猫を飼っている人ではなく、飼いたい人が対象
「保護猫」とは文字どおり、飼い主の事情で飼えなくなった、捨てられた、迷子になったその他の理由で住みかをなくし、人間に保護された猫のこと。最近では保護猫を飼養、里親を探す譲渡会が熱心に行われるようになっているが、それでも行き先が見つかりにくい例がある。シニアになった猫たちである。譲渡会ではどうしても子猫に人気が集まりがちなのだ。
一方、これまでペットの飼育を不可としてきた賃貸住宅でここ数年、猫も含め、飼ってもよいとする物件が増えてきている。キャットウォークを設けるなど猫専用の物件もある。だが、ペットと暮らす生活を選択できるようになりつつあるにもかかわらず、「ペットを飼いたいと思いながらも飼ったことがないという人も2割程度いるそうです」と世田谷区三軒茶屋にある保護猫譲渡型賃貸「SANCHACO」(以下、サンチャコ)のオーナーで、自身も保護猫と暮らす東大史氏。
「サンチャコはペットを飼いたいけれど経験がない、飼えるかどうかわからない、面倒ではなかろうかなどとこれまで消極的な判断をしていた人たちに、ペットを飼うという文化を伝えるための物件。猫を飼っている人ではなく、飼ってみたいという人が対象です」
譲渡会やペットショップで衝動的に選ぶのではなく、サンチャコで預かっている保護猫たちと時間をかけて生活を共にし、その中から相性のよい猫を譲渡してもらい、猫との暮らしを始めるという道筋が考えられているのである。
3匹のシニア猫と同居する生活
建物は木造の3階建てで賃貸住宅は2~3階のメゾネットで全4戸。1階は道路に面したところに、カフェやスナックなどの飲食営業もでき、ギャラリーとしても使えるレンタルスペース「NECO NO HITAI(ネコノヒタイ)」、その奥に共用スペース「にくきゅう」、ワーキングスペース「neco-makers」(今後オープン予定)があり、保護猫たちは奥のスペースに居住している。
猫たちが暮らすスペースはまた、居住者のためのセキュリティラインの内側でもあるため、住んでいる人たちは廊下や、共用スペースで日々保護猫たちとすれ違う。時には猫が玄関ドアの前までやって来て、開けてよ~と言わんばかりに鳴くこともあるとか。猫好きとしては夢のような暮らしである。
現在、サンチャコにいる保護猫は3匹。もともとは近所に住んでいた高齢女性が飼っていた猫で、彼女が亡くなった後は隣の人が面倒を見ていたそうだが、見きれなくなって保護猫団体に相談。サンチャコがその猫たちを受け入れた。
「大事に育てられてきた、人に対する信頼のある猫たちで、一番若い、白猫のノンちゃんでも8歳。子猫と違い、シニア猫は活動が安定しているので初心者に飼いやすいはず。いずれ入居した方々やサンチャコにいろいろな形で関わっている人たちに飼ってもらえたらいいなと思っています」
そんな意図もあり、猫の世話は入居者その他関わる人たちが順番に猫当番として担当する。共用スペースには猫のお世話マニュアルが掲示されており、猫の様子を観察、記録、気になることを引き継ぐための連絡帳も置かれている。
猫を媒介に隣人と会話、地域でコミュニティ
となると、世話をしている者同士で会話が始まるのは自然な流れ。三軒茶屋という立地の魅力から検討を始め、ペットは飼ったことがないものの入居を決めたというご夫婦は、猫を通じてのお隣とのやりとりが新鮮だという。
「今朝、ある猫がいなかったとLINEで猫の世話をしているグループに連絡したところ、お隣の方から昨夜はいたよとすぐにレスポンスがありました。これまで住んできた場所では周囲とのつながりはなく、仕事以外の人間関係もなし。サンチャコはDIYも可で、それを手伝ってもらった人とのやりとりなどもあり、これまでと違う暮らしを楽しんでいます」
入居者だけではない。サンチャコには外からも猫好きが集まっている。猫をテーマにした店をやりたい、家族にアレルギーがあって猫は飼えないけれど関わりたい、保護猫・地域猫活動に参加したいなど、さまざまな形で猫に関心がある人たちがグループをつくり、チャットでやりとりを始めているという。
全国でまちづくりや地域活性化のプロジェクトに携わる東氏としては、これも意図したところ。「編み物が得意な人が猫のベッドを編むワークショップをやりたいと提案するなど、住居以外のスペースを使った活動も自然に生まれてきており、猫の存在を通じて地域コミュニティの活性化が図れればと思っています」
