十分に意識されていなかった土砂災害リスク

2014年西日本集中豪雨で関連死を含めて77人の死者を出した広島市。なかでも八木地区は甚大な被害を受けた。
広島市が2023年、八木地区に設置した「広島市豪雨災害伝承館」。館長を務める高岡正文さんにお話をうかがった。

2014年当時、地元の大手メーカーを退職したばかりの高岡さんは、これから自治会長として地域で本格的に活動をしようという矢先に被災した。
高岡さんは、先祖代々がこの地域で暮らす生粋の地元出身者である。しかしながら、サラリーマンとしての忙しい日々を過ごす間は、地元活動を熱心に行う余裕はなかった。家庭を持ち、実家に隣接する畑に家を建てたのは、昭和末期のことである。

当時、家を建てた場所が谷筋の下にあると言う意識はなく、土砂災害が発生するまでそのように感じたことはなかったという。当日も実家の母に大丈夫か聞いたところ、「私が生まれる前から上の山は崩れたことがない」と言われ、土砂災害が発生した後で、改めて航空写真を見てて「我が家は谷筋の下流にあった」ということに気づいたのだという。
もちろん、子どもの頃から地域の大蛇伝説などは知っていたが、それと居住リスクを結びつけるような機会はなかった。高岡さんの場合は、先祖代々が居住した実家が谷筋から外れていたため、無傷で残り、そこを補修して生活を再建することができたのは幸いだったという。

一方で、近所の方々には幸いにも命は助かったものの、住む場所がなくなってしまい、地区外に引っ越した人も少なくなかった。

発災直後の八木地区(撮影:国土地理院)発災直後の八木地区(撮影:国土地理院)

高岡さんたちは、地域の復旧復興のボランティア活動のなかで、復興プランの策定に参画するとともに、復興交流館「モンドラゴン」での活動を通じて地域の人々の心の復興にも取組んだ。

モンドラゴンは、お好み焼きを食べながら地域の方々が気軽に交流できる場として、また、土砂災害について調査や学習に訪れた人々の拠点としてその活動は2016年春から2023年3月までの7年間に及んだ。畠堀秀春氏が土地を提供し、企業や団体、有志の方々からの寄付金(約1,500万円)などで建設、運営については義援金や広島市の種々の助成金などでまかなうという、まさに地域ぐるみの活動であり、そこで培われた人々の輪は現在の豪雨災害伝承館の活動へとつながっている。

発災直後の八木地区(撮影:国土地理院)見学者に説明する高岡(右)さんと畠堀さん
発災直後の八木地区(撮影:国土地理院)モンドラゴンでお好み焼きを焼く畠堀さん夫妻(2022年11月撮影)。現在は「お好み焼 春さん」として週二回営業している

「陰徳太平記」が伝える大蛇伝説

さて、地域の歴史をひもとくと、実はこの阿武山と周辺の山々では、しばしば大規模な土石流があったことがうかがえる。

例えば「陰徳太平記」によると、天文年間に香川勝雄という武士が、山の中で暴れる大蛇を退治し、その首が阿武山山頂の貴船神社に奉納され、胴体と尾はそれぞれ中腹の2つの神社に、そして、大蛇を倒した刀は麓の光廣神社に奉納されたという。
大蛇伝説や竜神の伝説は、気象観測技術がまだない時代に台風などの大規模な豪雨があり、忽然と現れた土石流の跡を蛇や竜に見立てたのだといわれている。そういう意味では、この地域の人々は、先人から継いだ、大規模な土石流発生リスクへの警告は受けていたということもできるわけだ。

しかしながら、この大規模な土石流の発生サイクルは、比較的長く、またその都度発生箇所も異なっているため、その発生は人間からすると、世代をまたいで観察されることになる。よって、その伝承は容易ではなく、この点では、三陸地方の津波と似たような状況にあるといえる。もちろん、一人ひとりの住民が丹念に歴史をひもといていけば、災害の発生リスクを知ることができるわけだが、人々はやはり、目先の生活や経済活動に追われてしまい、めったに起きない、しかしながら、起きると致命的なダメージを受ける大規模災害のリスクを見逃してしまうのである。

ちなみに、八木地区の地名は、もともとは「蛇落地悪谷」と呼ばれており、これが「八木上楽地」、「八木」と変遷したとされる。ある意味では、地名の変更によって歴史が封印されたと捉えることもできるわけである。ちなみに、地名の変更による伝承の断絶は各地で見られるものだ。

阿武山山頂に佇む貴船神社。水の神様である阿武山山頂に佇む貴船神社。水の神様である
阿武山山頂に佇む貴船神社。水の神様である光廣神社の社殿の絵には大蛇退治の様子が描かれている

ハザードマップのイエローゾーンに再度建ち始めた新築住宅

現在の住宅需要は、婚姻率の低下や離婚率の上昇などによりお一人様の増加が続いてきたが、まだまだ需要はあり、地方都市である広島においても新築物件が大量に供給されている。
しかしながら、今後は人口のさらなる減少が予想されており、住宅は大幅に供給過剰になることが容易に予想できる。全国的には空き家問題も大きな問題となっている。総務省の「令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計」では、空家数は900万戸の大台にのったという。

このような中、行政としては、2011年改正土砂災害防止法施行令によるイエローゾーンやレッドゾーンの指定、2020年宅建業法改正による水害リスクの不動産取引における説明義務化等、制度的には一定の進展を見ているが、それで安心というわけにはいかない。

