時間をかけて入居する人とつながる
「ゆいま~る那須」(株式会社コミュニティネット)は、栃木県那須町のもともとは雑木林だったところを切り開いて作られた5棟、全71戸からなるサービス付き高齢者向け住宅(以下サ高住)。2007年に現地からの相談を受けての企画・調査に始まり、建物の完成まで立ち合い、現在は入居者としてゆいま~る那須を見続けてきた近山恵子さんに話を聞いた。
「ゆいま~る那須の開設のきっかけになったのは、ある別荘管理会社からの相談でした。別荘の持ち主の高齢化が進み、車の運転ができなくなったり、一人暮らしになったりで都会に戻ってしまう例が増えた。なんとかならないかというのです。都会では逆に、高齢になってからの家賃の高い都心での暮らしに不安を抱えている人もいます。であれば、環境が良く、高齢者が豊かに暮らせる土地に住まいを作ることには意味があるのではないかと考えたのです」
2007年7月に「那須プロジェクト実行委員会」ができ、2008年にはスタッフ2人がこの地域に住み込み、同年7月からは現地見学会がスタートする。
普通のサ高住であれば、一般の賃貸住宅同様、まず住宅を作り、それが完成してから入居者を募集、入居者は互いにどんな人が入るのかを知らないままに入居する。ところが近山さんたちは建物をプランニングする時点から多くの入居希望者に関わってもらい、計画を作りあげていった。
「大型バスを利用し、各回20~30人ほどが参加して何度も見学会をやり、どんな住まいにしたいかを考える集まりを開くなど、手間をかけて計画を詰めていきました。そうするとそれが面倒と思う人は来なくなりました。何度も顔を会わせているうちにあの人とは一緒に住みたくないという話も。隣人などと馴染むには普通でも1年半ほどはかかりますし、俺が、俺がという人とはさらに時間がかかるでしょう。それでも折り合える人同士なら良いですが、そうでない人もいます。最初にまとまった金額の家賃を納めて入居する仕組みがあることもあり、できるだけ入居前に時間をかけ、不安を解消しようと考えたのです」
中庭、エンガワドマを通じて互いを感じる建物
建物は高齢者がコミュニティを形成しやすい住宅をテーマにコンペを行い、当時30代だった株式会社プラスニューオフィス一級建築士事務所の瀬戸健似さん、近藤創順さんが手掛けた。84件の応募作品の中で、他には平屋を含む木造の案はなかったそうだ。実際の現地は自然環境を取り込むように、隣人と自然に顔を会わせるように起伏のある土地の中庭を囲んで5棟の住居棟、共用棟などが配される形となった。
使われたのは地元の八溝杉を中心にした自然素材である。八溝杉は栃木県、茨城県、福島県の県境にある八溝山周辺の山々で伐採されるもので、狂いにくく、木目や赤身の色がきれいで曲げ強度が強いなど木材のなかでも評価が高いものとか。強さは見た目では分からないにせよ、建物内外の木の美しさは印象的である。
住宅は33.12m2(10坪)のワンルーム、46.37m2(14坪)の1LDK、66.24m2(20坪)の2LDKの3タイプあり、同じ広さでも間取りはそれぞれ。ただ、共通しているのは玄関部分がエンガワドマとして広く取られていること。エンガワの名称から分かる通り、住戸の玄関であると同時に中庭の通路を行く人と家の中にいる人をつなぐような存在でもある。エンガワドマの脇にキッチンがあり、道行く人の雰囲気を感じられる作りになっている間取りもある。
何軒かお住まいの住居を見せていただいたのだが、どうも、もっとも住む人の個性が出るのはエンガワドマのよう。農業にはまっているというお宅ではたくさんの植物に長靴などが置かれており、書棚を設えているお宅も。
また、とても羨ましく感じたのは玄関と反対側、リビングや寝室の窓の向こうに広がる風景である。部屋によって異なるが、林や山、庭などの緑、自然が望め、とても開放的で美しいのだ。隣の家の窓や屋根しか見えない都会での暮らしに比べると気持ちの和む、幸せな気分になれる眺めだった。
互いを理解するために定期的な勉強会も
こだわったのは建物完成までの時間、建物の配置や作りだけではない。2010年に入居が始まってからもゆいま~る那須では入居者間のコミュニケーションを図り、暮らす喜びを作る活動が続けられてきている。まず、入居から2年間ほどは月に1回くらいのペースで勉強会が開かれてきた。
「認知症について、医療にできること、死ぬことについてなど、これからの私たちを待ち受けることについてさまざまなテーマで勉強会をしてきました。継続したことでなんとなく、将来を意識するようになり、互いに優しくなれたのではないかと思います」
