公社民営化の動きを経て団地再生へ

郊外団地の再生事例として取材にお邪魔した二宮団地(神奈川県中郡二宮町)は神奈川県西部の二宮町北部にあり、JR東海道線二宮駅からバスで10分ほど。高度経済成長下の1960年代半ばに山をひとつ丸ごと神奈川県住宅供給公社(以下、公社)が開発したもので、分譲された一戸建ての住宅団地の中に4階、5階の賃貸集合住宅が2~5棟ずつ分かれて点在するのが特徴。賃貸住宅は全体で28棟、856戸あった。他の団地に比べるとちょっと不思議な配置だが、これは傾斜地が多い土地の形状を生かした建て方だろう。その結果、住棟間に緑が多いのが印象的だ。

当時の住宅不足に対応、横浜、川崎や東京都心部、湘南エリアの工業団地などに勤務する世帯のための住まいとして計画され、1970年代から2000年代の住宅価格が上昇基調にあった時代には人気も高かった。だが、その後の都市部の住宅価格の下落、都市近くの工業団地の地方流出などもあり、以降は入居率5~6割という状況が続いていた。

しかもその大半は30~40年住み続けてきた人たち。公社の賃貸住宅は契約期間1年で期間終了後は自動更新され、更新手続きや更新料もないために住み続けやすい。だが、それだけ住み続けていれば当然、高齢化する。公社の場合、全体で1万3000戸ある賃貸住宅の入居者の6割以上が65歳以上。二宮団地だけでなく、公社が管理する団地全体で高齢化が進んでいるのだ。

ある程度まではそれでも住み続けてくれるのだから良いと考えられるが、高齢化がさらに進むとそうも言っていられなくなる。二宮団地の場合も人口が減ったことでかつてよりも団地内を走るバス便が減り、移動が不自由になった。それによって住み続けられないと引っ越してしまう人も出始めていたのである。

二宮駅。横浜駅からなら40分ほど、小田原駅からなら最短で10分ちょっと。海も山もあるのが二宮というまちである(筆者撮影)二宮駅。横浜駅からなら40分ほど、小田原駅からなら最短で10分ちょっと。海も山もあるのが二宮というまちである(筆者撮影)
二宮駅。横浜駅からなら40分ほど、小田原駅からなら最短で10分ちょっと。海も山もあるのが二宮というまちである(筆者撮影)団地内、バス停団地中央のあたり。商店街があり、団地内でも人が集まる場所である(筆者撮影)

そこに公社が手を入れ始めたのは2016年4月から。このタイミングだったのには公社サイドの事情がある。神奈川県住宅供給公社は2001~2002年の債務超過の危機を回避した後、経営改善で業績は順調に推移するも、社会は郵政民営化論議に沸いていた時代。当時、神奈川県知事であった松沢成文氏(任期2003~2011年)は2006年に民営化の方針を公社に通知しており、それから2013年までの7年半ほどは民営化に向けての検討が続けられていた。

だが、最終的には民営化方針は廃止されることに。その背景には高齢者や子育て世帯その他住宅の確保に配慮が必要な人たちや現居住者のためにセーフティネットとしての公的な住宅が必要であるという認識に加え、2011年の東日本大震災で公的な住宅が被災者のために大きな役割を果たしたこと、団地再生が今後、他の団地などの再生モデルとなるであろうこと、民営化に一定の出費が必要であることなどの事情があった。

かつて団地では自然に人間関係が生まれた、今は何も起きない

公社は民営化方針廃止直後の2013年から団地再生に取り組んでいる。それは前述した通り、団地再生が他の団地、地域にとって参考になる社会性のある事業と考えたからだ。団地が誕生した頃にはRC造の建物は希少で、世の民間賃貸に比べて設備も充実、憧れと言われたものだ。年に2回だけ募集をかければ空室が埋まる時代が続き、入居申込の代行業者すらいた。

だが、今、多くの人にとって団地は往時の輝きを失っている。同じ輝きは無理としても異なる形で魅力をというのが現在行われている団地再生だと公社賃貸事業部運営企画課の水上弘二さん。

「かつての団地居住者は積極的にここに住みたいと願い、入居したら誰かが何かをしなくても自然に物語が紡がれ、コミュニティが作られていきました。ところが今は個の時代。勝手にコミュニティは生まれません。しかも、団地の建物は90年と長持ちする。それを住み継いでもらうためには住まい手目線のコミュニティが必要。住み続けたい気持ちの源泉、その土地を魅力的に感じる大きな要素は人間関係だからです。そこで、私たちは黒子のように人を繋ぐことでコミュニティを生み出していこうと考えました」(水上さん)

