2021年(令和3年)8月、髙島屋東別館が重要文化財に指定される

髙島屋東別館 外観髙島屋東別館 外観

大阪市内には、近代建築の歴史的建造物がいくつも残っており、レトロ建築の街歩きツアーが行われているほどである。そういう貴重な建造物の一つである「髙島屋東別館」が、2021(令和3)年8月に国の重要文化財に指定された。大阪市内で指定されてきた重要文化財は、大阪市中央公会堂、大阪府立図書館、旧造幣寮鋳造所正面玄関、泉布観など、ほとんど公共の建造物なので、民間の建造物ということで注目されている。評価されたポイントは、戦前期屈指の大規模百貨店建築であり、商都大阪を象徴する商業地区・堺筋の都市景観の形成に寄与していること。さらに、創建時の特徴がよく残り、近代日本の百貨店建築を知る上で貴重な建物であるということだ。

今回、髙島屋史料館 学芸員 部長 田中喜一郎氏と、髙島屋大阪店 企画宣伝部 広報企画宣伝担当 内藤明花氏からお聞きした話を交えて、髙島屋東別館の建築の魅力と歴史を紐解いてみることにする。

髙島屋東別館の歴史

アーチのデザインが印象的な外観アーチのデザインが印象的な外観

髙島屋東別館は、南北方向約105m、東西方向約46mの区画に建つ、地上7階建て(一部8階)、地下3階、建築面積4,832m2の鉄骨鉄筋コンクリート造の建物である。堺筋に面して建つその姿は、今なお街のランドマークとしての存在感を示している。

髙島屋東別館は、髙島屋が百貨店として建てたと思っていたのだが、実はそうではない。この建物は「松坂屋大阪店」として建てられたのである。
建物の歴史は、名古屋を本拠地とする「松坂屋」が、1923年(大正12年)に建てた、木造3階建ての松坂屋大阪店の「仮営業所」が始まりである。1928年(昭和3年)には、隣接する南側に6階建ての「南館」を建設。さらに1934年(昭和9年)には、北側に7階建ての「北館」が建設された。当時、北館の屋上には、プールがつくられ、冬場にはスケート場になるなど多くの人に親しまれていたそうだ。そして、1937年(昭和12年)に、3つの建物がひとつとなり、国内最大級の百貨店が誕生した。これが、現在の髙島屋東別館の原型である。当時は、堺筋が商業の中心地であり、北浜に「三越」、備後町に「白木屋」、長堀橋に「髙島屋」、そして日本橋に「松坂屋」と、堺筋沿いに百貨店が立ち並ぶ、まさに百貨店通りであった。

建築したのは「百貨店建築の名手」といわれた鈴木禎次。名古屋を中心に、百貨店や銀行など、生涯80におよぶ建築物を手がけた建築家である。古典様式にアールデコ調の装飾デザインを取り入れた建物は、多くの人の目を釘付けにしていたという。

アーチのデザインが印象的な外観髙島屋東別館 北西側から見た外観

1966年(昭和41年)に松坂屋が天満橋に移転した後は、しばらく施工会社の竹中工務店が所有していたが、1968年(昭和43年)に、髙島屋東別館となった。しかし、百貨店ではなく、1969年(昭和44年)に、髙島屋工作所(現、髙島屋スペースクリエイツ株式会社)ハウジングセンターを開設し、1970年(昭和45年)に、3階に髙島屋史料館が開館するほか、主に事務所として活用されてきたのである。実は、これが今も歴史的建築物として残っている理由の一つである。「もし、商業施設として使っていれば、どんどん内装が変わるので、多くのものが失われたであろうし、他の百貨店のように建て替えられていたかもしれなかった」(田中氏)からである。

その後2019年(令和元年)に、国の有形文化財(建造物)に登録。2020年(令和2年)に、髙島屋史料館、滞在型ホテル、フードホール、事務所などの複合施設としてリノベーションオープン。そして、2021年(令和3年)8月、重要文化財(建造物)に指定されることになるのである。

