建築や街について、誰もが語り合うきっかけに
国内外で活躍する福岡市在住の建築家・松岡恭子さんの著書『街を知る ―福岡・建築・アイデンティティ』の刊行を記念したトークイベントが、1月20日に福岡市で開催された。
会場となったのは、「本と人とまちを繋げる小さな総合書店」として知られるブックスキューブリック箱崎店。店主の大井実さんが聞き手となり、建築やまちづくりをメインに、松岡さんのキャリアから建築や街の魅力、課題感まで示唆に富む話が繰り広げられ、定員いっぱいの30人が聞き入った。その中から、特に印象的だったトピックをご紹介したい。
松岡さんは福岡市出身で、九州大学建築学科を卒業。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了後、ニューヨークで設計活動を始め、台湾や日本へと領域を広げた。建築物のほか、橋梁や公園、バスなどのデザインも手掛けつつ、国内外の大学で教育に従事。現在は福岡市在住で、市民に建築の素晴らしさを伝えるNPO活動にも力を入れている。
昨年12月に出版された初の著書では、福岡の街を代表する数々の建築に潜む素敵なストーリーが、写真と共に紹介されている。海外のユニークな取り組みや自身の活動にも触れることで、福岡らしさや、建築や街がこれから向くべき方向を誰もが自由に考え語り合うきっかけになれば、というのが松岡さんの願いだ。
建築は総合芸術であり、一般教養である
松岡さんが建築家を志したきっかけは、中学生のときに「建築は総合芸術」と知ったから。芸術が好きで文系人間だったが、理系の工学部建築学科に進学した。日本の大学は建築が工学系に属するが、海外のほとんどの国では建築学部として独立した存在で、科学や技術、芸術、法律、経済、歴史まで幅広く学ぶとのこと。
実際に、松岡さんがパリの大きな建築大学で教えていたとき、教授に「パリで新しい建物をつくるチャンスはあまりないのに、学生たちは卒業後にどうするのですか?」と質問したことがある。すると「建築は教養であり、全ての領域に関わるので、医学や心理学、経済学などいろいろな道に進む人がいる」と答えが返ってきて、納得したという。
松岡さんは日本の大学院を卒業後、当時注目されていたニューヨークのコロンビア大学の大学院へ進学。すでに図面を描き模型をつくるスキルを身につけていたものの、それ以前に「私は誰なのか」を問われる苦しい経験をした。「建築家は物事の意味を本質から堀り起こし、新しい世界、より良い世界をつくる意志を持つ必要があります。そのために受けた教育はすごくヒリヒリして痛かったけれど、有意義でした」と振り返った。
「つくること」に疑問を持ち始めた学生たち
「最近の学生は表現ツールを豊富に持っていて、自分たちの学生時代より考える力があるかもしれない。以前は建物をつくることがカッコよくて解決策だったけれど、今の学生は新しくつくることに罪悪感を抱いているケースも。これだけ空き家があるのに、資源を使いCO2を出してもいいのかと。地球環境や地域課題にしっかり向き合おうという意識が高い」という。
ただ、「そういう学生が活躍する場が社会にあるかを危惧している」と松岡さん。「ゼネコンや設計事務所はつくることが仕事で、環境や地球課題に向き合って解決方法を提示することで収入を得られる場はなかなかないのが建設業界の課題」と述べた。
福岡を代表する建築と自身の仕事を紹介
福岡での代表的な仕事を問われた松岡さんは、一番大きくて一番長く関わった案件として、新北九州空港連絡橋を挙げた。20代で関わり始めて40代で完成したという一大プロジェクト。著書にプロセスや思いがつづられており、「100年の利用を考えて多くの知恵が集結し実現した橋が、公共空間として長く愛されることを祈ります」と締めくくっている。
また、福岡の人が一番目にするものとして、西鉄バスのデザインを紹介。デザイナーら6名のチームでコラボした経緯などは著書に詳しく、「バスは都市景観の一要素であり、街の景観が良くなってきたと感じられたらうれしい」と語った。
著書の前半は「街・福岡をかたちづくる建築」として、福岡の代表的な15の建築が丁寧に紹介されている。「アクロス福岡」「黒川紀章と福岡銀行本店」「村野藤吾と八幡」「前川國男と福岡市美術館」「ヴォーリスと西南学院」などに加えて、建て替えのため姿を消した「磯崎新と西日本シティ銀行本店」、市民に長く親しまれた「福岡ビル」の在りし日の写真やエピソードも掲載。大井さんは「福岡の街にはすごい建築家が関わっていたのだと改めて思いました。福岡の建築のガイドになる1冊ですね」と評した。
まず自分の街を知ることから始めよう
天神ビッグバンや博多コネクティッドで大きく変わっていく福岡の街をどう見ているのかと尋ねられて、「まちづくりには大きなビジョンやコンセプトがあって、そこに向けていくつもの具体案を描き、変化を積み重ねていった方がいい」と松岡さん。しかし、福岡に限らず、今はソリューションありきで「これだけの敷地と容積率があって、最近はホテルも商業もエンタメも大事だからすべて入れましたというケースが多く、その集積になっているのではないか」と指摘。「変化を否定しているわけではないけれど、数十年の間に人口は3分の2になることを見据えて、次の世代に何を手渡していくのか、考え抜いて英知を集めてやっていくべき」と考えを語った。
松岡さんはNPO法人福岡建築ファウンデーションを設立し、2009年から一般市民向けの建築ツアーや子ども向けのワークショップなどを行ってきた。きっかけは2008年、世界的建築家の磯崎新氏が設計した福岡市の小さな建築が、30年でひっそり解体されることに衝撃を受けたから。「存在しているうちに建築の魅力を紹介し、人々に愛してもらう機会をつくらなくては」と考えたのだという。
一方で、街の変化に対してアクションも起こしてきた。母校の九州大学箱崎キャンパスが移転のため取り壊されるとき、歴史ある古い建物をいくつか残して、新たなまちのカフェやライブラリーとして活用してはどうかと大学側に伝えたものの、叶わなかった。天神ビッグバンにコンサルティング業務で携わった際は、新しい建物にギャラリーやホールをつくり、文化を切り口としたコミュニティを育み街の魅力を高めることを提案したが、残念ながら実現できなかったと話した。そこで自ら天神を九州の文化発信地にする社会実験「One Kyushu ミュージアム」を開催。これからも福岡の都心の未来に対して提言や行動を続けていくという。
著書には福岡のみならず海外の事例も盛り込まれ、一つひとつの建築や街の歴史、デザイン、魅力についてエピソードを交えつつ、松岡さんならではの視点でつづられている。読み終えると、建築がぐっと身近に感じられて、見慣れた街の風景が違って見えるだろう。
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