すぐに成果の出る事業ではない。だからこそ、公的な事業者が手掛ける必要があり、それこそが公的な事業者の社会的な価値ではないかというのである。

二宮団地に常駐、変化を支えてきた神奈川県住宅供給公社賃貸事業部運営企画課の金子久徳さん、小野智美さん。小野さんは地元出身だが、海側と山側はあまり交流がなく、働き始めるまで団地の存在を知らなかったそうだ(筆者撮影)二宮団地に常駐、変化を支えてきた神奈川県住宅供給公社賃貸事業部運営企画課の金子久徳さん、小野智美さん。小野さんは地元出身だが、海側と山側はあまり交流がなく、働き始めるまで団地の存在を知らなかったそうだ(筆者撮影)

最初に手掛けたのは若葉台団地(横浜市旭区)、相武台団地(相模原市南区)で住み替え支援、多世代の交流拠点の設置などが行われている。

その後に再生の取り組みが始まったのが二宮団地。現地に事務所を構え、スタッフが常駐して取り組んでおり(2023年度末まで)、かつては空き家が多かった賃貸住宅も現在では大幅に入居率が改善しているという。空室が減り、問題がすべて解消したわけではないが、一定の成果をあげたことは間違いない。どのような手を打ったか、順に見ていこう。

戦後の住宅難以降、昭和30年代、40年代には郊外に多くの団地が建設された。勤労者向けの良質で低廉な住宅を目標に作り続けられてきた団地だが、時代が変化。郊外の団地は高齢化が進み、空室その他の問題も抱える。この10年ほど団地再生、再価値化に取り組んできた神奈川県住宅供給公社に課題とこれからを聞いた。一戸建ての住宅団地の中に賃貸集合住宅が点在する二宮団地。緑が濃い(筆者撮影)

住棟を削減、住戸を2つのやり方でリノベーション

住棟によっては山や海が見える。天気が悪かったせいで不鮮明だが、この部屋も遠くに海が見える(筆者撮影)住棟によっては山や海が見える。天気が悪かったせいで不鮮明だが、この部屋も遠くに海が見える(筆者撮影)

まず、団地と地域の魅力について検討が行われ、キーワードは海と山に近く、緑、農にも近い立地を踏まえて“里山”となった。かつての団地は寝に帰るだけの場所、ベッドタウンと呼ばれたものだが、いまどきは仕事メインではなく、暮らしを楽しみながら仕事もといった考え方も一般的だ。その人たちに向けた選択肢となる場所を目指すということだろう。

取り組みの主な柱は3本。
まず、ハード面での取り組みで、目的が分かりやすいものとしては住棟そのものの再編がある。28棟856戸のうち、10棟276戸の賃貸使用を廃止、18棟580戸に絞った。これにより、耐震改修、大規模修繕が効率的に行えるようになり、管理コストの削減にも繋がった。今後の課題は跡地の利活用。すでに3棟は解体されているが、残りは現存している。

ただ、これらの住宅としては使われなくなった住棟もまったく使われていないわけではない。住民の発案で2023年から廃止棟を使ってアート展が開催されており、毎年楽しみにしている人も。また、地元の消防署が研修、訓練の場として使っていたり、テレビ、映画などの撮影に使われている棟も。廃止棟の使い方は意外にありそうである。

住棟によっては山や海が見える。天気が悪かったせいで不鮮明だが、この部屋も遠くに海が見える(筆者撮影)住居としては使われなくなったが、テレビや映画などの撮影に使われているという棟も(筆者撮影)

次に住戸について。ここでは入居率の改善のため、2つのリノベーションが行われている。それによって団地の魅力を向上させ、入居を促進させようというわけだ。ひとつ目のリノベーションは住戸そのものの改修。もともとの間取りは和室6畳、4.5畳にDK約6畳の2DK、専有面積は36~37m2前後。それをあらかじめ改修された複数の住戸プランから選ぶセレクトリノベーション、自分でDIYできるセルフリノベーションの2つから選べるようにしたのである。

このうち、セレクトリノベーションではワンルームから2DKまでと11タイプのプランを用意、里山のイメージを意識した地域産材のフローリング、造作のキッチンが印象的な部屋で広く人気を集めた。

また、DIYできる部屋もほぼ既存のままで主に内装に手軽に手を入れられるプランとキッチン、洗面や床の仕上げなども自分でやる本格的なプランを用意(現在は、取り扱いしていません)、選択できるようにした。高齢化に伴って空室が目立つようになっていた4階、5階の賃料を安めに設定、上階から埋めるようにしたのも工夫だった。賃料はそれまで3万円をきっていた部屋を3万円ちょっとに値上げ。取材では上階にお邪魔したが、眺望が良く、中には海が望める住棟もある。

「民営化が取り沙汰されていた頃から都心近くの立地の良い物件は建替えで収益改善を目指したのに対し、郊外団地は原状回復をしただけで募集する状態が続き、バリューアップは図られていませんでした。ですが、今後も事業を続けることになって以来、築90年までは使い続けられるようにと改修を始めました」(水上さん)

