世界遺産・仁和寺で「建築学生ワークショップ 2023」が開催

2023年9月17日、古都・京都、真言宗御室派の総本山である仁和寺境内にて、「建築学生ワークショップ 仁和寺」の公開プレゼンテーションが開催された。9月としては異例の猛暑日を記録したなか、全国の建築を学ぶ大学生たちが一堂に会し、フォリーと呼ばれる一日だけの小さな建築空間を実現した。

毎年開催されてきた建築学生ワークショップ。2023年は、弘法大師・空海誕生1250年を迎えた、京都の世界遺産・仁和寺が舞台となった毎年開催されてきた建築学生ワークショップ。2023年は、弘法大師・空海誕生1250年を迎えた、京都の世界遺産・仁和寺が舞台となった

未来を担う建築学生たちが全力で一つのことに取り組み、その成果を披露する場として、過去には、平城京跡(2010年)、竹生島(2011年)、高野山金剛峯寺(2015年)、明日香村(2016年)、比叡山延暦寺(2017年)、伊勢神宮(2018年)、出雲大社(2019年)、東大寺(2020年)、明治神宮(2021年)、宮島厳島神社(2022年)と、日本各地を代表する聖地で開催されてきた。2023年の仁和寺開催もまた、学生たちの若い感性による新たな発想や試行錯誤、挑戦する姿が随所に見られ、未来への期待が膨らむ一日となった。

2023年の公開プレゼンテーションに至るまでの学生たちの奮闘と、当日の様子を紹介しよう。

毎年開催されてきた建築学生ワークショップ。2023年は、弘法大師・空海誕生1250年を迎えた、京都の世界遺産・仁和寺が舞台となった建築やデザインを学ぶ全国の学生が集い、10班に分かれて小さな建築空間を制作する。壇上に並んだ班長10名のうち6名が女性。建築業界で活躍する人材にも変化の兆しがあることが窺える

約3ヶ月をかけて10体の小さな建築空間が作り出された

プレゼンテーション前日、制作中の様子。講師陣が作業中の各班を回り、安全性の確認や構造のアドバイスなどを行う。練りに練ってきたプランであっても、この現場でのやりとりで大きく仕様の変更を決断することもプレゼンテーション前日、制作中の様子。講師陣が作業中の各班を回り、安全性の確認や構造のアドバイスなどを行う。練りに練ってきたプランであっても、この現場でのやりとりで大きく仕様の変更を決断することも

建築学生ワークショップでは、「今、建築の、原初の、聖地から」というコンセプトのもと、学生たちが設計敷地である「場」の特性を読み解き、小さな建築空間を一日だけ創出する。主催するのは、NPO法人 アートアンドアーキテクトフェスタ(AAF)。建築やデザインを学ぶ大学生や院生が中心となって、若手建築家の展覧会や本ワークショップのような催しを企画・運営している。

建築学生ワークショップの大きな特徴は、第一線で活躍する建築家やファッション・美術の分野の評論家など、日本を代表する講師陣の指導を受けながら取り組める点にある。本ワークショップの開催目的の一つにも、「海外での教育経験のある講師を招聘する等、国際的な観点から建築や環境に対する教育活動を行うワークショップとして、国内では他に類を見ない貴重な教育の場を設ける」と挙げられている。

6月の現地調査からエスキース、7月の提案作品講評会を経て、合宿までにかける期間は、およそ3ヶ月。学生たちのコンセプト・構想・設計提案、講師陣からのフィードバックが繰り返されていく。

残暑が厳しいなか、日が暮れるまで前日作業は続く。時には講師陣も自ら手を動かし、各班のフォリーが完成するようサポートをする残暑が厳しいなか、日が暮れるまで前日作業は続く。時には講師陣も自ら手を動かし、各班のフォリーが完成するようサポートをする

公開プレゼンテーション前日の様子を見学させてもらったが、どの班も時間ギリギリまで、講師陣の指摘やアドバイスのもと、思い描いたフォリーに近づけるために作業を続けていた。机上でエスキースや構造設計をいかに整えても、現地では想定どおりにいかないことばかりのようだ。構造の不安定さ、風や光などの自然環境の読みの甘さ、意匠の配慮不足など、学生たちを見守ってきた講師陣から厳しい𠮟咤激励が飛び交う。

