「空き家」「DIY賃貸」をキーワードに「クリエイティブな賃貸経営」についてディスカッション

『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』(主催はボーナストラックと、ボーナストラックのテナントであるomusubi不動産)。DIYをテーマにトークセッションのほか、DIYを体験できるワークショップ、建築・不動産・インテリアを軸にしたブックマーケットなどが開催された

『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』(主催はボーナストラックと、ボーナストラックのテナントであるomusubi不動産)。DIYをテーマにトークセッションのほか、DIYを体験できるワークショップ、建築・不動産・インテリアを軸にしたブックマーケットなどが開催された

東京・下北沢「ボーナストラック」で開かれたイベント『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』(2021年6月6日開催)のトークセッションレポート。2回目の今回は、『これからのクリエイティブな賃貸経営 空き家のDIY賃貸とまちづくりが大家業のスタンダードになる時代』と題した、ディスカッションの様子をお伝えする。

前回記事はこちら
ボーナストラックでDIYイベントが開催。実践者がDIY初心者に伝えたいその魅力と、まちづくりの可能性


空き家のDIY賃貸とは、長い間、住み手がいなくて放置されていた物件に、「内装は自由にDIY可能」という付加価値を付けた賃貸だ。国土交通省も2016年に『DIY型賃貸借に関する契約書式例』と、活用のためのガイドブック『DIY型賃貸借のすすめ』を作成し、空き家対策のひとつに位置付けている。入居者は、費用は自己負担ながらも好きなように内装を改修できるだけではなく、周辺相場よりも安い賃料で借りることができ、退去時にも原状回復義務を負わないというメリットがある。大家にとっても築年数の古い物件でありながら内装の修繕費用や手間をかけずに入居者募集をすることが可能になる。さらに入居者がDIYで仕上げた住空間ということで愛着がわき、長く住んでもらいやすくなったり、入居者によって手直しされた部屋が「個性的な住空間」として、次の入居者の目を引きやすくするといったメリットも期待できる。

『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』(主催はボーナストラックと、ボーナストラックのテナントであるomusubi不動産)。DIYをテーマにトークセッションのほか、DIYを体験できるワークショップ、建築・不動産・インテリアを軸にしたブックマーケットなどが開催された

トークセッションは、「ボーナストラックハウス」の1階イベントスペースで開催された

このような可能性のある、空き家を活用してのDIY賃貸。管理・運営・経営に携わる3人の登壇者が、その工夫や苦労、楽しさなどを語り合った。

登壇者を紹介しよう。まず、設計・施工のプロ集団「HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)」の建築家、加藤渓一氏。ハンディハウスプロジェクト(以下、ハンディ)は、「妄想から打ち上げまで」というビジョンのもと、デザインから工事まで、すべてのプロセスに住まい手も参加するという家づくりに取組んでいる。2011年より活動を開始し、全国200件以上の住宅や店舗の建築物に携わってきた。そのかたわら、2019年から賃貸物件を借り上げてDIY賃貸事業を開始。現在、「アパートキタノ」(築28年:東京都八王子市)、「江古田DIY賃貸」(築54年:東京都練馬区)の管理・運営を手がける。

そして、宮城県石巻市を拠点に活動する、株式会社巻組の代表取締役、渡邊享子氏。2011年、東京の大学院で都市計画を学んでいたとき、東日本大震災のボランティアに訪れたことがきっかけで、石巻へ移住。地域経済の再生に関わりたいと、2015年に巻組を創業した。老朽化や、立地条件が悪いなどの理由で売買も賃貸も難しい空き家を買い取って、再生させる事業に取り組む。これまでに約40軒の空き家を改修。うち、10軒をシェアハウスやゲストハウスなどとして自社で運営している。そのほか、クリエイティブ人材の誘致・育成支援などにも携わる。

もう一人、このイベントを主催するomusubi不動産の代表、殿塚建吾氏。omusubi不動産は、千葉県松戸市を拠点とする不動産会社で、空き家を借り上げてDIY可能賃貸として、アーティストやクリエイターなどに提供する事業を展開。入居者と一緒にアートイベントやマルシェ、DIYのワークショップなどを開いたり、まちづくりにも取組む。殿塚氏はこのトークセッションの進行役もつとめた。

『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』(主催はボーナストラックと、ボーナストラックのテナントであるomusubi不動産)。DIYをテーマにトークセッションのほか、DIYを体験できるワークショップ、建築・不動産・インテリアを軸にしたブックマーケットなどが開催された

