古い団地に若い人にも魅力的な場を

「読む団地」と聞いて、どんな場所を想像するだろうか。

足立区にある大谷田一丁目団地(以下、大谷田団地)に生まれた「読む団地」は、本を通じて関係が広がっていくことを意図したシェアハウスだ。1,000冊以上の本が置かれた入居者用のブックリビングをはじめ、さまざまなところに本があるのだが、もともとはごく普通の古い団地だった。

1977(昭和52)年に誕生した大谷田団地は総戸数1,374戸、全10棟が並ぶ大規模団地で、読む団地があるのはその7号棟の1階。このフロアは足立区が所有しており、1986年までは保育士の寮として使われていた。その後、書庫として使われていた時期を経て空いたままになっていたが、それを活用しようと区が利活用事業を公募。手を上げたのが現在、運営を担当する日本総合住生活株式会社である。もともとはUR都市機構の団地の管理などを手がけてきた会社で、数年前からは団地の魅力向上事業にも取り組んでいる。

区からの要望は高齢化が進みつつある団地に若い人たちが住みたくなるような場所を作ること、地域交流の場を設けること。寮として作られていたため、2階以上のフロアと違い、内廊下式で共有の浴室等があることなどからシェアハウスとすることには問題はなかったが、次の問題はどのようなやり方で入居者にも、地域の人たちにも魅力的な場を作っていくか。

そこでテーマとしたのが本である。

入り口からして他の建物、フロアとは違う雰囲気が漂う入り口からして他の建物、フロアとは違う雰囲気が漂う

1,000冊以上が用意された共用のブックリビング

シェアハウスで暮らしていれば顔見知りにはなるだろうし、挨拶くらいはするようになるかもしれない。だが、できればもう一歩進んで何かがあったときに助け合えるような関係をシェアハウス内外につくれないか。そう考えたときに本があったと運営に携わる石垣曜子氏。

「本はほかの品と違い、他人が手にしたものを自分が手にすることに抵抗がありませんし、貸し借りもできます。文化的、知的な存在で、読んでいる本からその人の人となりを推察することができ、会話のきっかけになります。一方で没頭して読んでいるときには話しかけないようにするなど、程よい距離をつくるためにも役に立ちます。イベントではなく、日常に貸し借り、お裾分けという感覚がある生活を考えたとき、本が役に立つのではないかと考えました」

そこで、館内には本のある場所をいくつか設けることにした。ひとつは入居者が利用できるブックリビング。キッチンともひとつながりの場となっており、広さは約60畳ほど。壁には天井までの高さの書棚があり、そこには個人で本を届ける活動をしているtsugubooksが選書した1,000冊ほどの本が並んでおり、入居者はその場で読むのはもちろん、自室に持ち帰って読むことも。棚には小説あり、ビジネス書あり、漫画あり、紀行文あり、写真集ありとジャンルも作者も実にさまざまな本が並んでおり、定期的に入れ替えが行われる予定も。いつ来ても読んだことのない本が並ぶことになるわけだ。

また、並ぶ本には入居者などからのリコメンドカードが添えられているものも。これも本を読むきっかけになりそうだ。実際、入居者で読書好きという人は全体の3割ほどで、残りの半分は「まあ、普通かな」という人たち。残りはここに来るまではあまり読まなかった人たちだそうだが、なかには「ここに来て読むようになった」という人も。きっかけがあれば、そして身近に本があれば読みたくなるものなのかもしれない。

左上から時計回りに、ブックリビング全体、反対側にあるキッチン、本をお勧めするためのカード、取材の日には司書の方によるお勧め本のコーナーが作られていた左上から時計回りに、ブックリビング全体、反対側にあるキッチン、本をお勧めするためのカード、取材の日には司書の方によるお勧め本のコーナーが作られていた

廊下には自分の本を飾れるマイブック図書館

もうひとつの入居者用、本のある空間は廊下だ。自室の近くなどの壁に本箱が用意されており、自分の持っている本などをマイブック図書館として飾れるようになっているのである。歩きながら見ると落語や歌舞伎など伝統芸能の本が置かれた棚があったり、料理本の棚があるなど、住んでいる人の興味、関心がうかがえる。ここで共通する趣味の人がいたら誰だろうと声をかけたくなるだろうし、こんな世界があるのか!という発見もありそう。普通のシェアハウスとは異なる経験ができそうだ。

館内にはあちこちにこうした棚があるのだが、これは一方でインテリアとしても役に立っている。団地も含め、古い建物では廊下やエントランスなどの共有部が今に比べ、非常にゆったり造られていることがあるが、それをそのままに使うと、どこか間の抜けた感じになりがち。読む団地ではそのスペースを上手に生かしているのである。

本ではもうひとつ、地域の人たちなども利用できるミュニティ・ラウンジ「BOOKMARK」がある。これは大型キッチンを備えた空間で、20人ほどが着席できるテーブルが用意されている。本格的な調理ができるような設備があるが、2020年3月のオープン以来、新型コロナウイルスのせいもあって、ほとんど使われていないのが残念なところ。本好きな人たちからは「図書館ができるの?」「何ができるの?」と広く関心を集めており、地元小学校の図書館ボランティアなどの人たちからは子どもたちの読み聞かせの場として使えないかという問合せも。使えるようになる日が楽しみである。

