海外からも注目される「まちづくり×SIB」
ヨーロッパやアメリカで広がりを見せるSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)は、PFS (成果連動型民間委託契約方式)に分類される官民連携手法のひとつだ。投資家などの外部資金提供者の資金を活用し、民間事業者が社会課題解決型の事業を行い、その成果に応じて行政から報酬が支払われる仕組みである。
SIBは2010年にイギリスで初めて導入されて以来、ヘルスケアや再犯防止などの分野で多く導入されてきた。これらの分野で導入が進んだのは、事業の成果が行政コストの削減に直結しやすい分野、つまり事業の結果を受けた適正な報酬を算出しやすい分野だからだ。
一方、日本では国土交通省を中心にまちづくりの分野でSIBを導入しようという動きがある。まちなかに歩行者滞在空間をつくる事業を例に挙げると、その成果は、市民の健康増進や沿道店舗の売上増加、新規ビジネスの増加など多方面に及ぶ。さらに、コミュニティに与える好影響や、Well-being(ウェルビーイング=幸せ)といった数値化しづらい効果も期待される。このように、まちづくり事業の成果を正確に算出するのは難しく、まちづくり分野へのSIBの導入は容易ではないと思われてきた。しかし、前編の記事で紹介したように、まちづくりにおいてSIBを導入することは多くのメリットが期待されており、前例がほとんどないこの取組みは海外からも注目されている。
■参考記事
まちづくりの成果を見える化する、新しい官民連携SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の意義とは?~「まちづくり×SIB」前編~
後編となる本記事では、2021年3月4日に開催された「『まちづくり×SIB』シンポジウム~3つの価値を創出する新しいまちづくり~」でのパネルディスカッションを基に、SIBによるまちづくりの課題とその解決方法を考える。また、SIBが私たちの街をどう変えるのか、展望を探りたい。
まちづくり分野におけるSIB導入の課題
パネルディスカッションでは、千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門教授の近藤克則氏、一般財団法人社会変革推進財団専務理事の青柳光昌氏、株式会社公共経営・社会戦略研究所 代表取締役社長の塚本一郎氏の3氏に加え、モデル団体としてSIBによるまちづくりを実践する、前橋市都市計画部市街地整備課の濱地淳史氏が登壇した。
冒頭で述べたように、容易ではないと考えられてきたまちづくり分野におけるSIB導入。パネルディスカッションの中で挙げられた、導入の課題を以下に紹介する。
・指標の妥当性
「前橋市アーバンデザイン」を策定し、民間主体の官民連携のまちづくりを目指す前橋市は、その手段としてSIBを位置付ける。国土交通省による導入支援の下、2021年度から「まちづくり勉強会をベースとしたワークショップ」「屋外利用の社会実験」の各モデル事業をSIBの手法で実施する予定だ。
同市の濱地氏は、評価指標の設定に苦戦したと明かす。モデル事業の目的を来街者の増加とし、効果の測定対象(KPI)を「街を歩く人の数」とした。しかし、通行人が100人増えたから、報酬として何円支払うのが適切かという、指標を金額に換算することが非常に難しい問題であったという。事業によらない来街者の増加もあれば、来街者数の増加によらず経済効果が変動することもあり、単純な因果関係ではないためだ。
初期段階である現在、まちづくり分野において何でもかんでもSIBが適用できると考えるのは幻想であると忠告するのは、予防医学の専門家である近藤氏だ。
成果の評価は、専門家などの第三者評価者が行うが、KPIを測定するデータの信頼性や妥当性、成果との因果関係が強くなければ、関係者間の合意には至らないだろうと指摘。合意には、学術的な側面だけでなく、関係者の直感的に納得できることも必要であるという。
例えば介護予防事業と医療費のような直接的な因果関係ならわかりやすいが、因果関係を証明しにくいものは合意を取り付けづらくなる。実際にSIBが適用できる事業は、初期段階では一握りだろうと推測する。
一方、日本で最初のSIB導入に携わった青柳氏は、まちづくり分野でのSIB普及のためには、複合的な分野に効果が派生するその特性を理解して、定性的でもよいので効果を言語化する努力が大切だと主張する。それらを繰り返し学習することで、より妥当な評価指標を見い出そうという考えだ。
他方、公共経営の専門家である塚本氏は、何をKPIの対象とするかの考え方に、ある提案を示した。それは、「持続性があるか」という考え方だ。
例えば、前橋市で行っている空き家の活用を例に挙げると、KPIを「空き家活用の担い手の数」とするのも効果的だというのだ。SIBは、事業期間に定めがあるが、期間中に空き家の担い手が育っていれば、事業期間が終わっても持続的にまちが成長できるという考えだ。
・SIB特有のコスト
SIBは成果報酬であるため、成果が出れば必要な予算は増える。また、中間支援組織の費用や、ファイナンススキームの費用といったSIB特有の追加コストがかかる。とりわけ大きな追加コストは、成果を評価するコストである。第三者評価機関を運営するコストがかかるほか、まちづくり分野においては計測する指標が多岐にわたり、なおかつ計測手法が確立されていないためだ。この問題を解決するためには、評価指標のデータベース化が必要だと3人の有識者は口を揃える。
