懐かしい面影も残る名古屋駅西エリアに誕生した「ホリエビル」
リニア中央新幹線の開業に向け、大きく変わりつつある名古屋駅一帯。ほぼ南北に延びる線路を境に、西側は駅西エリアと呼ばれている。大手資本による高層ビルの新設やリニューアルなどでどんどん新しい表情を見せる東側のスピードほどではないが、昭和の面影の残る商店街などがある駅西エリアも再開発が進められている。
そんな駅西エリアに、2020年で築50年を迎えるビルをリノベーションした「ホリエビル」がある。外見はほぼそのままで、レトロさをあえて残した同ビルは3階建て。1階はフレキシブルスペースとして“NA”と名付け、フリーペーパー専門店と喫茶店が入る。2階はギャラリースペース、3階はオフィスフロアとなっている。
ビルの運営を手掛けるのは、広告デザイン会社に勤めるプロデューサーである堀江浩彰さん。元は家業で使っていたビルだったが、別の場所に機能が移転したあと、20年ほど貸しビルとしていた。しかし、2017年に借主が退去して空きビルに。長男として、相続のことが常に念頭にあったという堀江さんは、活用に向けて本格的に動き始めた。
空きビル活用のきっかけ
開業の経緯について、「第一に、残ったままになる古いビルの相続に不安があったこと。そして、ビルのある場所は、名古屋駅から程近く、リニアの開通を目前に控えて、リニアの“城下町”みたいになりそうな、ポテンシャルが高いエリアでもあります。地元の好きな場所、好きな風景が、大規模な商業施設やホテル、マンションが立ち並んで、個性がないまちに急に様変わりしていくのもおもしろくないかもと感じ、だったら早めに“変なもの”をつくっておこうと思ったのが、もう一つの理由です」と堀江さん。
“変なもの”とは堀江さんの独特な言い回しで、移りゆくまちのなかで古いビルを活用するに至った思いが詰まったものなのだが、まず直面したのが相続の手続き。2017年の夏にお父さまと話をして、ビルを運営するための会社をつくり、融資を受け、建物の取得へと進んだ。
その手続きにはネットの情報を参考にしたという。「僕は、昔から検索がうまいなと思っていて(笑)。相続対策サイトなどをいくつか見て、自分に最も適しているものを調べた上で、税理士さんと司法書士さんに相談し、諸手続きをお願いしました。
検索には、ワードが大事だと思うんですね。例えば、相続、不動産、貸しビルなどがありますが、このままだとすごい数のサイトがヒットします。ですが、何回か調べる中で、自分の目指しているやり方はこの言葉なんだという、専門用語みたいなものが見つかると、絞り込んでいけます。僕の場合は、『土地の無償変換に関する届出書』が必要なものの一つだと分かり、最終的に2~3つのサイトを参照して、こういう形にしたいと方向性を決めた上で相談して進めることができました」。
1階に喫茶店とフリーペーパー専門店
物件の使い方に関しては、初めての不動産経営ということもあり、借主とのトラブルなどの不安から、全フロアを貸テナントにすることは避けることにした。「このビルは、出入り口が1ヶ所しかなく、フロアごとに貸すには、使い勝手が悪かった」ことも理由の一つにあった。
そこで、20代のころから将来的にやりたいと考えていた、ホットケーキの店を出すことを決意。「地元の年配の方も、そうじゃない方もお越しいただけるような店に」と、ビルの周囲で減っていた喫茶店というスタイルにした。
もう一つのフリーペーパー専門店は、東京・中目黒にある「ONLY FREE PAPER」の名古屋店として展開。堀江さんはフリーペーパーが大好きで、自身でも約9年前から「屋上とそらfree」というフリーペーパーを発行するようになり、2010年に誕生した「ONLY FREE PAPER」から堀江さんのフリーペーパーを取り扱いたいという話があって、付き合いが始まった。