学生たちの反応はさまざまだ。「講師陣に言われたことをそのまま素直に行動に移す学生、アドバイスはしっかり聞きつつも最終的には自分の意志を貫く学生、どちらもいますけど、どちらも大事ですね」と講師陣の一人は語る。知見も経験も豊富な講師陣から直接指導を受けながら、一つの作品に真摯に向き合える経験は、学生たちにとってほかには得がたい経験といえるだろう。

最優秀賞は「綿(わた)」を構造・意匠材としたフォリー

プレゼンテーション当日は、10班それぞれが作品のコンセプト、仁和寺との関連性、構造・意匠のこだわりなどを発表し、講師陣による質疑応答のうえ、採点が行われた。発表された最優秀賞、優秀賞、特別賞をみていこう。

最優秀賞 5班:わ
最優秀賞を獲得したのは、5班のフォリー。「わ」と名付けられた作品は、建築材料としては珍しい綿が構造・意匠材として用いられている。綿のもつ柔らかさや儚さ、安らぎなどが上手に生かされ、仁和寺の名勝である御室桜の前、境内のなかでも憩いの場として親しまれている5班の計画地によく馴染んでいる印象を受けた。綿を構造材として使うには苦労もあったようで、綿を四つ編みにし材を継ぎ、現地で完成形態を模索したという。
講評者からは「綿という面白い素材に挑戦した。それだけじゃなく背景となる御室桜との関係性や、綿のもつ特性が平和の象徴である仁和寺とも重なるなど、綿というアイデアから思考が広がる点もよかった」といった声があった。

最優秀賞を受賞した「わ」。いろいろな意味を込めたというが、「平和」「人の輪」「循環の環」などが思い浮ぶタイトルだ。フォリーで使用した綿は、京都の寝具店が引き取り、新しい商品に再利用する予定だという。2023年の学生たちは、このように作品を作る段階でリユース先まで考慮し、完成までの間に相談まで済ませているケースが多かった最優秀賞を受賞した「わ」。いろいろな意味を込めたというが、「平和」「人の輪」「循環の環」などが思い浮ぶタイトルだ。フォリーで使用した綿は、京都の寝具店が引き取り、新しい商品に再利用する予定だという。2023年の学生たちは、このように作品を作る段階でリユース先まで考慮し、完成までの間に相談まで済ませているケースが多かった

優秀賞 3班:さとる
優秀賞は3班が獲得した。計画地は、五重塔の目前。普段足を踏み入れることのできない歴史的建造物がもつ「シンボリック性」「五感」をキーワードとし、見るだけでなく中に入り、音を体感できる空間を生み出した。
特別賞 6班:こゆるり
6班の計画地は二王門。高さ18.7mという"剛"の印象を受ける門に対して、雲のようにふわふわと漂う"柔"のフォリーを作り、調和しつつも対比した造形を目指した。風が強くなるとドラゴンのような迫力のある動きも見せ、自然があることで成り立つ造形や揺らぎも評価につながった。
次点 8班:紡ぐ
受賞には至らなかったが、次点の得票を獲得したのが8班のフォリー。京都の専門店から金糸を仕入れ、参道を歩く人の頭上に時間や天候によって表情が変わる糸を張り巡らせた。太陽の光を反射した煌めきはとても美しく、多くの人が自然と空を見上げていた。

最優秀賞を受賞した「わ」。いろいろな意味を込めたというが、「平和」「人の輪」「循環の環」などが思い浮ぶタイトルだ。フォリーで使用した綿は、京都の寝具店が引き取り、新しい商品に再利用する予定だという。2023年の学生たちは、このように作品を作る段階でリユース先まで考慮し、完成までの間に相談まで済ませているケースが多かった(左)3班「さとる」。京都の木材を使用し、フォリーの中に入ると柱と屋根が動き、さまざまな揺れの変化が起きる。一歩足を踏み入れると、カラコロと下駄のような軽やかな音が響く。(右上)6班「こゆるり」。下から腰掛けてフォリーを体感できるよう、コロナ禍で使用していたアクリルパーテーションを再利用した椅子が設置されている。(右下)8班「紡ぐ」。前日の夕方まで設置位置の検討や調整を念入りに行っていた姿が印象的だった

10班それぞれ、仁和寺の場所性を表現した作品がそろった

(上)1班「千代の夢」。素材は仁和寺の裏山から採取した土にすさと水を混ぜている。(下)2班「かさなり」。表層部分には仁和寺の裏山で採取した苔を使用している(上)1班「千代の夢」。素材は仁和寺の裏山から採取した土にすさと水を混ぜている。(下)2班「かさなり」。表層部分には仁和寺の裏山で採取した苔を使用している

