書店、カフェ、印刷工房、ギャラリー、レンタルオフィスが一つになったビル

もともとこの近くにあった銀杏の巨木から作ったベンチを置くなど、地元の歴史も受け継いでいる 提供:大垣書店もともとこの近くにあった銀杏の巨木から作ったベンチを置くなど、地元の歴史も受け継いでいる 提供:大垣書店

「“本は大事”と言うけれど、書店がお客さんに対して新しい価値やサービスを提供していない状態がずっと続いてきたんです」

本がインターネットと競合するようになって、書店数は減り続けている。大学が多く、学術・文化の発信地である京都でも、その状況は変わらないだろう。そのことについて危機感を抱きながら、書店はちゃんと手を打ってきたのか―。株式会社大垣書店の大垣守可さんが、冒頭のような言葉を口にしたのは、そんな現状に対する思いからだ。

2022年で創業して80年を迎える大垣書店は、本店がある京都を中心に約40店を展開していて、京都市内ではよく見かける書店だ。同社は2021年11月20日に「堀川新文化ビルヂング」をオープンした。1階には書店のほか、カフェ、印刷工房があり、2階にはギャラリーやレンタルオフィスを備えた複合施設だ。

もともとこの近くにあった銀杏の巨木から作ったベンチを置くなど、地元の歴史も受け継いでいる 提供:大垣書店1階の書店スペース。子どもから大人まで楽しめる品揃えだ 提供:大垣書店
もともとこの近くにあった銀杏の巨木から作ったベンチを置くなど、地元の歴史も受け継いでいる 提供:大垣書店カフェ&バー「Slow Page」も1階に 提供:大垣書店
もともとこの近くにあった銀杏の巨木から作ったベンチを置くなど、地元の歴史も受け継いでいる 提供:大垣書店2階にあるギャラリー「NEUTRAL」。さらに2022年4月から、NEUTRAL内にグランマーブルが運営する「Gallery PARC」が営業を開始した 提供:大垣書店

昭和にできた団地を「アートと交流」をテーマに再生

堀川新文化ビルヂングがあるのは、四条烏丸や河原町といった繁華街からは車で10~15分ほどの場所。目の前は堀川通という幹線道路が走り、車の通行は多いものの、繁華街から歩いて来れる距離ではなく、観光客が頻繁に通るようなところでもない。

ここはかつて堀川団地という団地の一部だった。1階は店舗、2階以上が住居というつくりの店舗付き集合住宅として全国で初めて昭和20年代に建築された。だが、時代を経て老朽化や耐震性が問題となり、京都府が「堀川団地再生事業」に取組むことに。その方向性が検討され、単なる建物の再生にとどまらず、賑わいあるまちづくりをするために「アートと交流」というテーマが掲げられた。全部で6棟あった団地のうち4棟は、すでに耐震補強やリノベーションを施して住居や店舗として利用されている(詳しくはこの記事で紹介)。残りの2棟のうち1棟が取り壊され、新たに建築されたのがこの堀川新文化ビルヂングだ。大垣書店はこの事業の公募型プロポーザルに選定され、受託事業者となった。

再生事業が完成し、新しい賑わいが生まれた堀川団地再生事業が完成し、新しい賑わいが生まれた堀川団地

「わざわざ、本を買う」。その価値を伝える

大垣書店の大垣守可さん。このビルの2階支配人をつとめる大垣書店の大垣守可さん。このビルの2階支配人をつとめる

「まず、アートをどう捉えるのかというところから掘り下げていきました。この事業では、アートというくくりのなかに、クラフトや伝統産業も含まれています。本を買うというのは、わざわざ紙になった状態の本というモノで買うことです。でも、近年はコスト削減や『とにかく作らないといけない』というサイクルに飲み込まれて、本の質が低下していると感じていました。ですから、ここでは、質が良い本を作って売ろうと。それがアートでもあるし、クラフトでもある。本の内容をどうこうではなく、僕らは、“本そのもの”をモノとしても楽しみましょうと提案しています。質の良いモノが店頭に並んでいたら、わざわざ本屋に行きたくなるんじゃないかと考えました」と大垣さん。

“本は大事”と言うならば、当事者として書店は何をするのか? その答えの一つの方法として、アートやクラフトとしての本の質の良さにこだわり、その価値を伝えることが必要だと考えたのだ。「本が持っていた役割の9割5分くらいはもうネットでできてしまう。本当に本が大切っていうならその価値を発信しないといけない。それが伝わって初めて本が売れると思うんです」

