ナスコンバレー構想のきっかけとなったのはコロナ禍

ナスコンバレーとは、栃木県那須において21世紀型社会に求められるソリューション(エコシステム、サービス、製品)の共創・実証実験・社会実装を行う国内最大規模のリビングラボである。リビングラボとは「生活空間(Living)」と「実験室(Lab)」を組み合わせた造語で、市民が生活する場で行うオープンイノベーションの活動拠点や、その活動のことをいう。

そのナスコンバレーのメインフィールドとなっている別荘地「那須ハイランド」は60年ほど前からリゾート地として開発されてきた高台の土地。別荘の分譲、販売から始まり、遊園地やホテルなどの観光施設も備えた約800万m2に及ぶ広大なエリアである。数年前からは多様な客室を積極的に開発し、貸別荘を増やしつつもあった。

そんなところにコロナ禍が到来した。観光客は減ったものの、2020年春以降生活様式、働き方が変化し、それが新たな利用者を生み始めた。

「出社せず、在宅勤務が推奨されるようになり、オンラインでの商談、打ち合わせの普及などで特にIT企業においては、オフィスの解約、賃借面積の減少が進み、リモートワークが推奨されている中で、社内コミュニケーションの機会減少、ビジネス上の出会いの機会減少が問題にされるように。
そんな中、オフィスでも自宅でもない、環境の良い場所で働く、ワーケーションという動きが強く認識されるようになります。自然豊かで人口密度も低い那須エリアは向いているのではないかと現在フィールドを提供している日本駐車場開発グループと株式会社デジタルホールディングスがシリコンバレーのようなさまざまな企業が集う場の提供、ワーケーションの普及活動を推進しようとしたところからナスコンバレー構想が始まりました」と日本テーマパーク開発株式会社の五十嵐弘樹さん。

別荘、ホテルなども多く、ナスコンバレーのリビングラボの舞台でもある広大な那須高原。近年、移住者も増えている別荘、ホテルなども多く、ナスコンバレーのリビングラボの舞台でもある広大な那須高原。近年、移住者も増えている

その後2021年に入り、株式会社LIFULLとSUNDRED株式会社も加わり、800万m2の私有地をナスコンバレー構想のメインフィールドとし、この地を活用してリビングラボとして社会問題に対する実証実験および社会実装に繋げようということで2021年10月に「一般社団法人ナスコンバレー協議会」が設立された。

「あらゆる人が自分らしく生きられる社会を実現したいという想い」をもとに参画自治体や企業が参加。
協議会のパートナーとしては前述の理事となる4社に加え、金融、通信、農業、人財、土木、医療などと幅広い事業者が集まっており、地元の那須町、大田原市、那須塩原市、栃木県などとも連携している。

別荘、ホテルなども多く、ナスコンバレーのリビングラボの舞台でもある広大な那須高原。近年、移住者も増えている60年ほど前から別荘地として開発されてきた那須エリア。今も高台に多くの別荘が点在する

地域、産業、地球環境をテーマに多くの課題にチャレンジ

テーマとしては大きく地域、産業、地球環境が取り上げられており、その中にさらに細分化された課題があり、現在は毎月、意見を出し合いテーマを決めて各課題に取り組んでいる状況だという。
たとえば地域課題のひとつとして地域活性化がある。その具体的な内容としては廃校になった旧大沢小学校の活用があり、関係人口の増加があり、空き家の再生があり……といった具合で、できるところから少しずつ活動が進んでいる。

分かりやすいところでは空き家の再生だろう。
開発の歴史が古いことから一部には空き家になっている別荘もあり、取材時にはそうした1軒を再生した住宅も見学させていただいた。斜面に立つレトロな雰囲気の別荘でバルコニーには、世界にただひとつしかないサウナが設置されている。このサウナは、VUILD社のShopBotという3軸CNCルーターを使い、パソコンで設計したデータを元に設計されたパーツを切り出して組み立てたサウナである。

