新しい暮らし方として関心が高まる「二地域居住」

近年、「二地域居住」への関心が高まっている。二地域居住とは、都市部と地方部に二つの拠点を持ち、定期的に地方部で過ごしたり仕事をしたりするライフスタイルのことだ。
2022年に国土交通省が行ったアンケートによれば、二地域居住等を行っていない人のうち27.9%が「二地域居住等に関心がある」と回答している。また、2024年5月時点で「二地域居住」という言葉を検索する人が、前年比でおよそ80%も増えている。これらの背景には、コロナ禍を経て場所に縛られない働き方が広まったこと、多拠点生活を可能にするサブスクリプションサービスが広まったこと、また、二地域居住に関する国の方針が明確に打ち出されたことも大きいだろう。

二地域居住の促進を通じて、地方への人の流れを創出・拡大するための「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の 一部を改正する法律案」(2024年2月9日 国土交通省発表資料より)二地域居住の促進を通じて、地方への人の流れを創出・拡大するための「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の 一部を改正する法律案」(2024年2月9日 国土交通省発表資料より)

関心が高まる一方、実際に二地域居住の実践者はまだまだ少数であると考えられる。果たして二地域居住は、日本の新しい暮らしの一形態として定着するだろうか。国土交通省が設けた移住・二地域居住等促進専門委員会の一員であり、自身も二拠点生活を実践している一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事の石山アンジュさんに、二拠点生活の魅力や今後の課題を伺った。

※表記について:国土交通省によれば、「二地域居住」は、“都市部と地方部に二つの拠点を持つ、新しいライフスタイルの一つ”と定義されている。一方、「二拠点生活」も同様に“二つの拠点を持ち、行き来しながら生活すること”を意味するが、「地方」の概念を必ずしも含むものではない。本記事では、多拠点生活を実践している石山さんの表現にならい、「二拠点生活」と表記する。

二地域居住の促進を通じて、地方への人の流れを創出・拡大するための「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の 一部を改正する法律案」(2024年2月9日 国土交通省発表資料より)シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを普及するほか、政府と民間の間に立ちながら社会課題の解決に取り組む。国土交通省「関係人口・ライフスタイルに関する懇談会」や内閣官房「地方創生有識者懇談会」有識者委員を務め、シェアを通じて持続可能な共助地域を創る「シェアリングシティ」を全国に広げる。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。『羽鳥慎一モーニングショー』『真相報道 バンキシャ!』など複数の番組でコメンテーターを務めるなど幅広く活動。著書に「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方-」、新著に「多拠点ライフ-分散する生き方-」

大分と東京の二拠点生活を送る石山アンジュさん

石山さんは現在、大分県豊後大野市と東京都渋谷区での二拠点生活を送っている。パートナーとのご縁がきっかけで大分に生活の拠点を設けたそうだ。豊後大野市は、大分県の中でもかなり南の方に位置する。もう一つの生活拠点、都心の中心である渋谷とは対照的な生活環境といえるだろう。

石山さん(以下、「 」内は石山さん):「神奈川県で10代を過ごした後、ずっと渋谷区に住んでいたのですが、パートナーとのご縁で初めて大分の今住んでいる地域を訪れました。その時、ものすごく感動したんですよね。いろいろな鳥が鳴いていて、花々が咲き乱れ、当たり前のように動物もいる環境で、まるでテーマパークように感じました。そんなきっかけで、2018年の終わり頃から二拠点を行き来するようになりました。ただ、当時はまだ基本的にリモートワークは難しくて、平日はオフィス勤務、土曜日から月曜日にかけて大分に行く、といったライフスタイルでした。それが2020年以降は世の中が大きく変わって、今では大分と東京の居住比率が半々くらいになっています」

石山さんが二拠点生活を送っている大分県豊後大野市。県の中心部に比べると自然豊かな田舎といえる山村地域だ石山さんが二拠点生活を送っている大分県豊後大野市。県の中心部に比べると自然豊かな田舎といえる山村地域だ

さまざまな仕事がオンラインでできるようになり、働く場所や時間を自分である程度コントロール可能になったのは大きい。さらに石山さんは二拠点生活だけでなく、宿泊施設のサブスクリプションサービスや多拠点プラットフォームサービスなどを利用して、月に1週間程度は大分・東京以外の地域に滞在しているそうだ。取材前のスケジュールを聞くと、数日の間に石川県から東京都へ、そして佐賀県へといった具合に、全国各地を飛び回っている。2018年頃からずっとこのようなライフスタイルを続けているそう。
メインとなる東京と大分で過ごす住まいは、渋谷ではシェアハウス、大分のほうは築96年の古民家だという。

