国家戦略特区とは?

国家戦略特区を簡単に説明すると、ある特定の地域に限定して特別なルール(法律・政令等の規制緩和)を設けることで民間等による経済活動を後押しする仕組みだ。この特区制度は、第2次安倍晋三内閣の成長戦略「日本再興戦略―JAPAN is BACK」に基づき、2013年6月14日の閣議決定を経て、同年に創設された。

法律の正式名称は「国家戦略特別区域法」である。

これまでに特区の区域指定は、1次が2014年5月に、2次が2015年8月、3次が2016年1月に、スーパーシティ・デジタル田園健康特区が2022年4月に、連携“絆”特区・北海道特区が2024年6月に行われている。合計で16区域に及ぶ。

国自ら既存の硬直的な一部の法制度(雇用、医療、農業など)を“岩盤規制”とし、それらを国家戦略特区の枠組みの中で限定的に緩和(法改正・政令・省令による運用調整)することを可能にしたのがこの制度の最大の特徴となっている。

ここまで聞くと、「必要な法令の緩和ならエリアを限定せず、法令を全国一律で改正すればよいのでは?」と思うかもしれない。しかし、全国一律の法改正は、地域の個別事情に応じた柔軟な対応がしづらく、制度改正にも時間がかかる。また、都道府県や市区町村の条例による限定的な緩和も、基となる法律に緩和を許容する規定がなければ不可能であり、実際には自由度が極めて限られているのが現状となっている。

そして、この国家戦略特区の主眼に置かれているのは“経済成長”であり、「居住環境を含め、世界と戦える国際都市の形成」、「医療等の国際的イノベーション拠点整備」などの観点から“世界で一番ビジネスしやすい環境を創出”することに目的が置かれている。

国家戦略特区の指定区域 ※出典:内閣府_国家戦略特区に関する公式ホームページ(https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/index.html)国家戦略特区の指定区域 ※出典:内閣府_国家戦略特区に関する公式ホームページ(https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/index.html)

こうした中、「都市再生・まちづくり」の分野でも国家戦略特区を活用した規制緩和が実行されている。それが「東京圏国家戦略特別区域」となる。

東京圏(特区で定める東京圏:東京都、神奈川県、千葉市、成田市)について、「都心居住促進のための容積率・用途等土地利用規制の見直し」が規定されており、その中でも、都市計画決定・変更に関する認可等のワンストップ化が定められている(国家戦略特別区域法第21条)。なぜ、この10年程度で急速な都市再生プロジェクトが進んでいるのか、鍵は国家戦略特区にある。

このほか、国家戦略特別区域法では、道路法や土地区画整理法、都市再開発法、建築基準法、農地法、旅館業法などがあるが、本稿では、読者の皆さんが関心あると考えられる都心居住の環境整備を担う再開発(都市再生プロジェクト)に絞って、どのような内容なのか分かりやすく解説していきたい。

国家戦略特区の指定区域 ※出典:内閣府_国家戦略特区に関する公式ホームページ(https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/index.html)※出典:内閣府_国家戦略特区公式公式ホームページ(https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/index.html)(最終閲覧:2025年5月7日)

通常の都市計画手続きと何が違う?

通常の都市計画制度と国家戦略特区制度の大きな違いは、主体の違いにある。通常、再開発に必要な都市計画は、規模に応じて都道府県または市区町村が主体となって素案を作成し、説明会・公聴会の開催や、関係機関との調整・協議、公告・縦覧、都市計画審議会への附議、決定・告示などの法定手続きを担う(下図参照)。

実務上は、役所自らが発意者となり案の作成を行うケース、関係行政機関や民間事業者からの提案・協議に基づいて図書作成の協力を得ながら手続きを行うケースなど、その都市計画の内容によって起点は異なる。しかしながら、いずれにおいても、都道府県または市区町村の都市計画担当部署が主体となることには変わりはない。

私も自治体の都市計画担当者として決定手続きを担ってきた経験があるが、都市計画手続きの主体は必ず自治体が担う。また、これまでの経験則では、個々のプロジェクトによって多少異なるが、通常、素案の作成から都市計画決定までには最低でも半年から10ヶ月はかかる。住民や関係機関との十分な調整が必要なケースでは1年以上は見込んでおく必要がある。

一般的な都市計画決定・変更手続きの例 ※著者作成一般的な都市計画決定・変更手続きの例 ※著者作成
一般的な都市計画決定・変更手続きの例 ※著者作成国家戦略特区(都市計画法の特例)における都市計画決定・変更手続きの例 ※著者作成 

