安全で健康的、高齢者が暮らしやすい住まいとは

高齢になるとともに、身体的な機能が衰えやすくなる。家庭内での家事や移動がスムーズにできなくなることもある。それまで快適で安全だと思っていた住宅に、家庭内事故を引き起こす盲点が潜んでいるかもしれない。実際、内閣府が60歳以上に実施した調査(※)では、住まいに関する不安のうち最も多かった不安が「虚弱化したときの住居の構造」だった。

では、住宅のどこを見直し、どう改修すればいいのだろうか。専門家への取材を通して高齢者が抱える住まいの問題を考えるシリーズの3回目は、高齢者向けの住宅リフォームを多く手掛け、この問題に詳しい株式会社高齢者住環境研究所 代表取締役 溝口恵二郎さんに話を聞く。

※ 平成30年度「高齢者の住宅と生活環境に関する調査」

身体的機能が低下しても、安全性快適性が維持できる住宅とは身体的機能が低下しても、安全性快適性が維持できる住宅とは

高齢者が安全・快適に暮らす住宅改修 5つのポイント

高齢者が安全、快適に暮らすための住宅改修のポイントに、溝口さんは以下の5つを挙げる。

1. 床の段差をなくす

最近の住宅では、フラットなバリアフリー住宅が多くなっているが、比較的古い日本の住宅では、あらゆるところに段差がある。高齢になると、足腰の衰えとともにこれを越えて移動するのが難しくなり、つまずくなどして転倒の原因となることが多い。

「部屋の入り口の敷居を撤去したり、それができない場合にはスロープを設けて対応します。ただし、スロープの斜面が急すぎるとかえってつまずきやすくなったり、勾配を緩くしてスロープが長くなると邪魔になったりするので、住宅と体の状況に合わせた慎重な判断が必要です」

床面の高さが部屋ごとに異なる場合には、部屋全体の床を上げ下げする工事も行うという。転倒など家庭内事故の大きな原因となる段差はなくしておくことが望ましい。

2. 手すりの設置

手すりは、比較的簡単に安い費用で設置でき、介護保険による住宅改修の項目で最も多く実施されている工事でもある。移動や昇降動作の補助、転倒事故を予防することに効果があるのが手すりだ。

「体の状況に応じて手すりを取り付けることで、たった1本の手すりでも大きな効果が得られます」

段差のない床面の例段差のない床面の例
段差のない床面の例移動を助けてくれる手すりの設置例(資料提供:株式会社高齢者住環境研究所)

3. お風呂・トイレの改修

高齢者の家庭内事故で多いのが、入浴時の事故。ヒートショックの予防を考慮した温熱環境の整備や、長湯や熱いお湯に入る習慣の見直しが必要だという。

「なかでも浴槽の形状は大切で、転倒を防ぐまたぎやすい形状にするなど、高齢者の身体特性に合わせた改修が必要です。浴槽を取り換えなくても、浴槽内にすのこを設置する、入浴台を設置するなども対策になります」

トイレも和式便器では高齢者にとって、しゃがむ動作の負担が大きいという。1日に何度も使うことからも、洋式便器への取替えを考えたい。取替えが難しい場合には、和式便器の上に腰掛便座を置くというのも手だ。

4. 開き戸から引き戸へ

扉としてよく使われる開き戸は、実際の有効開口寸法が720mm程度となり、車椅子では通ることができない。病気による四肢の障がいなどで、扉を引く動作が困難になった場合、開き戸から引き戸への変更が有効だ。

「引き戸の設置が困難な場合には、折り戸やアコーディオンカーテンへの変更もできます。ドアノブの変更だけでも効果的な場合もあります」

5. 滑りにくい床材へ

車椅子を使用する場合は、床材を畳からフローリングやコルクタイルに変更すると移動しやすくなる。そのほか、浴室やトイレはもちろん、居住スペースにおいても滑りにくい素材の床に変更、階段では踏み面に滑り止めを取り付けることも有効だ。ただし、すり足歩行をする場合には、滑りにくい床がかえって転倒の原因となることもあるので注意が必要だという。

段差のない床面の例浴室に設置した手すりの例
段差のない床面の例引き戸のトイレの例

まとまったお金が必要な住宅改修。費用の補助や助成は?

