生活空間が拡大し、窓の外に目が行くように
2020年に続き、あらゆること、モノがコロナ一色だった2021年。2020年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーではリノベーションには社会の変化にポジティブに対応する力があることを実感したが、2021年はそれがさらに進化、深化した年だった。
それを如実に表しているのは審査委員の一人、株式会社扶桑社住まいの設計の編集長である立石史博氏の「さまざまなことが劇的に変わっていったこの2年。昨年は新しいと思った『テレワーク対応』や『おうち時間の充実』が、今やすっかり普通のことになってしまって、変化の早さにちょっと驚いています」という言葉。2020年のニューフェイスが2021年の当たり前だったのである。
まっさらなところに新築することに比べると、リノベーションは工事期間が短期で世の中の変化を受けやすく、企画、施工にあたる事業者が小規模なことも多いため、状況に応じた小回りがきく。それがアフターコロナの暮らしを予見させるような事例に結実したと考えると、2021年の評価は後日のために記憶しておくべきだろうと思う。
いくつか感じた変化のうち、多くの人が感じていただろう点がリノベーションの素材としての空間に求めるものの拡張。部屋の広さだけでなく、窓から見えるもの、天井の高さ、戸外空間の有無など、部屋の内側、主に床にだけ向けられていた視線が四方八方に向かうようになったとでもいえばよいだろうか。長時間自宅にいたことで、部屋の中だけを見ていても快適な暮らしはできないと気づいた人が多かったのだろう。
目の向いた先を順に見ていこう。ひとつは窓外。眺望、開放感を求めるためには建物の立地から考える必要があり、外との関係がポイントになってくる。生活は部屋の中だけで行われるわけではないことを考えると、物件探しからがリノベーションとも考えられるわけだ。作品としてはニューノーマルリノベーション賞を受賞した「暮らし方シフト2020」(株式会社リビタ)が代表的。都心に近い、築15年ほどの約70m2のマンションから、郊外の広いけれど古い、斜面に建つマンションに住み替え、7階分の階段を上った先の暮らしを選択したご夫婦の住まいで、緑、眼下に広がる風景を取り込んだ写真が圧倒的だった。
その名の通り、絶景リノベーション賞を受賞した「穏やかな瀬戸内の海とともにある日常」(よんてつ不動産株式会社)も窓外にこだわったもの。物件探しからスタートしたというリノベーションで、リビングの眺望はまるでリゾートマンションのようだ。
眺望を取り込むという点では「家の中で湖水浴 居るだけで心地よい住まい」(株式会社ブルースタジオ)の開放感にも惹かれた。既存のマンションの個室を見直し、外と中を一体化させるようなリノベーションが行われており、ビフォー、アフターを見ると施主の住まいに求める優先順位には大きな変化があったように見受けられる。そして、アフターの気持ちの良さがこれからは求められるのだろうとも思う。
縦に空間を生かして使う
天井の高さを生かす、ロフトを使うなど縦方向のリノベーション作品も数多く見受けられた。特に1,000万円未満部門の最優秀賞「リノベはつづくよどこまでも」(株式会社ブルースタジオ)を見た時には、そうか、縦の空間を使うという手があったかとはっとさせられた。
この作品は家族構成、ライフスタイルの変化から2007年に続き、2021年に二度目のリノベーションをしたご家族のもので小上がり、ロフトと住戸内に高さの違う空間が複数あり、子ども、猫にとっては実に楽しそうな空間。子どもの成長に伴って変化は必要と次のリノベーションもすでに視野に入っているそうで、その時々にベストな住まいに変化させられるのもリノベーションならではである。
同物件は二度目のリノベーションだったが、今回は他にも「二度目のリノベーション。人生に住まいを合わせる。」(9株式会社)、「12年の時を経て。「好き」を集めたセルフリノベをプロと一緒に」(株式会社空間社)などのように複数回の作品が出てきている。家は作ったらそれでおしまいでないと考える人が増えているのだ。
本題に戻り、縦方向に空間を使ったリノベーションではロフトを設置した作品が複数見かけられた。もともとはごく普通の4LDKマンションを専有面積の半分をリビングにあて、ロフトを作った「変化を刻むインダストリアル」(株式会社サンリフォーム)はキッチンとリビングの高さも変えてあり、実に立体的。
カラフルなアクセントウォールが目を惹く「購入前のイメージを残しながらの中古マンションリフォーム」(株式会社小田急ハウジング)は天井高のある最上階住戸のメリットを最大限に生かし、勾配天井、天袋収納部分をロフトに。隠れ家のような空間が生まれている。
天井高を生かした例としては「3m超のボリュームを活かす」(株式会社SMART ONE DESIGN)も魅力的。同物件の解説には「既存の状態はごく一般的なマンションでしたが、マンションの設計図を閲覧した時に、今までにないほどの天井裏ふところがあることに気づきました」とあり、ぱっと目には分からなくても天井高のある物件が存在するらしい。3m超の空間は実にダイナミックだ。
