住宅全体に取り組みたくなった理由

山梨、長野という、夏は暑く冬は寒い地域で、できるかぎりの高性能住宅を造ろう!と思っていた山梨、長野という、夏は暑く冬は寒い地域で、できるかぎりの高性能住宅を造ろう!と思っていた

僕はちょっと特殊な経歴を持っている。

九州、長崎の生まれで 父も祖父も左官業で、子供のころから職人さんと一緒に暮らしていた。
反抗期だからか中学を卒業してすぐに家を飛び出し自衛隊(当時:少年工科学校)に入学(入隊)したものの、また卒業と同時に父のところに戻る。結局、父と同じく左官業、つまり建築の世界にドップリの毎日を過ごしていたが、ある疑問が頭から離れなくなった。

「どうして壁は簡単に割れるのか?」
「どうしてサイディングはこうも早くメンテナンスが必要なのか?」

こんな疑問を抱きつつ、分業種である左官業だけではなく、住宅全体に取り組みたくなった。ということで、ある住宅会社に21歳からはいる。いまから21年前、1994年のことでバブルもはじけたばかり、これから土地の価格も下がり、本格的なデフレに進みはじめる時期だった。

しかし、その住宅会社で数年働いても、まだ20代前半だった自分には、どうしても納得がいかないことが多かった。安くつくることも大事かもしれないが、そもそも住宅は快適で、省エネ、そして一番重要なのは「長持ち」しなければだめなのではないか?
こんなことを考えて山梨、長野という、夏は暑く冬は寒い地域で、できるかぎりの高性能住宅を造ろう!と思っていた。

おりしも1997年、京都議定書発効の時期になっていた。

京都議定書締結…住宅業界に飛び込んで、やるべきことはこれだ!

「これからの時代は、長持ちする家、エネルギーを使わない家にすべきだ!」
「京都議定書締結をこの日本でするのだから きっと議長国である日本は省エネ住宅でも先進国になるはずだ!」

こんなモットーで1990年の後半には高性能住宅を建築するべく活動を開始した。

しかし、その後10年たっても、京都議定書を発効したにもかかわらず、日本の住宅の省エネ基準が厳しくなることは無かった。
高性能住宅の義務化はおろか、性能は悪いままで、デザイン、コスト、土地の分割ばかりが大事にされた。
安いが、30年後には建て替えざるをえない、言葉にすると誤解されるかもしれないが、いわゆる「消費」されることが前提の住宅を供給し続けてきたのが日本のこの業界であった。

僅かながら、できることからコツコツと地方のビルダーとして抵抗はすれど、社会が大きく変化するような兆しは見られなかった。

2007年…人生の師匠との出会い

フライブルク市の街並みは60年以上、100年以上の建築物でも問題なく暖かく、大事に住まわれている家、集合住宅ばかりだったフライブルク市の街並みは60年以上、100年以上の建築物でも問題なく暖かく、大事に住まわれている家、集合住宅ばかりだった

2007年になり、メディアで環境関連の記事を書いたり、本を書いていた「村上敦氏
http://www.murakamiatsushi.net/ 」に仙台で出会った。
彼の講演を聞く機会があり、ドイツの住宅や環境政策に興味を持った。あまりに興味を持ちすぎて、彼にコーディネートしてもらって、住宅や環境について視察をするためドイツに向かった。自分自身にとって、これが初めての欧州への旅でもあった。

フライブルク市の街並み、60年以上、100年以上の建築物でも問題なく暖かく、大事に住まわれている家、集合住宅ばかり。
また、手入れされた古い家になれば、不動産の資産価値があがるという価値観。ファサードのお化粧直しの際は、断熱リフォームを同時に行うのも基本で、街中至る所で外壁、屋根に断熱材で省エネ改修をしている。

地域暖房という概念が普及しており、街のあちこちでコージェネレーションで集中的に熱を造り、配管で供給していた。地域暖房&コージェネレーションとは、天然ガスによって地域で活用できる電気を地域内で発電しながら、発電時に出される排熱をその地域で必要な暖房や温水などの熱に利用する仕組みのことだ。
オール電化なんてなかった。
そのときの僕は電力会社にお褒め戴くほど たくさんのオール電化住宅を供給していた。
もちろん、それがお客様のため、社会のためだと信じて行動をしていたのだ。

