び撤去状況](http://lifull-homes-press.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/uploads/press/2022/05/001478502_2.png)
![出典:新設電柱の調査結果概要 [令和3年4月~12月]<br>電柱(電力柱+通信柱)の新設及び撤去状況](http://lifull-homes-press.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/uploads/press/2022/05/001478502_3.png)




