仕事より生活を重視 安心できそうなエリアで生活したいという意向が高まる

新型コロナの感染拡大により、日本でも大手企業を中心としてテレワーク・在宅勤務が導入され「働き方改革」が進んだといわれる。
元々「働き方改革」は、少子化・高齢化の進捗によって生産年齢人口(15~65歳未満)が今後減少することを前提に、労働生産性の向上・効率化を目的としており、多様なワーキングスタイルを通じて長時間労働の解消や非正規・正規雇用者間の格差是正、高齢者の就労促進などを骨子とするものである。直近では、コロナの感染拡大によって「働き方改革」の中でもワーキングスタイルの変化に特に注目が集まっている。

内閣府が6月下旬に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化」調査によると、全国のテレワーク実施率は34.6%、うち継続希望は8割超であった。一方、仕事の効率が上がったとする回答は9.7%に留まり、始まったばかりのテレワークによる労働生産性の改善効果はあまり認識されていない。
またテレワーク経験者の64.2%が(仕事よりも)生活重視に変化したと回答、地方移住への関心が高まったとする回答も24.6%に達し、通常勤務者の回答割合を大きく上回っている。(内閣府:新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査)

この調査結果からは、テレワーク・在宅勤務することで仕事に対する意識が変化し、通勤時間の減少なども含めて、多くの人が仕事と生活を見つめなおす機会を得たことがわかる。
仕事の効率化はテレワークの仕組みの進化によって解決されるべきものだが、働き方の変化に伴って生活の仕方やワーキングスペースの確保、育児との両立などをイメージして住み方、住む場所を考え始めていることが浮き彫りになった。

このような調査結果を見ても、コロナの感染拡大に伴ってテレワーク経験者は生活と仕事を両立させるために、例えば、仕事に集中できる部屋が欲しい、毎日通勤しなくても良いのであれば自然環境の良いところで暮らしたい、家族の健康を考慮して人の密集する市街地を避けて郊外で生活したい、など具体的な要望が出てきている印象がある。
一方で通常勤務者はコロナ以前と生活様式があまり変化していないこともあり、生活意識はともかく行動様式はほぼ変化していないものと考えられる。
LIFULL HOME’Sの調査でも、コロナの影響で特に首都圏郊外部での物件検索が増加していることがデータで明らかになっている。

これらを考え合わせると、現状ではすぐに大きく変化するという状況にはないものの、しかし今後は確実に生活の仕方の変化を通じて住み方、住む場所に関する意識が変化していくことが想定される。
Withコロナ、およびコロナ後の私たちの住み方、住む場所はどのように変化する可能性があるのか、また考えるべきなのかを専門家に聞いた。

コロナによる影響で、働き方が変化。それに伴い、人々は生活やワーキングスペースの確保、育児との両立などをイメージして住む家、住む場所を考え始めているコロナによる影響で、働き方が変化。それに伴い、人々は生活やワーキングスペースの確保、育児との両立などをイメージして住む家、住む場所を考え始めている

住まいに対する意識が深まり、暮らし方は多様化へ~田村 修氏

<b>田村 修</b>:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任田村 修:株式会社不動産経済研究所 取締役編集事業本部長。1960年生まれ。青森県出身。出版社勤務などを経て、1985年4月に㈱不動産経済研究所入社。日刊不動産経済通信の記者として不動産関連業界や行政を取材。総合不動産会社やマンションデベロッパー、不動産仲介会社、マンション管理会社、ハウスメーカー、大手ゼネコン、Jリート、アセットマネジメント会社、国土交通省、内閣府などを担当。2008年2月日刊不動産経済通信編集長、2015年5月取締役編集・事業企画部門統轄。2017年2月取締役編集事業本部長。2019年2月日刊不動産経済通信編集長兼任

社会・経済情勢を揺るがす大きな事象が起きるたびに、住宅市場も変化してきた。津波の恐怖や液状化した埋め立て地の惨状がクローズアップされた東日本大震災後は湾岸エリアに建つタワーマンションの人気が急落し、海に近いエリアの物件が避けられるようになった。代わって海から離れた山の手地区や高台にある住宅に人気が集まった。分譲マンションには、非常用飲食品の備蓄や自家発電装置、エレベーターの自動復旧システムなど、防災面を強化した商品企画が盛んに導入された。立地志向の変化と防災対応の強化。これが震災後に起きた住宅市場の変化だった。

防災に関しては、昨今毎年のように激甚化している自然災害への対応として、ますます強化される傾向にある。だが、立地についてはどうだろうか。震災後に敬遠された湾岸エリアはその後、比較的短期間で人気が復活した。大手デベロッパー各社は湾岸エリアで新規物件を積極的に供給し、販売価格も上昇した。そうした動きを象徴するように、五輪選手村で開発している大規模マンションプロジェクト「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」が人気を集めた。