公共交通が非常に安価で、かつ数分に1本、いたるところに路面電車がアクセスしていて、車が無くても十分生活ができる環境。
カーシェアリングを活用している人たちも多かった。家計に占める車のためのコストを軽減するアイデア。経済的に価値があるだけではなく、交通渋滞も減らせるという。
もし自然や緑を奪う行為を人間が行うならば、同時に同じ価値の自然を別の場所に生み出さなければいけないという都市計画の思想。木は共有の財産であり、私有地に立っていても、ある一定の大きさになったら倒木してはいけないという条例。

2007年当時の僕には、単語すら理解できないものも多数あり、またここではすべを書ききれない。僕の人生に決定的なショックを与えた、1週間のドイツ視察だった。
村上敦氏は、それからも、現在にわたって僕に様々な知識を与えてくれる先輩であり、同志であり、師匠でもある。

このドイツ視察では衝撃がいっぱいだった。
原子力のところは、僕が長崎に生まれ、子供の頃から原子力爆弾という恐ろしい惨状を記憶に植え付けられているため、一般の方よりも、より強く、より敏感に感じたのかもしれない。
とにかく無性に、行動したくなったのである。

ドイツ視察を終えて、考えた「エネルギー」と「我々のできること」

ドイツ視察を終えて、その後ゆっくりとその衝撃が自分自身に染みこんでくると、自分自身で以下のような考えがまとまっていった。

化石燃料について:
・エネルギーコストは将来どんどん上昇してゆくことを想定しておくべき!
・しかもその上昇しても支払い続けなければならないエネルギーの支払先は、ロシアや中東など民主主義が強く根付いていない国であり、一部のお金持ちを喜ばせている!
・エネルギー奪い合いの争いが、この先も、これまで以上に頻繁に起きる可能性が高い!

原子力エネルギー、および電力について:
・1986年のチェルノブイリ原発の事故の際、遠く離れたドイツにもホットスポットは出来た!
・セシウムの被害は、ドイツの一部では現在でも影響がある!
・それ以降、無限大に電気消費量を増大させる政策はドイツではやらなくなった。
・暖房や給湯という温熱を電気で賄うオール電化、蓄熱暖房器、深夜電気温水器などのシェアは減り続け、現在では取り付け禁止措置とすでに設置されている古いものについて取替え義務も省エネ法で取り決められている!

我々にできることは?
・まずエネルギー消費量を減らすこと。快適性は向上させて、かつエネルギーの消費量を減らさなければいけない。
・そのためには躯体の強化、つまり断熱・気密をできるかぎり高め、同時にパイロットプロジェクトや実験住宅ではなく、通常の人にも手の届く価格でお届けしなければならない。
・同時に新築一辺倒ではなく、省エネ改修、断熱リフォームなどのリフォーム事業こそが大切である。
・改修は、新築以上に、地域経済のためにも、雇用創出効果の面でも重要である。

日本の未来のために 省エネ住宅、省エネ改修を広めよう!

とにかく行動する…そう決めてから、お世話になった住宅会社の社長、そして数多くの皆さんにご迷惑をお掛けしながら、自分がやるべきことを達成するために独立して、現在に至る。
しかし、この独立が厳しく、困難なものになるとはそのときには想像もできなかった。ただ思いだけで突き進んだのがこの時期だった。

そうそう、僕が25年前、左官業として疑問に思っていたことの回答も、実はドイツにあった。
「どうして日本の塗壁は簡単に割れるのか?」

ドイツの塗壁は簡単には割れないし、街を歩いていてもサイディングなどほとんどなく、塗壁も良い状態のものばかりだった。このノウハウは、今、僕らが取り組んでいる低燃費住宅には入れさせてもらった。
詳しくは別の機会に書こうと思う。

きっかけは、ドイツ視察から始まった。とにかく行動する…</br>そう決めて、自分がやるべきことを達成するために独立して、現在に至るきっかけは、ドイツ視察から始まった。とにかく行動する…
そう決めて、自分がやるべきことを達成するために独立して、現在に至る

2014年 03月04日 09時47分