介護事業者、不動産事業者らが協働し、高齢者の住宅確保問題の解決を目指す

加藤忠相(かとう ただすけ)さん、神奈川県藤沢市でグループホームや小規模多機能型居宅介護(※)などを運営する「あおいけあ」の代表。マニュアルは作らないというスタンスでの認知症ケア、高齢者一人ひとりの強みを活かすことに重点を置いた自立支援、地域の人も気軽に立ち寄れる環境づくりなど、数々の実践を行っている。その取組みは国内のみならず、世界でも注目を集め、内外の数多くのメディア、学会で紹介されるなど、介護業界のトップランナーとして知る人ぞ知る存在だ。

そんな加藤さんが、不動産事業者、ITの専門家らと協働し、高齢者支援につなげるための多世代型賃貸住宅事業をスタートさせた。単身の高齢者は、孤独死や認知症になるリスクが高いとみなされ、アパートが借りにくい。そうした高齢者を取り巻く住まいの問題を解決していくことを目指す事業だ。住宅の企画・運営・管理を行う実行部隊として、2019年9月に株式会社ノビシロを設立。2021年1月、ノビシロ第1号の賃貸住宅「ノビシロハウス亀井野」(神奈川県藤沢市)が完成した。キャッチフレーズは「『アパート(住居)+コミュニティスペース+地域医療の拠点』が一つになっている”ごちゃまぜアパート“」。自らを「介護屋」という加藤さんが、どのような「ごちゃまぜアパート」を創りだしているのだろう? 現地で開催された内覧会に出向いた。

※小規模多機能型居宅介護
介護保険制度に基づく地域密着型サービスの一つ。同一の介護事業者が、デイサービス(通い)を中心に訪問介護、泊まり(ショートステイ)を組み合わせて提供する。利用者の状況に応じ、フレキブルに介護サービスを提供することができる。

「あおいけあ」の加藤忠相さん(右)と、株式会社ノビシロ 代表取締役の鮎川紗代さん。</BR>鮎川さんは不動産会社の株式会社エドボンドの経営者でもある「あおいけあ」の加藤忠相さん(右)と、株式会社ノビシロ 代表取締役の鮎川紗代さん。
鮎川さんは不動産会社の株式会社エドボンドの経営者でもある

築17年、空室の多いアパートを活用し、リノベーション

「ノビシロハウス亀井野」(以下、ノビシロハウス)は、小田急江ノ島線六会日大前駅から歩いて7分ほどの住宅街の一角に建つ。「あおいけあ」の各施設からも歩いて5分以内という立地だ。敷地内には建物が2棟。南側にあるのは住宅棟(アパート)で、20m2前後のワンルーム全8室を備える。2004年築の2階建てで、もとは学生向けのアパートだった建物を、加藤さんが購入し、リノベーションをほどこした。その経緯について、加藤さんはこう話す。

「この一帯は、日大などのキャンパスがあり、アパートの多くは学生を対象としています。ところが、少子化やコロナ禍の影響で学生が減り続け、空室は増える一方でした。このノビシロハウスの物件も、以前は全8室のうち6室が空室で、困り果てたオーナーさんは家賃を4万円台前半に落としたのですが、それでも入居者は現れない……。そんな状況のなか、2020年秋、私のもとへ『ここを購入しないか』と、打診されたのです。あおいけあが所有する駐車場と隣接する場所でもあったし、もともと、賃貸住宅をつくるための場所を探していたタイミングでもありました。私が構想していたノビシロハウスが、地域の空き家問題の解決や、地域の価値を上げられる一助になれば、という思いもあり、購入に踏み切りました」

「ノビシロハウス亀井野」。手前が築17年のアパートをリノベした住居棟。奥の新築2階建ての建物にはカフェやランドリー、</BR>医療施設などが入居する「ノビシロハウス亀井野」。手前が築17年のアパートをリノベした住居棟。奥の新築2階建ての建物にはカフェやランドリー、
医療施設などが入居する

カフェやランドリー、医療機関を備えたアパート。介護が必要になっても住み続けることができる

1階の高齢者向けの居室

1階の高齢者向けの居室

ノビシロハウスとして生まれ変わったアパートの1階の4室は高齢者向けで、2階の4室は一般向け。1階の居室は車椅子使用になったときも暮らしやすいようにと、玄関、廊下、水回りを広くしている。

