近年、多くのデベロッパーや住宅会社が「緑のある街づくり」を掲げ、植栽計画に力を注いできた。自治体の緑化条例をクリアするため、分譲地やマンションに木々を配置することも今や当然のプロセスとなっている。だが、アスファルトだらけの夏の街路を歩くたび、「本当にこの植栽は、過酷な暑さから私たちを守り、快適な空間を生み出しているだろうか」と、計画上の数値と現実のギャップに疑問を抱く場面は少なくない。
これまでの日本の街づくりでは、面積ベースの緑化率が重視されてきた。しかし、実際に人が感じる心地よさやヒートアイランド緩和の効果は、樹木の「立体的な広がり」に左右される側面が大きいのではないか。
そこで今、注目したいのが、上空から見た樹木の影の割合を示す「樹冠被覆率」という指標だ。本記事では、都市の緑に関するデータを紐解きながら、これからの街の価値を高める次世代の緑化のあり方を模索していく。

東京は本当に緑の都市なのか。緑の豊かさを測るさまざまな指標

植栽はあるのに木陰がない港区汐留駅周辺の街並み植栽はあるのに木陰がない港区汐留駅周辺の街並み

都市部の緑の豊かさは、ひとつの指標だけでその実態を正確に把握することはできない。たとえば、都市公園の面積は市民が日常的に利用できる広さを示し、緑被率は樹木や草地、農地などを含めた緑の平面的な広がりを表している。また、街路樹の本数は街並みの緑のゆとりを示す手がかりとなる。
しかし、どれほど見栄えの良い数値や計画上の緑化率が整えられていても、実際の街を歩く人が感じる「過酷な暑さ」や「木陰の乏しさ」という現実との間には、大きな乖離が存在する。都市の緑の真の豊かさを測るためには、単なる面積の多寡という既存のものさしから脱却しなければならない。複数の指標を組み合わせ、その量や質、そして人々の暮らしや体感温度にどう直結しているのかを立体的に捉える新しい視点が求められている。
それでは、実際のデータから東京23区および、人口が多い横浜市、大阪市、名古屋市の主要3都市の緑の現在地を読み解き、私たちが向き合うべき本当の課題をあぶり出していこう。

ケース1 緑豊かなイメージの裏で「1人あたり」の都市公園面積から見えてくる東京の現実

整備された公共の広場を示す「都市公園面積」は、住みやすさや緑の豊かさを測る代表的なデータのひとつだ。行政面積に対する都市公園の割合を見ると、名古屋市が約5.0%で最も高く、次いで東京23区(約4.6%)、大阪市・横浜市(ともに約4.3%)と続く。
一見すると、東京23区は他の大都市と比べて公園の割合が健闘しているように映るかもしれない。しかし、ここに都市計画における大きな「からくり」が潜んでいる。東京23区は市街地がほぼ100%に近く開発されているため、広大な行政面積を持つ地方都市に比べると分母(行政面積)そのものが小さく、結果として割合が高く出やすい傾向にあるのだ。実際に行政区画としての総面積で捉えた場合と、実際の市街地の実態とは乖離がある点に注意が必要となる。

【主要都市の都市公園面積の割合】

都市 行政面積(㎢) 都市公園面積(ha) 行政面積に占める都市公園の割合
東京23区 627.5 2,905 約4.6%
横浜市 438.2 1,880 約4.3%
大阪市 225.3 967 約4.3%
名古屋市 326.5 1,650 約5.0%

しかし、人口1人当たりの公園面積を比較してみると、東京23区の1人当たり都市公園面積は3.0m2だ。大阪市(3.45m2)、横浜市(4.99m2)、名古屋市(7.05m2)と比べても低い水準となる。東京23区は人口が集中しているため、市民が利用できる公園のゆとりの数値は低くなってしまうのだ。

ちなみに、全国の政令指定都市の中で、1人当たりの公園面積が最も大きいのは神戸市で、17.8m2という広さである。神戸市の行政面積ベースでの割合は、名古屋市(約5.0%)と同水準のパーセンテージであるが、北側に六甲山系の広大な自然や緑を抱えていることが、市域全体における公園の存在感として数値にもよく表れている。

