1999年に竣工したヒルトップ・スクエアー。20年間の借上げ期間で建物が陳腐化、3割の空室も

1999年に竣工したヒルトップ・スクエアーはその後20年間、板橋区の借上げ住宅、高齢者向け住宅(板橋けやき苑)として複合的に使われてきた。

「90年ほど前の、私の曽祖父の代からこの地に居を構えていましたが、建物維持や相続の問題を考えていた時、板橋区から父に区民のための借上げ住宅と高齢者住宅の建設依頼がありました。地域のためになるならと集合住宅への建替えを決心。竣工後20年目になる頃、都の住宅政策が変更となり、借上げ住宅が返還されることになりました。ただ、返還後に民間が貸すことになる住戸と区の高齢者住宅が混在すると管理が複雑になることから、一括して返還していただくようにお願いしました」と同物件オーナー会社である株式会社エフ・ケー・ジェイ代表取締役の内田智子さん。

写真中央に見えているのがヒルトップ・スクエアー。川越街道沿いで視認性が高い物件である(筆者撮影)写真中央に見えているのがヒルトップ・スクエアー。川越街道沿いで視認性が高い物件である(筆者撮影)
写真中央に見えているのがヒルトップ・スクエアー。川越街道沿いで視認性が高い物件である(筆者撮影)話を伺わせていただいた株式会社エフ・ケー・ジェイの皆さん。中央が内田さん、左が岩崎富美栄さん、右が水杉貴子さん(筆者撮影)

建物は東武東上線大山駅から徒歩7分。川越街道沿いに立っており、戸数は111戸。幹線道路沿いの視認性の良い立地で1階には輸入車のディーラーが入っている。賃貸住宅としては条件は良いが、問題は長らく区が管理をしてきたという点だった。

「区には設備交換、仕様、品質などに独自のルールがあり、区立住宅の基準でしか修繕ができなかったり、急いで修繕しないと建物の劣化が進む場合でも予算の関係でスムーズに修繕できなかったり、借りていただいていた20年で設備、仕様は周辺に比べてかなり劣る状態になっていました。高齢者住宅は入居希望者がいても募集時期でなければ入れませんし、空室があっても区報でしか入居者を募れず、全体の3割が空室になっていました。

20年間借りていただいて一定額の家賃が入っていたことはありがたいのですが、その結果、選ばれなくなってしまった設備、仕様を時代に合うようにバージョンアップし、周辺に比べて手頃になっていた家賃を上げるためにはどうすれば良いか、返還予定の2020年の3年前くらいから検討を始めました」

広さを武器に子育て住宅としてリノベーション

取材でお邪魔した時にはちょうど五月の子どもの日にちなんだディスプレイが(筆者撮影)取材でお邪魔した時にはちょうど五月の子どもの日にちなんだディスプレイが(筆者撮影)

幸い、借上げ住宅となっていた住戸は70m2超の3LDKで都内ではそれほど多くない広さがある。そこで子育て住宅として打ち出していくやり方を考えた。また、高齢者住宅となっていた30m2台の部屋は単身者、カップル向けの1LDKに改修することにした。

「空いている部屋から返還を始めていただき、順次フルリノベーションを行いました。返還から6年(2026年4月取材時点)、今でも住み続けていらっしゃるので手を入れられない部屋が10室ありますが、それ以外の約100室はすべて新しくしました。同時にエントランスなど共用部にも手を入れました」

以前のエントランスは暗く、狭かった。そこでエントランス脇にあったゴミ置き場のスペースを減らして風除室を作り、オートロックと宅配ボックスを導入、ちょっとしたモノを飾れるスペースを作り、照明を交換するなどして入ってきた時に明るい気持ちになる空間に改装した。それに合わせて外装も新しくしており、現在の新築に見間違えるほどの外観はその賜物である。

取材でお邪魔した時にはちょうど五月の子どもの日にちなんだディスプレイが(筆者撮影)5月には母の日にちなみ、入居者に呼びかけてお母さんの似顔絵を募集、展示もしたそうだ(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

「共用部を利用してクリスマス会やヨガ、地元のNPOや防災のイベントなどを開催しています。また、エントランスは季節ごとに異なる飾りをしており、地元の方々のなかには楽しみにしてくださる方も。パン屋さんを呼んでのマルシェは入居者だけでなく、地域の方も参加してくださって、そんなこんなの積み重ねで5年前からは満室が続いています」

