次の世代につなぐまちをデザインする、まちづくり会社のモノづくり
山形県の庄内地方に位置する人口13万人の田園都市、鶴岡市。のどかな水田地帯のど真ん中に、最先端のバイオテクノロジー研究施設と世界的なバイオベンチャー企業が集まる『鶴岡サイエンスパーク』が誕生し、「地方再生の鶴岡モデル」として注目を集めるようになった経緯は前回レポートでご紹介した通りだが、そんな『鶴岡サイエンスパーク』の新しいまちづくりを担っているのが、2013年に誕生したまちづくり会社『ヤマガタデザイン株式会社』だ。
そのミッションは「山形・庄内で次の世代につなぐまちをデザインすること」。2回目のレポートとなる今回は、ヤマガタデザインのまちづくり・モノづくりについてクローズアップする。
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「実は、我々がやっていることはすごくシンプルで、庄内地方に移住した若者が、この地域に何か新たな価値を生み出したいと地元のひとたちを説得し、農家さん一軒一軒をまわって土地を買わせていただいて、県にお願いして農地転用させてもらい、その土地を担保に地元銀行の融資を受けて、新しい人たちが集まる施設をつくる…この一連の作業を続けているだけなのです」
ヤマガタデザイン株式会社広報チームの長岡太郎さんも、ここ庄内地方に移住した若者のひとりだ。転職を決め、妻と共に移住し、地元で家を買い、子どもを育てながら「自分たちが暮らすまちの未来のために」大きな夢を持ってまちづくりの仕事に取り組んでいる。
「ヤマガタデザインのまちづくり事業に対しては、山形銀行を筆頭に建設会社などの地元企業の皆さんが投資をしてくれました。その資金調達額は“地元だけで23億円”と、通常では考えられないような大きな金額でした。こうして地元の皆さんからご支援をいただくことで続々とプロジェクトが生まれ、新しい施設ができて、おかげさまで新規の雇用も生まれました。
そこで、次に我々が企画したのは、“全国的に名前も知られていない庄内地方の地元企業だけでジョイントベンチャーを組み、世界的に著名な建築家の建物をここ庄内につくる”という新たなプロジェクトでした」(以下「」内は長岡さん談)
世界的建築家・坂茂氏が設計したはじめてのホテルを庄内に
地元企業だけでJVを組み、著名な建築家の建物をつくる…その目標を達成して新たにオープンしたのが、水田をテーマにしたホテル『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』だ(2018年9月開業)。
設計を担当したのは、世界各地の被災地で仮設住宅をつくる支援活動を行い、2014年に建築界のノーベル賞と言われる『プリツカー賞』を受賞した世界的建築家の坂茂氏。長岡さんによると、依頼の際には“ダメもと”の覚悟だったそうだが、坂氏自身がここ『鶴岡サイエンスパーク』の水田の風景に関心を持ち、『水田と木造建築の調和を図る』というデザインテーマに共感したことから、想定外の快諾に至ったのだという。
完成した『スイデンテラス』の姿は実に個性的で美しい。満々と水を湛えた広大な田んぼの中に、ギザギザ屋根が特徴的な『木造の折板構造』の巨大な長屋が鎮座する。この構造では大屋根そのもので建物を支えることが可能となるため、梁や柱を極力使わずに共用棟の開放的なパブリックスペースが完成している。
基礎やコア部分以外はすべて木造で、ラウンジでくつろいでいても、廊下を歩いていても、客室に入ってからも、常に木の温もりを感じることができる。また、施設内には地下水を利用した水冷ヒートポンプエアコンを導入。ヒートポンプの熱交換に使った地下水は、農業用水の代わりとして稲作に二次利用するなど、デザイン性だけでなく先進のエネルギー循環機能も備えている。
しかし、まちづくり会社として「ホテル」の開業にこだわった理由はどこにあったのだろうか?
「田んぼがこんなにキレイだとは思いもしなかった」地元の声に感激
「当初の『鶴岡サイエンスパーク』の計画では、研究者専用の施設をつくるルールになっていて、一般の方も利用できる公共的な施設を建設する予定はありませんでした。しかし、地元の方たちからしてみれば、“自分たちが利用することができないサイエンスパークって、何をやっているかよくわからないところ”ということになりますよね?