「大分の住まいは、空き家バンクで借りました。東京の環境とはまったく違って、トイレに虫が住みついていたりして、最初は戸惑いを感じることもありました。でも大分で定期的に暮らし始めて半年ほどたってからは、もう虫も同居人のような感覚になりましたね。もともと自然が99%、人間は1%くらいの地域ですし、自分で田んぼを始めたこともあって、虫をはじめさまざまな生態系があって人間の生活環境は成り立っているんだ、という視点を持てるようになりました」

大分にいるときは、朝は7時くらいに起床、庭仕事をして、半自給自足の朝食を食べ、10時くらいからオンラインミーティング、お昼を取り、たまに田んぼの世話をして、夕方まで仕事をする、といった一日が多いそうだ。

不確実性の高い時代に、二つの拠点を持つ意味

大分と東京との二地域居住を始めて6年ほど。実践して感じる魅力はたくさんあるというが、そのなかでも魅力を3つ挙げるとしたら、と聞いてみると、筆者も二拠点生活にチャレンジしてみようかなと感じる回答が返ってきた。

「二拠点生活の魅力、一つ目は、それぞれの拠点がセーフティネットになることです。現代は何が起こるかわからない不確実性が高い時代です。それこそ地震や感染症など、いつどこで何が起きるかわからない状況で、一つの拠点に暮らせなくなることがあっても他の場所に帰れる選択肢があることは、心強いセーフティネットになります。
二つ目は、自分の手で暮らしをつくっていく実感があることです。東京では高い家賃を払って手狭な家に住むことが一般的ですが、地方に行けば自然の中でゆったりした住まいを選べて、半自給自足の暮らしを実現することができます。DIYで家をリフォームしたり、野菜やお米を自分で育てることで、消費だけでなく生産の喜びを感じられる。これも一つの豊かさだと思います」

移住者や二拠点生活者のなかには、DIYで住まいをリフォームする人も多い。これも生活をつくっていく過程の一つだろう。地域によっては空き家活用を促進するため補助金が出ることも移住者や二拠点生活者のなかには、DIYで住まいをリフォームする人も多い。これも生活をつくっていく過程の一つだろう。地域によっては空き家活用を促進するため補助金が出ることも

「三つ目は、複数の世界や人生を同時に生きられることですね。そんな感覚があります。都市か地方か、日本か海外か、といった二者択一ではなく、複数の拠点を持てば、それぞれの地域や文化を同時に楽しむことができます。二拠点生活を実践して感じていますが、人間ってものすごく柔軟な生き物なんですよね。その場所にすぐ適応する力があります。東京で東京らしく生活できる自分もいれば、大分のような自然豊かな環境に落ち着きを感じる自分もいます。大分で自然の素晴らしさ、自然の偉大さを感じて、そこから東京に帰ってきて、人間の創造性で生まれた街の壮大さ、人間の可能性といった、それぞれの地域のよさに気づいたりもしますね」

個人が企業に依存せず、多様な選択肢を持てる社会に

石山さんの活動は一貫している。大分と東京での二拠点生活も、石山さんの渋谷の拠点であるシェアハウス「拡張家族Cift(従来の家族観に縛られない新たなつながりの形)」の取り組みも、同じ価値観が根底にあると感じる。安心して過ごせる居場所や生き方を分散させて、一人ひとりの人生をより豊かなものにする。こうした考え方に至るには、どのような原体験があったのだろうか。

「まず、私の実家はシェアハウスのような感じで、両親は離婚しましたが、血のつながりのないいろいろなお兄さんやお姉さんが身近にいることが、ごく自然な環境で育ちました。次に大きなきっかけとなったのが、東日本大震災です。震災の時、スーパーから物がどんどん消えていくなかで、消費者としての弱さを感じました。一方で、シェアハウスでは誰かが何かをシェアしてくれたり助け合ったり、そこまで不自由なく暮らすことができました。共助の安心感を感じたと同時に、この経験から消費社会のシステムに大きな違和感を感じたのです」

石山さんは新卒で入社した会社で人材領域の仕事に携わる。そこで個人の人生が組織の論理で簡単に左右されることにも違和感を覚えたという。個人が企業に依存せず、多様な働き方の選択肢を持てる社会が必要であると、シェアリングエコノミーがその解決策の一つだと考えるようになった。
その後、スキルシェアサービス事業を手がける会社に転職。オンラインで働きながら日本中を旅する家族や、得意分野を生かして働く方々と接する機会が増え、このような働き方をもっとメインストリームにしていくべきだと強く感じるようになったという。

法案成立でどう変わる? 二拠点生活の今後

多様な生き方を選べる社会に向けて、シェアリングの概念はさまざまな分野で広がりを見せている。その一つが二地域居住であるが、個人のウェルビーイング向上に加え、受け入れる側の地域にとっても、担い手不足の解消、コミュニティの活性化、遊休農地の活用、経済効果など、複合的な効果が見込まれる仕組みだ。ただ、二拠点生活の実践者が増えるにはまだまだ現実的な課題が多いのが実情だ。