個人的には「all for wan」(株式会社サンリフォーム)の仕事部屋の壁際にさりげなく作られたロフトに「これなら普通の部屋にも作れるのでは」という妄想を抱いた。
戸外空間を室内に取り込む
戸外空間の有無ではここまでに紹介した「暮らし方シフト2020」や「家の中で湖水浴 居るだけで心地よい住まい」が広いルーフバルコニーのある住まい。わが家に外に出られる空間があるのは羨ましい。これまでルーフバルコニーはあってもあまり使われていないという話をよく聞いたが、これからの時代には選ばれ、使われるようになっていくのかもしれない。
そこまでの広さはないものの、良いアイディアと思ったのが「『愛猫専用テラス』猫と暮らす家」(株式会社アールプラン)。猫たちのために作った畳1枚ほどの小さなサンルームは風、日差しが入る半戸外空間で洗濯物を干すスペースとしても利用できるという。解説からは人間がそこで猫と一緒に日なたぼっこすることは想定されていないようだが、写真を見ると陽光が外に出ておいで、猫と一緒にのんびりしなさいと手招きしているようである。
家と外の関係の再考という例を挙げてきたが、家の中に外を作るという作品もあった。ラブリーデザイン賞を受賞した「ハウスインハウスでタイニーハウス」(株式会社ブルースタジオ)である。これも持ち家の二回目のリノベーションで、子どもの成長に合わせて玄関脇に個室を作ったものだが、それがまるで家の中にもう1軒の家があるような作り。ドアの脇には赤いポストもあり、外壁もそれらしい。こんな子ども部屋で育ったら自立心が養われるかもしれない。
これまで不利とされた建物に光が当たり始めた
生活、働き方の変化によってこれまで不利とされてきた建物が再考され始めてもいる。分かりやすい作品が1,000万円以上部門の最優秀賞を受賞した「都市型戸建てを再構成する」(株式会社アートアンドクラフト)。これは1985年築の間口約3m奥行き約10mのコンパクトな3階建て住宅を1階にワークスペース、2階に寝室と水回り、3階にキッチンとリビングを配して作り替えたもので、都市型狭小一戸建ての新しい使い方の提案。
これまでは細長い空間が多層に重ねられていることが使いにくいと言われたが、働く場を作ると考えるとそれがメリットに転じる。その観点で商店街の店舗併用の空き家がリノベーションされ、働く場と暮らす場のある、今の生活に合致したものとして使われるようになったら面白い。
駅から徒歩20分、ほぼ坂道が続く道の先にある駐車スペースのない築57年の木造平屋という、少し前までだったら選ばれにくかった住宅が現代のライフスタイルに合致した住まいとして再生されたのが「建築リノベーション ~リノベーションの原点回帰と未来~」(株式会社美想空間)。具体的には住戸内に働く場、暮らす場、そして庭にアウトドアを楽しめる場が作られており、リモートワークで働く、わが家での時間を楽しみたい人にとっては条件が揃っている。絶景を楽しめる庭で撮影された写真からはかつての住宅は想像すらできないほど。郊外の不便な立地にある空き家の再生例として参考にしたい。
もう1軒、これまでだったら選ばれにくかった住宅のリノベーション事例として「文化住宅からガレージを備えた長屋へリノベーション」(株式会社アートアンドクラフト)も挙げておきたい。これは木造2階建て、全20戸の共同住宅を3戸の長屋にリノベーションしたもので、耐震補強などは施し安全は確保するものの、それ以外は既存の建物を使い、そこに居住空間の箱を挿入するという形を取っている。居室部分以外は隙間風もあると説明する潔い住まいで、それでも選ぶ人がいる。住まいに求めるものの多様化を実感する作品である。
団地の室内にビートル? 見たことのない大胆な作品も
久々にぶっ飛んだリノベーションもあった。審査員はもちろん、参加したすべての人が同意するだろう、その作品はフリーダムリノベーション賞を受賞した「ビートルに乗ってリゾートへ?いえ、ここは団地の一室です」(株式会社フロッグハウス)。タイトルの通り、築40年余りの、和室2・洋室1の3DKの1室に水色のビートルの車体が鎮座。異彩を放っているのである。車体はモニターを繋いで映画鑑賞部屋、ベッド、子どものプレイルームなど住み手次第でいろいろな使い方ができるとか。自宅なのに非日常な空間である。
この作品で初受賞したフロッグハウスは施主とキャッチボールしながら作り上げたとしており、団地に車を入れたのは始めてとも。たぶん、同社だけでなく、どこの会社もやっていないはずで、今後もこうしたこれまで見たことのない大胆なリノベーションを見せていただきたいものである。
大胆さでいえば、グリーンtoグリーン賞の「Green House」(株式会社タムタムデザイン)のビフォー写真も目を惹いた。蔦の絡まる一戸建てと言えば聞こえは良いが、実際には建物内に入れないほど蔦に侵食された家で、郊外ではよく見かける空き家である。それが耐震等級2、温熱環境設計を入れてUa値0.69W/m2kと高断熱化された快適な空間に生まれ変わったのである。