【主要都市の都市公園面積の比較】

都市 都市公園面積 人口 1人当たり都市公園面積
東京23区 約2,905ha 約982万人 3.0m2
横浜市 約1,880ha 約377万人 5.0m2
大阪市 約967ha 約280万人 3.5m2
名古屋市 約1,650ha 約233万人 7.1m2

ケース2 かろうじて保たれる「24%」の正体。東京VS三大都市の「緑被率」を比較

隅田川。東京都の指標であるみどり率には緑のない河川も含まれる隅田川。東京都の指標であるみどり率には緑のない河川も含まれる

次に、緑の広がりを示す「緑被率」をみてみよう。「緑被率」とは、行政区域の面積に対して、樹木や草地、農地など緑で覆われた土地が占める割合を示す指標で、航空写真や衛星画像の解析をもとに算出される。都市公園にとどまらず、街路樹や民有地の庭、学校の校庭、河川敷、農地なども網羅するため、都市全体の緑の広がりをマクロに把握することができる。
ちなみに、東京都に限っては、緑被率に水面やオープンスペースも含む「みどり率」という独自の指標を2000年より採用している。そのため以下の表は、横浜市、大阪市、名古屋市は「緑被率」、東京23区のみ「みどり率」の比較となる。
純粋な緑の広がりという観点で見ると、東京の数値はさらに低くなる可能性が高いことに留意が必要である。

【主要都市の緑被率・みどり率の比較】

都市 緑被率・みどり率 調査年 備考・定義
東京23区 約24.0%(参考:緑被率は約20%) 2023年度 水面やオープンスペース等を含む東京都独自の「みどり率」
横浜市 約27.8% 2019年 純粋な植物の被覆割合を示す「緑被率」
大阪市 約10.7% 2024年度 純粋な植物の被覆割合を示す「緑被率」
名古屋市 約21.5% 2025年度 純粋な植物の被覆割合を示す「緑被率」

次に過去10年超の東京23区の「みどり率」の推移をみていこう。東京都は5年に1回、みどり率の測定を実施している。
東京都の「みどり率」の推移は、2013年度の24.5%から、2018年度(24.2%)、2023年度(24.0%)へと、5年ごとにじわじわとした目減りを続けている。横浜市や名古屋市などの他都市が純粋な「緑被率」で25%〜27%台を維持しているのに対し、東京23区は水辺や広場といった「緑の周辺環境」まで総動員してかろうじて24%台を保っているのが実態だ。
これは大都市において、純粋な植物の被覆割合や立体的なボリュームは確実に痩せ細っていることを示している。この数字の背後にある「目減りしていく傾向」こそが、これからの都市計画において従来の緑化指標の限界と、新たな評価軸の必要性を強く物語っているのではないか。

【東京23区の「みどり率」推移】

調査年度 東京23区みどり率 前回比(増減) 状況
2013年度 24.5% - 基準時点
2018年度 24.2% -0.3 ポイント減 わずかな減少傾向
2023年度 24.0% -0.2 ポイント減 じわじわとした目減りが継続

ケース3 木陰が消える街・東京。「樹冠被覆率」2%減が示す暑熱都市の知られざる危機

日比谷公園(東京都千代田区)。都が推進する「日比谷公園大改造計画」によって樹木の伐採や移植が行われている。日比谷公園(東京都千代田区)。都が推進する「日比谷公園大改造計画」によって樹木の伐採や移植が行われている。

前章で見た通り、東京は「1人あたりの公園面積」が主要都市で最低水準に沈み、みどり率もかろうじて24%台を保っているのが実態だ。しかし、都市の緑を評価する物差しは、本当に「地表の緑の面積」だけで十分なのだろうか。芝生や農地以上に、過酷な暑さに見舞われる私たちの日常に涼しさをもたらしてくれるのは、街並みに心地よい「木陰」を生み出す樹木たちにほかならない。近年、世界中の都市計画では、枝葉が地表を覆う割合を示す「樹冠被覆率」が暑熱対策の切り札として急浮上している。木陰は強力な日射を遮り、建物の温度上昇を抑える。だが、日本国内では長らく行政による統一データはなく、実態はベールに包まれている。
都議会でも「樹冠被覆率」導入を求める議論がなされる中、突きつけられた現実はシビアだ。東京大学の研究によると、東京23区の樹冠被覆率は、2013年の9.2%から2022年には7.3%へと、わずか10年で約2%も低下している。これは、面積にすると東京ドーム®約250個分もの木陰が街から消えた計算となり、強烈な日差しから私たちを守る「緑の傘」が失われていることを示している。
次の章では、この樹冠被覆率がなぜここまで削られてしまったのか、その構造的な要因を読み解いていきたい。

