「乙女建築」の誤解から生まれた出会い

「名建築で昼食を」は2020年8月16日から10月18日まで、BSテレビ東京およびテレビ大阪の「真夜中ドラマ」枠で放送されたテレビドラマである。建築巡りが趣味の植草千明(田口トモロヲ)と、おしゃれなカフェ開業を夢見る春野藤(池田エライザ)が毎回1つの建築を見て回り、並行して物語がゆっくりと進んでいく。

放送は全10回。そのラインアップは、アンスティチュ・フランセ東京、自由学園明日館、東京都庭園美術館、ビヤホールライオン銀座七丁目店、目黒区総合庁舎、国際文化会館、山の上ホテル、旧 白洲邸 武相荘、国際子ども図書館、江戸東京たてもの園(前川國男邸など)と、まるでNHK教育テレビのような正攻法の名建築が並ぶ。

建築や住宅、それを設計する建築家は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

植草千明(以下、千明)と春野藤(ふじ)(以下、藤)の出会いは、SNS上の勘違いから生まれる。藤は広告代理店に勤務しながら、友人の女性とカフェの開業を目指している。植草が「千明」の名でSNSに投稿していた「♯乙女建築」の写真の世界に惹かれ、「弟子にしてください」とメッセージを送る。千明を女性と思っていたのだ。

すると、千明から「乙女建築でランチはいかが」と返信が来る。藤が待ち合わせ場所の「アンスティチュ・フランセ東京」(旧 東京日仏学院、設計:坂倉準三、1951年完成)に出向いてみると、現れた千明が中年男性であることにびっくり、というのがドラマの導入だ。「これからこの2人、どうなっていくの?」と期待感が高まる。

原案は書籍『東京のおいしい名建築さんぽ』

『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(甲斐みのりの著、2018年、エクスナレッジ刊)『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(甲斐みのりの著、2018年、エクスナレッジ刊)

このドラマは、文筆家・甲斐みのりの著書『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(2018年、エクスナレッジ刊)を原案として、テレビ大阪と松竹撮影所が共同制作したものだ。元の本は写真と文のガイドブックで、千明も藤も登場しない。

筆者は、この『東京のおいしい名建築さんぽ』が発刊された後、すぐに読んだ。というのは、もともと筆者も、建築の魅力を伝えるうえで「食」が重要な要素であり、従来の建築発信に欠けている部分であると考えていたからだ。だから、この本が出たときには「やられた!」と思った。

そして、この本をベースにドラマがつくられると聞いたときには、「“食”を軸に“建築”をまぶして展開する“恋愛ドラマ”か、また先を越された!」と勝手に妄想していた。
恋愛ドラマとはどこにも書いてなかったのだが、「名建築で昼食を」というタイトルは、いかにも不朽のラブロマンス「ティファニーで朝食を」を連想させるではないか。

建築濃度のあまりの濃さにびっくり

ドラマを見てみると、思っていた展開とはだいぶ違っていた。ひとつには建築好きの中年男性である千明と、おしゃれ女子の藤の間にラブロマンスは生まれないこと。ネタバレになるが、2人の関係は最後まで「師匠」と「弟子」のままだ。

もう1つの予想外は、こちらはうれしい誤算で、建築が「まぶす」程度の軽い扱いではないことだ。30分の8割ほどが建築の話だ。こんなに建築を掘り下げて視聴者が引かないのか?と心配になるほど建築濃度が濃い。

例えば、筆者の好きな「目黒区総合庁舎」を舞台にした第5話はこんな感じだ。中目黒駅方向から、楽し気に歩く2人。千明が、この建物が村野藤吾の設計で1966年に千代田生命保険として建てられ、目黒区総合庁舎に転用されたことなどを説明する。

玄関の前のアルミ庇の足元に顔を近づけ、「ここ、ここがすごいんだよ。このアール(曲面)、すごくない?」と興奮する千明。それを嬉しそうに眺める藤。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

この施設の目玉ともいえるらせん階段では、「しびれるよね、さすが階段の魔術師、村野藤吾」と千明が言えば、藤も「ここ、浮いてる!」と実にいいところに気付く。2人で下から見たり、上から見たり、あらゆる角度から見た挙句、ようやく次のシーンかと思ったところに千明が「もう1回上から見よう!」と階段を上り始める。
これは一体どこまでが脚本なのか……。時間を計ってみたらこの階段のシーンだけで2分15秒もあった。もしNHK教育テレビがこの建築の30分番組をつくったとしても、この階段にそこまで時間を割かないのではないか。

「名建築で昼食を」のタイトルどおり、2人でランチを食べるのが各回のお約束だ。目黒区総合庁舎でランチといえば、食堂名物の「メガカツカレー」。その量の多さに藤がびっくりというシーンを期待していたのだが、カレーではなく、持ち込みのフルーツサンド(おそらくフルーツサンドの専門店「ダイワ」中目黒店で購入)を食べる話になっていたのがちょっと残念。食堂のカレーはおしゃれ感に欠けるという判断だったのか。分からなくはないが。

藤のリアクションはアドリブ?

こうした建築を見ながらの千明のうんちくと藤の感想の“掛け合い”がこのドラマの中核である。
千明のうんちくは脚本に書かれているのだろうが、それを受ける藤の感想は、どう見ても生のリアクションとしか思えない。その素朴なひと言ひと言が実にいい。「ブラタモリ」(NHK)におけるタモリと女子アナの掛け合いを見るのに似ている。

(イラスト:宮沢洋)(イラスト:宮沢洋)

原案となった書籍は、「建築」に「食」を絡めることで、建築の楽しさを増幅できることを示した。そして、それをドラマ化したこの作品では、「建築+食」に加え、さらに「建築を語り合う楽しさ」を伝えることに挑んでいる。

どちらも「建築のすそ野を広げたで賞」を贈呈したい偉業である。ただ、もしドラマの続編が制作されるならば、もう少し2人の関係を思わせぶりなものにしてほしい。中年建築好き男性を代表して、制作陣に要望しておく。

■テレビドラマ「名建築で昼食を」
BSテレビ東京およびテレビ大阪の「真夜中ドラマ」枠で2020年8月16日から10月18日まで、全10回放送
原案・監修:甲斐みのり
脚本:横幕智裕
監督:吉見拓真
出演:田口トモロヲ、池田エライザ ほか

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