住棟によっては山や海が見える。天気が悪かったせいで不鮮明だが、この部屋も遠くに海が見える(筆者撮影)従来の間取りは左側。それをワンルームから2DKまでの11タイプに変えた。右は1LDKプラン(図面提供/神奈川県住宅供給公社)
住棟によっては山や海が見える。天気が悪かったせいで不鮮明だが、この部屋も遠くに海が見える(筆者撮影)改装された室内。地元の木材を使ったナチュラルで居心地の良さそうな室内だった(筆者撮影)

住まいの使い方もリノベーション、新しい層を呼び込む

もうひとつのリノベーションは使い方。前述したように住戸はいずれもコンパクト。当時はそこに家族4人、5人で住んでいたかもしれないが、今では夫婦に小さな子どもでもやや窮屈な印象がある。そこで多様な住まい方に対応できるように入居資格を緩和したのである。

具体的には在宅ワークをしたい人、二地域居住のために借りたい人、広いスペースが欲しい人がもう1戸をプラスワンでといろいろな目的で借りられるようにしたのである。住まいと暮らしを両方リノベーションしたのだ。

全国の住宅供給公社は地方住宅供給公社法の下に運営されており、本来は住宅に困っている人を対象に住宅を供給するのが主業務。二地域居住などは対象ではないが、余っている住戸を使うためには一人で2住戸使うのは現実的だろう。実際、国が二地域居住を推進しているのは一人が複数の住戸を使い、新しい人の流れを生むことで空き家や衰退する地域の諸問題にインパクトを与えようということである。

特に2019年末からのコロナ禍では都市部以外の地域に目を向ける人が増え、湘南エリアの人気も高まった。今もその流れで郊外に目を向ける人が少なくないことを考えると、二宮団地での暮らし方のリノベーションは先見の明があったといえそうだ。

地域の魅力向上のための多岐にわたる活動も

住棟再編、入居率改善に続く、3本目の柱は団地と地域の魅力向上のための取り組みである。2016年度には地域、二宮町、公社でこのエリアの校区をモデル地区として一色小学校区地域再生協議会(2021年度で解散。以降は一色小学校区元気なコミュニティ協議会)を組成。さまざまな活動を行ってきた。

たとえば公社の未利用地を使って菜園、地域の人たちと田植え、収穫等のイベントを開催、移住体験ツアーを実施(最初の2年間は協議会と共同で。現在は公社単独で年に3回開催)するなど。田植えには40人ほども人が集まって賑い、二宮町へ移住する人も出た。

2025年6月に行われた二宮団地体験ツアー。商店街内のシェアキッチンでツアーの後に盛り上がる(写真提供/神奈川県住宅供給公社)2025年6月に行われた二宮団地体験ツアー。商店街内のシェアキッチンでツアーの後に盛り上がる(写真提供/神奈川県住宅供給公社)
コミュニナルダイニング内部。外からも内からも互いがよく見える、開放的な空間になっている(筆者撮影)コミュニナルダイニング内部。外からも内からも互いがよく見える、開放的な空間になっている(筆者撮影)

また、団地内の百合が丘商店街の空き店舗を改装、コミュナルダイニングと名付け、現在はうみちかキッチンとして人が集まるシェアキッチンとしても使っている。取り組みを始めた頃は商店街の店舗は空きが多く、ここの活性化も課題だったのだ。そこで食事と会話を楽しめる場として改装し、団地内外の人たちが使えるようにした。

週に1回、地元の社会福祉協議会がイベントを開催、隔月で音楽家が歌声ダイニングを主催、移住体験ツアー後に先輩移住者などとのお食事会議の場としてなど多様な用途で使われてきており、現在では団地内で人が集まるスポットに。特にお食事会議は初めて二宮に来た人と地元を繋ぐ場になっており、移住のきっかけともなっている。

さらに2023年夏からは湘南の食事情を伝えるフリーマガジン「海の近く」、通称うみちかのお墨付きの店が日替わりで出店するスタイルのうみちかキッチンがスタート。湘南エリアの名店が来てくれるとあって大行列ができることもあると聞いた。こうした地域との接点を増やすことで団地のプレゼンスを高めていこうというわけである。

2025年6月に行われた二宮団地体験ツアー。商店街内のシェアキッチンでツアーの後に盛り上がる(写真提供/神奈川県住宅供給公社)2023年9月、うみちかキッチンのかき氷に長蛇の列(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