東京の樹冠被覆率が低下している5つの要因

庭の少ない住宅街庭の少ない住宅街

緑を増やしているはずなのに、東京の樹冠被覆率がなぜ削られてしまったのか。その背景には、都市構造の変化と私たちの身近な緑の管理の事情が複雑に絡み合っている。2024年に公表された東京大学などの研究成果をもとに、土地利用ごとの実態を見ていこう。

最大の要因は意外にも「身近な住宅地」の変化

研究で樹冠の減少が最も大きく確認されたのは、意外にも一戸建て住宅地だった。住宅の建て替えや相続に伴う敷地分割、駐車場への転用、庭の縮小やアスファルト化などにより、これまで街並みに豊かさをもたらしてきた庭木が消失している。分析では、樹冠消失の約39.8%が一戸建て住宅地で発生したとされている。つまり、行政が管理する街路樹の伐採だけが原因ではなく、私有地における土地利用の変化こそが樹冠低下の最大の引き金となっており、これはもはや行政だけの問題ではないことを示している。

再開発のジレンマ——「ケヤキの大木」と「若木」が生み出す木陰の決定的な差

東京都府中市けやき並木通り。600mに渡って130本ほどの高木が並び、江戸初期からの古木もある東京都府中市けやき並木通り。600mに渡って130本ほどの高木が並び、江戸初期からの古木もある

都市再開発も大きな要因のひとつだ。オフィス街、マンション、駅前広場、大学や病院などの建て替えに伴い、既存の樹木が伐採されるケースは後を絶たない。新たな植樹が行われるものの、そこに植えられるのはあくまで若木であり、成熟した大木が持っていた豊かな樹冠をすぐに再現することはできない。
たとえば、50年かけて育ったケヤキ1本と、植えたばかりの苗木10本では、本数は増えても「木陰をつくる面積」は圧倒的に減少する。 新たな緑化が行われても、数十年単位の時間軸で捉えなければ、樹冠被覆率は回復しないという現実がある。

街路樹の更新・撤去が占める割合は約15%

街路樹の更新も樹冠被覆率低下の一因であり、道路における減少は約14.7%を占めると分析されている。街路樹が手入れや更新を迫られるのは、老木化による倒木事故の防止、病害虫被害のほか、無電柱化工事や歩道の拡幅など多岐にわたる。
東京都が安全確保のために危険木への対策を進めるのはやむを得ない側面もあるが、30〜60年育った大木と植えたばかりの若木では、木陰の広さが大きく異なる。近隣住民から惜しむ声が上がることも少なくなく、安全対策や都市政策としての伐採が、短期的には樹冠被覆率の低下に直結している。

公園や公共施設でも進む「緑の若返り」

東京都府中市けやき並木通り。600mに渡って130本ほどの高木が並び、江戸初期からの古木もある既存の林を活かして整備された杉並区立読書の森公園。区立中央図書館に隣接し、木陰で読書が楽しめる

樹冠の減少は道路や住宅地にとどまらない。研究では、公園や学校などの教育施設、公共施設においても樹冠が減少していることが確認されている。
その背景には、施設の老朽化に伴う再整備工事や倒木対策に加え、近年深刻化しているナラ枯れなどの病害虫への対応がある。安全や衛生を優先する公共の場であっても、大木の更新が結果として立体的な緑のボリュームを削る結果を招いている。

「みどり率」という誤解。緑を増やしているのに木陰は減る「矛盾」は「樹冠被覆率」

みどり率には高木だけでなく、芝生や低木、屋上緑化、さらには水辺、河川なども含まれる。一方の樹冠被覆率は、高木の枝葉が地面を覆う「木陰の面積」を直接表す指標だ。
例えば、大木を1本伐採して芝生や花壇を整備した場合、みどり率は維持・向上する一方で、木陰をつくる樹冠は確実に減少する。「緑の面積は数字上増えているのに、街の木陰は失われている」という現象は、まさにこの定義のズレから生じている。
地球温暖化が進む中、過酷な暑熱から私たちの日常を守り、居心地の良い都市環境を生み出す鍵は、芝生や平面的な緑ではなく、高木がもたらす「木陰のボリューム」そのものにあるのだ。

