仕事をつくること以上に、地方創生に重要なものとは

2022年12月19日、LIFULL HOME'S PRESSは、「『遊び』で生み出す地方創生 ~ 砂浜美術館・とよしばの事例から~」をテーマにオンラインセミナーを開催した。国策としての地方創生は、地方における人口減少を食い止める人口政策であり、そのために地方に仕事をつくることを基本的なコンセプトとしている。

今回のセミナーで語られたのは、仕事も大事だが、人が本質的に必要とするものがある。それをなくして人は集まらないし、地方創生はなしえないということ。
本稿では「人間に必要なものは『遊び』であり、遊びは人間の本質」であると示した調査報告(※1)とともに、地方で遊びを実践する事例が紹介された本セミナーをレポートし、遊びがもたらす地方創生の可能性を考えていきたいと思う。

※1:LIFULL HOME'S総研「“遊び”からの地方創生寛容と幸福の地方論Part2」(2022年)

LIFULL HOME'S PRESSのオンラインセミナーは、今回で4回目となるLIFULL HOME'S PRESSのオンラインセミナーは、今回で4回目となる

遊びが寛容性を生み、寛容性が人を呼ぶ

島原氏は、歴史家ヨハン・ホイジンガの著書『「ホモ・ルーデンス』」を紹介。ホモ・ルーデンスとは遊ぶ人のことだ。「遊びは文化より古く、人間の文化は遊びとして発生し展開してきた」と書かれているといい、コロナ禍で“不要不急”とされた遊びだが、実は人間の本質なのだと述べた(投映資料より)島原氏は、歴史家ヨハン・ホイジンガの著書『「ホモ・ルーデンス』」を紹介。ホモ・ルーデンスとは遊ぶ人のことだ。「遊びは文化より古く、人間の文化は遊びとして発生し展開してきた」と書かれているといい、コロナ禍で“不要不急”とされた遊びだが、実は人間の本質なのだと述べた(投映資料より)

基調講演を行ったのはLIFULL HOME'S総研(以下、同総研)所長 島原 万丈氏。島原氏は国の地方創生政策に対し「毎年2兆円の予算がつぎこまれているのに、大きな変化がなかったというのが実感ではないでしょうか」と疑問を投げかけ、こう続けた。
「人口はあくまでも結果。人は誰でも、幸福に生きられる場所で暮らしたいし、それが実現できる場所を選ぶ自由と権利があります」

したがって地方創生は地域の幸福度(Well-being)の向上を目指したほうがいいが、人の幸せは多様で、しかも多様性は時に摩擦を生む。そこで、「地域社会は多様性に対して寛容であることが求められる」と島原氏は考える。

同総研が過去に行った調査報告(※2)によれば、寛容性の高さは大都市圏において圧倒的に高く、寛容性はその地域に住みたい、住み続けたい、残りたい、戻りたいと思わせる強い要因となるという。また同調査では、地域の文化水準の満足度の高さが寛容性と強い相関があるということも分かった。

そこで、文化水準の満足度を上げるものとして同総研が着目したのが今回のテーマ「遊び」だ。同総研が実施した余暇活動の行動率の調査では「映画鑑賞、読書、演劇鑑賞、美術鑑賞、音楽会などの余暇の行動率は、人口の多い地域でとても高く、旅行、スポーツ、習い事なども含めてすべて同じ傾向」との結果が出ているという。

※2:LIFULL HOME'S総研「地方創生のファクターX 寛容と幸福の地方論」(2021年)

島原氏は、歴史家ヨハン・ホイジンガの著書『「ホモ・ルーデンス』」を紹介。ホモ・ルーデンスとは遊ぶ人のことだ。「遊びは文化より古く、人間の文化は遊びとして発生し展開してきた」と書かれているといい、コロナ禍で“不要不急”とされた遊びだが、実は人間の本質なのだと述べた(投映資料より)同じ遊びの概念の中でも、「観光・旅行」は高い幸福度につながり、一方で「TV・ネット・SNS」や「アニメ・・ゲーム・アイドル」は幸福度の高い人はしない傾向にある遊びであることが示された。また、「観劇・コンサート」「教養・勉強・モノ作り」は、寛容度を高めるのに強く影響するという(投映資料より)

調査報告からは都市の人口規模による「遊び」の格差も浮かび上がった。東京都や人口100万人の大都市ほど「観光・旅行・グルメ」「観劇・コンサート」「教養・勉強・モノ作り」といった遊びの実施率が高いこと、さらにこれらのジャンルを20~30代の女性に絞って見ると、都市部の実施率が地方と比べて顕著に高く、地域の文化水準の満足度にも関与しているという。

