県下有数の古い団地が3年前から空き家に
北九州市門司区は明治、大正期に日本の3大港として栄えた場所で、今も往時を偲ばせる壮麗な建物群が門司港レトロとして観光名所になっている。
そこに1950年、福岡県住宅供給公社(以下供給公社)が初年度の事業として2棟からなる団地、旧畑田団地を建設した。団地は2棟からなり、手前にあるのは49A型と呼ばれるタイプのRC造の建物。
49A型とは1949年に東京で設計されたタイプという意味で、その後の51型が日本にDK、寝食分離という概念を導入した。49A型はそれ以前のタイプで、コンパクトなキッチンに6畳、8畳の和室2室という間取り。同時期に小倉、博多、久留米など福岡県内の6都市に9棟建てられたそうだが、現存しているのは門司だけ。県下でも有数の古さの団地である。
供給公社ではこの団地の使用期限を70年としており、3年前に期限が切れた。県では使用期限終了に向かって築50年くらいから新たな募集を減らしており、期限が切れると同時に最後の入居者が退去。無人になった。
だが、そのまま、放置しておくわけにもいかないからだろう、2024年2月に1回目の入札が行われた。他の公共住宅の場合には建物を解体、土地だけを売却することもあるそうだが、その予算がないためか、建物付きでの売却だった。
「宅建事業者に売却ということでしたが、初回は誰も名乗りを上げる事業者はおらず。2回目の入札をたまたま見かけて見学したところ、かなり年季の入っている感じに感銘を受け、これは残さなくてはいけないと6月に入札。無事に購入できることになりました」と新しい所有者になった吉浦隆紀さん。
吉浦さんは福岡市城南区樋井川にある自社ビル再生を通じて空き家再生に目覚めた。
「樋井川は市中心部から遠い地域で、最初はリノベーションを試みたものの空室は埋まらず、次にスケルトンにして入居者にDIYしてもらうというやり方にしたところ、これが反響を呼び、現在は満室継続中。遠くても魅力があれば人は集まると知り、それなら福岡市よりも人口が減少している大牟田や北九州をこのやり方で変えられないかと考え、2年半前から各地で空き家を購入、再生し始めており、団地購入はその一環です」
DIYを基本に月額1万円で入居者を募集
購入したのは3100m2の敷地に建つRC造、4階建て、全24戸からなるA棟とその背後にあるコンクリートブロック造2階建て、全10戸のB棟の2棟。放置されていたこともあって、B棟は緑に飲み込まれそうな状況になっており、とりあえずはA棟の再生から始めることにした。
「敷地の裏は崖になっており、かつてあった神社が崩落しているなどあまり安全とは言い難い場所。解体しても建替えは難しい。それよりも再生しようと門司港1950団地と名づけ、8月に入ってからフェイスブックで呼びかけながら入居者を募集しています」
団地として廃止された後も最低限の修繕はされてきたようで、屋上は半分防水されており、クラックはあるものの、躯体自体はそれほど劣化はしていない。この当時の低層団地は耐震性が高いと言われる壁式構造で、かつ隣合う2戸でひとつの供用階段を利用する階段室型。共用廊下が無い分、各戸の独立性が高いなどのメリットも多いため、それを活かして再生というわけである。
内装はすべて自分で改装するという条件で、当初3年間の家賃は月額1万円。渋沢プロジェクトと名づけて募集をしているが、24戸のうち、11月中旬時点ですでに全戸に申込が入っている。
「たくさん会社を作った渋沢栄一にちなんだプロジェクトで、ここで起業、成長していく人が出てくれたら面白いと思っています。1万円なら学生でも借りられると20代半ばの人達も来てくれており、昭和レトロでかわいい、落ち着く、わくわくするといろいろな声を聞いています」
やりたいことがあっても場がなければ実現できないことは多く、空き家が増えてきたといってもたいていの不動産はそれなりに高い。だが、門司港1950団地では自分で改修しなければいけないものの、当初3年間は家賃1万円で借りられる。家賃が下がることでやりたいことができるようになる、それが新しい何かを生むかもしれない。渋沢プロジェクトはその試みなのである。
同じ価値観を持った人が集まる場に期待する人も