しばらく空いていた別荘を改装、使えるようにした上、庭にバレルサウナを設置した例しばらく空いていた別荘を改装、使えるようにした上、庭にバレルサウナを設置した例
しばらく空いていた別荘を改装、使えるようにした上、庭にバレルサウナを設置した例改装、再生された別荘内部。建物は使われていないと傷みが早く進む

コロナ禍以降、リモートワークができるなら、と郊外居住を考えている人も増えている。東京駅から1時間という那須エリアは十分に選ばれる立地。実際、別荘地内にはスクールバスも来ているそうで、エリア内では定住者の多い区画もある。
そういったことを考えると空き家を再生、売れる、貸せる家にしておけば地域活性化に大きく寄与することになる。さらに今後、住宅だけでなく、医療施設、教育関連施設などがつくられるようになると地域は一段と変わるかもしれない。

協議会発足以降那須にはこのところ企業がリゾート施設を保有するケースが増えている。しかし、かつてとは違い大型の宿泊施設利用ではなく戸建てタイプが選択されるようになっているという。そのためにも戸建ての空き家再生は意味がある。
また、那須では、他にはあまりない取組みとして、企業などが保有する別荘を使っていない時に民泊として運用する仕組みが導入されている。これによって別荘に人が暮らすことで建物が傷みにくくなり、収益で維持管理ができるようにもなるそうだ。

オフグリッドのトレーラーハウスは災害時の避難所として

トレーラーハウスを利用した貸別荘。建物の足元を見ると車であること、仮設されていることが分かるトレーラーハウスを利用した貸別荘。建物の足元を見ると車であること、仮設されていることが分かる

住宅の整備は那須町が標榜する災害に強いまちづくりの一端を担うということにもなる。
那須は御用邸や企業のデータセンターなどが立地していることからも分かるように災害に強い立地。岩盤層上で揺れにくいことに加え、海からも遠く、水害にも強いのである。最近だと富士山の噴火を懸念する声もあるが、那須はそこからも遠い。一方、東北道、新幹線が利用できる立地で、どこからでもアクセスしやすい。

そこで那須町は災害があった時に受け入れるまちを目指しており、能登半島地震の際にも受け入れ施設として登録した。外から人を受け入れるためにも住宅は必要で、空き家再生以外にナスコンバレーではオフグリッドのトレーラーハウスを導入、通常は貸別荘として利用している。

トレーラーハウスを利用した貸別荘。建物の足元を見ると車であること、仮設されていることが分かる2台のトレーラーハウスをL字型に置いて寝室とリビング、水回りなどを配している。右手の建物はサウナ。中央はトレーラーハウス、サウナに囲まれたプライベート感のある高台の中庭になっている

これは2023年9月に発売されたミサワホーム株式会社のトレーラーハウス、ミサワユニットモビリティ「ムーブコア」を利用したもの。一見、スタイリッシュな宿泊施設だが、もしもの時には避難所として転用できるという。

以前は展望台があったという絶景の地。そこに置かれたムーブコアは2台をL字型に連結したもので、間にはサウナのある広いウッドデッキが用意されている。ウッドデッキにはソファやテーブルセット、バーベキューグリルなどもあるため、好天時はアウトドアで食事を楽しむことも。知らないで見るとラグジュアリーで快適なスペースで、ここに防災的観点があるとは気づかないだろう。

災害時に停電、断⽔などが起きて電気や⽔、通信が使⽤できない状況を想定し、公共のインフラに依存せず⽣活できるオフグリッドな技術が使われており、具体的には⾃然発電するための薄型軽量の太陽光発電システム、発電した電気を有効活⽤する蓄電池、電気⾃動⾞から電気の供給を受ける「クルマde給電」など。⼭間部や災害時でも通信可能な衛星通信の設置も可能で、現在は実装されていないものの、使⽤した⽔のほとんどを再利⽤できる⽔循環利⽤システムも導入できる状態になっている。これは旅館業法の法規制があるためで、規制をクリアできれば水循環利用システムを活用する予定だそうだ。