一方、国家戦略特区内に行う都市計画手続きは、主体が自治体ではなく国家戦略特別区域会議(以下「区域会議」という)が担う。区域会議は国家戦略特別区域担当大臣や関係行政機関の長、民間関係者(都市計画提案を行っている民間事業者)等で構成される。

法律では、区域会議が区域計画を作成し、これを全会一致で決定した上で、内閣総理大臣の認定を受けると、都市計画決定または変更されたものとみなされる。この特例制度では、区域会議が主体となる点が大きく異なり、自治体はあくまでも構成員の一人にすぎない。

なお、東京都においては、実務上、区域会議の下に「東京都都市再生分科会」が設置されており、当該分科会において、事業実施に係る課題の抽出や対方方針等に係る審議を行っている。加えて、会議前の事前調整は担当者ベースで行っていると考えられる。

都市計画決定までの手続きの項目としては、主体が異なるのみであるため大差はない。しかしながら、区域会議で意思決定を行うことで、例えば、都市再生特別区域のような都道府県決定・変更の場合に行う国への協議・同意(都市計画法第18条第3項)は省略することが可能となる。この点は、区域会議で合意形成できるメリットの一つといえる。

では、素案の作成から決定(特区の場合には区域計画の認定)までにどのくらいの期間を要しているかというと、特区第1弾に決定した竹芝地区では、2014年10月1日に区域会議を開催(素案の作成)し、その後、必要な手続きを経て、2015年3月19日に区域計画の認定を受けている。およそ5ヶ月程度で都市計画が決定されていることになる。

また、直近の事例では、六本木五丁目西地区のプロジェクトが、2023年8月25日に都市再生分科会にて素案が審議され、その後、必要な手続きを経て2024年3月15日に区域計画の認定を受けている。このことから、大臣同意が必要な決定手続きを7ヶ月程度で完了している。このスピード感のある決定手続きは、特区によるワンストップ効果の結果と言っていい。

一般的な都市計画決定・変更手続きの例 ※著者作成都市計画法の特例の概要 ※出典:内閣府「都市居住促進のための容積率・用途等土地利用規制の見直し」に関する項目

これまでに国家戦略特区に指定された地域

国家戦略特区は全国で指定が行われているが、都市計画法の特例に係る国家戦略特別区域に指定された地域は東京圏のみとなる。この特別区域法における東京圏の具体的な地域は、東京都、神奈川県、成田市および千葉市である。しかし、都市計画法の特例(国家戦略都市計画建築物等整備事業)の認定を受けているのは、ほとんど(2025年4月1日時点で48認定中45認定が東京都内)が東京都特別区の一部地域に限られている。

国家戦略特区において区域計画の認定を受けた位置 ※出典:内閣府国家戦略特区において区域計画の認定を受けた位置 ※出典:内閣府

この東京都内に限られている理由については、国家戦略特区が東京圏(特区で定義する東京圏)のみの指定であることが大きい。さらに、東京都内における都市再生特別地区の決定手続きでは、東京都が国家戦略特区の活用を原則としていることも理由の一つとなる。

都市再生特別地区は、決定権者が都道府県となる。2002年に制定された都市計画の一つで、国が都市再生特別措置法により指定する「都市再生緊急整備地域」内において、用途地域や容積率などの規制を適用除外とすることが可能な自由度の高い建築計画を行うことができる。

この都市再生特別地区は従来の容積率緩和制度(高度利用地区や再開発等促進区を定める地区計画など)とは異なり、民間事業者による提案に基づいて柔軟な運用がなされていることにある。高さ60mをはるかに超える建築物の建設が可能となったのも都市再生特別地区の効果が大きい。

地価が著しく高い特別区の一部では、土地の価格に見合った収益を確保しようとする経済的合理性が働くことで、より柔軟な容積率緩和を行うことができる都市再生特別地区が活用されやすいのでは考えられる。そのため、必然的に国家戦略特区を活用した手続きのワンストップ化も活用されているものと推察される。

国家戦略特区を活用した再開発の具体例

特区を活用した都市計画法の特例を受けた認定は、2025年4月1日時点で48認定。このうち、特区制度開始後、最初に認定されたのは、2015年3月19日に認定を受けた竹芝地区となる。現在、竹芝地区には「東京ポートシティ竹芝」という超高層建築物が建設されている。

計画容積率については、都市再生特別地区の指定を行うことで、竹芝地区の指定容積率が400%のところを、最大で約1,290%まで引き上げている。

竹芝地区における都市再生プロジェクトの概要 ※出典:内閣府、第1回東京都都市再生分科会資料(2014年10月21日)竹芝地区における都市再生プロジェクトの概要 ※出典:内閣府、第1回東京都都市再生分科会資料(2014年10月21日)