トイレも車椅子でも利用できる広さが確保され、興味深いのは、トイレ介助が必要になった場合を考慮して便器が配置されていること。通常、便器の向きは入り口のほうを向いて置かれることが多いのだが、ここでは介助者と向かい合って目線が合うことのないような向きに設置されている。これは、トイレ介助を受ける高齢者への配慮で、介護の専門家である加藤さんならではの工夫だ。

内覧会では、「ノビシロハウス亀井野」の見守り機能などについての説明も行われた

内覧会では、「ノビシロハウス亀井野」の見守り機能などについての説明も行われた

また、居室には電源のオン・オフを感知するIoTセンサーや、共用部(集合ポスト、ゴミ捨て場)に顔認証システムを取り入れたカメラを設置し、室内での活動量、外出頻度で異変があれば、すぐに対応するという。

北側の建物は、「あおいけあ」が駐車場として所有していた土地に建てられた新築2階建て。1階にはカフェやランドリーが開設され、2階には訪問看護事業者とクリニックが入居する。アパートの入居者はもちろん、近隣住民も気軽に立ち寄ることができるという、地域に開かれた居場所としてつくられていることが特徴だ。1階のカフェでは月に1回、「くらしの保健室」が開催される。医師がきて血圧や体温を測ったり、健康に関する不安や、日常のさまざまな相談に対応してもらえるのだが、堅い感じの相談会ではなく、ランドリーで洗濯がてらお茶を飲んだり、参加者同士で会話を楽しみながらといった、気楽な場として計画されている。そこには近所の人も来るだろうから、交流の輪が広がりそうだ。

入居にあたっては、ノビシロによる面談などの審査と、保証会社の審査があるが、年齢や要介護度といった条件は特には定めていないという。

1階の高齢者向けの居室

北側の建物の2階は地域医療の拠点にもなるスペース。木の温もりが感じられるおしゃれな空間に仕上げられている

アパートの2階に住む若い入居者が「ソーシャルワーカー」の役割を担う

南側の住居棟(アパート)2階の4室のうち、2室がソーシャルワーカールーム</BR>北側の建物の2階には訪問看護事業者(在宅看護センターLife&Com)とクリニック(医療法人社団悠翔会)が入る

南側の住居棟(アパート)2階の4室のうち、2室がソーシャルワーカールーム
北側の建物の2階には訪問看護事業者(在宅看護センターLife&Com)とクリニック(医療法人社団悠翔会)が入る

こうした概要をみる限り、入居する高齢者はIoTセンサーなどによる見守りや、移動にかかる体力的な負担なしで医療施設を利用できるので、快適に暮らすことができるだろう。さらに着目したいのは、館内のカフェとランドリーが、入居者や地域の高齢者が働く場にもなるということだ。

「仕事内容は、ランドリーでの家事代行サービスや、カフェスペースで焙煎したコーヒー豆の袋にラベルを貼るといった作業です。これらはカフェの事業者が主体となって行う取組みで、高齢者に対価が支払われます。高齢であっても、誰かの役に立てることがあれば気持ちが前向きになり、長く自立して生きていけることにもつながっていくと思います」と、加藤さんは説明する。

南側の住居棟(アパート)2階の4室のうち、2室がソーシャルワーカールーム</BR>北側の建物の2階には訪問看護事業者(在宅看護センターLife&Com)とクリニック(医療法人社団悠翔会)が入る

内覧会では加藤さんによる講演も行われ、ノビシロハウスのコンセプトや可能性について聞くことができた

だが、ノビシロハウスが目指すのは高齢者のためだけのアパートではない。若者も住みたくなり、多世代で支え合うアパートだ。

「支え合い」の仕組みとして取り入れているのが、ソーシャルワーカー機能。社会福祉士など相談援助の有資格者を置くということではなく、アパート2階に住む若い入居者がそのような役割を担うというのだ。ソーシャルワーカー担当の入居者は家賃7万円が半額の3万5000円で住めるようになるが、その代わり、2つの条件を満たす必要がある。それは、「毎朝、会社や学校に出かける際、入居する高齢者に“行ってきます”と声をかけること」と「月に1回、建物内のカフェでお茶会を開き、高齢者の話し相手になること」。