東京の「木陰」はどう取り戻せるか。「樹冠被覆率」を軸にした次世代の緑化戦略

これまで見てきた通り、東京は「1人あたりの公園面積の少なさ」や「みどり率の数値の誤解」、そして民有地や再開発・街路樹の更新に伴う「樹冠被覆率の低下(10年で2%減)」という深刻な構造的課題に直面している。
では、このまま過酷な暑熱都市への道を歩むしかないのだろうか。失われた「緑の傘」を取り戻し、持続可能な都市へと生まれ変わるためには、私たちはいかなる戦略を描くべきなのだろうか。国内外の先進的な動きから、その処方箋を探る。

最高気温を4度下げるために。世界が「樹冠被覆率」を環境の羅針盤にする理由

まず参考にしたいのが、海外の主要都市におけるアプローチだ。ニューヨーク、メルボルン、ロンドンなどの都市では、単に緑の現状を把握するにとどまらず、「2030年までに樹冠被覆率30%を達成する」といった具体的な数値目標を掲げ、都市計画の羅針盤としている。

例えば、オーストラリア・メルボルン市では、深刻化する熱波やヒートアイランド現象への対策として「都市森林戦略」を策定し、樹冠被覆率を指標に据えた植樹と管理を推進している。2012年から2040年までに樹冠被覆率を約40%増やせば、夏季の最高気温を最大4度まで引き下げられることが期待できるという。
そのため、メルボルン市では2012年から数年間で約1万2,000本の新植樹を実施。毎年、数千本ペースでの植樹を継続し、市内の街路樹や公園の木を1本ずつデジタルマップ化もしている。また、市民が見守りたい樹木宛てにメールを送れるなど、ユニークな仕組みも導入。行政と市民が一体となって緑を管理する気運を作り上げている。

高木が目立つオーストラリア・メルボルンの街並み高木が目立つオーストラリア・メルボルンの街並み

【メルボルン都市圏における樹冠被覆率の推移(2014年 vs 2018年)】

区分・エリア 2014年 2018年 増減(ポイント / 面積) 主な傾向・背景
メルボルン都市圏全体
(Metropolitan Melbourne)
13.6%
(32,980 ha)
13.4%
(32,295 ha)
-0.2%
(-686 ha)
街路樹などは微増したものの、住宅地の開発等で全体としては減少傾向。
住宅地 (Residential) 15.0% 14.3% -0.7%
(-737 ha)
民間による宅地再開発や庭木の伐採が影響し、最も大きく緑が失われた。
公園・緑地 (Parkland) 21.1% 20.6% -0.5%
(-158 ha)
公共緑地内でも一部で樹木の減少が見られる。
インフラ・道路 (Infrastructure) 13.3% 13.9% +0.6%
(+229 ha)
行政による街路樹の植樹・管理強化により、道路空間の被覆率は唯一増加。

しかし、上記の表を見ても分かるように、行政がこれほど徹底した取り組みを行っても、民間による宅地開発や敷地の高密度化のスピードを前に、住宅地などの樹冠が減るペースに歯止めをかけるのは容易ではない。 だからこそ、行政が公園や道路に木を植えるだけではなく、「民間の敷地や住宅地を含めた街全体で、どれだけの木陰を維持・確保するか」という全体最適の視点が不可欠なのである。
一方、我が国の首都・東京都では、樹冠被覆率を公式な政策目標として掲げる自治体はまだ少ない。しかし、気候変動による猛暑の激化や脱炭素、生物多様性の確保が急務となる中、欧米のように樹冠被覆率を戦略的なターゲットとして設定し、都市全体の木を計画的に増やしていく発想への転換が求められているのだ。

先駆的アプローチは始まっている。東京23区内にみる「解決への萌芽」

東京都全体としての数値目標の設定や法整備は今後の大きな課題である。しかしその一方で、行政の現場に目を向ければ、東京の未来を切り拓く希望はすでに芽吹き始めている。
一部の先進的な区では、国の動きや一律の基準を待つことなく、独自の工夫で「樹冠被覆率」やそれに類する指標をいち早く取り入れ、立体的な緑の管理や暑熱対策へ乗り出しているのだ。東京全体をより涼しく、持続可能な都市へと生まれ変わらせるための各区の挑戦を紹介していこう。