取材時には入居者第一号となったDAISY WORLDさん(以下DAISYさん)が改修作業に訪れており、これからの計画を話してくれた。DAISYさんが借りたのは1階、2階の2部屋で1階は週末だけ開くカフェにし、2階を金継ぎアトリエにする予定だ。
「天井が低いので1階は畳を除去、床を下げて地面を床にしてしまおうと思っています。最近、かつての門司駅の駅舎の基礎が発見されて話題になっていますが、あそこに使われた煉瓦をもらえないか、使えないかと思っています。この団地もそうですが、ゴミと思う人にはゴミに見えるモノも、違う人には宝物に見える。捨てるのではなく、使いたい人に渡すことでモノは生まれ変わるものと思います」
住んでいるのは小倉だが、門司はそれほど遠くはなく、この建物は自然に囲まれ、風通しが良い点や古さが気に入った。四角く可愛らしい窓、昔らしい雰囲気を活かして広い空間に数席をゆったりと配したカフェにするつもりだという。
「好きなようにやっていいと言われているので手間ヒマかけてきれいにしていこうと楽しみながらやっています。他に集まる人達も個性的で店も個性の強いものになるのではないかと思いますが、同じような人が集まったら面白いだろうとそれも楽しみです」
以前、吉浦さんが開催したワークショップに行ったことなどもあり、ずっと吉浦さんの活動をフォロー。今回、近いエリアでやりたかったことができそうな場の募集があったため、すぐに申し込み、今は周囲の人の入居を誘うなどしているそうだ。
「自分たちの頃には奥まった一戸建てを改装、自分たちの空間を作るのが楽しみでしたが、聞いていると20代の人達はコミュニティを求めているのでしょうか、ここに同じ価値観を持った人達が集まること、そこに新しい繋がりが生まれることを期待、楽しみにしており、社会の変化を感じます」と吉浦さん。
人が集まるパワーが居心地の良さを作る
人が集まるという点では団地には利がある。新しくカフェが1軒できても1軒だけのために1時間、2時間かけて出かけようとは思う人は少ないが、同じ場所にカフェ以外にも複数の店や工房などがあるとしたらどうだろう。はしごができるなら行ってみようと思うはずで、団地になら一度に複数の訪れたくなる場を作ることができる。しかも、ここに生まれる店はまちなかに生まれる店とはちょっと違う。
「単に家賃が安いから、収益が上がるからではなく、場があればやりたいことを自由に実現できる、実現する人が集まることを見せていきたいと思っています。DAISYさんのカフェに来る人はきっと場の見方が変わるはず。自由にできるようにすれば地方でも人が集まる場は作れるし、人が集まるパワーは居心地を良くしてくれる。それを促進するため、半分開いているような使い方をしていただき、来た人達にその力が伝わるようになれば面白いと思います」
団地を使えば賑わいのある、居心地の良い場が作れるという実験でもあるわけだ。
取材時点では金継の教室、モノ作りの教室、秘宝館(!)、占いの部屋、不動産会社のモデルルーム、木造建築を手掛けてきた建築家が趣味で改装する部屋、私設図書室などといった使い方を想定した申し込みが入ってきており、吉浦さんの実験は着実に実現に向かっている。
一方で計画通りに進んでいないものもある。ライフラインの整備だ。最後の入居者が出て以来、電気、ガス、水道は止まっており、現在、フリーレントになっている入居者が家賃を払い始めることになる2025年1月までには使えるようにしなくてはいけないのだが、どうも雲行きが怪しいのだ。
「電気、ガス、水道、それぞれに異なる問題を抱えており、現在交渉中。たとえばガスの場合、もともと風呂無物件だったものをバルコニーを潰して浴室にし、そこに給湯器が置かれているのですが、現在は換気、出火の危険を考えて給湯器は外に置く必要があり、ガス給湯器が導入できません。バルコニー、浴室をどう作り替えるか、悩ましい問題です」
電気は1階に引き込まれていてそこから分配されていたようだが、団地廃止時点でおおもとから切断されており、復活してもらう必要がある。水道は廃止以前に行った工事の届け出が出ていないため、建物全体の配管をやり直す必要があるかもしれないという事態になっており、先行きが見通せない。
