所沢エリアの地域創生につながる「遊」の仕掛けをつくる『西武園ゆうえんち』
西武新宿駅から47分、西武鉄道山口線『西武園ゆうえんち』駅のホームに降り立つと、植木等のスーダラ節の軽快なリズムが聞こえてきた。目の前には懐かしい路面電車、丘の上にはどこかレトロな映画館。まるでタイムスリップでもしたかのように「古き良き昭和の街並み」が広がっている。
1950年開業の『西武園ゆうえんち』は、同園初となる大規模なリニューアルを行い、2021年5月にグランドオープンした。リニューアルテーマは「心あたたまる幸福感に包まれる世界」だ。取材に訪れる前はてっきり“施設の老朽化をきっかけに、昭和の街並みを再現したテーマパークとしてリニューアルしたもの”とばかり思っていたのだが、実際のところはそうではない。
リニューアルの目的は「西武グループとして所沢エリアの地域力向上につながる新たな仕掛けをつくる」こと。単なるベッドタウンではなく“住まう・働く・遊ぶの機能を備えたリビングタウン”としてまちの価値を高めていくことを目指しており、中でも「遊ぶ」のコンテンツを強化するための取り組みが同園のリニューアルだったのだ。
イマドキの若者にとって、昭和の時代は“ファンタジー”の世界
園内を訪れて筆者が最初に驚いたのは「全体的に客層が若い」ということだ。いわゆるZ世代を中心に20代・30代の来園者が8割を占めているという。もちろん親子三世代で遊びに来たという来園者もいるが、ここは昭和生まれのオトナたちがノスタルジーを感じるために訪れる場所ではないようだ。
実は同園ではリニューアルを迎えるにあたり、約3年をかけてメインターゲットとなる若者層の市場調査を行った。その調査によると、イマドキの若者たちは映画やドラマの影響もあるのか「昭和の時代に対してかなりポジティブなイメージを持っている」ことがわかった。同時に「懐かしさ、温かさ、人情味」といった好意的なキーワードが連想されることが多く、同園がリニューアルテーマとして掲げていた“心あたたまる幸福感”とも見事に合致したのだ。
「昭和の時代というのは、今の若い人たちにとってファンタジーの世界。映画で見たことはあるけれど、実際には体験したことがない憧れの世界なのです。その“非日常”を体験しに訪れる場所が《西武園ゆうえんち》であり、SNSの投稿などをきっかけに感心を持って下さった若者世代が、“昭和のファッションコスプレ”をしてグループで来園されるケースも増えています(広報担当者談)」
ちなみに、コロナ以前と比較してチケット売り上げが13倍に伸びたというのだから、今回のリニューアルは狙い通りの成果を挙げたことになる。
「夕日の丘商店街」の存在が「タイムマシン」のような役割を果たす
同園のリニューアル総事業費は100億円。テーマパークのテコ入れ事業費としては破格の安値であり、“節約型のリニューアル”という点も業界内外の注目を集めた。
一般的なテーマパークの場合、リニューアルにお金をかけすぎて回収できないケースが多いそうだが、同園では「事業の持続性」を視野に入れてリニューアル計画を練り、既存のアトラクションを最大限生かすための工夫を考えた。
そこで重要になってくるのが「夕日の丘商店街」の存在だ。
来園者は、園内に入るとまず「夕日の丘商店街」の熱気を目の当たりにする。路地を歩いていると、突然商店街の住人(フレンズクルー)たちのパフォーマンスが始まり、気さくに声をかけられる。登場人物は駐在さん、盗人、魚屋の店主、喫茶店の看板娘、おかもちを担いだ出前など様々な顔ぶれで、とにかく全員のキャラクターが濃い。看板娘が歌を唄い出したり、駐在さんと盗人が捕り物劇を繰り広げたり、自転車に乗った紙芝居屋が現れたりと、賑やかにストーリーが展開していく。フレンズクルーたちはゲスト一人一人に合わせた口上やパフォーマンスで来園者をどんどん巻き込んでいくため、気づけば自分も“夕日の丘商店街の一員”のような気分になってしまうのだ。
この時間が「タイムマシン装置」となり、来園者は知らないうちに昭和の雰囲気に溶け込むようになる。すると、その先に広がるのが「昭和の遊園地」の風景だ。
予算をかけず既存のものを残し、価値を高めた「西武園ゆうえんち」のリニューアル
園内のアトラクションはあえて大きな更新を行わず、リニューアル前からの既存施設を残している。剥がれた塗装は色を変えずに、老朽化が進んだ箇所は安全性を確保して修繕し、音響だけは入れ替えを行った。この“ちょっとレトロ”な遊園地の風景も、商店街を通り抜けた後だと違和感を感じない。
「リニューアルというと、すべてを一新するイメージがありますが、私共は古いことを逆手にとって、それを新たな価値とすることを目指しました。今まであったものを残し、最大限に活用して生かしていくことで、ただ古いのではなく、懐かしくアンティークなものと感じていただける仕掛けをつくっています(広報担当者談)」
体験満足度97%のアトラクション「ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦」
▲ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦のワンシーン(TM & © TOHO CO., LTD.)。『ALWAYS 三丁目の夕日』でお馴染みの株式会社白組・山崎貴監督をはじめとする映画製作チームが映像を担当。ゴジラ好きで知られる山崎監督のこだわりが詰まったオリジナルゴジラで、海外のゴジラファンからも「パーフェクトボディ」との評価を得ている既存施設を極力活かしながらリニューアルされた同園だが、丘の上にそびえ建つ『夕陽館』はこれまでになかった新設のアトラクションだ。
このレトロな映画館風の建物の中では、昭和の特撮映画の象徴とも言えるゴジラをテーマにした『ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦』が上映されている。これが想像の上を行く面白さで、“体験満足度97%”というデータも納得できる。
(ネタバレ防止のためストーリー紹介は自粛するが)1960年代の東京を描いた美しい映像と、東京上空を飛び回るスリリングな浮遊感はあまりにもリアルで、5分間の上映後は会場のあちこちから「面白かった!」という感嘆の声があがっていた。
昭和の時代が残してくれた賜物を、令和の時代に合わせてアップデートし、さらに価値を高めて我々を楽しませてくれるという同園のリニューアルコンセプトは、この『夕陽館』のアトラクションでもしっかりと表現されている。
「メディアの中には“昭和レトロがテーマ”と報じられている記事もありますが、実際にはちょっと違っていて、リニューアルした《西武園ゆうえんち》の根幹の商品は“温かさや幸福感”。そして、それを包むパッケージがたまたま“昭和”だったということなのです。ご来園された多くのお客さまが商店街の街並みだけでなく、そこでの体験を通して幸せな気持ちになっていただけたら嬉しいですね(広報担当者談)」
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昭和生まれの私たちは、つい“あの頃は良かった”と湿っぽく昭和の時代を振り返ってしまう。
しかし、《西武園ゆうえんち》の1960年代の世界は“あの頃は良かった”を体験するための空間ではない。モノが溢れていなくても幸福度が高かった昭和の暮らしを疑似体験し、園を出る頃にはほんわかとしたやさしい温もりに包まれる。
この「湿っぽくなく、説教じみていない昭和体験」こそが、若者たちに支持されている理由なのだろう。
■取材協力/西武園ゆうえんち
https://www.seibu-leisure.co.jp/amusementpark/index.html
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