樹冠被覆率で高い水準を誇る。目黒区の戦略的アプローチ

高木が目立つオーストラリア・メルボルンの街並み目黒川沿いの遊歩道

美しい銀杏並木で知られる目黒通りや駒沢通りが走る目黒区では、早くから「樹木被覆地率」を緑の基本計画における重要な環境指標として位置付けてきた。
その最新の調査では約14.7%と、23区内で高い水準を維持しており、緑の現状を立体的に把握するための基礎データとして活用している。街のアイデンティティである「樹木による緑」をいかに絶やさず、未来へ向けて育成・継承していくかという視点が政策に反映されている点が特徴だ。

多彩な緑化指標を使い分ける。板橋区の緻密な分析体制
荒川の豊かな水辺を抱え、埼玉県に隣接する板橋区では、「植生被覆率」「緑被率」「樹木被覆地率」という複数の指標を明確に区別して管理し、それぞれの推移を精緻に追い続けている。 とりわけ「板橋区緑の基本計画2035」においては、樹木被覆地率を主要な評価指標の一つとして位置づけ、単なる現状把握にとどまらないのが特徴だ。将来の緑化施策がもたらす効果を科学的に検証するための不可欠な基礎データとして、行政の意思決定に活用されている。

樹木と暑熱環境の相関を究める。足立区の先進的な実態分析
足立区では、おおむね10年ごとに航空写真を活用した「緑の実態調査」を実施し、街全体の樹木被覆地率を緻密に把握している。なかでも特筆すべきは、この樹木被覆地率のデータを地表面温度やヒートアイランド現象の観測データと直接結びつけて分析している点だ。「緑が不足しているエリアでは夏季の地表面温度が明らかに高くなる」という科学的な相関関係を可視化。単なる緑の保全を超えた「命を守る気候変動対策」の基盤データとして活用し、23区内でも先駆的なアプローチを展開している。

「人の目線」の緑の豊かさを可視化する。江東区の緑視率アプローチ
タワーマンションが林立する臨海部から下町情緒溢れる住宅街までを有する江東区では、航空写真による従来の緑被率調査だけではなく、「緑視率(人が街を歩く中で、視界に入る緑の割合)」の調査を積極的に実施している。俯瞰的な分布状況の把握だけにとどまらず、「実際に街を歩く生活者が、肌でどれほどの緑の豊かさや潤いを感じられているか」という主観的かつリアルな体感を評価軸に組み込んでいる点が最大の特色だ。数字を追うだけでなく、都市で暮らす人々の「心地よさ」の質そのものを高めていく、極めて人間味あふれる環境政策を実践している。

高木が目立つオーストラリア・メルボルンの街並み清澄庭園児童公園の高木(東京都江東区)

日本企業も緑を増やす「担い手」へ。今こそ「樹冠」を重視した新しい街づくりに取り組むべきでは

緑豊かな住宅地緑豊かな住宅地

前章で明らかになった通り、東京における樹冠消失の最大の要因は、行政が管理する街路樹や公園だけの問題ではなく、約40%を占める一戸建て住宅地などの「民有地」の変化にもある。つまり、失われた「緑の傘」を取り戻すには、行政だけの課題ではなく、私たちの日々の暮らし、そして街を形作る民間企業の協力なしには成立し得ない。そのため、緑を増やす重要な「担い手」として日本企業も、人と共生する緑の底上げに積極的に関わることが求められている。
しかし、国内の不動産業界を見渡すと、その現状はまだ過渡期にある。大手デベロッパー各社は、生物多様性や緑地面積、緑化率などをESG指標として熱心に公表している。その一方で、「街全体をどれだけ樹木が覆うか」という樹冠の視点にまで踏み込んでいる企業は現時点ではほとんど確認できない。一戸建て分譲を手掛ける地域密着型の住宅会社でも、一定の植栽本数や景観ガイドラインを設ける事例はあるが、樹冠被覆率を明確なKPIとして掲げる例は見当たらない。
だが、そのような業界の現状にあって、欧米の先進的な考え方に通じる「時間軸の緑化」を先駆けて実践している企業もすでに存在する。ここからは、その希望あるアプローチを紹介していこう。