そこでヤマガタデザインとしては、“研究者やベンチャー企業関係者だけでなく、地域の人たちも、外から遊びに来てくれた人たちも、みんなで使えるコミュニティ施設をつくろう”と計画したのです。せっかくなら“外貨を獲得できる施設”をつくりたい…それは何かと考えたときに、“まずはホテルが必要だ”という結論に至りました」
ここ『鶴岡』は、庄内空港に近いことから大企業の工場施設が建ち並んでいる。そのためビジネス利用客が多く、駅前のホテルは常に満室状態で、観光客が訪れても泊まる場所がないという課題があった。ヤマガタデザインの使命である「まちに足りないモノをつくる」を突き詰めた結果、「観光客もゆったり過ごせるホテル」の建設につながったというわけだ。
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『スイデンテラス』では、地元の人たちが「サイエンスパークへ足を運びたくなるように」と共用部全体をパブリックスペースとして地域に開放している。一歩建物の中に入ると、レストランやライブラリーの存在が自然に目に付くように設計されているため、ライブラリーで本を読む人、カフェでお茶をする人、ショップで買い物をする人など、宿泊客以外の地元の人たちも自由に館内を行き交う。
レストランでは、地元の人気シェフたちを招いて期間限定のサテライトレストランイベントを開催。来場者は、庄内地方の豊かな食文化を美味しく体験できるほか、シェフたちにとっては、自分の店とは違う“大バコ”に出向いてイベントを開催することによりファンを獲得し、新規顧客の開拓につなげることができる。この『スイデンテラス』のパブリックスペースの存在を通じて、これまでこの地域には無かった新たなコミュニティが形成されつつあるようだ。
「当初の想定では、レストランやカフェの利用は20代~30代の若いファミリーを想定していたのですが、いざ開業してみると若い人だけではなく、地元農家のおじいちゃんやおばあちゃんたちもたくさん来てくださっています。先日も“民生委員の集会をここで開きたいから”と、地元のおじいちゃんたちが打ち合わせに集まってくださったんですが、そのとき「ずっと田んぼの中で育ってきたけど、田んぼがこんなにキレイだとは思いもしなかった。ここからの景色は違って見えるね」とおっしゃっていて、それが僕としてはものすごく嬉しかったですね(笑)。長年この場所で水田と共に暮らしてきた地元の人が、この風景を喜んでくださったことに感激しました。
改めて思ったのは、デザインの力ってスゴイということ。デザインが良い場所というのは、居心地が良いため世代を問わず人が集まる場所になりますし、人が集まればそこに新たな価値が生まれます。このホテルにも、坂建築ならではのデザイン効果が顕れていると思います」
雪深い庄内地方だからこそ「子どもたちが冬でも遊べるスペース」がほしい
▲山形県産のスギやカラマツを使ったドーム状の大屋根が特徴の『キッズドームソライ』は2018年11月にグランドオープン予定。ドーム内には地元ベンチャー『スパイバー』が運営する保育施設も併設され、サイエンスパーク内の企業の従業員の子どもたちを中心に保育対応予定となっているもうひとつ、『スイデンテラス』に隣接して誕生したのが、子どもたちの遊び場となる『キッズドームソライ』。水田に飛来したUFOのようにも見える巨大なドーム型の建物は、ホテルと同じく坂茂氏の設計だ。
「ソライというネーミングは、もともと庄内地方の藩校致道館の教えで“天性重視個性伸長(個性を伸ばす)”と唱えた『徂徠学(そらいがく)』にちなんで名づけました。
子どもたちを「褒めて、認めて、伸ばす」という庄内地方の教育風土を尊重し、従来の遊び場の概念とは異なる大空間『アソビバ』には、さまざまな遊具をダイナミックに設置しています。登ったり滑ったりできるバンクは地元の木材を使っていて、将来的には遊具のネットを鶴岡のクモの糸(サイエンスパーク内にあるベンチャー企業『スパイバー』が研究している新素材)を使って作りたいね、と話しています」
また、『ソライ』の中には遊びのスペースだけでなく、モノづくりラボ『ツクルバ』や『保育施設』も併設。3Dプリンターを使って電子工作に挑戦したり、庄内竹を使って釣竿を作るなど、最先端技術から伝統工芸まで“実際にモノに触れる”ことによって、その経験が新たな学びにつながる。
「庄内地方のいろんな企業の人たちが素材を提供してくださるので、その素材を使って自分たちでおもちゃやアクセサリーなどを作って遊べるようになっています。“おもちゃって自分でも作れるものなんだよ”ということを、ぜひ子どもたちに体験してほしいと思いますね。
実は、『ソライ』のメインターゲットはあくまでも地元ファミリーであって、ここを観光地化したいわけではないんです。庄内地方というのは冬になると雪深くなりますから、子どもたちは毎年冬のあいだ家の中に閉じこもってしまいます。そこで、冬でも太陽光が降り注ぐ空間で子どもたちを遊ばせることができたら…という想いから『ソライ』が誕生しました」
「世界でいちばん幸せな場所」を目指してまちづくりチャレンジを続けたい
のどかな水田が広がるまちに、最先端のバイオテクノロジー研究施設が完成し、そこから複数のベンチャー企業やまちづくり会社が生まれ、ホテル、温泉、キッズドームなどの施設が誕生した。そしてこの先、「次の世代につなぐまちをデザインする」をミッションに掲げたヤマガタデザインが目指す目標はどこにあるのだろう。
「今後の目標は“27万の株主を持つ”ということですね。27万というのは、ここ庄内地方の総人口を表した数字です。2013年の設立以降、『ヤマガタデザイン』としては40の株主の皆様・地元企業の皆様に支えていただいたことで、総額約75億円のまちづくりプロジェクトを動かせるようになりましたから、この仕組みを今後もまちづくりに生かしていきたいと考えています。
地域の人たちが“税金のように勝手に取られるもの”という意識ではなく、『ヤマガタデザイン』というまちづくり会社に“投資をしたい”と考えてくださるようになれば、本当の意味で地域に応援されるまちづくり会社になれるのではないかと思います。言うなれば、これは民間で行政をつくるようなもの。地元の民間の力で地域に好循環をもたらすビジネスモデルをつくりながら、地域の課題をひとつずつ解決していけたら嬉しいですね」
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「この庄内という場所が、住んでいる人たちにとって“世界でいちばん幸せな場所”だと思えることを目指してプロジェクトを進めたい」と語る長岡さんだが、何よりまちづくりに携わる長岡さんご自身も、現在の暮らし、そして、まちの未来に対して幸福感を抱いているように見えた。
『ヤマガタデザイン』のまちづくりは“地元の人たちの幸せづくり”に徹している。この「鶴岡モデル」が今後ここ庄内地方へどのように幸せな変化をもたらしてくれるのか…5年後、10年後のまちの姿が楽しみだ。
■取材協力/SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)
https://suiden-terrasse.yamagata-design.com/
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