『これからのクリエイティブな賃貸経営』のトークセッションの様子。左から加藤渓一氏、渡邊享子氏、殿塚建吾氏

※現地参加とオンライン参加のハイブリッドで開催された

空き家を事業化する際の着眼点、工夫ポイントとは

殿塚氏の進行で行われたトークセッション。会場となったイベントスペースは、区道とボーナストラックの広場に面し、明るい雰囲気。展示会や個展、ネット配信イベントなどの会場としても利用されている。隣接してシェアキッチンが設けられている殿塚氏の進行で行われたトークセッション。会場となったイベントスペースは、区道とボーナストラックの広場に面し、明るい雰囲気。展示会や個展、ネット配信イベントなどの会場としても利用されている。隣接してシェアキッチンが設けられている

このようにバックボーンが異なる3人の登壇者によるトークセッション。裏話も交え、話題が多岐に及んだ。3つのテーマに分けて、各登壇者の主な発言の要旨をまとめていく。

最初は、空き家の探し方や活かし方、活用のポイントなどについて、事例も交えて語られた。

【加藤氏】
建築家の僕がDIY賃貸事業に関わるようになったきっかけは、日本一有名な大家さんといわれる青木純さんが主宰する「大家の学校」で講師をつとめたこと。受講者の一人から、投資用に購入したアパートに入居者がつかなくて困っていると相談を受けた。それが「アパートキタノ」。18m2のワンルームが47戸というアパートで、都心から電車で40分ほどかかるし、これといった特徴もなく、賃料を下げることでしか価値は生まれないという状態だった。そこで僕が提案したのは、DIY可能な賃貸にすることだった。

ポイントは室内の壁の片方と床に合板を張り、そこだけをDIYで変更可能としたこと。部屋のすべてをDIY可能とすると、人によってはハードルが高くて入居を検討してもらえないだろうし、大家の立場としても部屋がどうなってしまうのか不安を感じるだろう。DIY可能な部分を限定することで、大家は安心するし、退去したあとは合板を交換するだけなので、安価で済み、管理も楽になる。2021年春から手がけている「江古田DIY賃貸」は築50年を超えた古い物件なので、水回りなどのインフラはハンディがリノベーションした状態で提供し、「アパートキタノ」と同じく、DIY可能部分を限定している。

【渡邉氏】
私たち巻組は、一般的には資産価値がないとされる空き家を探し出し、事業を展開している。築50年を超える廃屋、トイレが昔ながらのくみ取り式、再建築不可の物件などを買い取り、改修してシェアハウスなどの形態で運営しているが、築年数の古さを逆手にとって、入居者がDIYで内装を変更できる自由度を高めるという発想でビジネスチャンスを見いだしている。地方だと、「どうにでもしていいからもらってほしい」という、古い空き家が多い。その分、DIYで自分らしく住める空間づくりができる余白があることに魅力を感じてもらえているようで、アーティストやクリエイター、起業家、外国人などが入居している。

空き家は、まちを歩いて探し回っていた時期もあったが、今は、空き家に困っている物件オーナーから直接、持ち込まれることがほとんど。また、地元の不動産会社とつながりができてからは未公開物件の情報を教えてもらえるようになった。

空き家を事業化できるかどうか、私が重視しているのは立地。しかし、「駅から徒歩何分」ということではない。例えば、古くからの市街地は、最寄り駅から距離があるとしても早くから人が住んでいたエリアなので、地盤がいいとか、陽当たりがよいとか、そういったメリットに目を向けている。

殿塚氏の進行で行われたトークセッション。会場となったイベントスペースは、区道とボーナストラックの広場に面し、明るい雰囲気。展示会や個展、ネット配信イベントなどの会場としても利用されている。隣接してシェアキッチンが設けられているボーナストラックの広場では、加藤氏が所属するハンディハウスプロジェクト、渡邊氏が代表取締役をつとめる巻組のDIYワークショップもスタンバイ。手前がハンディハウスプロジェクトの「お気にぎり」。角の立った角材をやすりを使って滑らかにし、「お気に入り」の木に仕上げる。奥が巻組と、宮城県石巻市で革工房など多拠点で活動する「のんき」によるレザークラフト体験。制作工程ででた革の端材を使って、しおりやチャームなどをつくる
このDIYイベントでは、omusubi不動産も「あおぞら不動産マーケット」として出店このDIYイベントでは、omusubi不動産も「あおぞら不動産マーケット」として出店

