新駅もできた梅小路エリアに2019年、誕生

「河岸(かがん)ホテル」に近づくにつれ、魚や青果だろうか、荷物を積んだターレ(ターレット式構内運搬自動車)が増えてきた。通りに並ぶ店には解体されたばかりと思われるマグロが置かれている。

「河岸ホテル」があるのは京都市中央卸売市場西側の場外で、最寄り駅は2019年3月に開業した「梅小路京都西」駅。開業と前後して、駅周辺に多くのホテルや施設が誕生していることからも注目を集めるエリアである。JR「京都」駅から嵯峨野線に乗って1駅という利便性も魅力だ。

新駅ができてから8ヶ月後の11月。青果卸会社の社員寮と貯蔵施設だった建物をリノベーションしてオープンした河岸ホテルは、地下1階から地上5階、築45年の建物である。

ここはホテルではあるが、現代アートの若手作家が暮らし、作品づくりをする場という顔も持っている。
「むしろホテルは後付け。アーティストの職住一体の場をつくるという目的が先にあったんです」
そう話すのは河岸ホテルの扇沢友樹さん。河岸ホテルに込められた思いを聞いてみた。

河岸ホテルという名前の由来は、魚河岸(がし)の河岸であり、あの世を表す彼岸とこの世を表す此岸(しがん)を結ぶ河ということも意識したそうだ	photo by Atsushi Shiotani河岸ホテルという名前の由来は、魚河岸(がし)の河岸であり、あの世を表す彼岸とこの世を表す此岸(しがん)を結ぶ河ということも意識したそうだ photo by Atsushi Shiotani

入居者の人生がより良いものになる場を提供

河岸ホテルの扇沢友樹さん。後ろは、作家とホテルの利用者の交流の場にもなるカフェ河岸ホテルの扇沢友樹さん。後ろは、作家とホテルの利用者の交流の場にもなるカフェ

河岸ホテルを運営するのは、職住一体型のシェアハウスを数多くプロデュースしている株式会社めい。扇沢さんはこの会社の代表を務めている。職住一体をテーマにする理由を次のように話してくれた。

「事業を起こしたい、ものづくりをしたいと思っている若い人にとって、住まいはとても大切。住居分の家賃でオフィスや制作の場が手に入るなら、その仕事で食べていこうと挑戦するきっかけになるんじゃないかと。職住一体の環境をつくることで入居者の人生がより良いものになる。そういう場を提供したいという思いがありました」

この建物に出あったのは5年以上前。
「社員寮としては20年以上使用されていませんでした。とても興味を持ったのですが、いかんせん規模が大きすぎて、どうやってリノベーションをするか、費用はどうするかと考えた結果、その時点では無理だと判断したんです。でも、その後、すぐ近くに新駅ができるということもあり、やるなら今だと再生事業に取り組むことを決めました」

大きな作品の搬入出がしやすく、24時間制作に取り組める、魅力的な構造と立地

正面出入り口からすぐの場所に地下に通じる階段を新たに設置することで、作品の搬入出がしやすい構造に。「もともと地下は野菜の貯蔵庫。階段はなく、ベルトコンベアーで運んでいました」(扇沢さん) photo by hanako kimura正面出入り口からすぐの場所に地下に通じる階段を新たに設置することで、作品の搬入出がしやすい構造に。「もともと地下は野菜の貯蔵庫。階段はなく、ベルトコンベアーで運んでいました」(扇沢さん) photo by hanako kimura

「職住一体の物件をプロデュースする際、1軒1軒の建物について、どんなユーザーに求められているかの見立てを行っています。私たちがこの物件のテーマにしたのは、現代アート。構造と立地から、現代アートにたずさわる作家に求められている場所だと考えたんです」

まず、建物の構造。
「1階と地下の天井高は4m。ここなら、大きな作品を制作することが多い現代アートの作家のアトリエとして、そして作品展示の場としてふさわしいと思ったのが、理由の一つめです」

