憧れた富良野で、定年後の移住を目指して
周囲に360度遮るものがなく、どこまでも続くような田園が広がる。雄大な富良野岳や美瑛岳を望み、スキー場も見渡せる。そんな北海道らしさが凝縮された上富良野町の平野部に、一風変わった存在の建物がある。エントランス近くの牧場ではヤギが草をはみ、牧歌的な雰囲気が漂う。横浜市在住の会社員オーナーが経営する、移住体験を勧めるゲストハウス「Gufo の森」だ。
オーナーの岩貞充徳さんは大学時代、友人が夏休みに富良野など北海道を旅行した時の写真を見て「こういう景色が日本にあるのか」と衝撃を受けた。田舎暮らしに興味を持ち、社会人になって漠然と、定年後は悠々自適な暮らしをすることを思い描いていた。
理想は、「自然を満喫し、農業を楽しみながら、動物と一緒に時間に追われない生活をすること」。その候補として北海道が入っていたが、20代後半だった約30年前、仕事の出張で冬の道東を1ヶ月間訪れ、白一色の世界に魅せられた。
それ以降、移住先を道内に絞るようになり、自然や景観、交通の便やまちの規模などから富良野エリアに憧れるようになった。毎年冬、上富良野町の隣の中富良野町にあるペンションに泊まり、オーナーと仲良くなった。移住者向けに土地の情報を教えている人をはじめ、多くの地元住民と知り合いになった。
岩貞さんは、40歳だった2005年ごろから自分の理想をかなえられる物件を探し続け、2013年、通っているペンションのオーナーに紹介され、写真家が住んでいた中富良野町の住宅を購入。将来の「完全移住」を視野に、まずは季節移住などの拠点として準備を始めることにした。
移住のために選んだ大家業。大規模リノベーションに着手
岩貞さんにとって、完全移住はあくまで定年後。会社員としての仕事や子どもの教育もあるので、急ぐものではなかった。
ただ移住後に最も気にかかったのが収入面であり、体力が衰えても自分で無理をせずにこなせ、生活費をまかなえる水準の額を見込め、富良野生活を満喫できる仕事を考えた。そこで浮かんだのが、大家業だった。
2012年ごろから札幌市内でマンションを所有し、賃貸に回している。中富良野の住宅は実際の利用は多くなかったため、完全移住までという条件で、賃貸に出すことにした。移住するための手段として、「サラリーマン大家」として地ならししてきた。
2015年、現在の「Gufoの森」となる建物の売り情報をインターネットでつかみ、強いこだわりがあった眺望の良さとロケーションに一目ぼれして購入した。1965年ごろの建築で、離農した農家の2階建て民家に、納屋が付属していた。
水回りの設備は腐って使えず、廃屋同然だったという。1年かけ、柱と梁だけ残して、ほぼ建て替えに近い大規模なリノベーションを実施。もともと農家の住宅だったため、洗練されたデザインよりも昔ながらの雰囲気を押し出すことにした。
最大の売りである雄大な眺望を楽しめるよう、大型の窓が備わった客室に加えて、休憩できるサンルームを新たに設けた。厳しい冬を快適に過ごせるように、断熱材は妥協せずに導入し、暖房は薪ストーブにこだわった。
薪ストーブを囲むように立ち上がる階段の周りの天井は一部壊し、吹き抜けに。キッチンなどがある共用スペースの部分は増築した。基礎も新たに造り、壁塗りはプロではなく、棟梁の知り合いや自分たちで手がけ、手作り感を前面に出した。床板には古材を使い、柱や梁は建物の歴史を感じさせるよう露出させ、温もりのある空間に仕上げた。岩貞さん自身が移住後の生活で望むことを、可能な限り盛り込んだ住居を目指した。
試行錯誤の末、シェアハウスからゲストハウスへ
岩貞さんは、移住に憧れて行動に移した自身の経験や、社会の移住機運の高まりを感じ、Gufoの森を当初、移住者向けの賃貸物件として入居者を募集していた。
都市部でも富良野エリアでも多くの住宅を見てきた岩貞さんは、賃貸の選択肢が多い都市部と違い、富良野の賃貸住宅は新築だとほとんどが市街地にあり、眺望の良さが十分に期待できないと実感。一方で市街地から離れると、老朽化して設備面で不十分な一戸建て物件か、アパートに限られ、満足できなかった。「住まいへのこだわりを持つ人が、リスクをできるだけ抑えて移住の夢をかなえられるように」と考えた。
だが立ち上げ直後の「Gufoの森」は賃料に割高感があったため、ほどなくして一人当たりの負担を軽くできるシェアハウスに転換。移住希望者の利用につながった。ただ、共用部の使い方などをめぐって岩貞さんは運営の難しさを痛感し、ちょうど訪日観光客の増加に伴ってゲストハウス需要の高まりを感じたことから、2017年6月からゲストハウスに衣替えした。夏のシーズンは外国人の利用でほぼ満室の盛況ぶり。今年は町役場の紹介で、国内の移住希望者が数ヶ月滞在する予定があるなど、移住体験ができる拠点としても役割を果たしつつある。
こういった形態変化に伴い、必須のものとして出てきたのが、管理人の存在だ。
賃貸物件の時は管理人を置く必要はなかったが、7室で定員21人のゲストハウスは夏季に満室稼働するなど現地業務が多忙を極めるように。清掃担当者は紹介を受けた地元の住民を雇用し、退出時のメンテナンスを依頼している。繁忙期には横浜から住み込みの管理人に富良野に来てもらっている。シェアハウス時代よりも客室数を減らし、管理人の生活スペースを捻出するなどハード面でも柔軟に対応してきた。
移住体験の拠点としての活用に向けて
ただ、「Gufoの森」は移住体験の拠点としての利用がまだ限られているのが現状だ。
岩貞さんは自宅のある横浜市で開催されたシニアの移住希望者向けイベントなどを通して、富良野エリアへの移住をPR。このエリアでは人手不足もあって農業や牧畜業などで仕事は少なくないと感じているが、「本州の人は、なびかないですね。田舎に仕事はなく、定期収入を得るのが難しいという固定観念があり、まだ越えられない壁です」と話す。移住にあたって、収入の確保はなお大きなハードルだ。
今後は、移住を見据えた人が利用しやすいよう、「Gufoの森」以外に所有している土地で、独立した一戸建てのコンパクトな建物の新設も検討するという。
時間に追われず理想を追い、足元を固めながら柔軟に歩むのが、悠々自適な移住を目指す岩貞さんのスタイルだ。
公開日:






