「U-35」は今年で12回目、大阪駅前のうめきたシップで開催中
安藤忠雄氏が「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞したのは38歳、隈 研吾氏が「M2ビル」でメディアの注目を浴びたのは37歳──若くして注目された建築家といえども、30代後半でようやく脚光が当たるのが建築の世界の通例だ。
才能ある若き建築家にとっては、大学を出てからそこに至るまでの期間が辛い。孤独で心が折れそうなその時代を応援することに、このイベントの意義がある(と筆者は思う)。
若き建築家たちの登竜門として、2010年から開催されている「Under 35 Architects exhibition 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会」。12回目となる2021年は、10月15日(金)から25日(月)まで、JR大阪駅前のうめきたシップホールで展示が行われている。
2021年の出展者は7組。板坂 留五(Rui Architects)、榮家 志保(EIKA studio)、鈴木 岳彦(鈴木岳彦建築設計事務所)、奈良 祐希(EARTHEN)、西原 将(sna)、畠山 鉄生+吉野 太基(アーキペラゴアーキテクツスタジオ)、宮城島 崇人(宮城島崇人建築設計事務所)。
12年の歴史の中で出展者の選出方法には何度かの変更があった。現在は、10人のゲスト建築家・建築史家による推薦者と、公募枠の中から、審査委員長(交代制)が7組を目安に選ぶ方法を採っている。さらに、7組の中から、10月16日に開催されるシンポジウム(講評会)で1組のGold Medalを選ぶ。これも最終的には審査委員長に一任して選ぶやり方だ。今回の審査委員長は、建築家で早稲田大学教授の吉村 靖孝氏が務めた。
ゲスト建築家・建築史家は以下の10人。五十嵐 太郎、倉方 俊輔(上記2人は建築史家、以下は建築家)、芦澤 竜一、五十嵐 淳、石上 純也、谷尻 誠、平田 晃久、平沼 孝啓、藤本 壮介、吉村 靖孝(2021年審査委員長)。このメンバーに固定してすでに8年となる。
当初の「U-30」を「U-35」に広げるも、今年は…
初期からこの展覧会に関わっている建築史家の五十嵐 太郎氏はこう言う。
「学生は卒業設計の発表の場などがいくつもあって、自分のやっていることが議論され、評価される機会がある。ところが今は、学校を出てからメディアに取り上げられるようになるまで、ほとんどそういう場がなくなった。そんな中でこのイベントが10年以上継続していることは、とても意義がある」。
冒頭で「30代前半が辛い」と書いたのはそういうことだ。始まった当初はU-30だったが、2014年にU-35に年齢を広げたのは、そうした意図もあったのだろう。
ところが、今年(2021年)は、そんな思惑を打ち崩す建築家がGold Medalに選ばれた。
審査委員長の吉村 靖孝氏が講評会の最後に選んだのは、Rui Architectsを主宰する板坂 留五(いたさか るい)さん。1993年生まれで、まだ20代。2018年に東京藝術大学院を出て3年目。出展した「半麦ハット」は、大学院時代から設計を開始して建てた両親の自宅兼店舗だ(2019年秋竣工)。
板坂留五さん。1993年兵庫県生まれ。2016年東京藝術大学卒業。2018年東京藝術大学院修了後、独立。2020年より、東京藝術大学にて非常勤講師を務める。2019年秋、修了制作から取り組んでいた両親の店舗兼住宅「半麦ハット」(共同:西澤徹夫)を竣工。翌年に、本建築を通してさまざまな人が考えたことを束ねた書籍「半麦ハットから」(盆地Edition)を出版。2020年春、パン屋兼ギャラリー「タンネラウム」の内装設計を行い、同世代の作家とのトーク「タンネラウムを語らう」と同時に発表。そのほか、演劇や展覧会の会場構成や生活工房ギャラリーのプチリニューアルなどがある。ウェブサイトはこちらhttps://ruiitasaka.ooo/(写真:宮沢洋)展示されたプロジェクトの“強さ”で気になったのはこの2組
私見になるが、筆者がシンポジウムの前に7組の展示を見て、特に気になったのは以下の2組だった。筆者が審査員なら、どちらかをGold Medalに選んだと思う。
1つは札幌市で宮城島崇人建築設計事務所を主宰する宮城島 崇人(みやぎしまたかひと)氏の「O project」(2020年)。札幌市内の公園に隣接する2×4(ツーバイフォー)住宅にキッチン棟を増築し、住み手の快適さを増すだけでなく、公園との関係性も魅力的にしようという取り組みだ。個人住宅を社会(公園)と結び付けようという目標が意欲的。
建築家の芦澤竜一氏(右端)に説明する宮城島崇人氏。宮城島崇人建築設計事務所。1986年北海道生まれ。2011年東京工業大学大学院修了後、マドリード工科大学(ETSAM)奨学生。同年、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に進学し、観光をきっかけに再認識される地域の景観や町並みに関するリサーチ及びデザインに取り組む。2013年より主宰する宮城島崇人建築設計事務所にて建築設計を中心に、環境と人間の新しい関係をつくりだすことを試みている。ウェブサイトはこちらhttps://takahitomiyagishima.com/(写真:宮沢洋)もう1つは、アーキペラゴアーキテクツスタジオの畠山 鉄生氏と吉野 太基氏。展示の中心は川崎市の住宅「河童の家」。3階建てなのに3重の階段。空間の主役となっている階段が、かつて見たことのない存在感を放つ。
アーキペラゴアーキテクツスタジオのプレゼン風景。畠山鉄生氏は1986年富山県生まれ。2011年武蔵野美術大学卒業。2013年 同大学大学院修士課程修了(菊地宏研究室)。2017年 増田信吾+大坪克亘を経て Archipelago Architects Studio設立。吉野太基氏は1988年熊本県生まれ。2011年武蔵野美術大学卒業。2015年 東京藝術大学大学院修士課程修了(乾久美子研究室)。2020年 長谷川豪建築設計事務所を経て Archipelago Architects Studio参画。事務所のウェブサイトはこちらhttp://pelago-studio.com/(写真:宮沢洋)吉村 靖孝氏が強く推すGold Medal授賞の「半麦ハット」のすごさは?