建物内部も一般の住宅と変わりはなく、断熱、遮音性能も含めて快適そのもの。被災時にこうした住宅が用意されれば、どれほど救われるか。利用が増えることを期待したい。

この持続可能な未来の住宅としてのオフグリッドグランピングのプロジェクトには、ミサワホーム以外にも株式会社LIFULL、プライムライフテクノロジーズ株式会社、株式会社モノクローム、 Le Furoなどがかかわっている。

トレーラーハウスを利用した貸別荘。建物の足元を見ると車であること、仮設されていることが分かるサウナを出たところにはジャグジー付きのバスタブがあり、眺望を楽しみながらのんびりできる
トレーラーハウスを利用した貸別荘。建物の足元を見ると車であること、仮設されていることが分かるトレーラーハウスの中庭から那須高原を見下ろす。バーベキューの設備も用意されており、眺めを楽しみながら食事をすることができる

広大な森林から出る間伐材でバイオマス発電で資源を回す

取材では地球環境の課題に取り組む2つの施設も見せていただいた。
ひとつは超小型バイオマス熱電併給設備Volter40(スマートグリーンエネルギー株式会社)。乾燥したウッドチップを燃料にしてガス化による生成ガスでガスエンジンを稼働、発電と熱供給を行っているという。

「直近1年間でも50棟の新築別荘の建築を行っていますし、そもそも別荘地の総面積800万m2の大半が森。適切に維持管理していくためには間伐を継続する必要がありますが、間伐材をただ廃棄するのではないやり方をとバイオマス熱電併給設備を2023年夏に導入しました」と五十嵐さん。

間伐した材を生かしてカーボンニュートラルを実践するだけでなく、災害時にも自家発電があれば安定した電源供給ができる。

現場で設備を管理する同社工務グループのマネージャー・飯泉茂さんによると、発電した電気は別荘地内のレストラン2ケ所とコテージのフロント棟で、熱は蓄熱タンクに接続されてフロント棟内の温浴施設の給湯、加温に使われているそうだ。エアコンを使わない時期であれば自前の電気でエネルギーを賄うことができ、間伐材を無駄にしないだけでなく、熱を利用することで従来使っていた重油消費量の削減にも繋がっている。

超小型バイオマス熱電併給設備のある建物。右側に見えているウッドチップを燃料にして発電と熱供給を行っている超小型バイオマス熱電併給設備のある建物。右側に見えているウッドチップを燃料にして発電と熱供給を行っている
超小型バイオマス熱電併給設備のある建物。右側に見えているウッドチップを燃料にして発電と熱供給を行っている稼働状況を説明する工務グループマネージャーの飯泉さん。コンパクトな施設ながら以外にパワーがある

「災害時でもホテルとレストランでは電気が使えるので、暖をとったり、携帯を充電したりは十分できます」

現場では1日に4トントラック3台分のチップが使われるそうで、工務部10人のスタッフのうち、バイオマスに関わる2人以外は毎日伐採に追われている。
雑木林は長年放置しておくと土地が荒れる。また、若い樹木のほうがCO2の吸収量が多く、樹齢が高くなると落ちてくるそうで、それも考えると森林には適切な手入れが必要。広大な土地だけに大変なことである。

超小型バイオマス熱電併給設備のある建物。右側に見えているウッドチップを燃料にして発電と熱供給を行っている広大な敷地の大半は森林。樹木の手入れは大変だろう

太陽光発電などカーボンニュートラルの実験のフィールドとしても活用

もうひとつの地球課題に対する試みは敷地内にある遊園地・那須ハイランドパークの駐車場に2024年4月に設置されたカーポート型の太陽光発電設備(スマートグリーンエネルギー株式会社)。ここで発電した電力は100%自家消費の形で遊園地内に供給されており、クリーンな電力で遊園地を運営することで、地産地消の循環型の持続可能な地域づくりを目指している。