例えば、この広島市安佐南区の八木地区においても、砂防ダムの建設などによりレッドゾーン指定はなくなり、イエローゾーンの指定があっても、一定の対策を講じれば、新築住宅を建てることができる。これは、もちろん、個人の資産の保全と言う意味では悪いこととは言い切れないが、本来であれば、このような住居人口減少のタームにおいて、人々がハイリスクな地域に居住しないように、行政がより積極的に誘導することによって、中長期的に人命が守られ、効率的なコンパクトシティー、安全なコンパクトシティーが実現するという方向性も考えられる。

また、あとで述べるが、同じイエローゾーンでもリスクは一様ではない中で、最終的に命を守るためには周辺の状況を常に把握し、行動する必要がある。

梅林小学校区のハザードマップ梅林小学校区のハザードマップ

土砂災害を繰り返してきた瀬戸内の山々

ちなみに今回、土石流が流出した、阿武山の山中をあらためて踏査したが、縦走路沿いを見てるだけでも、小規模な土砂の流出痕を複数確認することができた。
また、この山域の山中は、典型的な瀬戸内の山で灌木が多く、表土も非常に乏しい。いたるところに真砂土が露出しており、どこが崩れてもおかしくない。そもそも、瀬戸内海沿岸の山は真砂土が堆積した地形が多く、いくら土木工事を行っても山中で斜面が崩壊すること自体は止められない。

例えば、広島湾に浮かぶ江田島の切串地区でも、戦後すぐの枕崎台風により、大規模な土石流が発生し、原爆の災禍から避難してきた人々を含む145人が犠牲になっている。

江田島市切串地区の土石流の流下範囲,米軍撮影の空中写真及び斜め空撮写真(出所:番匠谷他『過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践』)江田島市切串地区の土石流の流下範囲,米軍撮影の空中写真及び斜め空撮写真(出所:番匠谷他『過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践』)
江田島市切串地区の土石流の流下範囲,米軍撮影の空中写真及び斜め空撮写真(出所:番匠谷他『過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践』)阿武山稜線付近の沢の源頭

上記の被災地図を作成した番匠谷省吾、岩佐佳哉、熊原康博各氏の聞き取り調査によると、その被害は海岸近くの平地にまで及んだという。実際に、慰霊碑の立つ大歳神社は傾斜地からは遠く離れた場所であり、土砂がそこまで流されて堆積したとはとても想像ができない。

もちろん、戦後すぐの荒廃した山地と現在を同じように評価することはできない。しかしながら、瀬戸内海沿岸の急傾斜の山地を擁する地域では、通常は雨量が少なく、乾燥した気候になっている関係で普段は山中の土砂が流れ出すようなことはあまりないが、ひとたび集中豪雨などにより山地地形が大量の水分を含むと、堆積した大量の真砂土が崩壊し、甚大な犠牲をもたらす、その繰り返しの歴史があるわけである。

また、広島でたびたび大規模な土砂災害をもたらす集中豪雨が発生する理由について、モンドラゴン、伝承館を通じて語り部として活動する松井憲氏(防災士)は、地理的な要因を指摘する。周防灘から瀬戸内海を抜けてきた暖かく湿った空気を含む気流が中国山地にぶつかると、上昇気流となり、積乱雲が途切れることなく発達する。これが「線状降水帯」として集中豪雨に繋がるという。

江田島市切串地区の土石流の流下範囲,米軍撮影の空中写真及び斜め空撮写真(出所:番匠谷他『過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践』)大歳神社(江田島市切串)の慰霊碑

ミクロ的な災害リスク要因にも注目が必要

また、今回の豪雨災害の記録を改めてつぶさに見ると、マクロ面でいうと、大規模な谷筋からの崩壊リスクに注目が集まるわけだが、命を守る、という観点からはミクロ的な被害発生のリスクや開発の状況についても着目しておきたい。

今回、土石流の被害が大きかった家屋の特徴のひとつとして、斜面の上側が空き地や道路だったケースが挙げられる。土石流は障害物にぶつかる時に弱まる一方で、障害物のない広い平面、例えば道路や空き地などの斜面ではスムーズに流れる。
今回の被害の状況の中でも、ひな壇造成された住宅地の上の段の家が空き地で、そこに土石流が流れ込み家が破壊されたという例がある。逆に土石流が一つ上の家にぶつかって全壊、自宅は部分的な被害ですみ命も助かった、という報告もある。

地域をマクロ的に捉えたリスクを警告するだけでなく、ミクロ的なリスク要因についても、改めて注意喚起が必要であろう。リスクが高い家庭の方々は、念のため、早めに避難するなどの対応が考えられるわけである。

土石流の威力が分かる土石流の威力が分かる

開発の経緯や開発事業者の災害への配慮にも注目を

同じ八木地区でも、大手デベロッパーにより防災面も含めて計画的に開発された別所団地の被害は少なかった。
これは、谷筋が徐々にミニ開発され、多くの人が犠牲になった県営緑が丘住宅周辺とは対照的である。住まい選びにおいては、開発の経緯や開発事業者の災害への配慮という視点は欠かせない。

広島に限らず土地が不足し地価が高く、また地域の拠点として今後も人口がある程度集積し住宅需要が強い地域においては、今後もハイリスクな場所で宅地開発が行われたり、あるいはハイリスクな場所の中古住宅が売りに出されたり、さらにはその購入を検討すると言う場面が多々あるかと考えられる。
その際に、今回の土砂災害の教訓をぜひとも生かしていただきたいものである。

あらためて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りして筆を置きたい。

崩壊跡は既に緑に包まれつつある崩壊跡は既に緑に包まれつつある

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