「未来の樹冠」をデザインする。ポラスが仕掛ける経年美化の街づくり

出典:ポラス公式サイト出典:ポラス公式サイト

国内で樹冠の思想と極めて親和性の高い取り組みを行っている企業の一つが、ポラスグループだ。埼玉県越谷市に本社を置く同社は、分譲住宅の開発において、引き渡し時の「完成度」だけをゴールにしない。10年後、20年後に街並みがどう成熟していくかを見据えた植栽計画を貫いている。
高木を街区全体にバランスよく配置し、樹木の成長とともに景観や木陰が豊かになっていくことを前提に設計していることは特筆すべき点だ。
同社は「樹冠被覆率」という言葉を明示しているわけではないが、「時間とともに価値が高まる街」という思想は、欧米で広がる樹冠被覆率の本質と見事に重なっている。引き渡し時ではなく、未来にどれだけ豊かな木陰を形成できるかという視点は、これからの住宅地開発において強力な競争力となるはずだ。

在来樹種で生態系を紡ぐ。積水ハウスの「5本の樹」計画

出典:ポラス公式サイト植栽としても人気の在来樹種・イロハモミジ

高木の価値を長期的な視点で捉え、日本で最も広く知られている取り組みが、積水ハウスの「5本の樹」計画である。2001年の開始以来、累積植栽本数が2,000万本を超える同社のプロジェクトは、単なる環境配慮の枠を超え、失われゆく日本の自然を街のなかに取り戻すという強い意志を感じる。ポラスが「時間とともに価値が増す街並み」だとすれば、積水ハウスは「生態系の再生」という生物学的なアプローチに正面から挑んでいる点が特長だ。
そのコンセプトは「3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」というメッセージに表れている。日本を5つの気候区分に分け、その地域固有の風土に根ざした樹木を1軒ごとの庭に丁寧に配置していく。その結果、個々の庭が「小さな自然」となり、点在していた緑がやがて一本の大きな「緑のネットワーク」へと結ばれていくのだ。
注目したいのは、この取り組みが「なんとなく緑を増やす」という漠然とした目的ではない点にある。大学等の研究機関とタッグを組み、都市の生物多様性への効果を厳密に定量評価し続けているのだ。
「樹冠被覆率」という量的スケールを捉える視点と、どの木を植えるかという「生態系」の質を極める視点。この2つが手を取り合ったとき、都市の緑はただの装飾ではなく、生命を育むインフラへと生まれ変われる。これからの日本の街づくりに求められているのは、まさにこの「量と質を繋ぐ」強い思いではないだろうか。

「数値の緑」から「生きる木陰」へ。「樹冠被覆率」が東京の未来を変える

太陽の光を浴びる若葉太陽の光を浴びる若葉

住宅の価格だけで住まいが選ばれた時代は終わりを告げ、いまや「どんな街に暮らすのか」が問われる時代へとシフトしている。
真夏の過酷な太陽の下でも、ふと足を止めたくなる豊かな木陰。子どもたちが安心して駆け回り、自然の息吹を感じられる街並み。そして、世代を超えて緑が育ち、街全体の資産価値を静かに支え続ける風景。私たちが本当に求めているのは、そんな「生きた都市」の姿ではないだろうか。
そのためには、コンクリートの合間に押し込められたこれまでの緑の概念を、根本から覆さなければならない。厄介払いされがちな高木を「維持管理コストの負担」と捉える古い常識を捨て、未来の快適性と豊かさを生み出す「かけがえのない都市資産」として再定義する必要がある。
「樹冠被覆率」という新しい物差しは、単なる行政の環境目標にとどまらない。それは、都市の涼しさであり、歩くことの心地よさであり、そこで暮らす人々のウェルビーイングそのものを実現する強力な手段なのだ。
「どれだけ緑の面積があるか」という平面的な議論から、「どれだけ街に優しい木陰をつくるのか」という立体的な未来図へ。 樹冠という思想が日本に根づいたとき、東京の街並みは単なるコンクリートの密集地から、誰もが深呼吸したくなる持続可能な「緑のオアシス」へと、美しく生まれ変わるはずだ。