「月に1回のお茶会開催というのは、フランスが発祥の隣人祭りにヒントを得たものです」と、加藤さん。隣人祭りとは、パリのアパートで一人暮らしの高齢女性が孤独死し、1ヶ月後に発見されたことにショックを受けた人が「もう少し、住民同士で交流があれば、こんな悲劇は起こらなかったのではないか」と嘆き、1999年に始めたもの。今では世界で行われるようになり、同じアパートに住む人や近所の人と一緒にお茶を飲んだりしながら会話をすることで、人と人とのつながりをゆるやかに育んでいこうというイベントだ。

ノビシロハウスのお茶会も、隣人祭りのように他の入居者とふれあい、世代を超えてつながれる機会になれば、と加藤さんは意気込む。

ちなみにソーシャルワーカー担当は2名とする想定で、その役割を志願する入居希望者に対し、面談で決めるという。現時点では、福祉に興味があるという男子高校生が母親からの紹介でソーシャルワーカーとして入居を申し込んでいると聞いた。高校生が高齢者のケアに関心をもっているとは、なんとも頼もしく感じる。

南側の住居棟(アパート)2階の4室のうち、2室がソーシャルワーカールーム</BR>北側の建物の2階には訪問看護事業者(在宅看護センターLife&Com)とクリニック(医療法人社団悠翔会)が入る

アパート2階は、学生、社会人向けの居室。ソーシャルワーカーになって条件を満たせば、家賃が半額に

高齢者向けアパートではなく、高齢者が若者を育てるアパート

内覧会で見かけたノビシロハウスの模型。「この多世代型賃貸住宅を通じて、人と人との“支え合い”のモデルをつくりたい」と、加藤さん内覧会で見かけたノビシロハウスの模型。「この多世代型賃貸住宅を通じて、人と人との“支え合い”のモデルをつくりたい」と、加藤さん

高齢者と若者が交流を重ねながら顔なじみになり、高齢者にとっては一人暮らしであっても、同じアパートに頼れる若者がいるので、安心だろうし、強い孤独感を感じたりすることもなくなるかもしれない。一方で、「高齢者をお世話するというアパートではなく、ノビシロハウスは若者を育てるアパートです」と、加藤さんは話す。

その発想は、「あおいけあ」で実践している介護から生まれた。

「私の施設では、料理や裁縫、野菜づくり、庭仕事など、高齢者それぞれが得意なことや強みを活かしながら思い思いに過ごしています。地域に住む大人たち、子どもたちもやってきますが、『あおいけあ』の高齢者から昔の人の生活の知恵を教わったりしています。私たち介護をする側も、人生の先輩である高齢者から教わったり、学ぶことは多い。ノビシロハウスでもそういう環境をつくりたいです」と、加藤さん。

若いときから高齢者に向き合うことでいろいろな気づきが得られるだろうし、近隣住民とも接点があるノビシロハウスに住むことで、地域社会に目を向けることにもつながるだろう。そんなことを想うと、ノビシロハウスは、若者にとって、未来に向けての学びの場にもなりそうだ。

最期まで、高齢者が自立して暮らせるアパート

このようにさまざまなポイントのあるノビシロハウスだが、筆者が最も印象に残ったのは、加藤さんのこの言葉だった。

「人は必ず死にます。しかし、病院で死を迎えることが幸せなのでしょうか。高齢者が最期まで住み慣れた場所で自分の力で生活を続けて生ききる…それができるアパートにしたいです」

超高齢社会の日本、年を取ることは何かとネガティブに捉えられがちだが、このようなアパートが増えれば、年齢を重ねて長生きするのも楽しみになりそうだ。

ノビシロハウスの全8室に入居者が入り、カフェなどが出揃い、ここで生活する人たちのペースができてきたころ、もう一度、訪れたい。ソーシャルワーカーの奮闘ぶりや、カフェやランドリー、医療機関に人々が集う風景をみてみたいと思う。

ノビシロハウス亀井野
https://nobishiro-house-kameino.azurefd.net/

加藤さんの講演は、北側の建物の1階で行われた。ここは、カフェ(亀井野珈琲)、ランドリーが入るコミュニティスペースになる加藤さんの講演は、北側の建物の1階で行われた。ここは、カフェ(亀井野珈琲)、ランドリーが入るコミュニティスペースになる

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