100の棚に100人の店主がいて、思い思いの“本屋”を営む
2021年9月4日、福岡県糸島市の中心市街地「前原(まえばる)商店街」に、ちょっとユニークな本屋さんがオープンした。その名も「糸島の顔がみえる本屋さん」、通称「糸かお」。
壁いっぱいの本棚は30センチ四方に仕切られていて、全部で100棚ある。その小さな棚一つ一つを借りた人が、おのおの選んだ本を並べ、おのおのの値付けで販売する。100人100様の、小さな本屋さんの集合体が「糸かお」だ。店番は、棚のオーナーさんたちが持ち回りで担当する。
仕組み自体は「糸かお」オリジナルではなく、東京・吉祥寺の「ブックマンション」などの先例がある。「糸かお」の共同運営者である中村真紀さんと大堂良太さんも、それぞれ「ブックマンション」からアイデアをもらったと語る。中村さんは、現地を訪問してもいる。
「糸かお」オリジナルの仕組みは、糸島とのかかわりによって、棚のオーナー権に4種類の枠を設けていることだ。「一般枠」は月に1度ぐらいは店番ができる人。近傍の福岡市などに住む人を想定し、棚の利用料は月額2000円。対して、糸島市民には地元割りの月額1800円で提供する。学生枠は、さらに安くて月額1500円。糸島半島には九州大学伊都キャンパスがあり、学生が多いまちなのだ。
いちばん高い「遠方枠」は月額4000円で、これには店番や陳列の代行が含まれる。21年11月現在、17人の遠方枠オーナーがいるそうだ。「遠方枠といいながら、開業後、さっそく足を運んでくれた人もいます」と中村さん。東京はもとより、遠く北海道在住のオーナーもいて、小さな棚が、糸島との接点になっている。
コロナ禍が移住の背中を押す。地域とつながる場づくりを模索
東京生まれ東京育ちの中村真紀さんが、糸島で本屋の運営を始めるに至った最初のきっかけは、東日本大震災にある。復興支援の一環で、陸前高田市で英語を教えるプロジェクトに参加し、現地に通ううちに、東京にはない、地方ならではの暮らしやコミュニティを知り、親近感を抱くようになる。同じ頃、知人の発信から糸島を知って訪れ「ここなら住める」と感じたそうだ。「海もあって山もあって、交通の便もいい。4年ほど、月に1度のペースで東京と行き来していて、このまま2拠点生活を続けるのもいいかな、と思っていました」
ところがそこへ、コロナ禍が巻き起こった。「自由に旅ができなくなって、このまま東京にい続けることはできないと思ったんです」。それまで社長を務めていた外資系企業を辞して、糸島で新しい会社を立ち上げた。コンサルティングやコーチング、コミュニケーション講座、他社の顧問や社外取締役など、これまでの経験や実績を生かして多様な仕事に取り組む「ポートフォリオワーカー」を標榜する。
「本屋をつくろう」と思い立ったのは、「地域とつながる場所を持ちたい」という動機からだ。「せっかく糸島に引っ越してきたのに、コンサルやコーチングの相手はリモートばかり。それはそれで大切にしたいけれど、地域にも貢献する方法はないかと思って。ただ、場所といってもいろいろあるでしょう、カフェとか雑貨店とか」。そんなとき、たまたま聞き及んだのが前出の吉祥寺「ブックマンション」だったというわけだ。
「自分自身、子どもの頃から本屋が好きだったし、一人ではできなくても、ブックマンションのような形式ならできる。糸島にこんな本屋があったらきっと面白いだろう、と思えました」
ただ、思い立ってから半年ほどは、適当な物件も見付からず、実現の糸口を見出せずにいた。
糸島の人とのつながりが場所を呼び、仲間を呼んで実現の道が開く
「なにがなんでも本屋をやりたいというわけではなかったので、やっぱり無理だったかな、と諦めかけていたところに、いとしまちカンパニーから、真紀さん本屋をつくりたいっていってましたよね、って誘われたんです」と中村さん。
それが、前回紹介した空き店舗活用による本の複合施設「MAEBARU BOOKSTACKS」というわけだ。
「せっかく始めるなら、若い人たちと一緒にやれないかと考えて、大堂さんに誰かを紹介してもらおうと声を掛けたんです」。