島原氏は「地域の平均所得が低く、かつ人口が少ないと遊びのマーケットが成立しないため、東京と地方との格差を広げています。特に若い女性の遊びの格差が大きく、若年女性が東京を離れない理由はそこにあるのではないでしょうか」と推察。「遊び」の数が多いほど、地域への愛着や誇り、個人の幸福度も高くなっており、そのことが個人の寛容度にもつながる傾向があるという結果も合わせて報告された。

さてここでおそらく、「年収が高い人ほど幸福で寛容なのでは?」と疑問がよぎった人もいるのではないだろうか。しかし島原氏によると、年収が高い人ほど幸福で寛容なのではないかという疑いを念頭に、遊びと寛容度との相関関係を調べたところ、性別・年齢・年収などあらゆる個人的属性よりも遊びが強い影響を与えているという結果が出たという。

島原氏は最後に「遊びは幸福度に強い影響があり、遊びは、その地域の寛容性を高める役割があります。つまり、遊びによって幸福度と寛容性が両方達成できます。これは寛容と幸福の地方論の基本的な理念で、豊かな生活文化を形成し多様性を認める社会は、地域の魅力につながりますし、また、多様で生活文化が豊かな地域は、人口に好影響があるはずで、地域活性化の大きな力になるのではないでしょうか。非常に長いプロセスにはなりますが、地方創生の土壌・土台をつくる上で、遊びがいかに重要かがわかった調査結果でした。地方創生は、遊びをもっと大事にして、その力に注目すべきです」と述べ、基調講演を締めくくった。

島原氏は、歴史家ヨハン・ホイジンガの著書『「ホモ・ルーデンス』」を紹介。ホモ・ルーデンスとは遊ぶ人のことだ。「遊びは文化より古く、人間の文化は遊びとして発生し展開してきた」と書かれているといい、コロナ禍で“不要不急”とされた遊びだが、実は人間の本質なのだと述べた(投映資料より)島原氏は、遊びによる幸福度(Well-being)と寛容性の醸成が、延いては人口に好影響をもたらすと説明(投映資料より)

ものの見方を変えることで生まれる遊び

ここからは、実際に「遊び」をテーマにした事例紹介に移る。最初の登壇者は、NPO砂浜美術館 観光部 Seaside Galley 塩崎 草太氏だ。砂浜美術館は高知県の四万十エリア、黒潮町にある。美術館といっても、一般に想像するような建造物ではなく、白く広がる美しい砂浜が美術館だ。

同美術館のコンセプトに「ものの見方を変えると、いろいろな発想がわいてくる。4キロメートルの砂浜を頭の中で美術館にすることで、新しい創造力がわいてくる」とある。塩崎氏も「ものの見方を変えることが肝で、自分たちも大切にしていますし、皆さんにも考えていただきたい」と話す。

30年前、砂浜しかない私たちの町で誇れるものは何だろう?と考えたとき、「長さ4kmの砂浜は国家予算を投じてもつくれないよね」と考え立ち上がったのが砂浜美術館だという。砂浜しかない、ではなく砂浜があると、見方を変えたことで生まれた活動なのだ。

この考え方は展示物に対しても同様で「砂浜に描かれた足跡やウミガメ、流れ着いた漂流物など、今まで当たり前に見ていたものが新鮮なものに見え、作品のように思えてきました。作品は、ありのままの自然、後世に残したいもの伝えたいものです」と塩崎氏は話す。
ただ作品についてのこの考え方は「観光客に伝えるには難しい面もあるため、わかりやすく具現化したものとして毎年ゴールデンウィークにTシャツアート展を開催しています」と、30年以上続く企画展の意図を説明する。

30年続く企画展「Tシャツアート展」の様子(投映資料より)30年続く企画展「Tシャツアート展」の様子(投映資料より)

「企画展やイベントは、考え方を伝えるひとつの手段」という塩崎氏。人生を豊かにする考え方を砂浜美術館と呼び、その考え方を目に見える形として表現する企画展やイベントをSeaside Galleryと呼んで、それぞれを位置づけているという。