「ONLY FREE PAPER」は、全国のフリーペーパーが集められ、気に入ったものを無料で持ち帰ることができるという唯一無二の店。高校生からフリーペーパーを集めていた堀江さんにとって、1ヶ所でさまざまなフリーペーパーを手に入れられる便利さに感動。その後、運営のサポートをするなどしていた縁から、今回の出店に至った。
「ホリエビルで“変なもの”をつくろうと思ったときに、『ONLY FREE PAPER』はほかではない変な店だと。やろうと思っても、直接的な売り上げを見込めないこともあり、なかなかできない。あと、この近くにはミニシアターがあったり、アニメショップが増えたり、サブカルチャーのエリアとも言われるようなので、ちょうどいいんじゃないかとも思いました」。
そんな2つの店が相互作用を生む。「喫茶店は、職場に近いとか、家に近いとかの理由で、行くところが決まっていることも多いです。ホリエビルの『喫茶River』もご近所使いをメインに据えていたのですが、『ONLY FREE PAPER』と組み合わせることで、フリーペーパーを目的に来た方が喫茶店を利用していただける。そして、喫茶店に来られた、例えばご年配の方や地元で仕事をされている方も、普段だったらあまり接点がないような『ONLY FREE PAPER』でフリーペーパーを見てもらえる。”入り口“を2つつくったことがうまく作用していると感じています」
2階には幅広い用途を目指すギャラリースペース
喫茶店、フリーペーパー専門店に続き、「ホリエビル」の3つ目の切り口が、2階にあるギャラリーレンタルスペース。ギャラリーといってもアートだけでなく、「例えば小学生がミニ四駆大会をしたいというのでも、地元の方が盆栽を置きたいというのでも、喜んでお貸しします。アートのギャラリーはほかにいっぱいあると思うので、そうじゃないもので進めたいです。そして、ギャラリーに来た方が、1階のお店へという流れもできればいいなと」と、堀江さんは語る。
ビルとしての毎月の固定収入としては、現在は3階のオフィスフロアの賃料がメインだという。堀江さんが勤めている会社の所属チームが入っているほか、シェアオフィスのように堀江さんの知り合いが借りている席があるそうだ。「全く知らない人に貸すことをしていないので、開口が一つしかない課題も含めて、問題なく運営できています」。
愛着のある建物を維持したいという思いでリノベーション
堀江さんのビルの使い方は、他のビルオーナーや、まちづくりの団体などから注目されることも増えてきたそうだ。「人に固定賃料で貸しているのは3階だけ、ビルで一番収益がいいとされる1階でテナント収益を上げず、パブリックスペースのように開放に近い状態で使っていることに驚かれることが多いですね」と堀江さん。
堀江さんの使い方の理由は、前述のように貸すことが心配というのもあるが、「儲けることではなく、愛着のある建物を維持すること」。
ビルは、トータルで4,000万円ほどかけて改修。古い建物だったため、トイレのリフォームに始まる水回りや、配管、電気など設備関係に力を入れた。そして、耐震補強は600~700万円をかけてしっかりと行った。
「40歳でこのビルに携わることになり、あと20年持たそうというのがテーマで。20年たち、リニアが走り、まちも様変わりして、ホリエビルを残して、まわりはきれいになっているかもしれない。でも、そこで、ここが昔のなごりみたいに思われるのもおもしろいかなと」と言い、まちづくりなどの展望のような「大それたことは決してなくて」と堀江さん。
「相続に関するお金といった、わりとセンシティブな家の話と、こういうふうになったらおもしろがられるかなというまちの話、そして自分のやりたかったことを、全部、“三方良し”みたいな解決ができないかなと考えたのがここでした」とも。
なにかを仕掛けるわけではなく、空きビルのひとつの活用方法として、ゆるやかだが、確かに、まちの魅力につながっていくのではないかと感じた。
取材協力:ホリエビル https://horiebldg.jp/
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