講評会でもこの2つの評価は高かったが、Gold Medalに選ばれたのは筆者的にはノーマーク、というか判断不能の板坂さんだった。板坂さんの半麦ハットは、シンポジウムでも話題の中心になった(ただし、最終的に選ぶは審査委員長なので、議論は結果に直結しない)。
半麦ハットは、建築編集者の筆者にも読み取りにくいくらいだから、会場でなんとなく見ても、すごさがよく分からないかもしれない。建築関係者でない人は、ある程度予備知識を持ってから見た方がいい。
半麦ハットは淡路市東浦に立つ、板坂氏の両親の週末住宅兼母が営む洋品店。
ガラス温室に使われる鉄骨を使用した延べ面積約100m2の平屋の建物。ガラス温室は、敷地周辺の道路沿いに多く立ち並んでいるものと同じメーカーのものを選んだ。雨仕舞いなどの住宅性能がクリアされ、街のほかの要素を組み合わせやすくなると考えたという。温室に本来使用するガラスを、同じ厚みのフレキシブルボードに替えて外壁とした。設計当時は大学院生で実作の経験はなく、建築家の西澤徹夫氏に助言を得つつ、ディテールなどは施工者に一から聞きながら設計を進めた。
外観はパッと見て驚きを感じるようなものではない。特異なのは、使用する素材や周辺環境との向き合い方の“濃さ”だ。
審査委員長の吉村氏は、こう説明する。
「僕らが当たり前のこととして設計している巾木やチリ(いずれも住宅の施工時に異素材をぶつけて収めるときのルール)を、ゼロから考えて設計している。周辺のリサーチも含めて、非常にピュアなアプローチ」。
藤本壮介氏は、そうして生まれる空間について、「ワシャワシャとしたものを、なんとかつなぎ止めている状態。漂っている感じ」と評した。
ゲスト建築家の1人である平沼 孝啓氏は期待を込めてこう言う。
「僕らが学生の頃に、妹島和世さんがメディアに登場したときのような新鮮さがある。これから周りの人が不安を煽るようなことを色々言うと思うけれど、このまま突き進んでほしい。その先に何が生まれるのか見てみたい」。
このイベントは、プロジェクトの強度や完成度を競うものではない。「この先に生まれそうな何か」を後押しする先輩建築家・建築史家から若手へのエールなのだ。そう考えると、まだ20代の板坂さんがGold Medalに選ばれたことにも納得がいく。
ちなみに、「半麦ハット」というプロジェクト名は、麦わら帽子と布部分が半分ずつになっている作業用帽子のこと。「関係のなさそうな何かと何かをくっつけることで、お互いの役割は果たしつつ、なんとなく気になる形」──。そんな自身が考える建築の作り方を帽子を例えたという。言葉のセンスも新鮮だ。
「U-35」展は、35歳以下の建築家が考えている多様な方向性を知る展覧会
ここで触れていない提案もそれぞれ魅力的だ。
審査委員長の吉村氏は「7組は、U-35が考えているさまざまな方向性が伝わるように、かなりバランスを考えて選んだ」と言う。建築の5年後をのぞき見するような展覧会だ。
2021年の会期は10月25日(月)まで。JR大阪駅前のうめきたシップホールで展示が行われている。詳細は下記。
■Under 35 Architects exhibition 2021 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会(2021)
会期:2021年10月15日(金)~25日(月) 12:00~20:00 期間中無休 最終入場19:30※最終日は16:30最終入場、 17:00閉館
入館料:1,000円
会場:うめきたシップホール(大阪市北区大深町4-1うめきた広場)
公式サイト:https://u35.aaf.ac/
■取材協力
特定非営利活動法人(NPO法人)アートアンドアーキテクトフェスタ
http://www.aaf.ac/
公開日:













