音戸イロリバHOUSEは、ひろしま里山ウェーブがきっかけでオープン
2020年の10月25日、広島県呉市の離島、音戸という地区で「音戸イロリバHOUSE」のグランドオープンの内見会を行った。呉市の新原市長も訪れ、お祝いムードを盛り上げた。
私ごとで恐縮であるが、一昨年の春にたまたま、音戸にご縁があって、築約100年の古民家を購入し、リノベーションを経て、昨年から宿を経営することになったのだ。そのご縁というのが、「ひろしま里山ウェーブ」というプロジェクトだった。
建物は、モダン古民家の交流施設をコンセプトに「音戸イロリバHOUSE」という施設名にして、宿泊以外にもフリースペースがあり、いろいろな用途に活用できる。私は、当初から2拠点生活を前提にしていて、留守の間は、そこに住んで運営をサポートしてくれる家守さんを置くことにした。幸い地域のつながりの紹介よって、10月から住み始めてくれた方がいて、その家守さんは居住者でありながら宿運営もサポートしてくれるのだ。
ところで、この音戸の古民家再生に関わり始めたところ、たびたび「広島のご出身ですか?」 と聞かれることが多かった。答えは、縁もゆかりもなかったのだが、たまたま約2年前に参加した広島県が主催するその「ひろしま里山ウェーブ」というプロジェクトが大きなきっかけを与えてくれた。知人の中村功芳さんが、呉市のメンターとして関わっていて、お誘いを受けたのが始まりだった。
中山間地域の課題に、新しい発想で関係人口づくりに挑む
「ひろしま里山ウェーブ」とは、広島県庁の中山間地域振興課が主催する「関係人口づくり」を促進するプラットフォームで、都会の人々と広島県の中山間地域をつなげるのが目的だ。
広島県でこのプロジェクトが始まった背景には、県内の中山間地域の多くが抱える、人口減少やコミュニティの衰退、空き家問題などの課題がある。県は活性化策として、2013年に広島県中山間地振興計画を策定し、中山間地域に暮らす人々の「笑顔で幸せな生活」を目標に事業計画を打ち出した。そのうちの一つが翌2014年から始まった「ひろしま里山ウェーブ」の企画だ。当初から中心で動いたのが、県庁地域政策局の木村富美総括官(中山間地域振興担当)だった。
「発想の転換をしたのが大きな一歩でした。それは『ないもの』から『あるもの』へです。そしてつなげることも大事です」と木村総括官。
これまでは、中山間地域にも都市と同じようなモノを誘致してきた経緯があり、それは「ないもの」を埋めようという作業だった。しかし、各地域ならではの自然や文化、暮らしがあり、その「あるもの」を強みとして活かそうという「転換」だ。地方は若い人の流出が多く、引き留めるために、都会にあるものを導入しようとしがちだが、そうではなく、地域にもともとあるものの魅力で人を引き寄せることが大事だと木村総括官は言う。田舎が好きな人もいれば、都会が好きな人もいる。都会に住みたい人を引き留めるよりも、地方の文化が好きな人に来てもらえる努力をする方が楽しい。そこに共感する人と各地域をマッチングさせる仕組みとして、この「ひろしま里山ウェーブ」が生まれたのだという。
多様な力でつながる「人づくり」をテーマに、この事業のネーミングには、「里山に人が集まる波を作りたい」という木村総括官の想いが込められている。
旅行では体験できない感動がある、都市と地方のプラットフォーム
上:最終プレゼンにて、神石高原町への参加者が、「地域内交流」と「東京とのつながり」を創出する「リアルSNS」というプランを発表下:東京での説明会に、神石高原町の担当者が現地からやって来て熱のこもった話を披露
ひろしま里山ウェーブは、3つのフェーズから成る。第1フェーズとして地域貢献に高い意欲を持つ首都圏の人材を呼び込むための説明会を東京で開催。第2フェーズでは、実際に現地での体験や交流を通じて人のつながりを作ってもらう。そして第3フェーズでは、参加者に地域の課題解決に向けたプランを作成してもらい、その後、実践を目指す。
参加者ターゲットとしては、都会に暮らしていて、自分のスキルや経験を活かし、地域に貢献したい人、誰かと一緒に地方でおもしろい「コト」を起こしてみたい人だ。さらには、地方で課題解決を通じてローカルキャリアを積みたい人や広島県への移住に向けて地域とのつながりをつくりたい人と幅が広い。ここ最近は「関係人口づくり」という言葉が理解されるようになったが、スタート当初は、こうした「関係づくり」の必要性を理解してもらうのは、簡単ではなかったと当時を振り返る木村総括官。
体制は、県庁が運営主体となり、この取組みに興味のある各市町、その地域のコーディネーター、課題にマッチするメンターが関わる。また運営サポートに、広島県内の企画会社が事務局として参画する。
プロジェクトは、夏の説明会からスタートし、翌年3月の課題解決に向けた参加者のプレゼン発表まで続く。参加者は、どこの地域に関わるかを決めたら、秋に地域ごとに現地視察をする。観光で訪れるだけではできない体験を通じて、地域の人とつながりが生まれてくる。こうして約7ヶ月間かけて、ゆっくりと地域に関わるのだ。
現地実習で知った離島の空き家問題、そしてキーパーソンとの意見交換
私は2018年11月下旬に、2泊3日で総勢7名の呉市の離島への視察ツアーに参加し、地元の穴場スポットや暮らし、さらにキーパーソンとなる若手人材も紹介いただいた。その際に、初めて「音戸」という地名を知ったほどだった。
瀬戸内海の離島では、空き家が加速度的に増えている現状を、その視察ツアーで目の当たりにして驚いた。離島の建物は老朽化が進み、やがて廃屋になり、一方で年配者の生活がそこに存在している。
そのいくつも回った離島の集落の中で、音戸の引地エリアに魅力を感じ、ここで何か貢献したいと考えるようになった。思いついたのが、古民家を次の世代へ引き継ぎ、日本の伝統的な建築を保存することだった。古民家を維持していくためには、メンテナンス費用がかかる。そこで収益物件を目指すべく、宿やシェアスペースに転換していくことに。さらに、東京と広島をつなぐ新しい取組みもしたいと考えた。東京の西荻窪で民泊やイベントスペースをやっているので、そのノウハウを音戸で活かせ、外国人旅行者へ案内もできる。
翌2019年の3月、参加した最終プレゼンで、私はそのような企画を発表した。また呉市以外に、東広島市、庄原市、江田島市、大崎上島町、神石高原町のチームが、それぞれの課題や今後の関わりについて発表した。その後、交流会で意見交換をして、他の参加メンバーとさらに横のつながりが増えていった。
広島県を応援するユニークな取組みが、首都圏で自主的に始まっている!
上:音戸イロリバHOUSEの内見会の打ち上げ。当日は広島県の中山間地域振興課のスタッフや地域で活動している方々も集まった/下:古民家再生で壁に漆喰を塗る作業に、地元の呉高専の学生や農家さんなども参加したひろしま里山ウェーブは、2015年度から始まり、昨年度までの5年間の実績が蓄積されてきた。首都圏から204人が参加し、11市町(年度によって、参加する市町が変わる)の訪問参加者は、20代が42%、30代が30%、40代17%、50代7%、60代1%という構成だ。その後の関わりで、2拠点を含む移住が14名もいるが、一番多いのは首都圏等で関連イベントへの参加が86名、次に首都圏でのPR活動や情報発信など主体的に関わっている人が61名と続く。そして首都圏と広島とを行き来して、取り組みを継続している人が43名もいる。やはり、いろいろなスタンスで地域との関係性を継続できるのが、魅力といえそうだ。
東広島市に参加したある女性は、広島の日本酒に興味があり、その後、東京で広島の日本酒会を何度も開催していた。神石高原町の参加者は、現地視察でコンニャク農家を訪ねたところ、コンニャクづくりに感動し、その後、コンニャクイベントを東京で開催した。また三次市の参加者は、東京で三次市を知ってもらおうと、侍姿に扮して「三次市」と書いたタスキをかけて都心を歩いてアピールした。そして、たまたま夏の東京・代官山での「ひろしま里山ウェーブ」説明会場を通りがかった男性は、実際にこのプロジェクトに参加し、その3年後には大崎上島に移住してしまった。
地域と関係が続く取組みのおかげで、私自身も、古民家の購入やリノベーション工事のサポート等、地域に助けられたことが多かった。
都心に住む人と地域の人々をつなぎ、関係をつくる「ひろしま里山ウェーブ」は、活動のハードルを下げてくれる。今後もこのプラットホームを通じて、地域に「あるもの」が見直され、地域に活性化の波が起こることを期待したい。