当初は家賃の取れないエントランスや共用部に費用を使うなんてムダという声もあったそうだが、満室が続くようになり、メディアに取り上げられたことなどから最近はその人達が視察に訪れることもあるそうだ。

取材でお邪魔した時にはちょうど五月の子どもの日にちなんだディスプレイが(筆者撮影)クリスマスに行われたマルシェ。我が家の玄関でこんな風になっていたら楽しい(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

防災に力を入れ、「東京とどまるマンション」に登録

非常用トイレを組み立てているところ。単に備蓄してあるというのに留まらず、自分たちで組み立てられるようにという。ここまで実践している例は少ないのではなかろうか(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)非常用トイレを組み立てているところ。単に備蓄してあるというのに留まらず、自分たちで組み立てられるようにという。ここまで実践している例は少ないのではなかろうか(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

だが、ヒルトップ・スクエアーがすごいのはここからだ。防災、性能向上に取り組み、どちらも賃貸集合住宅の中でトップレベルともいうべき段階にまで至っているのである。

まず、防災では地震が発生するなどした時にも逃げなくて良い、自宅での生活を継続しやすいマンション「東京とどまるマンション」として登録。飲料、食料などを3日分、組立式トイレ、簡易トイレ、ポータブル電源などを用意、居住者名簿を作成、安否確認シールをドアに掲示する形で災害時の安否確認ができる方法が構築されている。この制度に登録しているマンションは2026年3月末時点で951件。名簿を見ると大規模分譲マンションやタワーマンションが大半。賃貸の割合は少なさそうである。

「地震や富士山の噴火などが起きた場合に自分たちで助け合えるようにしようと、年に2回は防災訓練を実施。毎年参加してくださる方もいらっしゃり、多い時はテナントさんも入れて15組ほどで行っています。消防設備点検の時なら在宅しているはずだからと金曜日午後、土曜日午前中にやることが多いのですが、時によって人数が変動。できるだけ参加いただけるよう、子ども向けにゲームをしたり、救命救急講座を開いたりとあの手この手の工夫を凝らしています」

ちなみに消防設備点検は年に1度、入居者が立ち会って行われるものだが、たいていのマンションでの在宅率は50%ほど。ところがヒルトップ・スクエアーでは年2回、85~90%ほどとか。共用部を使っての顔の見える関係作りの効果が生きているのだ。

これがファーストミッションボックス。中には指示書が順を追ってファイルされており、その通りに動けば誰でも活動できる(筆者撮影)これがファーストミッションボックス。中には指示書が順を追ってファイルされており、その通りに動けば誰でも活動できる(筆者撮影)

防災ではもうひとつ、ファーストミッションボックスを用意している点も大きい。これは一般社団法人 危機管理教育研究所と長野県飯田市が共同で開発したもので、訓練を受けていない人でも箱の中に用意された指示書に従って行動すれば災害時に分担して自分たちの住まいを守れるというもの。住民の無事を確認する、建物の安全を確認するなどいくつかのミッションが用意されており、役割ごとに異なる指示書、活動を遂行するために必要な資材なども収められている。

「マンション内の誰でも分かる場所に置いてあり、箱を開けて指示に従っていくと備蓄品の倉庫の鍵が出てくるようになっているなど誰もが分かる、必要なタイミングで必要な品が取り出せるように工夫してあります。一度作っただけでなく、新入社員が入って来た時には分かりにくいところがないか、ファーストミッションボックスを知らない人の目でチェックするようにもしています」

この取組みについては他の事例が少なく、また、独自性もあるということで2024年11月22日にNHKの朝の番組でも取り上げられたのだとか。自分のマンションがここまでやっていることを知った入居者さんたちはさぞかし誇らしかったのではないだろうか。

非常用トイレを組み立てているところ。単に備蓄してあるというのに留まらず、自分たちで組み立てられるようにという。ここまで実践している例は少ないのではなかろうか(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)ファーストミッションボックスに従って行った訓練の様子。役割、活動内容を明記したベストを装着して活動する(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

全戸に協力してもらい、性能向上工事を実施

ドアはカバー工法という既存のドアの上に新たなドアを取り付ける、室内に入ることなく短時間で施工できるやり方で工事をした(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)ドアはカバー工法という既存のドアの上に新たなドアを取り付ける、室内に入ることなく短時間で施工できるやり方で工事をした(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