どう作りたいかについて話ができる場所

そこで取り組んでいるのが、「本を作れる本屋」。本作りのノウハウがある1階の印刷工房「昌幸堂」と協力して行っている。「本が作りたいんですけどどうしたらいいですかっていう人に、モノの話がちゃんとできる場所です。初めてでどうしたいかがはっきりしていない人は、本屋の本を参考にしてもいいと思うんですよ。紙の質、デザインなど希望に合わせてオーダーメイドで本を作ることができます」。作りたい人と作る人が出会い、それを販売する。このサイクルが叶うのがこのビルだ。

印刷工房「昌幸堂」。印刷工場として60年の歴史を持つ修美社が運営している 提供:昌幸堂印刷工房「昌幸堂」。印刷工場として60年の歴史を持つ修美社が運営している 提供:昌幸堂

本に限らず、作ったものを発表する場として、2階のギャラリーもある。オープン以来さまざまな企画展を開催してきた。「このギャラリーの名前はニュートラル、中立という意味です。いろいろな考えの人がいる、子どもも大人もいる。さまざまな職業の人がいる。そういう属性を何も問わずに、多彩な人が来れるギャラリーにしたいという思いを込めました。本屋というのは誰でも入りやすい空間です。本屋である大垣書店が運営するギャラリーとして、同じように誰もが足を踏み入れやすい空間にしたい。ですからアートもクラフトも、子どもの発表会もライブもあります」

ギャラリー内だけではなく、建物全体に散りばめられる「全館展示」というスタイルであるのも面白い。よく見ると、1階の通り沿いのウィンドウ、書店のディスプレイ、カフェの壁面、階段の踊り場にも作品が展示されている。通りを歩いていてウィンドウの作品に気付いたり、カフェでコーヒーを飲んでいてふと目に入ったり、本を選んでいて視線に入ってきたり。さりげなくアートやクラフトが日常に溶け込む、そんな展示方法にも、このビルの性格が表れている。

印刷工房「昌幸堂」。印刷工場として60年の歴史を持つ修美社が運営している 提供:昌幸堂階段の踊り場にも「NEUTRAL」で展示中の作家の作品が展示されている 提供:大垣書店
印刷工房「昌幸堂」。印刷工場として60年の歴史を持つ修美社が運営している 提供:昌幸堂カフェの壁面も作品が飾る。全館展示は、思いがけない出会いをもたらしてくれる 提供:大垣書店

ウィリアム・モリスの『理想の書物』を復刻

1階で販売されている『理想の書物』。2006年に初版が出版されていたものを、大垣書店が復刻した 提供:大垣書店1階で販売されている『理想の書物』。2006年に初版が出版されていたものを、大垣書店が復刻した 提供:大垣書店

質の良い本を作る、その第一歩にあたり、大垣さんは一冊の本を復刻した。ウィリアム・モリスの『理想の書物』。ウィリアム・モリスといえば、デザイナーとして知っている人も多いだろう。19世紀にイギリスで活躍し、モリス商会製作の壁紙や織物などは、現代でも販売されているほどだ。モリスは本作りにも携わり、その美的感覚で書物の姿を追求した。同書は、彼の講演やエッセイをまとめたものだ。

「デザインの元祖みたいな人ですが、実は自分で印刷所を構えて、文字の配置を全部自分でやって、紙はこれがベスト、印刷方法もこういうふうに……と、研究して本を作っています。僕はこれを読んで、こういう本作りをしなかったら本は絶対残らないと思いました。これがこのビルでやること、そのままだと」

その一方で、地域の人にとっての“普通の本屋”であることも大事なことだと言う。店内を見たところ、ほかの大垣書店と同じようにさまざまな本や雑誌が棚に詰まっている。「大垣書店は、地元の人に向けた“普通の本屋”です。例えば、高齢者の方が多く来てくれている、子ども向けの本が求められている。そんな特性を3年くらいかけてみて、品ぞろえをチューンナップして、徐々にその地域に合った本屋にしていきます」

水のようにさりげない、けれど暮らしを豊かにする存在に

復刻された『理想の書物』は、書店の入り口近くに平積みされている。訪れる客にこのビルが目指す姿を告げているように。

とはいえ、それは「僕らが勝手にやってること」と大垣さんは笑う。

「“新文化ビルヂング”という名前ですから、新しい文化というのはもちろん意識しています。でも『新しい文化を作ろう』って頑張っているのではなく、ここはあくまでも本屋で、新しい本への向き合い方や価値観を提案しているにすぎない。地域の人が『時間があるからカフェでも行こう』みたいなノリで来てもらえるのが一番いい。無味無臭で、毎日飲める水のような存在になって、地元の人の暮らしが豊かになるのが一番ですね」

堀川通越しに 提供:大垣書店堀川通越しに 提供:大垣書店

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