そのようななか、2024年5月、ニ地域居住を推進する法改正案が参院本会議で可決・成立された。これにより、市町村はニ地域居住を促進する計画(特定居住促進計画)を策定し、認定されれば、特例措置としてオフィスやワークスペースを整備しやすくなる。また、市町村が二地域居住を支援するNPO団体や企業を指定し、二地域居住促進の3本柱である「住まい」「仕事」「コミュニティ」に関する情報などを同法人や団体に提供できるようになった。
(参考記事:国交省が「移住・二地域居住促進」中間とりまとめを公表。施策の3本柱は「住まい」「仕事」「コミュニティ」

「今回の法案が可決されたことで、自治体には関連計画の策定が求められるようになるので、大きく変わっていくと思います。ただ、税金が有効に使われるようにしていかないといけません。数年前から地方創生拠点整備交付金が配布されていますが、うまく活用できていないケースも多いと思います。新しい施設や建物をただ造っても人は来ないですから、地域にすでにある資源を活用して、小さなトライ&エラーを繰り返していくことが重要です。法案の成立によって、行政がこうした取り組みを支援しやすくなるのは前向きな動きだと思います」

二地域居住の促進は、個人だけでなく地域にとっても大きな影響がある(国土交通省 全国二地域居住等促進協議会発表資料より)二地域居住の促進は、個人だけでなく地域にとっても大きな影響がある(国土交通省 全国二地域居住等促進協議会発表資料より)

二地域居住がさらに普及するには、今回の法案に加え、どのような支援や仕組みが必要だろうか。

「二地域居住を実践するには、まず移動費、住居費といったコストが課題になります。ただ、それも車や住居などのシェアリングサービスを上手に活用すれば、負担を軽減する方法はあります。また、子育て世帯にとっては、特に子どもの学校が大きな問題になりますよね。現状、徳島県などで特例的に実施されていますが、二つの学校に通えるデュアルスクールは整備が遅れています。子どもにとっても地方にとっても、デュアルスクールはメリットが大きいですから、文部科学省が教育推進の観点からしっかり考える必要があると思います」

さらに今後議論が必要な点として、企業がテレワークを推進すること、一人が複数の地域に納税できる「分散納税」の仕組みをつくること、複数の地域で選挙権を持てるようにすることなどが挙げられるという。税制や選挙制度については、マイナンバーが導入されたことで個人単位で行政サービスを受けられる土壌が整いつつあるが、まだその方向性は定まっていない。地域で定期的に過ごし、愛着を持つようになれば、自分も地域に貢献したり地域の将来に関わる意思表示をしたいと考える人も増えていくだろう。現代の暮らし方に即した法制度となることが今後期待される。

二地域居住の促進は、個人だけでなく地域にとっても大きな影響がある(国土交通省 全国二地域居住等促進協議会発表資料より)二つの地域の学校に通うことができるデュアルスクール。普及させるにはさまざまなハードルがあるが、広々とした自然豊かな環境に触れること、多様な人々の接することなど、デュアルスクールは地方と都市のそれぞれの良い点を子どもが享受できる仕組みになるだろう

二拠点生活を始めたい人に向けて

最後に、これから二拠点生活を始めたい人に向けて、メッセージをいただいた。

「まずは普段の旅行で訪れた地域を、『もし自分が住むとしたらどうだろう?』と想像することから始めてみるといいと思います。その地域にどんなスーパーがあるのか、インターネット回線の接続具合はどうか、子どもたちが安全に遊べるかなど、普段の旅行とは違う視点で地域を見られると思います。旅行を楽しみつつ、さらにワーケーションを体験するのもよい方法です。また、一般的なホテルに泊まるのではなく、交流型の宿泊施設や民泊を利用するのもおすすめです。あまり構えずに、まずは旅行気分で気軽に始めて、そこから『この地域で暮らす』ことを少しずつ意識することで、二拠点生活の第一歩を踏み出せると思います」

取材協力:一般社団法人シェアリングエコノミー協会
https://sharing-economy.jp/ja/

【石山アンジュさん登壇セミナー】2024年6月3日開催(※開催終了)

名称  :「LIFULL HOME'S PRESS」×「二地域居住」セミナー
     「二拠点生活」は新たなスタンダードになるか
      ~ 実践者・行政・メディアの視点から考える ~
開催日 :2024年6月3日 (月)18:00~19:30
開催場所:オンライン配信
配信形式:ZOOM(ウェビナー)
配信方法:生配信(参加申込者には後日アーカイブ動画のURLをお送りします)
参加費 :無料(入退場自由)
申込定員:500名
主催  :LIFULL HOME'S PRESS

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