塩崎氏からは遊びに通じるいくつかのイベントが紹介され、例えば「イスに座って海を見る日」というイベントは、お気に入りのイスを持って砂浜に行くというもの。ほかにも、「すなはま教室」や「町長室はコチラです。」という企画があるが、どれも「遊びというより、遊び心がしっくりくる」と話し、「砂浜に町長室を作るなんて、こんなことできる町っておもしろくない?というメッセージも込めた」と明かした。

「いつも逆境やマイナスを逆手にとる発想をしている」という塩崎氏。実は黒潮町は、南海トラフ巨大地震発生時には34.4mという日本一の津波高が想定される町だと説明し、こんな日本一も逆手にとって、まちづくりに取組む町の姿勢も紹介した。

柔軟な発想と遊び心を見せた塩崎氏の講演。「黒潮町は人が少なくて遊び場も少ないと言われますが、地域資源を見直せばいろいろなことができます。地方特有の難しい課題もありますが、都会を追いかけるのではなく自分たちの足下を見つめ、砂浜美術館のコンセプトにもある“ここに住み、ここが好きだ、と言えること”を体現していくことが私たちの使命です」と、想いを語った。

30年続く企画展「Tシャツアート展」の様子(投映資料より)「すなはま教室」の様子。「町長室はコチラです。」では実際に町長が砂浜で公務を行った(投映資料より)
30年続く企画展「Tシャツアート展」の様子(投映資料より)太平洋を望む高知県立土佐西南大規模公園(砂浜美術館が管理)。34.4mもの津波が予想される黒潮町では、戸別に全世帯の避難計画が作られるなど、津波に備えたまちづくりも進む(投映資料より)

“まちづくりは人づくり”の考えで、自分たちで遊びを作り出せる街に

続いては、有限会社ゾープランニング 代表取締役 神崎 勝氏よる、愛知県豊田市「とよしば」の取組み事例の紹介。「とよしば」は名古屋鉄道豊田市駅前にある芝生広場だ。一面の天然芝に飲食店と公共機能が併設されており、そこでさまざまなイベントが行われる光景は、よくある駅前ロータリーとは一線を画す。

この「とよしば」や隣接する飲食店を運営し、さまざまなイベントを企画・運営する神崎氏は、現在のとよしばが生まれるまでのストーリーを紹介した。

大阪から地元愛知県に戻り、地元で何か面白いことができないかと友人と話す中で「TOYOTA ROCK FESTIVAL」という音楽フェスを立ちあげた神崎氏。2007年から12年間行われ、4~5年目からはキャンプサイト、さらにはエクストリームスポーツのショーなどもフェスの中で展開。

他にもクラウドファンディングにより行われた「FMX AIR JACK」は日本初の公道でのFMXイベントで、警察の許可が必要な公道の使用は、豊田市役所の協力があって実現したと話す。

市街地の公道を使って行われたイベントの様子(投映資料より)市街地の公道を使って行われたイベントの様子(投映資料より)

ここまでの話でわかるのは、イベントを続けていく中で、地元の仲間や企業、さらには行政もが、イベントの趣旨や考え方に共鳴し、協力してくれるようになっていったという点だ。

「もともと『あそべるとよたプロジェクト』として、駅前のペデストリアンデッキ広場を利用した実証実験が行われました。実証実験の1期目(1ヶ月間)は予算がない中で工夫して飲食店を実施。2期目(3ヶ月間)はコンテナを改造した飲食店を出し、広場が『あそこに行けば誰かいる』という、人とつながれるハブ的な要素になりました」(神崎氏)

3期目(6ヶ月間)の実証実験を終えた後、さらなる検証として駅前の銀行跡地での実証実験が行われることに。プロポーザル方式のコンペを経て、神崎氏は仲間の会社と一緒にここで「とよしば」の管理・運営を行うことになる。

「とよしばは、天然芝の広場と公共施設と飲食施設と、さまざまな顔を持つ、日常で使ってもらえる良い空間です。公共施設ではセミナーを開催したり、イベントでは落書きアートやヨガ教室、マルシェなどをしています。コロナ禍では“盆踊らず”で踊らずに、静かにやぐらを眺めて風情を楽しんでもらうなんてこともしました」(神崎氏)

さまざまなイベントを実行してきた経験をもつ神崎氏。とよしばでは「イベントをしたいけどどうしていいかわからないとか、もっとこうしたいと思う人で、サポートを必要としている人にはお手伝いをさせてもらっています」と、神崎氏とともにとよしばを管理運営している、株式会社こいけやクリエイトの西村 新氏による「なんかしたい相談所」にも触れた。