【殿塚氏】
僕らの場合、千葉県松戸市にある当社の本拠地から徒歩15分くらいの圏内にある空き家を中心にしている。このエリアの空き家・空き店舗をDIY可能賃貸として貸し出して個性的な空間にし、面白い人が集まる、魅力あるエリアにしたいと考えているからだ。そのためにまちを歩き、空き家を探す。気になる空き家が見つかると、登記簿謄本を閲覧して権利関係などを確認し、所有者に交渉する、といったことをコツコツと続けてきた。
そうして見つけた空き家を改修し、DIY可能賃貸にした物件のなかに、「せんぱく工舎」というクリエイティブ・スペースがある。1960年築で、企業の社員寮だった2階建て。平成になって一度も使われたことがなく、床に下地が貼ってあるだけの古びた建物だったが、ショップや、アーティストのアトリエなどに使ってもらえれば、エリアの価値を高めるコンテンツになると思った。水道など基本設備はオーナーの負担で行い、内装は当社から転貸した入居者に自由にDIYしてもらうことで、相場より安い賃料とした。

賃料を安く設定することは、不動産会社としてどう収益を出していくのかという課題を抱えることになる。しかし、才能あるクリエイターらが入居してくれて、まちの魅力をつくる力になってくれるのならば、有益な投資だと考えている。「せんぱく工舎」は2018年にオープンして以降、入居者のコミュニティもでき、イベントを開催するなど、地元の人たちからも認知される存在になってきている。

「素敵な隣人がいる」という価値をどのようにしてつくっていくか

賃貸経営の裏話も飛び出し、活発なディスカッションが繰り広げられた賃貸経営の裏話も飛び出し、活発なディスカッションが繰り広げられた

次は、「物件の価値は住んでいる人がつくる」「コミュニティという価値」といったテーマについて、意見が交わされた。

【加藤氏】
「アパートキタノ」の場合、入居者同士の交流はオンラインが中心。アプリ「Slack」を使い、入居者のコミュニティグループをつくっている。新しい入居者が挨拶をしたり、近隣の生活情報の交換、面白そうなイベントがあれば誘い合うという具合に、活用されている。「Slack」を通じて、DIYの方法や工具のことも入居者同士や、僕らに相談しやすい環境だ。

リアルで交流できる機会をたくさんつくるのもいいのかもしれないが、リアルだと、お互いの距離が近すぎて煩わしく感じるケースもあるようだ。「Slack」だと、ほどよい距離感で交流できるようで、思っていたよりも効果がある。入居者は「アパートキタノ」を退去後も、希望すれば「Slack」上のグループに残ることができ、時々、コメントしてくれたり、自分が暮らしていた部屋に引っ越してきた入居者に、「よい部屋だから楽しんでくださいね」というメッセージを送ったりと、オンライン上でつながりが生まれたケースもある。

ワンルームの賃貸はもともとが長期間住むという性格の住まいではなく、短いスパンで入居が入れ替わっていく。しかし、こうしたオンラインの活用で、前の入居者の「この部屋、よかったよ」という住み心地や価値を、次に住む人に住み継いでもらうことが可能になっているようにも思う。


【渡邉氏】
シェアハウスは住人同士、よいコミュニティが築かれているかどうかが、重要な要素だ。それが住む人の「顧客満足度」の高さの8割ほどを占めると思う。
しかし、入居者のコミュニティづくりは、基本的には入居者に委ねるようにしている。最初のころは私がイベントを企画したりしていたが、私は物件の大家であって、そのシェアハウスの住人ではないので、入居者側からすると違和感があったようだ。それは無理もないことだと思う。

今はSNSで入居者のグループをつくっているほかには、私からは仕掛け過ぎないようにしており、それでうまくいっているようだ。ありがたいことに、家庭の事情などで退去した人同士が、「巻組のシェアハウスに住んでいた」という共通項でつながって、仲良くなったという話を耳にするようになった。巻組の住まいが媒介になって、新しい交流が生まれるのはとても嬉しい。最近は、住宅・不動産ポータルサイトを経由せず、直接、巻組のサイトから入居の問合せをしてくる人が増えている。

イベント当日、omusubi不動産が出店した「あおぞら不動産マーケット」では、さまざまなDIY賃貸物件が紹介されていた

イベント当日、omusubi不動産が出店した「あおぞら不動産マーケット」では、さまざまなDIY賃貸物件が紹介されていた

【殿塚氏】
僕らのDIY賃貸物件は、一般の賃貸とは違い、素敵な隣人がいたり、コミュニティがあることにも価値があると思っている。では、コミュニティをいかにしてつくるのか。僕らの本拠地・松戸とは別のエリアでDIY賃貸物件を扱うときには、その地元でコミュニティをもつ人と連携して取組んでいる。