今回のコロナ禍で在宅勤務が普及したことにより、ワークスペースを提案する住宅の商品企画が増え、郊外の広い住宅に住みたいというニーズが改めて注目されている。しかし、そうした商品やニーズがどこまで拡大するかは慎重に見極めたい。まず現状の在宅勤務がコロナ対策による緊急避難措置であり、企業の業務管理や人事評価などのシステムが未整備なまま突入した。そのため、多くの企業やオフィスワーカーが在宅勤務の生産性の低さや効率の悪さを実感した。将来的にはそうした課題を克服し、新しいテレワークや在宅勤務のあり方が確立され、ある程度普及するかもしれないが、現時点ではコロナが収束すればオフィス勤務を主体とした働き方に戻ると思われる。

一方、どんなに広くて快適なワークスペースが自宅にあったとしても、働くための機能については最新のオフィス環境に敵わない。むしろ今後はリスク対策として電車に乗らず、自転車や徒歩で通勤できる都心の職住近接を志向するニーズが増える可能性もある。自然環境が豊かな郊外と利便性の高い都心はそれぞれの良さがあり、何を優先させるかが選択の別れ道だ。コロナ禍で家の中で過ごす時間が格段に増えたため、ユーザーの住まいに対する意識は以前より深まった。現在住んでいる住宅の改善点は何か、自分がどこでどんな生活を送りたいのか、などについてじっくり考えるようになった。こうした住まいに対する意識の明確化は住宅市場の活性化につながる。コロナ禍の影響でより個性的な住まいを求めるようになり、その結果として暮らし方の多様化が進むのではないかと考える。

不動産の価値が空間軸と時間軸で再定義されるなかで、選択の自由度が重要に~榊原 渉氏

<b>榊原 渉</b>:
1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援
榊原 渉: 1998年3月早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻 修了。1998年4月株式会社野村総合研究所 入社。2017年4月グローバルインフラコンサルティング部長。2020年4月コンサルティング人材開発室長。現在 コンサルティング事業本部 統括部長 兼 サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 コンサルティング事業本部 DX事業推進部長、北海道大学客員教授。専門は建設・不動産・住宅関連業界の事業戦略立案・実行支援

新型コロナウイルスの感染者数は、再び減少傾向にあるように見える。しかしながら、抜本的な解決がなされた訳では無いため、「afterコロナ」を論じるには、いささか時期尚早であろう。我々は当面、「withコロナ」を前提に住み方・暮らし方を考える必要がある。

新型コロナウイルスをきっかけに、なかば強引にテレワークを進めたことにより、我々は多くの発見をした。単に働き方改革の一環として、多様なワーキングスタイルを志向していた時には「テレワーク出来ない理由」が噴出し、なかなか実行に移せないでいた企業やサラリーマンも、今回のコロナ禍では実行せざるを得ない状況に追い込まれた。その結果、「意外と出来る」という実感を持てた企業やサラリーマンも多い。一方で、「やはり出来ない・難しい」という声も多いことを踏まえると、今回の経験を通じて、テレワークに向いている業務や向いていない業務、職種や業種・業界などが明確になりつつある、と言えるのではないだろうか。

コロナの終息を見極めることが難しいなか、「withコロナ」の働き方が、どのように定着していくかを見定めることもまた難しいけれども、テレワークの実効性や課題を認識した企業やサラリーマンが「beforeコロナ」の働き方に完全に戻ることは、もはや無いだろう。テレワークに対する価値観が先鋭化された今、その選択の自由度が求められていくことは間違いない。つまり、業種・業界や職種、一個人をとっても、その時々の業務内容によって、多様なワーキングスタイルを自由に選択できるフレキシビリティが一層重要になってくる。
そうなると、不動産の価値や不動産ビジネスは、空間軸と時間軸で再定義されていくと考えられる。これまでのように、住宅・オフィス・商業施設・・・といった個別不動産が単一の機能や価値を提供するのではなく、時間によって、空間によって、提供する機能や価値が変化していくようになる。例えば住宅も、従来のように単なる生活の場から、平日の昼間はオフィスとしての価値提供が求められるようになるし、ホテルや商業施設も平日昼間の使われ方は、大きく変わっていく可能性がある。オフィスも、必ずしも毎日社員が出社する場ではなくなると、より非定型なコミュニケーションの場や、意図せざる出会いの場としての重要性が増してくることになり、そのような価値の創出力が問われるようになる。

「withコロナ」の我々の住み方・暮らし方は、不動産の価値が空間軸と時間軸で再定義されるなかで、どれだけ選択の自由度を高めることができるか?が重要になっていくのではないだろうか。

オフィスの機能分化とそれに伴う住宅地の分散は起こるか?~室 剛朗氏

<b>室 剛朗</b>:J-REIT草創期より金融機関系シンクタンクで不動産証券化関連業務に従事。現在、(株)価値総合研究所にて、不動産投資市場・低未利用不動産再生・被災地復興まちづくり事業・駅周辺再開発・既存住宅流通に係る調査・コンサルティング業務に従事。麗澤大学経済社会総合研究センター客員研究員室 剛朗:J-REIT草創期より金融機関系シンクタンクで不動産証券化関連業務に従事。現在、(株)価値総合研究所にて、不動産投資市場・低未利用不動産再生・被災地復興まちづくり事業・駅周辺再開発・既存住宅流通に係る調査・コンサルティング業務に従事。麗澤大学経済社会総合研究センター客員研究員