大堂良太さんは九州大学の卒業生で、九大の学生寮をつくりたくて2017年に糸島に移住してきた。現在、「地域交流型」の学生寮5棟のほか、古民家ゲストハウス「糸結」、カフェ&バー「マルベリーハウス」、そしてコワーキングスペース&シェアオフィス「糸島よかとこラボ」を運営している。中村さんは、その「糸島よかとこラボ」に仕事場を置いているのだ。
実は大堂さん自身も、かねて前原商店街に文化の発信拠点をつくりたいと考えていた。中村さんに声を掛けられる以前に、ネットの記事で「ブックマンション」を知り、中村さんと同じようにこのアイデアに惹かれていたという。そこから先は、とんとん拍子で計画が動き始めた。
クラウドファンディングで棚のオーナーを募り、開業直後に“満棚”に
2021年7月6日、中村さんと大堂さんは、まずクラウドファンディングに取りかかる。お店の参加者となる棚のオーナーを募るためと、店舗の内装費を確保するためだ。2人の人脈のおかげか、わずか10日で50万円の目標額を達成。最終的には、1か月に満たない募集期間で合計約123万円を集め、60人のオーナーが決まった。
「クラファンでオーナーになってくれたのは、一般枠や遠方枠の人が多かったですね。期間が短かったこともあって、糸島の人は『参加しようと思ったら終わっちゃってた』って(笑)」と中村さん。
建物の改修が始まり、解体やニス塗りのワークショップを行ううちに、商店街を中心に口コミが拡がり、そこからは糸島枠のオーナーが増えていった。地域のリーダー的存在である60歳代の年長者たちが「糸島高校23回期」として1棚借り、広報してくれたことも大きかった。
オープン直後はテレビや新聞にも取り上げられ、ニュースを見てオーナーに名乗りを上げた人もいる。「絵本専門の棚をつくりたいと参加してくれた人は、今のところ毎月の売り上げナンバーワン。そのうち、ここの小さな棚からもっと大きな場所に羽ばたいていくかも」と中村さん。また「せっかく九大に入ったのに、コロナ禍で人とのつながりを持てずに過ごしていた学生さんが、新聞を見て飛び込んできてくれたこともありました」。
2021年11月現在、100の棚は“満棚”で、空きを待つウェイティングリストもあるという。
「糸かお」をきっかけに、まちとの縁も、棚オーナー同士の縁もつながる
「糸かお」の100の棚は、ジャンル別に分類されているわけでもないし、網羅されているわけでもない。棚の位置関係もランダムだ。
それでも、まさに一人一人の「顔がみえる」ような棚は面白く、訪れるお客には、片端から1つずつ見て、1時間ぐらい過ごしていく人が少なくないという。開業からわずか2か月ほどで、固定ファンが付いた棚もある。「知らない本でも、この人が選んだものなら欲しい、と信頼して買ってくださったり。出会いの喜びがあるみたいです」。
同じ前原商店街にあるブックカフェ「ノドカフェ」も1棚借りてくれ、お客も「糸かお」と「ノドカフェ」を行き来するようになった。9月には「ノドカフェ」店主が「糸かお」でオーナー同士の交流会を開催。お互いに自分と棚の紹介をし、そのあと買い物し合うという趣向で、30分で27冊が売れたそうだ。「今後は、こうしたイベントを通して100人のオーナー同士の交流を盛り立て、このコミュニティに加わっていること自体を楽しんでもらえるようにしたい」と中村さんと大堂さん。
「これまで4年間、前原商店街に通っていたけれど、お店を持って初めて一員になれた気がします」と大堂さん。中村さんも「“お客の真紀さん”じゃなく、“本屋の真紀さん”になって、商店街の仲間に入れてもらえたみたい」という。「通りを歩けば声を掛けられて立ち話をしたり。昭和の時代の井戸端会議のような懐かしさで、ここに居場所がある、という実感をもらっています」。まちに新たな場を提供したことで、まちから受け取るものも増えたようだ。
糸島のかおが見える本屋さん
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