例えば、6年前に松戸の隣の市川市で「123(イチニサン)ビルヂング」(1966年築、3階建ての鉄筋コンクリート)というシェアアトリエを手がけたとき、市川で唯一の知り合いが、つみき設計施工社の河野直さん(※前回記事で紹介のトークセッション登壇者)。「誰か、入居してくれる人を紹介してほしい」と相談したら、つみき設計施工社さん自ら入居してくれ、知り合いにも声をかけてくれた。そうして4組のクリエイターが入居し、地域の人も巻き込んでイベントを開いたりしてまちを盛り上げてくれ、今では常にほぼ満室になっている。

入居者がDIYをした部屋がSNSで話題を呼び、人気物件になるケースも

加藤氏加藤氏

最後に「大家業は暮らしを支えるサービス業」をテーマに、賃貸経営の魅力、おもしろさ、今後の展望などについて、ディスカッションが行われた。

【加藤氏】
DIY賃貸に住むことは、住まいや暮らしに対するリテラシーを高めることにつながる。それは家の購入という人生の大きな決断をするときにも役立つだろう。そういう想いで、僕はDIY賃貸事業に取組んでいる。

DIY賃貸の管理・運営に関わっていて楽しいのは、入居者がDIYでどう室内を変えたのかを見ること。色や模様、デザインなど、「ここまでやったのか!」と嬉しい驚きがある。なかにはSNSで話題になる部屋もあり、「この部屋に住みたい」と問合せが入る場合もあり、入居者が人気物件をつくっていると思うとワクワクする。

一般的な賃貸管理の仕事は、入居者の賃料の管理やクレーム処理の業務などだろう。一方、僕らが取組む「クリエイティブな賃貸管理」は、DIYを軸にした管理。入居者が思い描くDIYを実践できるよう、役立つ情報を提供したり、リアルで指導する機会をつくるなど、僕らがサポートする仕組みを、今後も模索していきたい。

入居者の幸福度を高めるサービスを考えていきたい

渡邉氏渡邉氏

【渡邉氏】
私たちが扱う空き家は、ものすごく老朽化が進んでいるので、改修してシェアハウスにするには建物の不具合が多く、手がかかる。しかし、住まい手と一緒にDIYで物件をつくっていくという考え方に切り替えてみると、こんなに楽しいことはない。

シェアハウスを管理・運営する面白さでは、入居者の幸福度を高めるためのサービスを考えることに面白さを感じる。ITを活用したセキュリティの導入や、野菜宅配サービスがあると便利になりそうだ……など、いろいろなアイデアがある。

ここ最近、職業としての「賃貸経営」にもっと光をあててほしいという想いがわいてきている。日本に空き家があるからこそ、可能性が広がる仕事だと思う。今日、建築の加藤さん、不動産分野の殿塚さんとのトークで、そんなことを確信した。

これからの賃貸経営には「サービス業のプロ」であることが求められる

殿塚氏

殿塚氏

【殿塚氏】
僕は、アーティスト、クリエイターを支援するという気持ちで、DIY賃貸の運営・管理をやっている。omusubi不動産の小さなシェアアトリエに住んでいたアーティストが大きなアートイベントに作品を発表したり、世に出ていくのを見る喜びは、格別なものがある。

賃貸経営については、「不動産投資」としてはプロがいるのかもしれないが、住み手の暮らしを支えるサービス業としてのプロは少ないのではないだろうか。空き家を活用してDIY賃貸として貸すことで、家賃収入という副収入が得られるかもしれないが、それにとどまらず、サービス業の発想で取組む人が全国的に増えてくると、まちの活性化にもなり、地域の価値も高まっていくことになるだろう。

殿塚氏

ボーナストラックの広場ではさまざまなDIYワークショップが行われていた。写真は、omusubi不動産によるワークショップで、参加者は大工職人に教わりながらカフェの看板をつくっていた。ちなみにこのカフェとは、omusubi不動産が世田谷区代田の空き家を改修したシェアカフェ「ナワシロスタンド」(2021年8月オープン)

コロナ禍とあって、会場の参加人数を制限して行われたトークセッションだったが、オンライン参加者からも多くの質問が寄せられ、これほどまでに空き家とDIY賃貸に興味をもつ人たちがいることに新鮮な驚きを感じた。

今後、空き家を活用したDIY賃貸にどんな新風が吹き込まれるのだろうか。引き続き、注目していきたい。

ボーナストラック
https://bonus-track.net/

HandiHouse project
https://handihouse.jp/

巻組
https://makigumi.org/

omusubi不動産
https://www.omusubi-estate.com/

殿塚氏

omusubi不動産が空き家をリノベーションしたシェアカフェ「ナワシロスタンド」は、
ボーナストラックから徒歩9分のところにある。
イベント『NO BIG DEAL!! DIYのある暮らし』のワークショップの一環として、塗り壁のワークショップが開催された
(写真提供:omusubi不動産)

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