左はマイブック図書館。館内でものすごく趣味の合う棚を見つけてもしや!と思ったら、なんと知り合いの棚だった!下の写真はかつてのドアをディスプレイしていたのが面白かったので撮影。右の2点はコミュニティラウンジ。地域で活用される日が楽しみだ左はマイブック図書館。館内でものすごく趣味の合う棚を見つけてもしや!と思ったら、なんと知り合いの棚だった!下の写真はかつてのドアをディスプレイしていたのが面白かったので撮影。右の2点はコミュニティラウンジ。地域で活用される日が楽しみだ

一緒にゲームやパズルをする入居者も

入居が始まって半年ほどだが、本をきっかけにした関係はすでに生まれつつある。たとえばブックリビングの一部には大型テレビ、ソファを備えたコーナーがあるのだが、ここには入居者が持ち寄ったさまざまなゲームが置かれている。

「一般のシェアハウスでは私物を共用部に置くことを禁じていますが、ここではコミュニケ―ションに寄与するものならよしとするなど、あまりルールを決めつけ過ぎないようにしています。入り口の掲示板でゲーム仲間を募って一緒にやったり、新しく入ってきた人が既入居者と会話をするよいきっかけになっているようです」

窓辺に置かれていたジグソーパズルも緊急事態宣言中に複数人で少しずつ完成させたものだとか。キッチンには実家から送られてきたのであろう野菜が「ご自由に」と書かれて置かれているなど、人間関係が生まれつつあることが分かる。

入居には18~40歳までとルールがあるため、若い人が多く、千代田線沿線に勤務する人が目立つそうだ。「できるだけ会社の近くに住みたいと言っていた人が、家で仕事をするようになって窮屈さを感じ、ここに引越してきたという例もあります。仕事もできる共有のスペースがある点が評価されているようです」

館内だけでなく、団地内のゆとりも評価されている。広大な中庭を囲む大規模団地であるため、内部のウォーキングコースは1キロにも及ぶ。ここに引越して毎朝、走るようになった人もいるそうで、「公園の中に住んでいるみたい」という評もあながち間違いではあるまい。

左上から時計回りに、ブックリビングの一画、テレビ、ソファのあるコーナーにはゲームやパズルなどが。キッチンには誰かのお裾分けの品。玄関脇の掲示板には入居者同士のお誘いのコメントなども。そして広大で自然豊かな中庭。左手の建物が読む団地のある7号棟左上から時計回りに、ブックリビングの一画、テレビ、ソファのあるコーナーにはゲームやパズルなどが。キッチンには誰かのお裾分けの品。玄関脇の掲示板には入居者同士のお誘いのコメントなども。そして広大で自然豊かな中庭。左手の建物が読む団地のある7号棟

インテリア、IT利用の使い勝手や環境も魅力

さて、最後に気になる住居部分について。18m2(A)、23m2(B)、35m2(C)の3タイプの住戸が用意されており、賃料は5万4,000円(共益費1万5,000円の支払いが必要)~。洗面台、照明器具、Wi-Fi、室内物干し、エアコン、ベッドに机と椅子、冷蔵庫が全室に備え付けられている。B、Cタイプにはウォークインクロゼットがあり、Aタイプは廊下にある鍵付きの棚を利用する。Bタイプではデンマークの家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーによる名作「Yチェア」が置かれているなど、インテリアにもこだわりがある。

Bタイプの部屋を見せていただいたのだが、驚いたのは水回りがない分、部屋が広く、面積分をフルに使えるという点。荷物が多い人でもこれなら大丈夫だろう。2020年9月末時点で募集住戸は6室だ。

また、室内で目を引いたのは各室に用意されたタブレット。専用の画面を開くとリビングやキッチン、ランドリーやシャワールームの利用状況が分かるようになっており、他の人が利用していないタイミングを見計らって利用できる。

水回りは全体で5カ所に用意されており、平均すると5~6部屋でひとつを使う計算。バスタブがある浴室が3室、シャワールームは6室あり、うち3室は女性専用。洗濯機のほか、ガス式の衣類乾燥機(いずれも無料)も用意されている。

大規模団地だけあって敷地内にはスーパー、郵便局、銀行などがそろっており、毎日の生活に不足はない。シェアハウスにしては駅から距離はあるが、綾瀬駅、亀有駅へのバス便もある。現在の入居者は北綾瀬駅まで歩いている人が多いそうで、約14分。幹線道路沿いなので遅くなっても不安はない。平坦な地域でもあり、駐輪場もあるので自転車利用もよいかもしれない。団地の前には桜のきれいな葛西用水親水水路があり春には花見が楽しめる。

読む団地 J verde 大谷田
https://yomu-danchi.com/

室内はいずれもAタイプ。家具などのテイストが異なる。タブレットと最後は団地好きな方へのサービスショット室内はいずれもAタイプ。家具などのテイストが異なる。タブレットと最後は団地好きな方へのサービスショット

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