高齢者が集まる施設といってもゆいま~る那須の場合、入居時点では60歳から75歳を中心に幅広い年齢の人が集まっており、かなり多様。リゾート地にあることから、別荘的に使っている人もいるそうで、都会にある同種の施設では平均年齢が80歳に近いことに比べると、高齢者施設といっても若い層の人もいる。
「終の棲家というより、高齢になってからの住まいの選択の幅が広がった、選択肢が増えたということではないかと思います」
それだけに互いをより良く理解するためには加齢が意味することを知っておく必要があるというわけだ。ちなみに最高齢は86歳で入居、現在96歳だそうで、その方は入居者にとっては年の取り方のお手本のようなものだという。
入居者はお客さんにあらず
その勉強会以上にゆいま~る那須の大きな特徴は、入居者をお客さんにしないという点。他のサ高住や高齢者施設であれば入居者はサービスを受けるだけであることが多いが、ゆいま~る那須では入居者はそれぞれにできる範囲で自分の役割を持ち、仕事をしている。
食堂では希望者に昼食、夕食が供されているが、そこで出す蕎麦を打つ人も、天ぷらを揚げる人も入居者だったそうだ。コミュニティネットと雇用契約を結び、食堂責任者を入居者が担っていた時もある。公共交通機関利用が不便なため、ゆいま~る那須では自前で2方面に送迎車を運行しているが、その運転手も入居者。
ボランティアとして隣接する森林ノ牧場の牛のえさやりや、花と緑の会での庭の整備、食事の片付けなども入居者が担当している。
また、「ま~る券」というハウス内通貨が流通しており、この通貨を介して入居者間でしてほしいこと、できることを出し合ってサービスを受けたり、提供したりという仕組みもある。ごみ出しを手伝ってもらう、家具の組み立てや掃除をサポートしてもらう、その他サービスの内容、対価はお互いで決めることになっている。ま~る券そのものもプロの紙すき技術を持った入居者が作ったそうで、リタイアしたとはいえ、各種のプロが互いの技術、ノウハウをやりとりしながら暮らしているのである。
これによって、「ここでの暮らしには人のために役立っている」「社会と繋がっている」という実感が生まれていると近山さん。人が元気に、尊厳を保ちながら生きるためにはお客さんになるのではなく、必要とされることが大事なのである。
地域に開かれた場を目指す活動も
いくつか、実用的なこともご紹介しておこう。ゆいま~る那須には住棟のほかにゆいま~る食堂、スタッフの事務所などが全体の入口部分にあり、それ以外に図書室、音楽室があり、図書室の2階はゲストルームになっている。こうした共用スペースなどを利用してのイベント、教室なども開催されており、入居者が先生を務めることも。
入居者のうちで関心のある人が集まり、完成期医療福祉部会、温泉部会、図書部会、イベント部会などの活動も行われている。遊びもあるが、今後の課題にも自分たちで立ち向かおうという姿勢が、自立した人たちの多いゆいま~る那須らしいところだ。
コロナ禍のため、現在は中断しているが、食堂では土曜日に居酒屋が開かれており、地域の人の参加も。これには年数が経つにつれ、介護が必要な人が増える問題への対処も意識されている。ゆいま~る那須内で介護のニーズが増すだけでなく、地域でも同様のことが起こっているのだとしたら、場を開くことで一緒に問題に取り組んでいくほうが現実的ではないかという考えである。ちなみにテナントとして介護事業所も入っており、ある程度までは介護が必要になっても暮らし続けられるようにはなっている。
現在の入居者は全体を10とすると、女性8、男性2といったところ。ひと月の生活費の目安は、家賃は別として毎月固定でかかる共益費(8,000円、非課税)、サポート費(3万3,290円。1人入居の場合)に加えて、食費(毎日2食喫食したとして最大で3万9,300円)、水道光熱費や医療費、交際費など。ホームページではおおよそ12万円台を想定している。家賃は毎月払いの場合で6万7,300円~14万2,400円。それ以外に一括前払いという方法もあるが、それは年齢別価格になる(いずれも契約時に敷金2ヶ月分が必要)。
自然豊かな地でのんびり、でも自分らしく、必要とされて暮らす老後。言葉でいえば当たり前のようだが、高齢になっても必要とされ続けるのは意外に難しい。社会ではしばしばキレル年寄りが話題になるが、その要因のひとつに自分が必要とされていない、社会から疎外されているという思いがあるとすると、ゆいま~る那須が評価されるにはそれだけの理由があるというわけである。
ゆいま~る那須
https://yui-marl.jp/nasu/
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