メディア・行政・実践者の視点から考える「二拠点生活」オンラインセミナー

コロナ禍を経て、人々の働き方やライフスタイルは大きく変化した。「地方移住」を検討している人も少なくないが、居住する地域、住まい、仕事、お金、コミュニティなどさまざまなことを考え、実行に移せずにいるという人も多いように感じる。

そこで近年関心が高まっているのが「二拠点生活(二地域居住※)」だ。

主な生活拠点とは別の地域にも生活拠点を設ける暮らし方「二拠点生活」は、本格的な「移住」よりもややハードルが低いのではないかと思う。


※国土交通省によれば、「二地域居住」は“都市部と地方部に二つの拠点を持つ、新しいライフスタイルの一つ”と定義されているが、今回は”地方”の概念を必ずしも含まない「二拠点生活」と表記する。

上左:「ソトコト」編集長 指出一正氏/上右:国土交通省国土政策局総合計画課長 倉石誠司氏/下左:一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事 石山アンジュ氏/下右 LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏上左:「ソトコト」編集長 指出一正氏/上右:国土交通省国土政策局総合計画課長 倉石誠司氏/下左:一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事 石山アンジュ氏/下右 LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏

2024年6月3日、LIFULL HOME'S PRESSは、オンラインセミナー「『二拠点生活』が新たなスタンダードになるか」を開催。

同セミナーでは、メディア・行政・実践者、それぞれの視点から「二拠点生活」が語られ、最後には登壇者全員でトークセッションが行われた。

参加したのは、二拠点生活に関心はあるが実践できずにいる方をはじめ、すでに二拠点生活をしている方、取り組みを進める行政や事業者など、さまざまな立場の方々。このことからも「二拠点生活」への注目が集まっていることがうかがえた。今回は読者のみなさんと共に「二拠点生活」が新たなスタンダードになるのかを考えてみたい。

メディア視点:二拠点生活のキーワードは「リジェネラティブ」

あかねまる氏のことを「とてもチャーミングで大好きな人です」と紹介する指出氏(指出氏の投映資料より)あかねまる氏のことを「とてもチャーミングで大好きな人です」と紹介する指出氏(指出氏の投映資料より)

最初の登壇者は、ライフスタイルマガジン「ソトコト」編集長の指出一正氏。

セミナーでは「二拠点生活のホント」と題し、「ソトコト」で取り上げたさまざまな二拠点生活の事例の中から数例が紹介されたのだが、ここではその中から2つ紹介しよう。

1つ目の事例は、兵庫県尼崎市と和歌山県湯浅町の二拠点生活を続けているあかねまる氏。あかねまる氏は、2023年から和歌山県湯浅町の地域おこし協力隊員としてまちづくりに励むようになった。しかし月に1週間ほどは尼崎市に戻り、福祉や生きるためのサードプレイスづくりに取り組んでいるという。

指出氏はこう話す。「地域おこし協力隊などの行政の取り組みであっても、いまは二拠点生活ができるような仕組みになりはじめています。地域にかかわる関係人口の仕組みをまちが理解していると、制度のなかでうまく活用する人たちが増えてくるのではないでしょうか」。やりたいことがどちらにもある人たちにとって、行政の取り組みをうまく活用することができれば、二拠点生活は実現可能だということがわかる事例だ。

雪かきを体験しようと”帰省”したデジタル村民のみなさん(指出氏の投映資料より)雪かきを体験しようと”帰省”したデジタル村民のみなさん(指出氏の投映資料より)

続いては新潟県中越地震から20年、震災で全村避難した山古志村(現新潟県長岡市)のユニークなコミュニティの話題。

山古志村は「復興」というテーマのもと、村外の人たちとの関係性を丁寧に紡いできた過去がある。その結果、NFT(非代替性トークン)を使い「デジタル村民」になれるという仕組みをつくった。これまでにデジタル村民となったのは約1,600人。リアル村民は約800人という山古志地域だが、デジタル村民とリアル村民は、会議を開いたり何気ない毎日の挨拶をしたりするような関係性を広げているそうだ。

指出氏は「注目すべきは『帰省』という言葉です」と話す。ここで言う「帰省」とは、デジタル村民が山古志地域を訪れ、独自の文化や住民との触れ合いを楽しむこと。実際に住まいを持つわけではないが「デジタル村民の『帰省』は二拠点感のある言葉」と指出氏。

さまざまな事例を紹介した後、指出氏はこう話した。「私は再生させるという意味の『リジェネラティブ(Regenerative)』という言葉が二拠点生活のキーワードとして当てはまるのではないかと思います。持続させることだけではなく、地域をよりよい場所にしていこうとしているのではないかと思うのです」

じつはかく言う指出氏も、東京と兵庫県神戸市の二拠点生活をしている張本人だ。とはいえ神戸に地縁があったわけではなく、きっかけはご子息の教育移住なのだとか。最初は不安もあったそうだが、たくさんの縁に恵まれ仲間が広がっていったそう。「二拠点生活、おすすめです」と笑う指出氏。