新型コロナウィルス感染抑制のために外出自粛要請がなされ、普及が遅れてきた在宅勤務・テレワークが急速に進展した。アメリカ同時多発テロ事件以降にセキュリティーゲートがオフィスビルの標準装備となったことや、東日本大震災で企業のBCP対応の重要性が再認識されることとなったように、仕事に関する立地制約の解消はアフターコロナにおいても我々に大きな影響を及ぼしそうである。

従業員のワークライフバランス意識の高まり、共稼ぎ世帯の増加、企業のBCP対応の強化、政府の少子高齢化対策といった観点から、テレワークは今後も一日、二日程度の試行から時間をかけて浸透していくと考えるのが妥当であり、不可逆的な動きとなるだろう。また、供給面においても、シェアオフィスやコワーキングスペースの台頭というトレンドが元々あったこともあり、それが加速して普及していくと考えるべきである。この観点からは、テレワークが進展し、その受け皿として新しいタイプのオフィスが増加してくるとみられるが、私はオフィスが元来有していた機能を分化し、より特化した目的のための器として進化していくと考えている。例えば、出勤の回数が減ることで、本社機能を有するセンターオフィスはこれまでのように、複数の機能を一括して担う器ではなく、よりリアル価値を最大化することを目的とした機能を有する場所(コミュニケーションの場・人材教育の場等)となることが想定される。それを補完する形で都心の交通結節点に営業や商談の機能を担うタッチダウン型のオフィスが増加し、作業を担当する従業員は自宅近隣のシェアオフィスで業務を行う、というように、目的に応じた柔軟な使い方が一般化していくのではないか。

このように働き方に関する自由度が高まった個人は、どのような住宅選択を行っていくか。企業の本社や学校の都心立地は容易に変化するものではなく、短期的に大きな人口シフトは想像しづらい。しかし、郊外物件のPV数は急増しており、郊外への転居を考える層が確実に増加している。このように、コロナを契機として住宅選択の選択肢が増加したことは間違いなく、これまでのような「勤務地への交通アクセス」を最重視する動きのほかに、「幅広い意味での環境」を重視する流れも出てくるだろう。首都圏一極集中の流れは継続するものの、その中での“分配”には変化が生じてくる可能性はあるのではないか。

より大きな視点で見れば、新型コロナの影響により、今後は社会全体として、自然災害や疫病という人間がコントロール不能である事象に対して、今般の新型コロナウィルスを契機として、街単位やビル単位で密度をコントロールすることを本気で考え始めるべきではないか。そのための一つの手段として、テレワークの積極活用を含めたオフィスの在り方、住宅地の分散という観点を再考していくことが重要だと感じている。

「住まい選び」は、交通利便性を重視する傾向が弱まり、多様な価値基準へ~𠮷田 資氏

<b>吉田 資</b>:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など吉田 資:ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員。三井住友トラスト基礎研究所を経て、2018年よりニッセイ基礎研究所で調査・研究業務に従事。専門分野は、不動産市場、投資分析など

独立行政法人労働政策研究・研修機構によれば、専業主婦世帯は、2000年以降減少し続けており、2019年には575万世帯まで減少した。一方、共働き世帯は増加し続けており、1,245万世帯に達した。保育園等の送迎を行うため、勤務地からなるべく近い所に住むこと(短い通勤時間)を望む取得層が増えたことで、「住まい選び」において、交通利便性のプライオリティは高まっていた。

新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、大手企業を中心に急速にテレワーク等による「在宅勤務」が普及したことで、「働き方」に変化が生じている。内閣府「新型コロナウィルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によれば、テレワーク実施率は、全国で35%、東京都区部では56%となり、過半数を超えた。テレワーク利用者の半数近くが、家族との時間が増えた等のメリットから、今後もテレワークを中心として働くことを希望している。

企業は、高齢化の進展に伴い、高齢者および女性就業者の雇用増加や、従業員の高齢化とともに増えている介護離職の防止に積極的に取り組むことが求められる。価値創造のためのダイバーシティ経営が推進されていることもあり、就業者および就業形態の多様化は一層進むだろう。そういった観点からも、今後は「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた「働き方」が定着していくことになりそうだ。
「住まい」においては、「職場」との融合が進むことで、一定程度の「広さ」や「部屋の数」、作業やWEB会議等に集中できる「静かな住環境」等に対するニーズは高まるだろう。

また、上記の内閣府の調査によれば、「コロナウィルス感染拡大前と比べて、重要性を意識するようになったこと」について、「家族」との回答は約5割、「社会とのつながり」との回答は約4割を占めたのに対し、「仕事」との回答は約2割に留まった。今後は、「家族との時間」や「社会とのつながり」の充実を目的とした「住まい選び」を行う消費者も増えるのではないだろうか。例えば、「自然豊かな環境」や「地域コミュニティ」等が「住まい選び」の判断基準として再認識されると思われる。

「在宅勤務」により通勤時間の削減が可能になったことで、交通利便性を重視する傾向が弱まり、多様な価値基準による「住まい選び」が進むのではないだろうか。

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