なお、こうした特区を活用した都市再生プロジェクトの一部に過ぎないが、現時点においても特区を活用した都市計画決定手続きをワンストップ化したプロジェクトはいくつも進行している。例えば、2025年3月27日にまちびらきが行われた高輪ゲートウェイシティについても国家戦略特区を活用し、指定容積率の緩和を行っている。

竹芝地区における都市再生プロジェクトの概要 ※出典:内閣府、第1回東京都都市再生分科会資料(2014年10月21日)2025年3月27日にまちびらきした高輪ゲートウェイシティ ※2025年3月撮影
竹芝地区における都市再生プロジェクトの概要 ※出典:内閣府、第1回東京都都市再生分科会資料(2014年10月21日)高輪ゲートウェイシティ(THE LINKPILLAR 1) ※2025年3月撮影

国家戦略特区は暮らしにどのように関わっているのか

高輪ゲートウェイシティ(THE LINKPILLAR 1)の外観 ※2025年3月撮影高輪ゲートウェイシティ(THE LINKPILLAR 1)の外観 ※2025年3月撮影

国家戦略特区は、都市再生のみならず、医療や雇用、教育、観光など様々な分野において規制緩和が行われており、2025年4月1日現在で16区域、509の認定事業が行われている(すでに一部は完了し、全国展開も行われている)。

都市再生の分野については、就業・就学、観光・ビジネス等で東京都内へ来たことがある方であれば、再開発プロジェクトにより新しくなったオフィスやホテル、商業施設などを一度は目にした経験があるはずだ。近年、大規模都市再生プロジェクトにより都市景観が一変した状況は特区による効果と言っていい。

その他にも、例えば、これまで都市公園内に設置が認められていなかった保育所については、2015年に特区を活用して実現し、その後、都市公園法が改正され2017年度には全国展開が行われた。この他にも、家事支援外国人材の受け入の特例が2015年度の国家戦略特区により、東京都や大阪府などで可能とする特例制度が創設されている。

これらは特区制度の一例に過ぎない。このため、全体的な事業を知りたい方は以下の参照ページを確認してほしい。
▶︎参照:内閣府、国家戦略特区の制度概要(外部リンク)

都市再生の今後のゆくえ

高輪ゲートウェイシティ(ゲートウェイパーク内) ※2025年3月撮影高輪ゲートウェイシティ(ゲートウェイパーク内) ※2025年3月撮影

国家戦略特区制度のうち都市計画法の特例制度を活用した都市再生プロジェクトは、これまでに都市計画法の特例として48件が認定されており、そのうち45件が東京都特別区内に集中している。これは、国際都市を目指す東京が他国の主要都市と競い合う中で、手続きの煩雑さや長期化しがちな都市計画の課題を、国が直接主導することで解決し、従来にない容積率緩和と自由度の高い建築物の出現を実現してきたことの表れともいえる。

すでに完成済みの建物を見れば一目瞭然だが、昭和〜平成初期に建てられたビル群とは明らかに異なるスケールや、防災・緑地環境などの機能を備えた建築物が次々と登場している。これは2002年に制定された都市再生特別措置法による効果に加え、税制優遇措置を備えた国家戦略特区制度が後押しした結果ともいえる。また、東京オリンピックを見据えて積極的にプロジェクトが進んだ結果でもある。

一方で、大幅な容積率の緩和に対しては一部では「やりすぎでは」という疑問の声があるのも確かであり、地域文化や景観、地域のアイデンティティの損失に懸念を抱く人もいる。このため、大規模都市再生プロジェクトでは、こうした声も受けつつ、地域特性を考慮したバランスの取れた丁寧なまちづくりが求められていると考えられる。

なお、国家戦略特区を活用した都市再生プロジェクトは、現在も人口増加を続ける都心部でこそ意義を持つ制度ともいえる。人口減少が進む地方都市では、建物の高度利用そのものが成立しにくい。このため、今後もプロジェクトの多くは特別区部を中心とした限定的な展開が続くと考えられる。

再開発により老朽化した都市インフラを更新し、防災や脱炭素への対応、国際競争力の向上を図る上でも都市再生の推進は欠かせない。また、日本経済の再興という観点からも、首都での再開発を国主導で円滑な手続きを行う意味は大きく、今後も東京都心の景観と機能は大きく変化し続けていくだろう。

▶︎参考文献
・明石達生(2024)、「自治体主権の枠を越えた都市計画法制の2つの方向-国家戦略特別区域と都市計画の提案制度」、『都市計画』Vol.73、No.6、pp36-39
・国立国会図書館(2016)、『国家戦略特区の概要と論点』、調査と情報―ISSUE BRIEF―、No.897

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