例えば、通行人1人がもたらす価値についての計測データを集め、それを横展開して新たな案件に適用することで、計測工数の削減が見込める。さらに、より多くのサンプルに基づくデータベースを使う事で、評価指標の妥当性も担保できる。また、評価コスト削減のためには第三者評価機関の育成が必要だと指摘する近藤氏は、初期段階では少数の第三者評価機関に仕事を集め、ノウハウやナレッジを蓄積することで、コストがかかる最初の助走期間を減らすことを提案した。
SIBでは、どうしても一定の評価コストが必要となる。そのため、十分な資金規模がある事業でないと、案件の組成が促進されない。事業規模の大小を問わずSIBを定着させるためには、評価コストの軽減は不可欠であろう。
・間違ってはいけないという、日本的な観念
加えて近藤氏は、日本でSIBを定着させるには、文化を変えることも必要だと訴える。
SIBでは、これまでの行政では担えなかった、”チャレンジング”な事業を行うことも多い。そのため、やってみたもののうまくいかない可能性もある。近藤氏は、「日本では行政に対して失敗を許さない風潮があり、それが見えない課題になっている」と指摘。住民も「やってみて間違っても受け入れよう」「関係者で合意したからよいではないか」という、失敗に寛容な文化の醸成が必要だと強調した。
近藤氏の気持ちの込もった言葉を聞き、もちろん十分な努力をした上の結果であることが前提だが、結果ではなくチャレンジをたたえる文化が育つことを願わずにはいられない。
縦割りを解決する「アウトカムファンド」
シンポジウムの参加者は、自治体や、自治体に対するコンサルティング業務を行う会社が多かった。シンポジウム中はオンライン会議システムのチャット機能を通して多くの質問が寄せられた。実務的な質問が多かったことからも、関心と導入意欲の高さがうかがえる。
特に興味深かった質問は、とある自治体職員から前橋市に寄せられた「まちづくり事業の成果は多岐にわたりますが、他部局が管掌する分野で効果が出た場合には、他部局が報酬を支払うのですか」という質問。
確かに、例えば予防介護の施策であれば、SIB事業を行うのは介護を担当する部局であるし、その結果削減される行政コストも介護関連の費用であるため、部局をまたがずにSIBを実施できそうだ。しかし、これまで議論してきたように成果が多岐にわたるまちづくり分野では、限界があるはずだ。
前橋市の濱地氏によると、「今の段階では、他部局の予算に触れないで済む事業分野と評価指標にしています」とのことだが、まちづくり分野におけるSIBの効果をより適切に評価をしようとすれば、部局をまたぐ指標の設定は必要となるであろう。
この問題提議に対し青柳氏と塚本氏は「アウトカムファンド」の設立を提案した。
部局や省庁の壁をこえて資金を集約し、成果の分野を問わず、ファンドから報酬を支払うというものだ。イギリスなどでは、アウトカムファンドによって、このような行政の縦割りの問題を解決しているという。
行政改革の一環として成果を公開
SIBの今後に対する展望と期待も、それぞれから語られた。
青柳氏は、アウトカムファンドの創設や、情報を集約するガイドラインの策定などで、国の支援が進むことに期待を示した。
塚本氏によると、日本で最初にSIBを導入した神戸市は、設定した指標と達成状況を公開しており、担当者はSIBを「行政改革の一環」と捉えているという。塚本氏は、SIBがその普及とともに、設定したKPIとそれに対する成果を、自治体が公開するようになり、行政改革の一助となることを望んだ。
濱地氏は自治体職員としての立場から、評価手法や評価データを含む、SIBへの取組み状況をオープン化し、自治体間で情報共有を進めることで、各自治体がSIBに挑戦しやすくなると期待。前橋市自身がその土台になれればいいと、まちづくりにおけるSIBの最初の挑戦者として、決意を示した。
最後に、シンポジウムを主催した国土交通省都市局まちづくり推進課都市開発金融支援室室長の伊藤大氏より、国としての今後の展望が示された。
国土交通省として取り組んでいる、「居心地が良く歩きたくなる」まちなかの創出や「スマートシティ」において、SIBの導入が考えられるとし、それが多様な社会的価値や経済的価値を生む事業となることを期待していると述べた。
また、インフラの維持管理にもSIBが導入できると言及。例えばドローンを用いて橋梁の調査を行い、老朽化度に応じて必要な対策を実施するなど、民間の技術の活用に期待を込めた。国土交通省は、管掌するさまざまな分野でのSIB導入を見据えている。
チャレンジングなまちづくりに期待
本記事では、主にSIB導入の課題について取り上げたが、成果報酬であるSIBは、リスクを抑えて新しいチャレンジができ、先進的な技術やノウハウを有する民間の取組みが取り入れやすくなるという意義がある。
また、投資家を含む関係者がその成果をモニタリングすることで成果の向上が期待でき、私たちの市民生活の質の向上につながる。さらに、成果を出せる力ある事業者には多くの報酬が支払われるため、力ある事業者が成長し、私たちの身の回りのより多くの事業を担ってくれることになる。
少子高齢化と人口減少で税収が減少し、十分な財源が確保できない自治体が増える中、一方で新たな時代に対応するためのまちづくりは急務となっている。これらの問題を抱える多くの都市で、魅力的なまちづくりが展開されるためにも、まちづくり分野でのSIBの普及に期待したい。
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