アーチのデザインが印象的な外観コミュニティーフードホール大阪・日本橋

髙島屋東別館に見る欧米の歴史的建築様式(外観)

髙島屋東別館 南西側からの外観髙島屋東別館 南西側からの外観

髙島屋東別館は、アールデコ調の装飾デザインを随所に取り入れた、昭和の華やかな百貨店建築を今に伝える貴重な建物である。その見所は、なんといっても欧米の歴史的建築様式である。

堺筋沿いに面して建つクリーム色のテラコッタの外観は、その一角だけが欧米の街角のようであり、異彩を放っている。1階から2階にかけての下層部分には11連のアーチが並ぶデザインで、その半円部分には細かいテラコッタ彫刻が施されている。また、3階から6階の中層部は、テラコッタ調の角柱が林立し、柱頂部は彫刻で飾られ、各階の窓まわりはタイル張りになっている。さらに最上階の7階は、柱間に3連アーチを並べ、その上部は細やかな装飾のテラコッタの帯で飾られている。
このように、階層により変化をもたせることで、表情がとても豊かな外観になっているのである。

髙島屋東別館 南西側からの外観アールデコ調の装飾デザインがとても美しい、髙島屋東別館の外観
細かいテラコッタ彫刻が施されたアーチの半円部分細かいテラコッタ彫刻が施されたアーチの半円部分

彫刻のデザインで特徴的なのは、シンボルマークである「アカンサス」のモチーフが多用されていることだ。さまざまな形にアレンジされ、丁寧に造りこまれたデザインを建物の至る所で見ることができるので、それを見つけるのも楽しい。

また、2階分の高さのアーケードが、堺筋に沿って約67mもの距離で続いているのも圧巻である。柱梁に黒大理石を貼り、床は三色のテラゾー仕上げの壮麗な歩廊になっている。床にも「アカンサス」がデザインされており、今なお鮮やかな色彩を放つ模様に感激してしまう。アーケード内のショーウインドウにも、細かい装飾が施されているので、当時の雰囲気を少し味わいながら歩いてみるのもいいだろう。このように、建物のデザインは当時の姿がほぼそのまま残されているが、80年以上たった今でも、スタイリッシュで気品が感じられる。

髙島屋東別館 南西側からの外観床のデザインがお洒落なアーケード

髙島屋東別館に見る欧米の歴史的建築様式(建物内)

エントランス部分の天井デザイン
エントランス部分の天井デザイン

1階のエントランス左奥には、大理石でできた大階段の一部が残っている。厚みのある大理石と赤い絨毯の組み合わせがなんとも豪華である。また、手すり廻りは大理石彫刻で飾られ、装飾された照明のデザインがとてもおしゃれだ。

壁や柱も巨大な大理石でできており、天井には細かい装飾が施されている。ここにもアンカサスのデザインを見ることができる。また、フードホール内でも、エレベーターの痕跡や、天井の装飾などを見ることができるので、宝探しのように、建物内を散策するのも楽しいだろう。重要文化財ではあるが、寺社仏閣のように手で触れることができないものではなく、誰でも見て触ることができるのが嬉しい。

エントランス部分の天井デザイン
大理石の大階段
エントランス横の大理石の柱エントランス横の大理石の柱

とにかく、建物のいたるところに大理石がふんだんに使われているので圧倒されてしまうが、随所に細やかな彫刻が施されていてとても華やかである。欧米の建築が珍しくない現代においても、このような大理石の壁や装飾デザインに感動してしまうのだから、当時の人々の驚きと感動はものすごいものだったと考えられる。大阪大空襲で破壊されることもなく、また高度成長期以降の街の再開発にも飲み込まれず、現在も残っていることはまさに奇跡と言えるだろう。維持管理には手間とコストがかかるだろうが、これからも大事に残していってほしい。

