プロも納得の建築エピソードが満載
前回のコラム(※小説「ノースライト」ドラマ化、住宅設計者の心の底を描く異色のミステリー【建築シネドラ探訪④】)で、「物語のカギとなる住宅のデザインがいまひとつ」と書いた。突っ込みどころがなくて難癖つけているのでは……と思われた方がいるかもしれない。苦労してつくり上げた制作陣にも申し訳ないと思ったが、「住宅を設計する」というストーリーだと、筆者はどうしてもこの映画と比べてしまうのである。韓国映画「建築学概論」だ。
建築や住宅、それを設計する「建築家」は、映画やテレビドラマの中でどう描かれているのか。元・建築雑誌編集長で画文家の宮沢洋(BUNGA NET編集長)が、「名セリフ」のイラストとともに、共感や現実とのギャップをつづる。今回取り上げる「建築学概論」は、2012年に韓国で公開され、当時の韓国恋愛映画の興行記録を塗り替えたヒット作だ。
映画のカギとなる住宅は、筆者がこれまで見た「建築シネドラ」の中で、最も魅力的な住宅である。まずは、ざっくりあらすじを。
「建築学科に通う大学1年のスンミン(イ・ジェフン)は、“建築学概論”の授業で音楽学科の女子学生ソヨン(スジ)に出会い、一目で恋に落ちた。しかし、恋に奥手なスンミンはなかなか告白できないまま、小さな誤解からソヨンと遠ざかってしまう。それから15年後、建築士になったスンミン(オム・テウン)の前に、ソヨン(ハン・ガイン)が突然現れ、家を建てて欲しいと言う──」(レンタルビデオの紹介文から引用)。
設計事務所に勤めるスンミンの前に15年ぶりに現れたソヨン。戸惑うスンミンは「ご主人は?」「なぜ家を建てるの?」と質問を連発する。だが、ソヨンははっきりと答えない。困ったスンミンがぼそっと言う。
「君を知れば合う家を建てられる」──byスンミン。
建築家の特権、うらやましい! と思ってしまうそんなセリフから物語は一気に加速する。
監督は建築学科出身で元・建築設計者
この後、物語は大学生時代のスンミンとソヨン、15年後の2人のエピソードが交互に繰り返されながら進む。
物語の伏線として建築のエピソード(大学および設計実務)が数多く盛り込まれているが、どれも違和感がない。例えば、音楽学科のソヨンと建築学科のスンニンの出会いは、他学部も受講できる「建築学概論」という基礎講座。「自分の住んでいる町の写真を撮ろう」という課題を通して2人が心を通じ合う、という状況は、確かにありそう。この世界に相当詳しくないと書けない設定だ。
映画を見た後で知ったことだが、この作品を撮ったイ・ヨンジュ監督は元・建築設計者なのだ。脚本もイ・ヨンジュ監督。以下は監督のプロフィールだ。
「イ・ヨンジュ。1970年生まれ。延世大学の建築学科で学び、10年間建築士として働いた後、映画の世界に転身。ポン・ジュノ監督『殺人の追憶』(2003年)で演出をしながら、映画を学んだ。今作『建築学概論』の企画を温めながら、『不信地獄』(09年)で監督デビュー。『JSA』(00年)で知られる製作会社『ミョンフィルム』と出会って今作が完成した」。
10年も建築設計をやってから映画監督に転身とは……。だからエピソードに違和感がないのか。
イ・ヨンジュ監督は、日本公開時に来日した際、どうして建築設計から映画に転身したのかを問われ、こう答えている。
「設計事務所に勤めていたとき、課長や部長に5年後、10年後の自分の姿を重ねて、『こうなりたくない』と思いました。(映画業界との)共通点というか……低賃金長時間労働は一緒です(笑)。今後の作品でもう建築をテーマに撮ることはないですが、映画監督として美術、セットの空間を考えるとき、建築で学んだことは役立ちます」(MANTAN WEB2013年5月20日付けインタビューより)。
低賃金・長時間労働が転職理由って、なんて夢のない……。ちなみに、映画の冒頭でソヨンがスンミンの設計事務所を訪ねて来たとき、スンミンは徹夜明けで上司から起こされたところだった。上司が「徹夜のアピールか」と皮肉を言いながらスンミンを起こすあたりも、設計事務所の現実を知る監督ならでは演出だ。
韓国では建築学科はモテる?
違和感というわけではないが、日本と韓国の「建築」の社会的ポジションの違いを感じたシーンもあった。大学時代の2人のやりとり。ソヨンが憧れる建築学科のモテモテ先輩のことを、スンミンが「どうしてあの先輩はそんなに人気があるの?」と聞く。
ソヨン「先輩はハンサムで背も高いし、お金持ちだし、それに建築学科だから」。
スンミン「僕も建築学科だよ」。
ソヨン「そうね…」。
このやりとりを見ると、どうやら韓国では「建築学科の学生はモテる」という共通認識があるようだ。日本ではそう言われてもピンとこない。あれほどリアルな建築エピソードを入れ込む監督なのだから、きっとこのエピソードも本当なのだろう(少なくとも監督の学生時代までは)。
家づくりという共同作業
そして、冒頭に書いた住宅である。スンミンがソヨンの生家に設計する住宅だ。ここから先はネタバレになってしまうので、映画を見るつもりの人は、先に映画を見てから読んでほしい。
スンミンはいくつも住宅のプランをつくり、ソヨンに提案するが、ソヨンはどれもしっくりこないと言う。ソヨンがようやく首を縦に振ったのは、生まれ育ったレンガの家に「増築」する案だった。
その家の施工に入り、完成するまでが後半のクライマックス。ほぼ完成という段階で、ソヨンがスンニンに言う。
「これで終わりね。建ててよかった」─byソヨン。
家づくりは大変な作業だが、完成してしまうのは寂しい。そして、あなたとはもう会えない……。これも設計という仕事を知っているから書ける、切ないセリフだ。
映画史に残る傑作住宅
完成した家のデザインの素晴らしさは映画を見てほしい。「ええっ、そこまで書いておきながら?」と言われそうだが、そこは監督の想いに応えるためにもやはり映画を見てほしい。
イ・ヨンジュ監督は、前述のインタビューで、この家についてこう語っている。
「この映画のもう一つの大きなテーマが『家』でした。第5の主人公といってもいい。家をどうするのかが大きなウエートを占めていました。ソヨンの家を新築ではなく増築にしたのには意味があります。いつかは自分で増築の設計をしたいと思っていたのと、子どものころの思い出が残っている元の家にさらに建て増しするということがソヨンの人生を表し、映画自体を光らせると思ったからです」(MANTAN WEB2013年5月20日付けインタビューより)
これは想像だが、イ・ヨンジュ監督は初めからこの家のイメージがあって、脚本を書いたのではないか。もしかしたら、この家を実際に形にしたくて映画監督に転身したのかもしれない。映画もよくできているが、この住宅に限定して言えば、「映画史に残る傑作住宅」であると筆者は思うのである。
■映画「建築学概論」
2012年韓国公開(日本公開は2013年)、117分
監督:イ・ヨンジュ
脚本:イ・ヨンジュ、キム・ジヘ
出演:オム・テウン/イ・ジェフン(ともにスンミン)、ハン・ガイン/スジ(ともにソヨン)ほか
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