地域の暮らしをリアルに発信、魅力を伝え続ける努力も

二宮団地のブログページ。5組の人達が情報発信を続けている二宮団地のブログページ。5組の人達が情報発信を続けている

こうした多岐にわたる活動、特に魅力向上については外部のパートナーとの協業も大きい。そのうちでも興味を引くのは2017年以来続いている「暮らし方リノベーター」と呼ばれる5組の方々による情報発信。それぞれの視点で二宮団地とその周辺での暮らしがリアルな言葉で綴られており、地域への関心を掻き立ててきた。実際、ここでの暮らしはどのようなものなのだろうか。

その一人、福井尚子さんはDIYがやりたい、原状回復不要でDIYができるのは希少と何度か二宮を訪れ、都内中野区、最寄り駅から徒歩5分の場所から引っ越してきた。引っ越し時は妊娠中で当初は坂の厳しさにショックを受けたそうだが、今はコンパクトで意外に買い物に困らない、外に出ると知っている人が多くて安心と二宮での暮らしに馴染んでいる。

「二宮町は消滅可能性都市だった時期があり、だから来る人は拒まずウェルカム。新しい人も増えています。しかも、行動的で何かやりたい人が来ているのが面白いところ。人の数が少ないから距離も近く、選挙でも自分の一票の重みを実感しました。といってもみんなで何かやろうではなく、それぞれが好き勝手をやっていて、でもそこに衝突もない。のどかで自然も多く、今となってはビルに囲まれた生活は辛かったんだと思います」

二宮団地のブログページ。5組の人達が情報発信を続けている二宮団地、この地域の魅力について語ってくださった福井さん(左)、宮坂さん(右)のお二人(筆者撮影)

東京都町田市の大規模マンションから家族で引っ越してきた宮坂里沙子さんは団地内の百合が丘商店街、うみちかキッチンの隣の空き店舗を利用して始めたシェアキッチン「湘南お菓子部 ichi」を経営している。住んでいるのはお隣の大磯町だ。

海の近くに住む友人の豊かな日常に衝撃を受けて移住を決意。引っ越したところで元々はパティシエだった友人がフルタイムで働けないことから仕方なく事務員をしていることを知り、シェアキッチンを作ることにしたという。平日に歩くとあまり人がいないように思える商店街だが、現在は茅ヶ崎、小田原、大磯、秦野などに居住する6人のメンバーが参加しており、湘南初のシェアキッチンとして誕生。2025年秋には6年目を迎えた。

なんとパワフルな人と思ったが、「ここに来ていなかったらシェアキッチンをやることはなかったかもしれない」と宮坂さん。

「その前に町田に住んでいた時には町田に住みたいからではなく、たまたまそこにマンションがあるから引っ越しただけ。でも移住は普通に引っ越すのではなく、人生を変えたいと思っての移動。意味を探すし、調べもしました。結果、住みたい人が集まっているのがこのエリア。数は少なくても、人のバリエーションがあり、今は自分で自分の人生を動かしているという感じがします」

お二人の話で意外に思ったのは自然ではなく、人の魅力が多く語られたこと。自分で選択してここに来た人が多いからだろう、自立、自走という言葉が浮かんだ。

一応の目標は達成したものの、次の課題も見えてきた

さて、では、最後に再編の動きから約10年が経った二宮団地の現状である。空室は減った。新しく入ってきた人にはSE、デザイナー、ライターなどのクリエイターが多く、そのうち、1割ほどは二地域居住、あるいはプラスワン居住をしているという。暮らし方のリノベーションが効いているのだ。

年代として30~40代の共働き夫婦世帯、あるいは小さな子どものいる世帯。だが、団地全体としては65歳以上の高齢の入居者が多く、二極化が進んでいる。一気に若返ることはないのだ。

公園には元気よく遊ぶ子どもの声があったが、全体としては子どもの数は減っている(筆者撮影)公園には元気よく遊ぶ子どもの声があったが、全体としては子どもの数は減っている(筆者撮影)

さらに問題はまだまだある。住戸が狭いため、プラスワン居住をするにしても子どもが大きくなってくるとやはり、もう少し広いところに住みたいと考え、引っ越しを検討する人も出てくる。それに伴い、地域内の一色小学校では児童数が減少、現在は1学年1クラス。

するとそれをデメリットと考え、子どもの小学校入学を機に引っ越しを検討する人も出てくるのだとか。小学校のこれからは団地、地域のこれからにも深く結びつく。今後の動向が気になるところである。

そうした現状を踏まえて公社では今後も二宮団地の再生を継続する予定。「続けていくもの、見直すもの、新たに導入するもの、いろいろあるでしょうが、公社だけでできることはわずか。いろいろな人の力を借りながら続けていきます」と水上さん。

「ハードは変わりませんが、人はずっと変わり続ける。油断しないで少しずつ向上、住み続けたい団地であり続けられるようにしていこうと思います」

ひとつ目標を達成したら、その先に次の課題が出てくる。完成もゴールもない。営々と続けていく。地域に関わるとはそういうことらしい。