そしてこう続けた。「二拠点生活では、ただ移動している人にならないようにした方がいい。私の場合は、自治会に参加したりNPO理事や祭りの実行委員長などもやったりして、どちらにもちゃんと存在していることを認識してもらっています。どちらでもプレゼンスをあげることが大事だと思うのです」

そして最後に「ローカルはゆらぎがある。鏡のような存在でもある。そして補完性と匿名性を合わせることで、自分自身の成長を感じられます。その場所や自分の生活が面白くなっていったらいいなという再生型持続可能性みたいな感覚が、二拠点生活を行う理由なのかなと思います」と、”二拠点生活のホント”を理解するリジェネラティブな視点について話し、締めくくった。

行政視点:国の支援が受けやすくなる「二地域居住の促進法」

続いて登壇したのは、国土交通省国土政策局の倉石誠司氏。「二地域居住を巡る現状と今後の取り組み」と題して、行政の視点で話が進められた。

はじめに、2024年5月15日に成立したばかりの新しい法律「二地域居住の促進法(改正広域的地域活性化基盤整備法)」について、制度として初めて位置づけられた考え方(フィロソフィー)の説明があったのだが、倉石氏は「この話をするにあたって大事なのが『地域生活圏』という新しい概念だ」と話す。

人口逓減の中で、地域交通や教育、空き家活用、医療・介護などのサービスを、この先何十年も各地域で維持し提供していくのか、していけるのか。

こういった日常の暮らしに必要なサービスが持続的に提供されるよう、デジタルを徹底活用しながら「地域生活圏」を形成し、地域課題の解決と地域の魅力向上を図ろうという国のビジョンが「国土形成計画」だ。

地域生活圏の形成に向けてのモデル事例:香川県三豊市(倉石氏の投映資料より)地域生活圏の形成に向けてのモデル事例:香川県三豊市(倉石氏の投映資料より)

そのうえで成立したのが「二地域居住の促進法」である。

「二地域居住の促進法」のポイントは、「県市連携(計画制度)」「官民連携(支援法人制度)」「関係者連携(協議会制度)」の3つの軸だ。

まずは「県市連携(計画制度)」で、自治体地域として、どういう人たちを受け入れたいか、どういうエリアで生活してほしいかという計画を立てる。その計画を行政や民間事業者などで組成された協議会「関係者連携(協議会制度)」で議論。県市が計画を作成すれば、二地域居住者の住まいや職場環境を整える際の国の支援が受けやすくなる。

また「官民連携(支援法人制度)」により、二地域居住促進に関する活動を行うNPO法人や民間企業を指定することが可能に。二地域居住者に「住まい」「なりわい」「コミュニティ」を提供するコンシェルジュのような役割を担ってもらう。

とはいえ無秩序に多くの人が入り乱開発になってしまうのは困るという意見もある。そのバランスをうまく取るためにも手続きの面で措置をとっているという。

倉石氏は最後に、今秋施行予定の「全国二地域居住等促進プラットフォーム(仮称)」について触れた。

「今回の取り組みのメインターゲットは、これから数十年にわたり地域づくりに貢献するであろう若い世代です。その暮らし方や住まい方の新たな価値観、たとえば1つの場所だけではない、1つの仕事だけではないといった新しい価値観を、われわれもしっかり捉えていかなければなりません。今回の制度はあくまで二地域居住のフレームをつくったのみ。まだまだたくさんのニーズがあるでしょう。これから官民連携、全国規模で議論をし、解決法を探っていきたいと思っています。共助や共創というのは、これまで国や自治体にとってニッチな領域であったように思いますが、これからはむしろメインストリームになっていかなければなりません」

「二地域居住の促進法」はまだスタートしたばかり。今後国はどのような政策を展開していくのか。非常に興味深い。

実践者視点:働き方や暮らし方の変化による豊かさの価値観の変化

続いて登壇したのは、東京と大分県豊後大野市、さらに別の地域を含む多拠点生活を実践する、一般社団法人シェアリング エコノミー協会 代表理事の石山アンジュ氏。

じつは石山氏のご実家は横浜市でシェアハウスを運営しており、幼い頃から血のつながらない人たちと一緒に生活をしていたそう。

そんな石山氏が就活時に起きたのが東日本大震災。スーパーから物がなくなってしまう光景を目の当たりにし、いかに個人は消費者として弱い立場にあるということを実感したという。一方で自分が育ってきたシェアハウスの生活は、何かあれば頼れる人がたくさんいる、あの地域に帰れる場所がある、あの地域からお米をくれる人がいる……「そんなつながりこそが豊かさなのではないか」と思ったことが、シェアを広げていきたいと思ったきっかけなのだとか。

先述のとおり石山氏は、2019年から東京と大分の二拠点生活を実践している。大分県豊後大野市では空き家バンクで借りた築90年の古民家に住みながら、14世帯からなる集落に入会。米や野菜をつくる生活を送る。

以前は大分3:東京7の割合だった生活も、コロナ後は逆転しているそうだ(石山氏の投映資料より)
以前は大分3:東京7の割合だった生活も、コロナ後は逆転しているそうだ(石山氏の投映資料より)