普通なら工務店に依頼、まとめてやってもらうところだが、予算がないため、吉浦さんがすべての手配を行っている。団地自体は90万円で落札したが、ライフラインにはそれどころではない費用がかかるかもしれない。
今後10年間で1万棟の空き家再生が目標
もうひとつ、今の時代である、ネットも引く必要があり、こちらも交渉中。年内にすべて使えるようになるかはかなりスリリングな状況である。
また、その後は建物全体の改修を計画している。現時点では資金がないため、とりあえず、以降3年間の家賃を自己資金として蓄え、3年後に大規模改修を実施。その時点で家賃も3万円にアップするという。
「築73年の再生にはインパクトがあると思います。供給公社にもモデルを見せることで解体以外にも選択肢があることを示していければと考えています」
ちなみに吉浦さんは会社として今後10年間で1万棟の空き家を再生することを目標としており、大牟田ではすでに10軒を取得している。一人ひとりが店を出すには時間がかかるし、うまくいかないこともあり得るが、大家の立場で物件を取得、貸していくならもっと早く地域にインパクトを与えられるという考えからだ。
「その上で家賃をサブスクにして、好きなところに自由に住み、移動していく中で仕事を見つけられるような仕組みを作り、知らない場所に住んでみたいと思ったり、面白がって移住するような社会にしていければと考えています」
単に空き家を再生するだけでなく、その空き家を増やしていくことで社会の仕組みそのものを変えたいという壮大な計画なのである。また、これまではすべてのことを家の中でやろうとしていたが、それを家の外に出して行くような暮らしも考えている。家の外に本の部屋、映画を見る部屋などを作り、一人が複数の不動産を使っていくような生活である。確かにそうすれば不動産は余らなくなっていく。使い方を変えることで空き家は問題ではなく、生活を楽しくするものに変わるかもしれないのである。
実は意外に便利な場所に立地、駐車場も利用可
最後に門司港1950団地そのものについて。立地するのは門司港駅から歩いて20分ほどの高台。と聞くと遠い場所のように思うかもしれないが、駅から団地までの間にはいくつものアーケードのある商店街があり、そこを歩いていけばさほど距離は感じない。団地の近くにはドラッグストアや銭湯、郵便局などもあり、決して不便な場所ではない。
高台と書いたが、団地に至る坂もそれほど急でも、長くもなく、大変な上り坂を想像していた身としては逆に拍子抜けするほど。すぐそこにあるじゃないかというのが訪れてみての感想だ。当然、車も入るようになっており、A棟の前には20台分の駐車場がある。
すでに入居者のいる室内は改装中で、DIYの経験のない人には廃墟のように見えるかもしれないが、躯体はしっかりしているので作るのは内部だけで良い。室内を見せていただいた面白かったのは基礎。80センチほどと高くなっており、どうやらそれが建物の状態を良好に保っていたらしい。
また、基礎に煉瓦が多く使われているのも特徴。しかも、鉱滓煉瓦という特殊な品で、これは北九州市の歴史を物語るもの。
「北九州には1901(明治34)年の操業開始以来、戦前、戦後の鉄鋼業をリードしてきた官営八幡製鉄所がありましたが、そこから出た金属の滓を有効活用しようと鉱滓を煉瓦の型に入れて作られたのが鉱滓煉瓦。この団地が建てられたのは終戦から5年後の、まだまだ資材が不足していた時期。だから鉱滓煉瓦が使われたのだろうと思いますが、逆にそれがシロアリ被害を防ぎ、建物を良好に保ってきたのではないかと思います」
屋上からは門司港エリアに建つ黒川紀章設計の高層マンションレトロハイマート(31階に門司港レトロ展望室)が見え、夏に行われる関門海峡花火大会も望めるとか。周囲に高い建物がないので開放的で気持ちの良い空間だ。
空室についてはタイミング次第だが、興味のある人は問い合わせてみても。もし、門司港1950団地が満室になっていても、吉浦さんは他にも活用したい人を待つ空き家を保有している。中にはかつてはラブホテルだった建物などもあり、福岡県内で面白い場が欲しいと思っている人なら相談してみるのも手だろう。
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