最後にもう一度「とよしばでは基本的に、ここでイベントや企画をしたい皆さんのサポートやアドバイスをしています」と話す神崎氏が示す資料には、「まちづくりはひとづくり」と書かれていた。

遊びを自分たちで作り出す、それを数々実行してきた神崎氏のノウハウや想いは、多くの人の助けとなり、とよしばや豊田市を盛り上げている。

市街地の公道を使って行われたイベントの様子(投映資料より)ペデストリアンデッキでの実証実験の様子(投映資料より)
市街地の公道を使って行われたイベントの様子(投映資料より)イベントがない日には、思い思いに時間を過ごす光景が見られる「とよしば」。ここから新たな遊びが生まれていく(投映資料より)

遊びの効能が語られたトークセッション

最後はこれまでの全登壇者と、過去にこの2つの事例を取材した経験をもつ、住まいと街の解説者 中川寛子氏も参加してのトークセッションが行われた。

中川氏は今回、LIFULL HOME'S総研の調査に際し「遊び」を切り口に地方でのさまざまな取り組みを取材。「とよしばは、以前の取材時に『遊びがないなら作ってしまえばいい』とおっしゃったのが印象的で、今回“遊び”をテーマに取材することになり、真っ先に取材させていただこうと思いました。黒潮町も独自性があって面白く、継続性もあることから変化もあるだろうと、砂浜美術館以外の方々にもお話を伺いました。するとやはり、活動が町全体に広がっていることを感じました」と、今回の2事例について語る。

地方で人を呼び込むためになぜ「遊び」が大切なのかという話題では、塩崎氏は「町づくり・町おこしという言葉はよくあるが、難しいのは継続することです。砂浜美術館は、自分たちが楽しいからやっています。楽しい遊びがあることで、継続性が出てくるのではないでしょうか」と、遊びが取組みの継続につながる可能性を示し、島原氏も、「遊びはやりたいからやるもの。自発的なモチベーションはとても大切です。たとえば予算消化のためのイベントになってしまうと、目的が別になってクオリティも変わってしまいます」と、遊びの意義を説いた。

トークセッションの様子。上段右から島原氏、神崎氏、LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏。下段右から塩崎氏、中川氏トークセッションの様子。上段右から島原氏、神崎氏、LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏。下段右から塩崎氏、中川氏

続いて島原氏から、「公道を使ったイベントを行うなど、反対や苦情もあったと思いますが、どうやって乗り越えてきましたか?」と神崎氏に質問がなされた。

「苦情はいろいろありましたし、人間ですからそれらに慣れることもありません。きちんと整理して、ご意見として取り入れるべきものは取り入れました。行政との交渉は、ただ『やりたい』と言うだけでなく、実際に見てもらったり、膝を突き合わせて考えを話しました。理解されないことがあっても、根気よく取り組むことが大切です」と神崎氏。さまざまな困難に出会っても、根気よく継続されている「遊び」と、そこから生まれる寛容性について島原氏は、こう語る。

「通常の日常の秩序から逸脱するのが遊びであり、遊び心ですよね。しかしエキストリームなスポーツでもルールはあり、ルールが無いと面白くない。つまり遊びは、おのずとルールを求めていく性質があるもの。これを街の中に取り入れようとすると、新しいルールメイキングの可能性が開かれていきます。たとえば豊田市のスケボーパークなどは、ルールを作ることで、クレームの出がちな遊びを街に導入していますよね。実はルールメイキングは、遊びが持っている隠れた力なんです」

ものの見方を変え、「遊び」を創出し、地方にイノベーションを

セミナーの最後に島原氏は、「行政的には人口や経済の活性化は大切ですが、遊びの中にある非日常が、ものごとの違う見方を可能にしたり、違う意見を認める寛容性につながります。そして、これが地方に新しいイノベーションを起こす土壌になります。イノベーションを起こしてくれる一人を待つのではなく、地域全体が社会として創造性を高めていく。そのためにはいろいろなものの見方をみんなができるようになることが大事で、うまくいけばその先にイノベーションの芽が生まれてきます」と語り、さらに「行政が本来支援しなければいけないのは、こういった土壌の耕しであって、芽が出てきた新規事業に補助金を入れることではないと、私は思っています」と考えを述べた。

ものの見方を変え、多様な見方を許容する。このことが創造性を高め遊びを創出し、寛容性へとつながっていく。地方活性化のために、仕事づくり以上に大切なポイントは何か、よく伝わったセミナーだったのではないだろうか。

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公開日:

ホームズ君

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