一方で東京に帰ってくると、血縁や制度にとらわれず、合意をした上で一緒に子育てをしたり共に暮らしたりする多世代型のシェアハウスを運営し暮らしているという石山氏。現在は全国に約110人の「拡張家族」がいるそうだ。この110人が持っている実家や二拠点生活先は、拡張家族であれば泊まることができる。つまり、コミュニティ内で多拠点ライフが送れるようにしているのだとか。

そのほかにもさまざまなシェアサービスやサブスクリプション、プラットフォームを活用し、世界中でいろいろな人の家に泊まり、友達になり、家族ができていくという生活をしているという。

そんな石山氏はこう話す。「シェアリングエコノミーが広がっていけば、もっと働き方や暮らし方が変わっていくと思っています。例えば、これまでの働き方は、ひとつの会社に勤め、同じ同僚と毎日顔合わせて働き、最大の報酬は日本円でした。しかしシェアリングエコノミーが広がっていけば、働く場所も自分で選ぶことができ、交換できる価値も経験や趣味などが生かせるようになっていく。二拠点で副業や兼業ができれば、自分のスキルをもっと地域に還元でき、その報酬は必ずしも日本円のお給料だけでなく、地域通貨やギフトエコノミーも報酬になっていくのではないか。暮らし方も変わるでしょう。購入か賃貸の二択だった住む家も、シェアサービスなどによって、多拠点で暮らすことのコストも低くなり、もっと自由になっていく。働き方や暮らしが変わっていく先々に、私たちの豊かさの価値観の変化というのも生まれてくると思っています」

そしてこう続けた。「この会社が倒産しても別の仕事がある。AがダメでもBがある。BがダメでもCがあるという、複数の選択肢を、暮らしにおいても働き方においても同時に持つことが、これからの安定でありセーフティネットになっていくのではないでしょうか。何かあった時に助けてくれるつながりが、ソーシャルキャピタル・個人の資産としてどんどん増えていく世界観です」

最後に石山氏は「これは個人の生き方や豊かさを拡張していく話だけではありません。皆さんが二拠点生活をし、いろいろな地域に行くことで、地域を持続可能にしていくと思います。今の都市集中型のモデルから、もっと人・もの・お金が地方に分散し、いろいろな地域で活気がある状態をつくっていく。それがリスクと共存する時代において、日本が持続可能に、そして豊かに生きていける選択肢なんじゃないかなと思っています」と話した。

トークセッション:二拠点生活による豊かさとセーフティネットの構築

最後はLIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保誠子氏がモデレーターとなり、これまでの登壇者3名とのトークセッションが行われた。

ここからは参加者から多数寄せられた質問の中から、いくつかを紹介しようと思う。

まずは「二拠点生活先をどのように見つけたらいいか」という質問だ。石山氏は「いろいろなな見つけ方があると思いますが、第一歩としておすすめしたいのは、賃貸で借りたり家を買ったりする前に、さまざまなサービスを活用して”ちょっと体験”をしてみることです」と話し、指出氏も大きく頷いていた。

次に「地域の方々のコミュニティにどのように入っていったか」という質問に対し、石山氏は「私の住む地域はかなりつながりの強い場所だったので、そこに入会をするような形で入りました。田舎だといくらお金があっても解決できないことがたくさんあるんです。例えば病院が遠いとか雪かきや草刈りをしなければならないとか。ご近所さんのつながりをつくっていくことはとても重要ですし、おすすめです」と話す。

登壇者同士の質問も飛び交うなど、大いに盛り上がったトークセッション登壇者同士の質問も飛び交うなど、大いに盛り上がったトークセッション

指出氏は「私の場合は2つの都市型のまちの二拠点生活で、住んでいるところも集合住宅です。しかも割と転居の多いエリアなので、特に神戸の方はそこまで濃厚なつながりはありません。コミュニティに入るのは苦手だけどローカルの暮らしをやりたい場合は、例えば中山間地域のあるまちでも、県庁所在地や駅の近くのマンションに住めば、比較的都会的なコミュニケーションの中で暮らしていけるのではないかと思います」とアドバイス。

すると倉石氏は「二地域居住の支援法人制度もそうですが、コンシェルジュをしていただける方々がより公なかたちで活動しやすくなるよう、われわれもしっかり応援していきたいと思っています」と付け加えた。

ほかにも「多拠点になってくると、どこに軸足を置くのか曖昧にならないか」という質問があった。八久保氏も「住民票や住民税のことも含めてどうなのか」と疑問に感じたようだ。これに対し倉石氏は「審議会や国会審議でも、住民票や住民税についての議論は当然ありました。今回用意したフレームでは措置していませんが、今後の課題として議論を進めていければと思っています。またこういった政策は行政だけで考えてもいいものが生まれません。これをスタートとして、官民そして個人の方にもいろいろなアイデアを出していただき、われわれもしっかり耳を傾けていきたいと思っています」と話した。

二拠点生活は、豊かさという側面だけでなく、これからの時代のセーフティネットでもあり、また持続可能な地域をつくるための役割も大きいと感じた。だからこそ国も大きく動き出したのだろう。二拠点生活が新たなスタンダードになっていくのではないかと感じられるオンラインセミナーであった。

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