貴重な資料が見られる「髙島屋史料館」で歴史を学ぶ

髙島屋史料館入口髙島屋史料館入口

髙島屋東別館3階にある髙島屋史料館は 1970年(昭和 45年)に、株式会社設立 50 周年記念事業の一環として開館した。株式会社髙島屋は、1831年(天保2年)に、初代飯田新七が、京都で古着木綿商を創業したのが始まりであるが、その創業以来の貴重な資料が展示されているのだ。収蔵資料は約5万点。美術品、百貨店資料、創業家文書など、多種多彩なジャンルにわたっている。入館料無料で一般公開されているので誰でも見ることができる。

2020年(令和2年)、開館50周年を機にリニューアルされ、最新技術のタッチパネルなどでより楽しく、気軽に資料を見ることができるようになった。例えば、デジタル年表では、髙島屋の歩みが分かるだけでなく、他の百貨店の歴史や出来事、また社会や経済の動きを知ることができる。また、「代表的な収蔵品をタッチパネルで検索することもできます」(内藤氏)というように、最新の技術により、数多くの収蔵品をデジタルで鑑賞することができる。他にも、彫刻家・平櫛田中作の「有徳福来尊像」など、貴重な資料が展示されている。企画展示室ではさまざまなテーマを設定した企画展が開催されている。取材に訪れた時には、ちょうど「キモノ★ア・ラ・モード」という展覧会が開催されていた。

髙島屋史料館入口髙島屋東別館のジオラマ(1/100スケール)
エレベーターの階数表示板エレベーターの階数表示板

展示されている中で特に注目したいのが、髙島屋南海店(現・大阪店)と髙島屋東別館のジオラマ(1/100スケール)である。髙島屋東別館が建てられた時の姿を360度から見ることができるので、建物の全体像が理解しやすい。また、ジオラマの台に設置したモニターでは、沿革などが映像で説明されている。このように、髙島屋東別館が建てられた当時の時代背景などを知ることで、より理解が深まり、楽しむことができるので、ぜひ見学することをおすすめする。

3階の髙島屋史料館の展示室奥には、エレベーターホールがある。壁はもちろん大理石だが、エレベーターの廻りは黒大理石で縁取られ、欄間や柱飾りにホワイトブロンズが配されている。重厚感があり、デザインのセンスの良さが感じられる。また、上り下りと書かれた文字や、時計のような階数表示板は、どこか懐かしいレトロ感がある。

(開館時間 は10:00~17:00 入館は16:30まで 入館無料 休館日:火・水曜日)

髙島屋史料館入口エレベーターホール

滞在型ホテルとして、再び非日常が体感できる場所に

ホテル「シタディーンなんば大阪」エントランスホテル「シタディーンなんば大阪」エントランス

髙島屋東別館ができた昭和初期の大阪は、昔ながらの木造住宅が広がる街である。そんな場所に7階建ての巨大な西洋建築の建物が建っている状況を想像してみてほしい。当時の人々は、この建物に驚き、ワクワクしていたに違いない。当時の百貨店は、買い物をする商業施設というだけでなく、非日常を感じる場所だったと考えられる。「プールやスケート場のようなレジャー施設があり、エレベーターに乗るために来る人もいた」(田中氏)というように、まさに、おしゃれをして買い物を楽しみ、欧米の異文化を感じることができる憧れの場所だったのである。

そして現在、髙島屋東別館の一部は、滞在型ホテルである「シタディーンなんば大阪」として生まれ変わっている。アールデコ調の華麗な装飾を活かしつつ、木のぬくもりが感じられるモダンな部屋になっているようだ。ホテル内部でも、美しい建築様式を見ることができるのも楽しみである。非日常を体感できる場所として多くの人をワクワクドキドキさせることだろう。特に歴史的建造物のファンは、ぜひ宿泊体験をしてみるといいだろう。

ホテル「シタディーンなんば大阪」エントランス髙島屋東別館 西面中央部外観

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