続いては建物の性能を上げる取組みについて。これについては2024年、2025年と2段階で行われており、初年度は全戸の玄関ドアを更新、二重窓を設置した。言葉で書くとこれだけなのだが、これだけのことがほとんどの賃貸住宅ではできない。

理由は2つ。2024年から国、東京都は環境に配慮、住宅の性能を上げる工事について手厚く補助金を出しているのだが、こうした補助金の利用は意外に面倒でお金がかかる。書類を用意すること自体が面倒と思う建物所有者も少なくないし、補助金を利用する際には一度自分たちで費用を立替え、その後に補助金を受領することになる。一時的に多額の費用が必要になるわけで、自分が住んでいるわけでもない住宅にそんな手間をかけるなんてと思ってしまうのだ。もちろん、そんな補助金があることを知らない建物所有者もいる。

もうひとつは入居者全員に工事期間中は在宅してもらう必要がある。しかも、たとえばドアの更新の場合には上階から順に、同時に同じ階でやるなど効率的に作業動線を組んでやらないと非常に手間がかかり、出費が嵩むことになる。そのため、入居者にはこの日、この時間に在宅してくださいというお願いをせざるを得ないのだが、それができないだろうと考える管理会社、建物所有者が多いのだ。消防設備点検での在宅率が50%ほどと書いたが、そうした物件では建物所有者がいくら建物の性能を良くしようとしても、なかなか日程が調節できない。管理会社にとってはとんでもない手間になり、無理!という結果になってしまうのである。

二重になった窓。住戸によっては結露もあったそうで、改修後快適さを実感した人も多かったはずだ(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)二重になった窓。住戸によっては結露もあったそうで、改修後快適さを実感した人も多かったはずだ(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

「入居者さんには改修をすることで断熱性能が上がって電気代などが節約できること、結露も少なくなること、川越街道沿いの部屋では音も低減できることなどを説明したチラシを作り、SDGsマークも貼って投函しました。その結果、110戸の工事は9月11日から10月3日と短期間で完了。工事の要望が日曜日に集中するかと思ったらそうでもなく、土壇場でのキャンセルも1件だけ。日頃の管理体制に対して好意を抱いてくださっていたからでしょう、エレベーターを利用したドアの搬入に文句を言う人もいませんでした」

ドアはカバー工法という既存のドアの上に新たなドアを取り付ける、室内に入ることなく短時間で施工できるやり方で工事をした(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)HIROMAを利用したイベント時の風景。日常的に顔の見える人間関係作りを意識してきたことで工事への理解も得やすかったと思われる(写真提供/エフ・ケー・ジェイ)

建物の寿命は手を入れることで延ばせる

それを受けて2025年には全戸の給湯器を交換したが、こちらはさらにスムーズだった。

「前年のドア、窓の交換で効果を体感してくださっていたこと、コロナ禍中に給湯器の不足が言われていたことを覚えていらっしゃった方が多く、壊れると困ると思ったのでしょう、ガス代が安くなりますと書いたチラシを配布して行ったところ、9月10日から10月24日の間ですべて交換し終えました。給湯器は前回の交換からちょうど12年目で、不具合が出る前の良いタイミングでした」禍
かかった費用だが、ドアと窓については自前で始めていたところに補助金制度が誕生。それを利用したことで窓の工事はほぼ補助金で賄えた。ドアについては20%ほど、給湯器は3分の1ほどが補助金を利用している。

これらの制度は2026年時点でも継続はしているが、初期よりも認知度が上がったせいで申込が増加、工事をしてくれる事業者が不足気味で時間がかかるようになっている。さらに補助金取得の要件も年々厳しくなっている。ヒルトップ・スクエアーは先見の明がコストダウンに大きく寄与したのである。

住宅部分の入口があるのは川越街道とは反対側。外観からこの建物の築年数が分かる人はいないのではなかろうか。メンテナンスは重要だ(筆者撮影)住宅部分の入口があるのは川越街道とは反対側。外観からこの建物の築年数が分かる人はいないのではなかろうか。メンテナンスは重要だ(筆者撮影)

さらにここで工事をしたことで今後、中古住宅の性能表示制度ができたら登録できるようになった。年々、環境に対する性能を気にする人が増えている現状を考えると選ばれる物件としての要件を備えることができたといえる。