住宅改修や福祉用具の貸与・購入には、介護保険を活用できる。住宅改修の場合、要介護度に関係なく要支援1でも利用でき、自己負担は1割~3割(所得による)で、介護保険からの支給限度額は20万円(原則1回限り)。
福祉用具についても、杖や介護用ベッドなどが貸与されるほか、前述の入浴台などは購入となり、それぞれ自己負担は1割~3割で年間10万円を限度に介護保険から支給される。

「介護保険を利用した住宅改修は、実際の工事としては難易度が高いものでありません。そのため、さまざまな事業者が参入しているのが現状です。的確に現状を把握し、問題解決のために本当に必要なところに必要なリフォームを行う事業者に依頼することが大切です。また、介護保険による住宅改修の実績とか、費用の申請まで行えるのかを見極める必要もあります」

多くの自治体では、ほかにも高齢者住宅設備改修工事費の助成制度を設けており、適用条件は自治体によって異なる。まずは、これらの公的制度の情報を知ることが重要だ。

自治体のホームページで情報公開を行う自治体は多いが、見つけられない場合などは、やはり専門家に相談したい。介護保険による住宅改修の費用申請の資格を持つケアマネジャーや、福祉住環境コーディネーターといった専門家に相談するのもひとつの手段だ。

ケアマネジャーなどの専門家に相談し、情報収集をケアマネジャーなどの専門家に相談し、情報収集を

高齢期に備えた早めの改修を。国交省はガイドラインを策定

話を伺った、株式会社高齢者住環境研究所代表取締役 溝口恵二郎さん話を伺った、株式会社高齢者住環境研究所代表取締役 溝口恵二郎さん

健康的に、できるだけ長く今の家で暮らしたいという人は多いだろう。
溝口さんは、長く安全に快適に住み続けるためには、健康なうちから、将来を見据えて計画的に改修することが大切だと言う。

「介護が必要になるずっと前から、体の衰えは始まっています。例えば手すりは、移動や昇降動作を補助し、転倒を予防する効果があります。介護が必要になることを防ぎ、長く健康で過ごすために、健康なときにこそ、先を考えて手を加える意味は大きいと言えます」

例えば、手すりを取り付けるには、壁に下地が必要になる。よく壁に使われている石膏ボードには手すりを設置できないため、将来を見越して下地を設置しておくといいという。
また、健康に生活しているうちは、トイレやお風呂といった水回りから遠い2階の部屋を寝室として利用していても、高齢期にはその移動が負担となる可能性がある。

「介護ベッドの置き場として、介護がしやすいように水回りへの動線もスムーズな1階のリビングなどが選ばれることも多いです。その時に至らずとも、将来寝室となることを考え、扉や段差の問題を計画的に解消しておくといいでしょう」

国土交通省でも高齢期に備えた住宅の改修を行うためのガイドラインを策定している。このガイドラインは、いわゆるプレシニアとアクティブシニアを対象にしており、介護が必要となる前の、早めの住宅改修を推奨している。

ガイドラインの目的としては、今ある住宅を早めに改修することで
1. 安全に安心して、身体的な負担や経済的な負担が少なく、長く健康で快適な暮らしが続けられる「住まい」
2. 外出、趣味、交流を楽しむなど豊かで多様な高齢期のライフスタイルに応じた空間が確保され、自分らしく暮らしつづけられる「住まい」
3. 介護が必要になってからも暮らせる「住まい」
の3つを実現することを目標に掲げている

また、そのために必要な住宅改修のポイントとしては、

(1) 温熱環境

健康の維持とヒートショックの防止のために、住宅の断熱性能の向上

(2) 外出のしやすさ

外出や人との交流の促進のために、外出、来訪しやすい玄関へ

(3) トイレ・浴室の利用しやすさ

寝室からトイレ、浴室への動線の改善

(4) 日常生活空間の合理化

よく使う生活空間を同じ階にまとめるなど

(5) 主要動線上のバリアフリー

日常的によく使う空間のバリアフリー化

(6) 設備の導入・更新

安全性が高く、使いやすくメンテナンスフリーな設備の導入

(7) 光・音・匂い・湿度など

日照、採光、遮音、通風など適切な室内環境の確保

(8) 余剰空間の活用

余った部屋を収納、趣味、交流などの空間として利用

以上8つを挙げている。既存住宅の長寿命化を図り、住宅ストックの活用を促進することは、住宅政策の目的の一つとなっている。

こうした住宅改修は将来のため、だけではない。高齢期のライフスタイルを見越し、それに合わせて暮らしやすい住宅に改修することは、健康なうちの生活にも大きなメリットをもたらすのではないだろうか。

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