しかも、外壁を50%はがし、内部を総スケルトンにし構造体調査から始めた改修工事というのに、同仕様の新築を建てるよりも推定1,500万円ほども安く収まったという。ということは街角で見かける他のグリーンハウスも再生可能ということだろうか。だとしたらすごいことである。
完成形ではなく、変化する経過を住まいにしたのが「doredo(ドレド)-気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方ー」(株式会社リビタ)。部屋の中央に水回りが配された大きなワンルームに置かれているのは自由に移動、積み上げたり、組み替えたりできる木の箱「doredo(ドレド)」。これは同社が開発中の木製箱型モジュールで、住む人はその時々に合わせて部屋を分けたり、広げたりとさまざまに変化させられる。
審査員の株式会社第一プログレスLiVES 編集長の坂本二郎氏はこれを「職と住のバランスを模索しながら暮らす今を体現した作品」と評したが、暮らし方の試行錯誤はコロナ禍の時だけのものではない。実用化されたら面白いはずだ。
不動産の新しい使い方を提案
不動産、空き家の新しい使い方も複数提案された。ひとつがビジネスモデルデザイン賞を受賞した「目黒本町の家」(株式会社ルーヴィス)。これは同社がリノベーション費用を負担して改修、その後数年間、所有者から安く借りて転貸することで改修費用を回収するカリアゲというサービスを使ったもので、経済的な理由から活用されていない空き家を使える資産に変えていくために有効な手段だ。
ローカルシナジー賞を受賞した「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」(株式会社エコラ)はSOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースからなる複合施設で、働くと暮らすの間にある濃淡の違う施設が一体になっていると考えると分かりやすい。
同社では、コロナ禍で新しい働き方が模索される以前から働くと暮らすの新しい関係を考える糸口となるような、シェアオフィスが使える住宅や、使っていないときは貸せる賃貸オフィスなどを手がけてきている。Blankはその進化系。東北のさまざまな事業者が関わっているプロジェクトでもあり、そこから何が生まれるか、楽しみである。
使われなくなったオフィス等の活用例として無差別級部門で最優秀賞を受賞した「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」(リノベる株式会社)はぜひ、広く知られていただきたいと思う。これは事務所用途だった施設をダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースとして改修したもので、地域の人が参加できる文化発信基地がコンセプトになっている。オフィスとして特定の人だけが利用していた空間が広く地域に開かれたわけで、そこに新しい賑わい、人間関係が生まれることが期待される。
今後、全国にあるさまざまな事業者の支店が統廃合などで減っていくことが想定されるが、それをどう使うかは地元に大きな影響を与える。この作品では地域にプラスに働く活用が行われており、できることであればこうした使い方が広く知られ、行われるようになってほしいものである。
災害復興にリノベーション
最後に総合グランプリを受賞した「災害を災凱へ」(タムタムデザイン+ASTER)をご紹介しよう。この作品は2020年7月の豪雨により洪水被害を受けた熊本県人吉市において、観光施設「球磨川くだり発船場」を「HASSENBA」としてわずか1年で再生したもの。被災当初は100年以上の伝統のある球磨川くだりの再建は絶望的と思われていたそうだが、事業主の強い意志の元に九州中から有志が集まって復興へのスタートを切り、短期に完成を迎えたという。
この作品が受賞する意義について審査委員長の島原万丈氏はHASSENBAが外食や観光・レジャー、芸術、芸能、スポーツなど、いわゆる「遊び」とみなされる活動がさしたる根拠もなく不要不急と切り捨てられた時期の作品であることを挙げる。
そしてHASSENBAが再生したのは単に建物というにとどまらず、洪水被害に追い打ちをかけたコロナで折れかけた地域の人の心、あるいは地域の文化の源なのだという。詳細についてはリノベーション・オブ・ザ・イヤーホームページ内の講評をお読みいただきたいが、今回のこの作品ほど再生という言葉の重みを感じたことは無かったと書き添えておきたい。
もうひとつ、最後に付け加えておきたいことがある。今回は審査委員長を含め、7人が審査に当たったのだが、1人を除いて全員が男性であった。リノベーション協議会に参集する不動産、建築の業界が歴史的に男性社会であることは知っているし、いきなりは変えようはなかろう。だが、審査委員については何らかの配慮ができるのではないかと思う。次回、10周年に期待したい。
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