現在は約130台分の駐車スペースに屋根の形で設置されており、これによって年間285tのCO2の削減に寄与。この取組みは環境省の再エネ導入優良事例にも選ばれている。
取材に伺ったのは曇りの日だったが、それでもある程度は発電できており、雨の日ですらわずかながら発電すると飯泉さん。

「現在はお客様を安全に下ろせる遊具にだけ使っていますが、いずれはレストランの上などにもパネルを載せ、もっと使えるようにしていきたいです」

駐車場の屋根に太陽光パネル。賢明なやり方である駐車場の屋根に太陽光パネル。賢明なやり方である
駐車場の屋根に太陽光パネル。賢明なやり方である発電ができるだけでなく、屋根ができたことで駐車場利用者にも夏の日差しや雨が防げるなどメリットが生まれた

カーポートの屋根方式だと、利用者にとっても雨を凌げたり、夏の車内温度上昇を抑制するなどの効果もあるなどメリットがあって一石二鳥。広い駐車場のある施設ではダブルでうれしいやり方だろう。

広いという意味ではフィールドの広大さを生かした実証実験も積み重ねられつつある。2021年11月にはドローンによる空輸サービスの実証実験(主催:VFR株式会社・藤和那須リゾート株式会社・ブルーイノベーション株式会社)が行われ、敷地内に点在するコテージにドローンが食材やプレゼントなどを空輸した。

現地は車での移動を原則としており、コテージ間はかなり離れている。ちょっとしたものでもフロントまで買いに行く必要があるが、それがドローンで来てくれるとなれば実用を超えてエンタメにもなる。森の中をドローンがプレゼントを運んでくる風景は想像しただけで楽しい。そう考えるとドローンの認知度アップ、普及などには大きな力になりそうだ。

ドローン利用では水道使用量データの解析で抽出した空き家の可能性がある建造物をドローンに搭載した可視光カメラや赤外線カメラで撮影することで、建造物の状態を調査するというプロジェクトも進んでいる(那須町、株式会社LIFULL、パーソルプロセス&テクノロジー株式会社)。この時同時に空き家バンクに掲載する写真をドローンより撮影することで、空き家活用希望者への魅力的な情報となるかどうかについて検証するという。

現状では那須町の空き家バンク登録数は5件程度(2023年7月時点)だが、空き家調査業務が改善することで空き家が早期特定でき、それが資産価値の保全、空き家の利活用に繋がるかもしれない。また、ドローン等のデジタル技術を活用したここでの空き家対策の実践が他の地域にも展開できれば日本全国の空き家問題に役立つツールになりそうである。

駐車場の屋根に太陽光パネル。賢明なやり方であるレストラン、フロントと各別荘の間は離れている場所もあり車がないと移動は難しい。自動運転実験にも期待が高まる

自動運転、3Dプリンタ住宅などイノベーションを起こすプロジェクト

実証実験に向かって準備が進んでいるのが自動運転だ。
2023年度の国土交通省主管「地域公共交通確保維持改善事業費補助金(自動運転社会実装推進事業)」に採択され、地元自治体の那須町、ソフトバンクグループのBOLDLY社などのパートナー企業と連携。自動運転の実装に向けた調査等も行われている。坂の多い曲がりくねった道の多い那須高原で実験ができれば得られる知見も大きいのではなかろうか。

それ以外でもあらゆるデバイスのデータと紐づいた健康管理アプリ(楽天グループ株式会社)、3Dプリンタ住宅(VUILD株式会社)などが検討されている。

那須の森の中から世界を変えるようなソリューションが生まれてくるかもしれないのである。

■取材協力
ナスコンバレー https://nasucon.jp/

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