惜しくも上位入選とはならなかったが、その他の班も仁和寺の場所性をとらえた作品が続いた。

1班:千代の夢
タイトルは、仁和寺の雄大な時間軸を表す「千代」と、一日しか建たないフォリーの儚さを表す「夢」に由来する。自然素材である土壁を採用したのは、時間とともにその姿は変化し、諸行無常であることを表現している。
2班:かさなり
祈りの空間である神聖な金堂の役割を小さな空間で再現したというフォリー。竹で編まれた幾何学のグリッドにより、日の光が差し込むと現れる美しい影が印象的であった。

4班:鏡心
仏教の経典を保管する経蔵の前が計画地となった4班。空を見上げ、思い耽る空間体験をもたらすことができるフォリーとして、竹と縄の支え合いで成り立つ空間を作り上げた。
7班:ゆかり
弘法大師空海が祀られている御影堂の前に建てられたフォリー。御影堂の華麗さを表そうと、弘法大師が残した「蓮を観じて自浄を知り、菓を見て心徳を覚る」という言葉から「蓮」をイメージした造形とした。
9班:滲静
天皇の使者が訪れたときにだけ開く勅使門。廃棄される鉋(かんな)材を使い、閉ざされた門からにじみ出るオーラや高貴さが表現されている。透明感を出せるよう、材の厚みなど試行錯誤を重ねたという。
10班:X
水の使い方が特徴的だったのが10班のフォリー。綺麗に反射するよう黒い防水シートを活用し、自分と水面に映る自分の虚像との関係を知覚できるような建築となっている。

(上)1班「千代の夢」。素材は仁和寺の裏山から採取した土にすさと水を混ぜている。(下)2班「かさなり」。表層部分には仁和寺の裏山で採取した苔を使用している(左上)4班「鏡心」。祇園祭で使用し廃棄予定だった縄を再利用している。(右上)7班「ゆかり」。トラス構造で表現された蓮の花。(左下)9班「滲静」。使用した鉋材は、京都の建築事務所に協力を依頼し、インテリアとして再利用される予定だという。(右下)10班「X」。扇形の水盤が印象的なフォリー。光を反射する水面を覗く人が大勢いた

建築学生ワークショップは、建築業界を担う若者の成長の場として

力作ぞろいとなった2023年の建築学生ワークショップ。10月には図録として出版されるので、各フォリーの構造や意匠などの詳細を知りたい方はぜひ参照されてほしい。

総評として、講評者からは「点数により順位はついたものの、結果は紙一重だった。最後まであきらめずに、妥協なくいい作品にしようと悪あがきをしたことが結果の差を分けた。学生時代はそれでよいし、そこが評価された。だけどプロの建築家になったらそうはいかない。いかに予測して準備して工程を組めるか、限られた条件のなかで完成度を上げられるか、そこが大事になる。ぜひこの経験を生かしてほしい」
「最後は現場での対応力が必須になる。このワークショップでそれを実感できたと思う。ただ今後は、設計段階でのプロセスはどんどん変わっていくはず。生成AIや3Dプリンターの活用など、新しい感性で今までにない建築手法を生み出していってほしい」など、準備期間からプレゼンテーションの日まで一貫して、厳しくも温かな言葉が講師陣から学生たちにおくられた。

これからも業界の未来を切り拓いていく若者たちが切磋琢磨し、共に成長できる貴重な場として、今後も建築学生ワークショップが続いていくことを期待したい。

開催翌月に発行される建築学生ワークショップドキュメント・ブック(図録)。画像は2020~2022年開催のもの。2023年版も楽しみだ(引用:https://ws.aaf.ac/)「建築学生ワークショップ 2024」の舞台は京都、真言宗醍醐派の総本山である醍醐寺開催が予定されている。874年に理源大師・聖宝によって開創され、1994年にはユネスコ・世界文化遺産に登録された。仁和寺と同様、長い歴史を刻んできた場所だ。2024年5月には学生の募集を締め切り、来秋に公開プレゼンテーション予定

■取材協力:特定非営利活動法人(NPO法人)アートアンドアーキテクトフェスタ. © AAF Art & Architect Festa info@aaf.ac.
https://aaf.ac/

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