「今後、国の補助が減るだろうことに加え、資材の不足もいろいろ言われています。一方で気象条件はより暑く、寒くなるだろうことが予測される。そんな中、エンドユーザーである入居者の皆さんにいかに安全で快適に住んでいただくか、それをサポートするのがオーナーの役目です。

それに建物は植物と同じように手を入れると伸びていくもの。今ちょっとした管理を惜しんで寿命を短くするのは賢明ではありません。世界全体がどうなるか分からない時代ですから、使える建物を大事に100年、120年でも使い続けようと思っています」

建物所有者の考え方が住みやすさを左右する

エントランス回り、エレベーター内と伝えるべきことは異なる手段で伝える(筆者撮影)エントランス回り、エレベーター内と伝えるべきことは異なる手段で伝える(筆者撮影)

最後に建物内部を見せていただいた。まずはエントランスだが、取材の日には鯉のぼりと五月人形が飾られていた。これは毎月飾り替えられ、それを楽しみに撮影に来るご近所さんもいらっしゃるそうだ。

オートロックの扉を入ったところにはデジタルサイネージが2ヶ所に。ゴミ出し情報や区からのお知らせなど暮らしに役立つ情報を掲示している。といってもそれだけに頼らず、エレベーター内には共用施設でのイベントの告知などの掲示があった。デジタルサイネージは便利ではあるものの、確実に告知しようとするとやはり従来型の掲示板のほうが見てもらえるらしい。

エレベーターで3階へ。共用施設を見せていただくためだが、そこで気づいたことが2点ある。ひとつは廊下が広いこと。築年数の古い物件であることに加え、高齢者の居住に配慮、ゆとりをもって建てられていたのである。共用部のトイレが車椅子仕様になっているのもそのためだ。

もうひとつは各階の屋根の下に自転車置き場があること。これも高齢者が居住していたためで車椅子などで移動できるようエレベーターのサイズが大きく作られていたのである。建物内にあるので盗難、いたずらの心配がない上、雨にも濡れずに済む。羨ましい自転車置き場である。

3階の共用施設の手前には備蓄倉庫があり、階下のファーストミッションボックスを開けた人は次にここにやってきて備蓄倉庫を開けることになるとのこと。倉庫内には水や電池類などが用意されていた。

エントランス回り、エレベーター内と伝えるべきことは異なる手段で伝える(筆者撮影)3階に共用施設がまとまっている。その手前にある備蓄倉庫(写真右上)には物品以外に次の場所の鍵(写真左、反射していて見えにくいがこの中に鍵)も収納されている。高齢者に配慮したトイレの広さ、手すりなどは子育て世帯にもうれしい(筆者撮影)

続いては子どもと親が楽しめる場であり、災害時には対策本部や避難場所にも想定されているHilltop Lounge HIROMA。ここも一部に備蓄品が収納されており、被災後の不安な夜を顔見知りの隣人と過ごせるようになっている。

その奥、かつての管理人室改めThird Place HANAREは机が並び、Wi-Fiが使えるワークスペース。建物内では奥まった静かな場所にあり、ここで仕事をする住民も多い。

「1LDKは二人暮らしにはややコンパクトですが、この空間があるので建物内で使えるスペースは広くなり、それを良しとして選ばれる方もいらっしゃいます」

最後にたまたま空室だった部屋を見せていただいたのだが、眺望が良いことにびっくりした。建物は13階建てなのだが、周囲に高い建物が少ないため、4階以上では富士山やスカイツリーなどが見える部屋もある。そうしたモノが見えなくても目に前に遮るものがないだけでも部屋は開放的で広く感じられる。採光も良く、明るいのもうれしいところだ。

部屋探しをする時に建物所有者の考え方を調べることはあまり一般的ではないが、これだけの違いを生むのであれば調べてみるのも手。ホームページのある物件であれば、そこから読み取れることもあるはずだ。

エントランス回り、エレベーター内と伝えるべきことは異なる手段で伝える(筆者撮影)上の2枚が親子で遊んだり、イベントで活用できるHIROMA。この部屋のバックヤードにも備蓄品がある。下2枚はHANARE。デスクだけでなく、ソファスペースも用意されている。壁にかかっている絵は季節ごとに交換される(筆者撮影)
エントランス回り、エレベーター内と伝えるべきことは異なる手段で伝える(筆者撮影)あいにく、曇った日だったが、バルコニーに出るとこんな風景が広がる(筆者撮影)
ホームズ君

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