人が集まれば保護猫の譲渡の機会も増える。猫を媒介に人がつながり、猫が幸せになる。猫と人間は補完し合う関係なのかもしれない。
周辺の状況に左右されない賃貸住宅をつくりたい
もうひとつ、地域でのコミュニティづくりにつながるとして始まったものがある。ワークスペースを利用した「SANCHACO茶会」なるトークイベントだ。私がお邪魔した時には三軒茶屋始発の世田谷線沿線のまち、松陰神社前で不動産業などを営む松陰会館の佐藤芳秋氏がゲスト。松陰神社前ではこの数年以上、まちに新しい店が増えるなどして賑わいが生まれている。佐藤氏がその背景について語り、出席者からの質問に答えるという時間で地元からはもちろん、離れた他区からも10人ほどが集まった。
そして、ここでも猫は大活躍。輪になった人の間を悠然と歩き回り、遊んでもらおうと手を差し出す人間を無視。私ももちろん無視されて、つらい(!)思いをした。
ずっと猫の話ばかりを書いてきたが、この建物ができるまでの経緯についても触れておこう。駅でいえば三軒茶屋よりも世田谷線の西太子堂駅が近いだろうか、表通りから1本入ったところにあるサンチャコはもともと東氏の父方の祖父母が所有、管理のために祖母が住みこんでいた築40年、木造2階建てのアパートがあった場所。その祖母が10年前に亡くなり、建て替えるにあたって普通の賃貸住宅でよいのかと考えたという。
「代々この近隣に不動産を所有しており、サンチャコの隣の土地もわが家の所有で、等価交換で現在はマンションに。オーナーとしては何もしなくても家賃が入ってくるので手離れがよく、楽ではありますが、あまりに関与がなさすぎます。それに特徴のない賃貸住宅は周辺の状況に賃料が左右されます。それはどうかと思いました」
新築の時にはそれなりの賃料が取れるとしても、周辺に条件の似たような物件が新しく登場すると既存の住宅の賃料は下げざるを得ないことがしばしば。築年がたてばたつほど競争力を失い、抗うことができない。
今後は保護猫と高齢者という取り組みも
周辺の他物件に左右されない、スペック勝負でない住宅をつくりたいとサンチャコの設計をした株式会社チームネットの甲斐徹郎氏に相談をしたのが3年前のこと。猫が登場するのは本人もだが、母方の家系が猫好きだったからである。
「母も板橋で地域猫の活動をしており、動物が人を結びつけるのではないかと思ったのです。といっても、よくある猫飼育可の賃貸住宅をつくってもオンリーワンにはならない。そこで保護猫という、非常に珍しい分野に目をつけました」
猫は保護猫団体から預かっている形になっており、それを利用して今後、高齢者に永年貸与という形で猫と暮らしてもらう仕組みができないかとも考えているという。猫は平均でも15歳、長寿な猫だと20歳くらいまで生きるそうで、となると高齢者が保護猫の譲渡を希望しても叶えられないことがある。猫を残して亡くなられては困るという配慮からだ。だが、猫の飼養責任を地域団体が持ちながら保護猫を預かるという形にすれば猫との暮らしが実現できるのではないかというのである。
この構想にはじんときた。ペットを飼うことで人生に楽しみを見いだす高齢者もいる一方で、亡くなった後のペットをどうするかは問題になる。高齢者宅にペットフードや訪問診療といった定期的なコミュニケーションを図り、猫の手を借りた見守りサービスを提供できないか。それを保護猫、預かりという形で解決できれば猫も高齢者も幸せになれるのではなかろうか。
本題に戻ろう。建物は猫の健康に配慮して化学物質を使わない自然素材にこだわり、床には奥多摩の間伐材を使うなどしている。住居部分がメゾネットなのは縦方向の移動が好きな猫に配慮したもの。各住戸には、はちわれ、ちゃとらなど猫好きには受けそうな名称が付けられている。また、住戸脇の路地空間は三軒茶屋の古い写真などを参考に猫が居そうな裏路地空間を再現するべく造られたもの。1階部分の照明は提灯型で明かりがともるとなんともノスタルジックな雰囲気になる。入り口にある石畳の猫の足跡にもニヤリとさせられる。
住居はすでに入居者が決まってしまっているが、イベントスペース、コワーキングスペースは今後も地域に開かれていく予定。保護猫に関心がある人なら覗きに行ってみてはいかが。
ねこともハウス SANCHACO
https://www.sancha-co.com/
チームネット
http://www.teamnet.co.jp/
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