次は立地。この点も、大がかりな作品をつくる場に適した条件がそろっていた。
「市場は午前3時ごろから動き出すので、朝早くから制作音を出しても問題がありません。しかも、昼前には仕事が終わって人が少なくなるので、日中に音を出しても騒音でご近所に迷惑をかけることもほとんどない。つまり24時間、作品づくりができる環境にあるんです。市場自体が輸送のまちなので、資材や作品の搬入出がしやすいという利点もありました」

さらに、現代アートを展示する施設ができるなど、京都でこのジャンルの芸術が注目され始めた時期と重なったことも後押しになったという。

アートがある暮らしを体験し、作家との会話も楽しめる

それでは、アーティストの職住一体の場にホテルという要素を加えた理由はなんだったのだろう。
「一般の方がアートに触れられる場所、若手の現代アーティストが世界とつながれる場所を作りたい。それが目的でした。各客室にはここで暮らし、制作をしている作家の作品を置くスペースを設けています。これには、作品を部屋に飾ると、こういう空間になるという“アートがある暮らし”を疑似体験してもらう狙いがあるんです」

その作品を気に入ったら、手がけた作家本人に話を聞くことも、ここならできる。
「この距離感は、作家にもメリットがあります。通常、作家はギャラリーの日程を押さえて、お金を払って作品を展示。そこに出かけていって、ようやくリアクションがもらえる。それが、いわば自分の家にお客さんが来てくれて、話ができるので、金銭的にも時間的にも労力的にもすごく削減できます。こうした環境は新鮮だし、刺激的だと話す作家も多いですね」

1階にあるギャラリースペース。写真のようにオープンスペースとしても使用できるが、取り外し可能な引き戸を閉めれば独立した空間ができあがる。展示内容によって使い分けることが可能だ photo by hanako kimura1階にあるギャラリースペース。写真のようにオープンスペースとしても使用できるが、取り外し可能な引き戸を閉めれば独立した空間ができあがる。展示内容によって使い分けることが可能だ photo by hanako kimura

目指すのは、まちの象徴となるホテル

河岸ホテルは、地下1階がギャラリーとスタジオ(制作スペース)、1階はフロントとギャラリー、カフェ。そして3階がアーティストの居住スペース、4階は短期滞在の作家用の宿泊フロア(一般の宿泊も可)、5階がホテルという構成だ(2階はテナント)。

「アーティストにはなるべく安い家賃で借りてもらいたい、でも泊まっていただく方にはラグジュアリーな空間を楽しんでいただきたい。そのため、1階と5階はプロがリノベーションをし、ほかは作家も交えてDIYで改修しています。予算のかけどころのメリハリをつけ、職住の場を安く提供できるように工夫しました」

開業して約1年、扇沢さんは河岸ホテルをまちの象徴にしたいと考えている。
「いま、このエリアは新陳代謝の真っ只中。河岸ホテルもそうですが、周りの建物も築45年前後というものが多い。そのくらいの建物って、大規模なリノベーションをして再生させるか、もしくは取り壊すか、二択の時期を迎えているんです。そんなタイミングにあるまちに新しくホテルができた、ギャラリーもあるとなると、新しい人の流れができて活性化されていきます、その波を感じた地元の方が『うちも改修して何かやってみよう』と思われるかもしれません。私たちのように、新しい商売をしようという人も増えるかもしれません。アートから、新たなクリエイションが起こると面白いと思っています」

河岸ホテルがさまざまな刺激を生み出していけば、まちはさらに変化していくだろう。市場が発するエネルギーと、アートによるにぎわいが、どんな相乗効果を生み出すか。これからが楽しみだ。

上の2室は5階の客室。右上の写真の壁にかけられているのが作家の作品だ。下の2室はスタッフや作家がセルフリノベーションした4階の客室 photo by hanako kimura上の2室は5階の客室。右上の写真の壁にかけられているのが作家の作品だ。下の2室はスタッフや作家がセルフリノベーションした4階の客室 photo by hanako kimura

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